インバウンドコラム

第43回 東京のホテル不足がオリンピックに影響を与えることはない 

澤田博司 日本ホテル代表取締役社長に聞く

映画『グランド・ブダペスト・ホテル』は、幾多の風雪を越えてなお絵葉書の如く美しいグランドホテルを描き、優雅さと伝統と美しさに満ちていた。東京に常住する人は、そんなグランドホテルが東京に実在することを知っている。絵葉書でもよく目にする東京ステーションホテルである。同ホテルは1915年に開業した。壮麗な赤レンガの外壁が100年の歴史を物語っている。ホテルは観光国あるいは観光地の「入口」である。ホテルの宿泊体験が往々にして、その国の第一印象を決める。近年、「観光立国」を国策として大きく推進し、2020年に東京オリンピックを控える日本では、飽和状態であるとか、政府は観光客の誘致はしたが消化することまで考えていない等、ホテル不足問題が取り沙汰されている。先ごろ、東京ステーションホテルを運営し、東京に27のホテルを有する、日本ホテル株式会社の澤田博司社長にお話をうかがった。(聞き手は本誌編集長 蒋豊)

 

日本のホテルのコスト パフォーマンスは世界一

—— 2016年6月、訪日外国人観光客は1000万人を突破しました。年内に2000万人の大台を超えることが見込まれています。訪日客の直接の「受け入れ先」として、日本のホテルの強みは何だとお考えですか。

澤田

訪日客の急激な増加によって、都内の大型ホテルは高い稼働率が続いています。その要因として、一つには政府が国を挙げて進めてきた「観光立国」の取り組みが功を奏したということ。また、一つに円安が挙げられます。当然、日本の魅力を知ったリピーターが多いということも言えます。

日本のホテルには、お客様第一主義という伝統があります。どのホテルもそのことを一生懸命考えています。お客様が欲しているものを先回りしてサービスする。日本のホテルは従業員にそういうトレーニングをしています。お客様に喜んでいただきたいという精神は、海外のお客様にも通用すると感じています。

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日本のホテルは昔からお客様の声を大切にしてきました。宿泊したお客様の記入したゲストコメントは総支配人以下各部門の責任者が必ず目を通します。また、今はインターネットの時代ですから、ネットに色々書き込みがされます。我々は日常的にその膨大なデータを収集、分析し、反省したり参考にしたりしながら、常にサービスの改善を追求しています。

私も時々海外に出張しますが、世界各国で同等の宿泊料金のホテルと比較しても、日本のホテルはサービスの質がかなり良いように思います。

外国人観光客を批判の眼で見るべきではない

—— 日本のメディアは中国人観光客のマナーの悪さをよく取り上げますが、ホテル業界の責任者として、最前線で直接接してみて、この問題をどうお考えですか。

澤田

日本人も過去、海外の旅先で同じような指摘を受けていました。ですから、初めて日本にやって来た海外のお客様に、多少日本の要求に適わない言行があってもそれほど問題はありません。実のところ、日本経済は中国を中心とした外国人観光客に頼るところが大きいですから、批判的な眼で見てばかりはいられません。

当社の傘下にあるホテルは、入社時に時間をかけて、立ち居振る舞い、歩き方、おじぎの仕方などを徹底的に教育しています。その後も上司がオン・ザ・ジョブトレーニング(OJT)で、後輩に必要な知識や技能や仕事のやり方を教育します。髪型、髪の色、爪など、すべて「身だしなみハンドブック」に照らして、先輩が後輩をチェックして手とり足とり指導します。

こうした教育研修以外に、従業員に強く訴えているのは、ホテルというのは「入口」だから、そこのサービスの良し悪しでその国の印象が決まってしまうということです。従業員はその意識と自覚をもたなければなりません。すべてのお客様に満足していただいてこそ、本当の草の根友好です。

 

ホテル産業は平和と安定に貢献—— 海外からの訪日客の中でも最大のシェアを占める中国人観光客へのサービスについて取り組んでいることはありますか。

澤田

当社の主力ホテルである「ホテルメトロポリタン」(池袋)は、40カ国以上の国からお客様を迎えており、外国人比率は約60%を越えています。そして、中国を中心としたアジアからのお客様がそのうちの7割を占めています。従業員は最低限の英語はしゃべれるようにトレーニングしています。次に必要なのは中国語ですが、中国語は短時間では習得できません。現在、当ホテルには約500人の従業員がいますが、そのうち中国語に対応できるのは、中国国籍を持つ3人を含めて10人です。

ホテルは365日24時間稼働していますから、この10人では不十分です。幸い、今は電子翻訳機やタブレット端末を介して緊急の対応もできます。中国のお客様が深夜急に病気になった時に、タブレット端末を介して専門の通訳と三者会話をして助けられたことがあります。

最近は団体旅行以外に、個人旅行のお客様も増えてきています。ホテルのコンシェルジュに、近くでどこか好いところはないかというお尋ねもあります。我々は、そういったお客様のために池袋周辺の観光用のハンドブックを用意しています。これは「池袋インバウンド推進協力会」という観光事業を推進する民間組織が制作したもので、中国語版もあり大変好評です。

観光業は「平和産業」です。平和だからこそ、海外のお客様が日本に行ってみようと思うわけで、誠心誠意のおもてなしで、両国関係の平和と安定に貢献できるというのは、我々ホテル業に従事する者の誇りであり、やりがいです。

水面下で進むホテル増設計画

—— 円高が進んで訪日観光客が減少し、爆買いブームも冷めたと、日本のメディアは連日論評し憂慮しています。この点に関してはどうお考えですか。また、東京は2020年にオリンピック・パラリンピックを控えていますが、既に都内のホテルは飽和状態であるにもかかわらず、増設の動きが見られません。社長は日本のホテル業界に最も精通した方です。現有のホテルの数で、2020年のオリンピック期間、宿泊施設の問題に対応できるでしょうか。

澤田

円高による観光客の減少は一時的なもので、今後、次のステップでまた伸びるだろうと見ています。日本の人口は減少してきていますから、今後の経済発展は観光に頼らざるを得ません。政府も訪日外国人観光客の増加に向けた対策に力を入れるでしょう。

2020年の宿泊施設の問題については、そんなに心配していません。公表はしていなくても、水面下ではたくさんのホテル開発計画があります。それは、マスコミが注目するようなシンボリックな高級ホテルではなく、より多くの宿泊客を受け入れられる宿泊特化型ホテルです。我々は2020年のオリンピック期間を需要のピークとは考えておらず、将来を見据えたときに、ホテルビジネスの将来は明るいと考えています。
オリンピック前後に、海外の宿泊客が東京に集中してパンクしてしまうのではないかとの懸念についてですが、横浜、宇都宮、高崎、長野といった東京周辺100km圈まで視野を広げると、その心配は無用かと思います。電車でわずか1時間ほどですので。ですから、オリンピック期間の宿泊施設不足の問題は起きないと考えます。

東京は「深度游」(深みのある旅行)に適した都市

—— 1964年の東京オリンピックと比べた場合、2020年のオリンピックの魅力は何ですか。

澤田

1964年当時、日本はまさに高度経済成長期にあり、都市建設の完成度もまだまだでした。東京は、今ではニューヨークのようなメガロポリスになりました。東京には交通の利便性とか美食の充実など独自の魅力がたくさんあります。ここでは一流の和食、一流のフランス料理、一流のイタリア料理、一流の中華料理が味わえます。そして、何よりも安全です。東京のように夜道を安心して歩ける大都市は多くはありません。人も親切です。道を聞いても親切に教えてくれます。

さらに、東京には新宿の魅力、銀座の魅力、上野の魅力というふうに、エリアごとの魅力があります。歴史とモダンが融合した独自の文化的要素があり、1泊2日や2泊3日では見て回れない奥深さがあります。そこが、リピーターを惹き付ける理由ではないでしょうか。

 

取材後記
インタビューを終えて、慣例に従い、澤田社長に好きな言葉を書いていただくと、「朝の来ない夜はない」と記された。澤田社長は日本のホテル業界の現状と未来への自信を語られたが、この言葉に、氏が歩んでこられた道は決して平坦でないことが感じられた。簡単に成功を収める人はいない。その背後には必ず様々な苦闘がある。しかし、朝は必ず来る。希望は必ずある。

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