インバウンドコラム

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第10回 「隣の芝生はより危険!? 旅行意向に直結する危機 の捉え方とタイの事例」

北朝鮮によるミサイル発射の危険性は今もなお続き、韓国への旅行客減につながっているという。東日本大震災によって引き起こされた放射能への警戒は、韓国市場において時間の経過により減少し、九州は影響がないように思われたが⋯⋯。
実際に現地を訪れてみると、報道と違い、まったく異なる雰囲気を帯びていることが多い。
まずはリアルな日韓の現状を紹介。災害や政変の度に風評被害の払拭にトライしてきたタイの事例をモデルケースにしてたどるべき道筋を考えてみたい。

目次
1.日本よりミサイル報道が少ないソウルの4月12日
2.「放射能の影響があるのは九州!」というSNSでの流布
3.「真実をありのままに知らせる」タイ国政府観光庁の施策
4.日ごろからのホスピタリティが大切

 

1.日本よりミサイル報道が少ないソウルの4月12日

仕事でソウルに向かう際、心配性な家族へは「台北へ行く」といって旅立った。
それほど4月10日からの北朝鮮のミサイル発射は現実味を帯びていた。特に4月12日から15日の間が濃厚とも伝えられていた。日本国内のニュースは市谷の自衛隊駐屯地を中継するなどして、「今にも」との雰囲気を醸し出していた。ある番組では、北朝鮮との国境に近い韓国の都市では、政府から有事の際の注意事項が通達されたと伝えていた。
しかし、外務省からの渡航禁止通達はない。4月12日に福岡からソウルに向かう航空便も、満席に近い状態であった。空路1時間半でたどり着いた現地ソウルは、まったく通常通りであり緊張感もない。テレビのニュースを観ても、日本の番組と同等か識者の見解などがない分、報道の分量が少ない気がする。

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賑わう江南の街

しかし、面談終了後、彼女からの質問に頭を殴られるほどの衝撃を覚えた。

 

 

 

 

 

2.「放射能の影響があるのは九州!」というSNSでの流布

その20代後半の女性スタッフは、私に1枚の紙をみせた。
「北九州」という表記や、九州北部を中心に矢印が同心円状に広がっている。
「これは“実は北九州に放射能汚染の危険性があることを知っていますか?”という内容を書いたものなのです」

九州旅行を取り扱うことが多い彼女のもとへは、仕事上でも、旅行好きの友人からも問い合わせが相次いでいるという。
「北九州はがれき処理を受け入れているが、放射線量を計測し、影響がないことを確認しているから大丈夫なんだけど⋯⋯」といくら私が力説しても、この流布を止めることはできない。

福岡にいる私にとっても、受入表明当時の激しい抗議活動のシーンは思い出すが、詳細は覚えていなかった。北九州市は昨年9月から宮城県石巻市のがれき処理を受け入れ、市内数箇所の工場で焼却し廃棄物処分場に埋め立てた。今年3月27日に最終の処理が終了。最後の作業後、5回測定された空間放射線量の平均0.05毎時シーベルトで自然界の測定量と同等のレベルだと発表された。
福岡の日常生活では思い出すこともない事実が、4月の韓国では“リアルな危険”として、主にSNSの世界で広がっている。テレビ報道で出ないだけに、あたかも隠された真実のように信憑性が増している。

オンラインが発達した現在だからこそ国やエリアが離れた場所の状況を知ることができるが、逆に噂も広がりやすい。
「自分の眼で見たものしか信じない」と公言する中国・上海で会社を営んでいる日本人の友人がいる。彼のような人はごく少数派で、しかも世界のすべての真実を確認するのは難しい。
旅行意向を左右するこのような事態に対して、私たちはどのような方策と努力をするべきなのか?

 

3.「真実をありのままに知らせる」タイ国政府観光庁の施策

日本では、3.11の東日本大震災後、放射能の影響を払拭するために、タレントやアーティストを使ったイメージ戦略や、メディアやパワーブロガーの招待などを行ってきた。

津波や政変など度重なるクライシスに対峙してきたタイはそういう意味では偉大なる先輩といえる。タイ国政府観光庁の施策を、ポーンプラパー・ロースワン福岡所長におききした。

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タイといえば
〇2004年 スマトラ島沖地震の津波被害
〇2008年 政争による空港占拠事件
〇2011年 洪水被害
と、観光に大打撃を与える災害や政変が度々起こっている。

福岡において20年来のつきあいになるTAT福岡のスタッフも、その都度さまざまな対策をたてて奔走してきたのを見ている。

所長は達観した様子で語った。
「どれが大変だった、力を入れたかなど軽重があるわけではありません。何か起こる度に、安全になった時点で旅行可能なエリアの状況をありのまま全世界に伝えていくことを行いました。テレビ、新聞、雑誌、そしてラジオなどあらゆるメディアを招待して、彼らの言葉で自国に伝えてもらいました。
特に津波の後、日本に対してはタイ国際航空とジョイントで、全国紙新聞に「がんばろう!プーケット」の広告を掲出。2005年3月には旅行会社向けメガファムツアー、多くのプレスを現地に招待するメガプレスツアーを敢行しました。実際に記者やエージェントに状況を見てもらうことは大切なので、津波以降の危機のときにも行いました。

オンラインやソーシャルメディアを使い出したのは2009年の赤シャツ占拠時点から。それ以降、洪水の際にもタイ在住の日本人の声、生活の様子をTAT JapanのHPなどで紹介しました。BTSサイアム駅やショッピングセンター、王宮前などの毎日同時刻の様子を伝える写真、ブログ、ウェブサイトをホームページにアップしたのです。

旅行会社の協力も欠かせません。日本語でアップデートした情報を流してリンクを貼る、各エリアのパッケージツアーのセールスプロモーションも行ってきました。

日本人に限らず、やはり自国の人間の生の声を信用するもの。洪水の後にはアユタヤの日本人町の清掃とあわせて、世界中から来ている観光客にインタビュー。これはバンコクでも行いました。九州では各種新聞にも掲載し、それをまたTATのHPでレポートするなど生の声が伝わる工夫もしました。

安全に旅ができるエリアはたくさんあるのに、他国からみると全土が洪水になっているように思われる。どの地域が安全なのかわからないので当然です。
日本の放射能も同様に思われていますね。
瞬時に安全をアピールする策はなかなかありません。地道にできうることをやっていくのみです」

 

4.日ごろからのホスピタリティが大切

旅行業は自然災害や政治的紛争などに大きく影響を受けるものである。
何か起こったとしても覚悟を決めて、やれることを着々と推し進めていくしかないのかもしれない。
「嘆く」より「動け」が肝要なのだ。

その点では、韓国はがんばっている。日本人観光客は北朝鮮問題以前に6ヵ月間続けて減少しているのに、ソウル・明洞では日本語ガイドボランティアが肌寒い街頭に立ち、声をかけて案内している。中国語ガイドと二人一組となり、英語で案内もしている。仁川空港へのエアポートバスの運転手は、中国人旅行者が購入したたくさんの荷物を手際よく荷物入れに運んでいく。

img03-74月半ばは、タイの正月・ソンクラーンにあたったせいか、タイ人はソウルにもあふれていた。果物を選んでジュースにして売る店の主人は、タイ人とわかるとタイ語で「ありがとう」と返していた。きっとそのタイ人のFacebookには、楽しい旅の思い出がアップされるだろう。

 

 

 

 

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