インバウンドコラム

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21回 2012年、世界一の海外旅行大国になった中国で、 訪日だけが減少。どう考える?

4月上旬、国連世界観光機関(UNWTO)は、2012年中国が8300万人の出国者と1020億ドル超の消費額を記録し、ドイツ(前年度1位)、アメリカ(前年度2位)を抜いて世界最大の海外旅行市場になったと発表しました。

今、中国人の海外旅行市場は世界の注目を浴びています。現地には各国から大勢の業界関係者が集まり、商談が盛んに繰り広げられています。今回は4月に北京で開かれた中国出境旅游交易会(COTTM2013)の報告を通して、マーケットが変容し、従来型のプロモーションの変更を迫られている、もうひとつの中国の姿を知っていただきたいと思います。

 

4月9日~11日、北京で開かれた中国出境旅游交易会(COTTM2013)(http://www.
cottm.com/
)に行ってきました。

中国の旅行展示商談会といえば、今年5月で10年目を迎えた上海世界旅游博覧会(WTF http://www.worldtravelfair.com.cn/ ※ただし、今年は主催者側より日本ブース参加停止の要請あり)や、6月21日~23日に北京で開催予定の北京国際ツーリズム・エキスポ(BITE http://www.bitechina.com.cn/)などのB2Cのイベントに、これまで日本からも多くの関係者が出展したことで知られています。一方、COTTMは国内外の旅行業者だけが集まるB2Bの商談会で、今年で9年目を迎えます。

中国出境旅游交易会(COTTM2013)の会場、全国農業展覧館

会場は、北京市朝陽区にある全国農業展覧館。社会主義を標榜したかつての中国を思い起こさせる石造りの重厚な建築(1959年開館)で、さまざまな業界の展示会や商談会が頻繁に行なわれています。

海外から62カ国、275団体・企業が出展し、4000名を超える中国の旅行関係者が来場したと公式サイトは伝えています。展示についてはあとで触れるとして、今回興味深かったのは、国内外の業界関係者が登壇し、さまざまなテーマで意見を交わすフォーラムでした。ここで議論される内容は、現在の中国の海外旅行市場を理解するうえで参考になります。

 

“New Chinese Tourist”(中国新型旅客)とは何者か?

3日間を通じたフォーラムのテーマは、おおむね以下の4つでした。

①中国のラグジュアリー旅行の展望
②旅行業におけるSNS活用(中国で海外旅行に最も影響のあるメディアとして)
③業界の抱える6つの課題(査証問題を中心に)
④不動産投資旅行に対する業界の取り組み

4つのテーマに共通するキーワードは“New Chinese Tourist”(中国新型旅客)です。

いったい“New Chinese Tourist”とは何者なのか? それが今回の最重要キーワードだというのは、十分すぎるほどの理由があります。

2012年、中国がドイツ、アメリカを抜いて海外旅行マーケットで世界一の規模になったからです。

中国出境旅游研究所(COTRI)の代表のProf. Dr. Wolfgang Georg Arlt

「Are you ready?」。そう問いかけるのが、フォーラムの司会進行を務めるProf. Dr. Wolfgang Georg Arlt(以下、教授)です。

ドイツ出身のTourism Scientistである教授は、2004年に自ら設立した中国出境旅游研究所(COTRI)の代表として、中国の海外旅行市場に関する継続的な調査研究を行い、今回のCOTTMの企画運営にも参加しています。

フォーラムの冒頭で、教授はこう語ります。

「今年4月4日、国連世界観光機関(UNWTO)は、2012年中国が8300万人の出国者と1020億ドル超の消費額を記録し、ドイツ(前年度1位)、アメリカ(前年度2位)を抜いて世界最大の海外旅行市場になったと発表しました。2013年には9500万人の出国者が推計されています。これはUNWTOがかつて予測した2020年までに1億人というスピードをはるかに超えたものとなっています」

教授によると「いまや中国の海外旅行市場は“洗練とセグメントの時代”を迎えている。その主人公は、“New Chinese Tourist”である。彼らは“新しい顧客”であり、彼らを取り込むには、新しい流通とチャネル、そして新しい要求に応えていかなければならない。

彼らは他人に自慢するために観光地でスナップ写真を撮るためだけの目的では満足せず、特別な場所で特別な体験をしたいと考えている。これからの中国の旅行業界が取り組むべきは、ニッチな商品の開発と新しい渡航先の開拓だ」と結論しています。

※Prof. Dr. Wolfgang Georg Arltのスピーチの詳細は、中村の個人blog「2012年、中国は米独を抜いて世界一の海外旅行大国になった(COTTM2013報告 その2)」http://inb
ound.exblog.jp/
20499744/を参照。

 

多様な国々が出展している理由

トルコ観光局の展示ブース

「人類誕生の地」をアピールするエチオピア観光局の展示ブース

では、出展ブースを覗いてみましょうか。正面玄関を抜けると、目の前の一等地に左右に分かれて巨大なブースを展開していたのは、メキシコ観光局とトルコ観光局です。

正面に向かって左に進むと、アフリカ諸国のエリアです。エチオピアやチュニジアなど、色鮮やかなブースが並びます。民族衣装を身につけたスタッフも多く、陽気な雰囲気です。もともと中国にはアフリカ諸国からの留学生が多く、経済関係も深いだけに、なるほどという感じがします。

一方、右側のエリアはヨーロッパや中近東諸国が中心です。ヨーロッパといっても英仏独といった主要国ではなく、スロバキア(中国語で「斯洛伐克」!?)やクロアチア、アゼルバイジャンといった旧社会主義圏の国々を中心とした観光局のブースが続きます。

奥の広いスペースに、今回最大の出展面積を誇るアメリカ各州観光局の共同ブースや中南米、アジア各国のブースがありました。

出展国のラインナップを見ながら、中国人はこんなマイナーな国々にも海外旅行に出かけるような時代になったのか、と驚かれるかもしれません。旅行マニア向きとでもいうべき多彩な国々の出展ブースが並ぶ光景は見ているだけでも興味深いです。気になるのは、主要国の中で唯一日本からのブースだけがひとつもないことでした。

ただし、それはCOTTMが一般消費者を対象としたB2Cの展示会ではないからともいえます。ハワイや香港などのブースもありません。旅行業のプロだけが集まる展示商談会だけに、よく知られた人気ディスティネーションは出展の必要がないためでしょう。消費者が来場しない以上、彼らもPRする効果がないと判断するからです。

英国の極地探検の専門旅行会社Poseidon Expeditions(海王探検旅社)のブース

それでも、個々のブースは小さいため目立ちませんが、ヨーロッパから28か国の出展者がいることに注目すべきでしょう。それらの出展者の特徴は、前述したスロバキアやクロアチアなど、中国市場における新参のディスティネーションが観光局中心であるのに対し、英仏独などの主要国では、極地旅行や海外ウエディング、自由旅行などの専門ジャンルに特化した旅行会社が出展しています。つまり、すでに団体ツアーが多数訪れている主要国では、個人客を対象としたSIT(スペシャル・インタレスト・ツアー:特別なテーマや目的に特化したツアー)向けの商品を販売する民間の旅行会社のブースが出展しているということなのです。彼らのターゲットが“New Chinese Tourist”(中国新型旅客)であることは明らかです。

※COTOMの出展国のリストや展示ブースの詳しい様子については、中村の個人blog「出展国が渋すぎる!? 北京のB2B旅行展示会(COTTM2013報告 その1)」http://inbou
nd.exblog.jp/20482576/を参照。

 

中国人はビザ問題に不満を持っている

パネルディスカッションの風景

さて、フォーラム2日目の午後3時からパネルディスカッションがありました。テーマは「中国出境旅游运营商研讨&签证问题(Tour Operators & Visa)」。中国の海外旅行市場でいちばんホットな話題は何か。なかでも個人旅行化とビザ問題について、業界としてどう向き合うべきか、というものでした。

今回のテーマ出しは、中国の旅行関係者の事前の投票によって決められたそうです。彼らがいまどんな問題に頭を悩ましているか。まさに一目瞭然の結果が出ています。 そのうち上位6つの話題が以下のとおりです。

①半自助旅游(160 票)
②中国新型旅客(155票)
③ビザ問題(152票)
④人材育成(149票)
⑤アメリカの新ビザ制度について(赴美签证新规)(143票)
⑥オンライン購入について(129票)

①「半自助旅游」というのは、航空券とホテルを旅行会社で予約するだけの自由旅行のことです。日程と宿泊場所だけが決まっていて、観光や食事などは各自が自由に楽しむツアーで、業界では「スケルトン型」と呼ばれます。日本ではよくあるツアー形態のひとつですが、未だに団体ツアーが主流の中国では、「半自助旅游」が増えることが旅行会社の営業にどんなダメージを与えるのか。それともこれは好機なのか、というのが議論の中心でした。「半自助旅游」が増えれば、旅行会社が顧客のために手配する仕事が減るため、利益も減ることが考えられるからです。

②「中国新型旅客」も①につながるテーマです。まさに“New Chinese Tourist”問題そのもので、旅慣れた「新型旅客」の多様な要求に旅行業界はどこまで応えることができるか、というのがポイントでした。これらのテーマは日本の旅行業界では1980年代からいまに至るまで議論され続けているものです。

一方、③④⑤については、中国固有の問題といえそうです。まず③と⑤ですが、これは共通の内容といえるのでふたつを足せば、ビザ問題が彼らの最大の関心事であることがわかります。

現在、中国人が海外旅行に出かける場合、団体ビザを取得して旅行会社の催行するツアーに参加するのが一般的です。これだけ個人旅行や自由旅行への志向が強まっているにもかかわらず、それを実現できるのは全体で見れば、まだ一部の層にすぎません。これは中国が世界の多くの国々とADS(Approved Destination Status)ビザ協定を結んでいることと関係あります。これは、不法移民を防ぐために各国との間で結ばれた中国在住国民を対象とした特別な協定です。1983年に香港・マカオから始まったこの協定は、2000年代以降、オーストラリアや日本との締結を皮切りに、欧米諸国や南米アフリカ諸国へと急速に広がっていきます。

Approved Destination Status (ADS) policy(China Outbound Travel Handbook 2008)
http://chinacontact.org/information/approved-destination-status-ads-policy

一般にヨーロッパ諸国との締結は2004年以降、アメリカとは2008年。その結果、多くの中国人団体観光客が欧米を旅するようになりました。

最初のうちは、彼らもいろんな国に旅行に行けるようになったことを喜んでいたものの、ふと周囲を見渡すと、日本や香港など他の国・地域の人たちと同じように、自分たちも個人旅行や自由旅行に行きたいと思うようになるのは当然のことでしょう。

近年、日本で中国人に対する個人観光ビザの取得条件が緩和されたり、マルチビザ取得の条件が加わったりしているように、欧米諸国でも同様の緩和措置が徐々に進んでいます。それでも、彼らはまだ不満そうです。「いまや中国は世界一の海外旅行大国になったのに、なぜビザ緩和が進まないのか」と感じているのです。

※パネルディスカッションの詳細については、中村の個人blog「世界一なのに、なぜビザ緩和が進まないのか~中国の不満とその言い分(COTTM2013報告 その4)」http://in
bound.exblog.jp/20514969/を参照。

 

中国の旅行商談会に出展する今日的意味

これまで見てきたとおり、COTTMは中国の旅行業者にとって、“New Chinese Tourist”(中国新型旅客)のための新しい旅行先や新機軸の商品を開拓するための情報交換と商談の場となっていることがわかります。それは海外の事業者にとっても絶好のアピールチャンスといえます。

そういう意味では、日中関係が悪化しているとはいえ、この場に日本からの出展者がいないことはちょっと残念でした。中国から見て日本市場はヨーロッパと同様、チープな団体ツアーの大量送客が主流だった段階から、個人客を対象としたSIT(スペシャル・インタレスト・ツアー:特別なテーマや目的に特化したツアー)の時代に移ろうとしているはずなのに、それをPRしようとする事業者がいないというのですから。

確かに、今年は上海世界旅游博覧会(WTF)の主催者側から日本ブースの参加停止の要請があったように、民間ビジネスに「政治」を持ち込む中国の旅行展示商談会に出展する意味をどう考えるかについては、いろんな見方があるとは思います。

とはいえ、これまでのように一般消費者を対象とした海外の旅行展示会に自治体主導で横並びに出展するというスタイルが効果的なのか、いまいちど考え直す必要はあります。一般消費者向けのPRは団体ツアーの集客には適しているかもしれませんが、個人客についてはどうなのか。自分たちが本当に集客したい対象は誰なのかという検討もそうですし、相手のマーケットも時代とともに変容していくことを頭に入れるべきでしょう。

今回の視察を通して、これからは一般消費者向けの展示会はオールジャパン式で毎回特定のテーマに絞り込んだ新しい出展スタイルを採用、競合する他国との差別化を意識して日本独自のPRに徹する。その一方でヨーロッパの専門旅行会社のように、個人客の取り込みを図りたい個別の事業者や団体・地域はB2Bの商談会に出展し、自らの売りを現地のSIT専門の旅行会社にアピールするという2タイプに振り分けてプロモーションするというのが、今日の中国の海外旅行マーケットの実情に即したあり方ではないかと思いました。

※本稿で触れなかったその他、中国の海外旅行マーケットの新しい動向については、以下を参照。
「中国の旅行業界に貢献したアワード2013受賞者の顔ぶれから見えること(COTTM
2013報告 その3)」http://inbound.exblog.jp/20501949/
「中国の海外不動産投資ブームをいかにビジネスチャンスとするべきか(COTTM2013報告 その5)」 http://inbound.exblog.jp/20520343/

 

地道な訪日誘客活動は続けられている

中国出境旅游交易会(COTTM2013)の視察や北京の旅行関係者との交流を通して、今回強く感じたことは、中国の海外旅行マーケットの現況に対する日中の温度差でした。今年に入って、日本のインバウンド関係者が中国での営業を諦め、寄りつかなくなったという話を聞きました。この時節、国を挙げた東南アジアシフトのムードに乗りたい気分はわからないではありませんが、現地の旅行関係者からは「なぜこれまであんなに熱心に中国で営業を続けていたのに、あっさりその積み重ねを放り出してしまうのか」と残念がる声もありました。

その一方で、現地では地道な訪日誘客活動が続けられていることも知りました。

今回どうしてもその話を紹介したかったので、日本政府観光局(JNTO)北京事務所の飯嶋康弘所長におうかがいしたところ、以下のコメントをいただきました。昨年秋からの事態の推移と日本側の取り組みについて時系列で語っていただいています。

「昨年9月の尖閣諸島国有化以降、日中関係が悪化し、訪日団体ツアーは相当打撃を受けました。一方で、中国当局は訪日ツアーを直接規制はせず、中国メディアに対し日本に好意的な記事を掲載させないことなどにより、あくまでも中国世論の反日ムードから団体ツアーが催行できなくなったというのが実態でした。

実際、訪日リピーターや親日派は団体でなく個人ツアーで訪日するケースも多いのですが、昨秋も訪日個人ツアーはあまり減っていません。このため、日中関係悪化後も、観光庁とJNTOは、中国当局が正式に訪日ツアーを規制していない以上、訪日誘致プロモーション(VJ事業)を当初計画通り実施する方針を固め、中国側から中止されない限り、予定通り誘致活動を実施してきました(昨年10月の中国旅行会社の日本招請事業や、10月、11月の中国メディア招請事業等)。

ただ、中国の旅行会社は、日中関係悪化後、訪日ツアーの募集広告を出さなくなりました(WEB上での訪日ツアー募集は、昨年12月前後から再開しています)。

その後、10年に一度の権力移行が行なわれた昨年11月の中国共産党大会が終わってからは、中国メディアに対する当局のコントロールも緩和し始め、11月下旬には日本車の広告等が中国の新聞紙上に掲載されるようになりました。

JNTOでは、日中関係悪化後、中国各地の旅行会社に対するヒアリングを集中して実施した結果、彼らが訪日ツアーの募集を躊躇しているのは中国国民世論から叩かれるのを危惧していることが大きな理由と分かったため、中国メディアの流れが11月下旬から変わったのを確認してすぐに中国メディアと調整をはじめ、12月中旬から、地下鉄に広告を出したり、3大市場(北京、上海、広州)の大手新聞にJNTO理事長の歓迎メッセージや日本観光のイメージ広告を出すなど、街中に日本観光の広告を掲出し、訪日しやすい雰囲気作りをすることに専念しました。

さらに、そうした取り組みの結果をJNTO北京事務所から管轄内の中国旅行会社約200社宛てに周知するとともに、訪日ツアー募集広告の再開を要請する異例の協力依頼文書も発出しました。その結果、本年1月には、日中関係悪化の影響が最も強い北京でも、一部の大手旅行会社が新聞紙上での訪日ツアー募集を再開し始めました。

ただ、当時は依然として最大手の旅行会社がまだ紙面上での訪日ツアー募集を躊躇していたため、1月24日には井手観光庁長官が訪中され、中国国家旅遊局長と会談し、中国最大手旅行会社トップに訪日ツアー送客を直接協力要請した結果、ようやく3月中旬には、最大手旅行会社も訪日ツアー募集広告を新聞紙上で開始してくれました。この間も、JNTOは、地下鉄広告や大手ビル内での映像放映等、訪日しやすい雰囲気の醸成に全力で取り組んできました。

日本の観光関係者には、一刻も早く中国へのセールスコールや観光商談会等の誘致活動を再開していただきたい」(2013年6月4日)

昨年9月以降の日中関係悪化で神経のすり減るような現地での対応に尽力された関係者の皆さんの心中は察するに余りあるものがあります。また飯嶋所長のコメントから、昨年秋以降いくつかの潮目があったこともわかります。

依然続く日中関係の不和から中国の旅行展示商談会への出展を見合わせなければならない状況が続く中、こうした潮目をつかんでモノにするためには、今後も現地の視察や関係者の皆さんから教えていただかなければならないことはたくさんあります。ムードに流されるだけでなく、大局を見極めることの必要を実感します。

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