インバウンドコラム

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19回 本気でアジアを狙うなら 「情報誌」の発想を変えよう

今年は例年に比べずいぶん早い春が訪れようとしていますが、東南アジアの動きも含めて、アジアのインバウンド旅行市場に新しい展開が生まれてきそうでうれしい限りです。そこで、今回はアジア市場に対する訪日プロモーションと、そのベースになる紙媒体の情報発信のあり方についてあらためて考えてみたいと思います。

このテーマを考えるうえでふさわしい方として今回ご登場いただくのは、台湾と香港で日本の情報誌の編集を長く手がけてこられた鈴木夕未さんです。彼女は現在、台湾国際角川股份有限公司(http://www.kadokawa.com.tw/)で『Japan Walker』の編集に携わっています。彼女は1999年に台湾に渡り、日本の情報誌である角川書店の『東京ウォーカー』の台湾版を現地で立ち上げ、根付かせた功労者のひとりです。

先日彼女が帰国された折、久しぶりにお会いする機会があり、台湾や香港における都市情報誌の現状と日系メディアの置かれた立場について貴重な話を聞くことができました。

彼女が語ってくれた話は、訪日旅行プロモーションのために日本で大量に発行された外国人観光客向けの地図やパンフレット、フリーペーパーなどが現在抱える問題の本質をあぶりだしています。ありていにいうと、それらはほとんど彼らから支持されていないという現実です。なぜなのか。別の言い方でいえば、日本の「情報誌」文化がガラパゴス化していないだろうか、という問いかけでもあります。これは華人文化圏だけではなく、今後多くの関係者がプロモーションに注力していくだろう東南アジア市場にも共通の問題であるはずです。以下、彼女の話を聞くことにしましょう。

 

香港人は日本の情報誌のゴチャゴチャしたレイアウトが嫌い

――昨年まで香港にいたのですね。いまは昔いた『台北ウォーカー』に戻られたとか。

「私は2012年の春、『香港ウォーカー』のリニューアルのため、香港に呼ばれました。同誌は5年前に創刊されており、当初は日本や台湾と同じく、都市情報誌として隔週で発行されていました。

香港は雑誌の激戦区です。しかも、基本は週刊誌。旅行雑誌でさえ週刊で発行されているくらい。せっかちで新しいもの好きの香港人の気質に週刊誌文化が合っていて、しっかり根づいているのです。こうしたなか、『香港ウォーカー』は苦戦続きで、2年前から他誌との違いを明確に打ち出すため、訪日旅行のための情報をメインに発信する媒体に生まれ変わりました。

なにしろ香港はわずか700万人の人口なのに、毎年約50万人が訪日旅行するという土地柄です。香港人の日本旅行熱が高いこと、日本が好きで、興味を持っている香港人が多いこと、香港には日本の旅行をメインコンテンツにした雑誌がなかったことから、角川がこれまで培ってきた強みを活かし、香港の現地情報ではなく、日本の情報を発信する月刊誌に方向転換したのです」

――ところが、それでもなかなかうまくいかなかったようですね。なぜだと思いますか?

『香港ウォーカー』2013年1月号の「関西パワースポット」特集は香港ではウケなかった

「ひとつは特集の問題です。たとえば、2013年1月号の第一特集『関西パワースポット』企画はまったくウケませんでした。日本では人気のある企画なのですが。

もちろん、うまくいったものもあります。2012年8月号の『北海道のアイヌ神話』特集は、企画のテーマと写真を大きく使ったデザインが好評でした。同じ8月号でやったアニメ特集も、私からみると中途半端な内容のように思いましたが、かなり人気があったようです。香港にはアニメ好きが多く、日本のアニメで育っている世代が『香港ウォーカー』のメイン読者ですから。要するに、日本人ウケがいいものと、香港人ウケがいいものは違うんですね」。

――取材や誌面づくりはどうしているのですか?

「当初は、日本各地で発行される地方版ウォーカーの記事とデザインをそのまま流用し、サイズを変更して翻訳していたそうです。でも、それではダメだということで、独自で取材陣を送り出すことになりました。雑誌以外にもガイドブックを制作したのですが、12月に発売した東京のガイドブックはよく売れているようです。これは東京ウォーカーの過去記事を流用し、デザインを香港人向けにアレンジして再編集したものと、香港人の編集スタッフが現地を取材してつくったものが半々です。

しかし、『香港ウォーカー』が苦戦しているいちばんの理由は、香港の一般読者が“日本の情報誌特有のゴチャゴチャした細かいレイアウトが嫌い”、ということではないかと思います」。

――それはどういうことですか?

「理由はとても単純です。彼らにいわせれば、とても窮屈な感じがするからだそうです。実際、香港で発行されている他の旅行雑誌は、写真を大きく使ったレイアウトがメインで、記事はほとんどありません。彼らにいわせると、写真を見て“行きたい!”という気持ちを喚起してくれないとダメなのだそうです。その場所に行かなくても行った気になれる、そんな誌面がいい。これは香港人の編集スタッフたちと何度も話し合ったことなので、間違いないと思います」。

 

日本のプロモーションはあらゆるものが情報過多

――なるほど。香港の読者は実用的な情報ではなく、まずは旅に出かけたくなるようなイメージを喚起してくれる媒体を求めているということでしょうか。

「その通りです。香港の人たちは、極端なことをいうと、雑誌には情報はいらないといいます。きれいな写真があればいいという感覚なんです」。

――同じことはぼくの知り合いの中国の旅行会社の人もいっていました。日本から送られてくる全国各地の旅行パンフレットを見ながら、「たくさんの情報はいらない。きれいで印象的な大きな写真が1点あればいい」「ひとつのページにこんなに写真と文章がいっぱいあると、どこをどう読んでいいのかわからない」。それを聞いて、そりゃそうだなあと思ったことがあります。彼らにとっては所詮外国の情報ですから、日本人相手と同じように、そんなに細かくいろいろ書かれても、おもしろさがわからないというのが正直なところではないでしょうか。

「それと香港人は地図が嫌いみたいなんですね(苦笑)。私が日本の情報誌の誌面づくりのルールに則して実用的な地図を入れようとすると、スタッフから反対されるんです。ガイドブックならあってもいいけど、雑誌では地図は誰も見ないから載せる必要がないというのです」。

――確かに、雑誌とガイドブックでは本来、用途が違いますものね。日本人なら『東京ウォーカー』や『るるぶ情報版』を持って旅に出かけたり、街歩きを楽しんだりするものですが、外国の人たちにはそんな習慣はない。

「香港の人たちは雑誌を持って街歩きをすることは基本的にありません。ガイドブックとは別物と考えているのです。そういう意味では、海外向けの日本のフリーペーパーは彼らのニーズに合っていないのかもしれませんね」

日本の訪日旅行プロモーションの紙媒体はあらゆるものが情報過多で、その情報の見せ方も相手のニーズに合っていない。あれこれ地元の魅力を伝えたい発信側の気持ちはわかるけど、日本人相手と同じようにぎっしり情報を詰め込んでも、外国の人たちにはどこからどう読んでいいのかわからないのです。この不幸なミスマッチが起こる背景について、ぼくは本連載の「第1回 震災は点検の絶好のチャンス!」
http://www.yamatogokoro.jp/column/2011/column_60.html)の中で指摘していました。以下はその抜粋部分です。

――日本側の作る観光パンフレットの多くは、日本の消費者(中国のではない!)の嗜好に沿った実用ガイドに偏っています。これでは旅行先を決める前の段階で使えない。その豊富な情報を享受できるほど、大半の中国の消費者は日本の事情を理解しているわけではないからです。

さらに致命的なのは、そもそも中国の消費者が日本の過剰に洗練された情報誌の読み方を知らないという事情があります。限られた2次元のスペースにたくさんの写真と細かい情報がぎっしり書き込まれた、たとえば『東京ウォーカー』や『るるぶ情報版』のような情報誌を読んだことがないのです。だから、仮に中国客が日本のパンフレットを手にしても、どこからどう読めばいいのかわからない。掲載店舗のありかを探すために別ページにある地図を参照するという情報誌の基本的な約束事を知らないのです。しかし、彼らはネット通販の口コミサイトなら使える。ピンポイントの店舗や商品情報はわかるのです。

それは端的にいうと、彼らが『エイビーロード』を知らないままネット時代を迎えたことを意味します。このすでに休刊した情報誌の存在は、多様な商品の中身を詳細に比較検討できることで日本の海外旅行シーンの成熟化に大きな役割を果たしました。一方、中国の消費者はこうした比較検討メディアの時代を経験することなく、ネット時代に突入しました。おかげで我々の知っている情報化のプロセスがすっぽり抜け落ちているのです。――

 

「情報誌」文化も日本のガラパゴス化のひとつ

――そもそも香港の人たちは、『東京ウォーカー』やかつての『エイビーロード』のような情報誌に慣れていない。そのことが情報誌のデザインをそのまま踏襲した最近の日本の旅行パンフレットやフリーペーパーを受け付けなくさせている理由なんだろうと思います。

「地図の要不要もそうですが、当初日本の情報誌の翻訳から始まった『香港ウォーカー』の編集スタッフたちは、『日本の記事はキャッチがしつこすぎる』といいます。彼らには『日本人は同じことを繰り返し書いている』と感じるそうです。タイトル、サブタイトル、リード、キャッチ、本文、キャプションと、すべて同じことを書いているというんです。確かにそういわれると、そうですよねえ」

鈴木さんのいうように、日本の雑誌編集者たちは、タイトルやキャッチを本文の中から抽出して、なるべく読者の眼を引くよう短いセンテンスにまとめて表現することに腕を競っているようなところがあります。タイトルだけ読めば、何が書いてあるか大枠がつかめるようなうまいキャッチをつけて一人前。一種の言葉遊びのおもしろさもありますし、編集者のセンスが問われるところです。

こうした雑誌文化の背景には、本とは違って雑誌はすべてを通しで読まれるとは限らないため、なるべく数多くの情報を詰め込んで、各読者が眼を引いたものだけ読んでもらえばいい。そうしたゴチャ混ぜの情報の断片をまるで幕の内弁当のおかずのようにぎっしりと詰め込んでいるのが、日本の情報誌です。そのような情報誌の読み方が彼らにはわからないというわけです。大皿料理をみんなで取り分ける食文化の彼らに、幕の内弁当が合わないのは無理もないかもしれません。

こうしてみると、日本で独自に進化した「情報誌」文化はガラパゴス化といわれても仕方がないのではないでしょうか。もちろん、ガラパゴス化は自国の消費者のニーズに則して開発されたもので、それ自体悪いというわけではありません。ただし、海の向こうに市場を求めようとすると、支障が生まれる。日本の携帯が陥った状況と同じことだと思います。

我々は1枚のページに情報がコンパクトにまとまっていると便利だと考えがちですが、実のところ、華人文化圏の人たちがそう受け取るとは限りません。とりわけ中国のようなプロパガンダの国の住人は、タダでくれる情報であれば、何らかの誘導があるだろうとふつうに考えます。彼らは我々に比べてとてつもなく疑り深い人たちでもあるのです。

さらに、鈴木さんがさきほど語ったように、香港では「雑誌を持って歩く」という習慣が浸透していないことも、日本の海外向けフリーペーパーが受け入れられない理由といえます。彼らにとって雑誌はあくまで読むものなのです。そして、いまや持って歩くのはスマートフォンという時代です。

問題なのは、情報の送り手である日本の制作者たちが「情報誌」文化の作法に縛られたまま、外国人相手にきちんとコンテンツが伝わっていないにもかかわらず、無自覚のうちに情報発信を続けていることです。

 

鈴木さんが香港で学んだ「自己満足ではダメ」

鈴木さんは香港で情報誌編集に携わった悪戦苦闘の日々について、赤裸々に語ってくれました。

「私は香港の編集スタッフとうまくいっていませんでした。理由は、私の考えが“日本的すぎる”からでした。赴任当初は使命感もあるし、日本からわざわざ呼ばれたのだからと、企画もページ構成も日本人目線でやっていました。だから、彼らとぶつかりました。

でも、徐々に彼らのいうように『雑誌は読むもの』という考え方を受け入れ、日本の月刊誌や季刊のハイグレードな雑誌をイメージして柔軟に対応するようにしました。本当をいえば、日本の観光地を背景に芸能人を大きく見せるような現行の『香港ウォーカー』の表紙は、実際のコンテンツと合っていないと思うのですが、香港の人にはそれで構わないのです。ミュージシャンやタレントのインタビューなども、写真をできるだけ大きくしてくれという読者からのリクエストがありました。私からすると、それは違うだろうと思うのですが、香港では“写真を大きく使う”、これがいちばん重要なのです」。

――『香港ウォーカー』のこの1年間のバックナンバーを見せていただきましたけど、2012年の5月号くらいまでは日本の情報誌のように、細かいレイアウトやキャッチを多用した誌面づくりが見られますが、だんだんそれが減って誌面がすっきりしてきますね。

「海外で仕事をして勉強させられることがたくさんあります。日本にいては気づかないことばかりです。10年前、私たちが『台北ウォーカー』の立ち上げに成功したのは、そこが台湾だったからです。日本に片想いしている台湾だったから、私たちの思いが実現できたのだと、いまは思います。

そういう意味では、日本に恋する台湾と、最近中国かぶれになってきた香港ではまったく違いますね。 香港人はある意味、欧米人の感覚にも近いです」。

鈴木さんは、日本に片思いし、日本のやり方を受け入れてくれる台湾の特殊性に、いまさらながら気づいたといいます。と同時に、鈴木さんのように、時間をかけて日本の「情報誌」文化を根付かせた日本人がいたことで、台湾の消費社会の成熟に貢献した面もあったのではないかと思います。でも、台湾はきわめて例外的なケースで、そこで成功したことが、その他の華人文化圏やアジアの国々で通用するとは限らないのです。

「やはりその国と仕事をしていくなら、“郷には入れば郷に従え”じゃなければいけないと思います。その国の人たちの気質や好みを把握してやっていかないと、受け入れてもらえません。

自戒の意味も込めて感じたのは、日本人はお山の大将になっているんですよ。自分たちの技術がすごいと。でも、実際はそんなことばかりじゃないですよ。たとえば、街でのWi-Fiの普及度でいえば、日本は遅れています。それは香港から帰ってくると痛感します。日本だから日本のやり方が合っているだけで、外国に来たら日本のやり方は通用しません。香港では本当に悔しくて何度も泣きました。現地のデザイナーとのコミュニケーションも然り。私の意見をまったく聞こうとしないのですから(苦笑)。

でも、仕方ないですよね。雑誌を読むのはこちらの人です。私が香港でやろうとしていたのは、自己満足の世界だったと気づきました。台湾ではこの経験を無駄にしないようにと思います」。

 

自覚なく大量発行されている現状を変えよう

鈴木さんはいま、台湾で『Japan Walker』という訪日旅行情報を満載した『台北ウォーカー』の別冊附録(ブックレット)を出す仕事に取り組んでいます。

「毎月60ページほどのブックレットなので、旅行カバンにちょっと忍ばせてもらえたらと思っています」。

鈴木さんが香港で味わった葛藤は、海外向けの観光パンフレットを発行する自治体関係者やフリーペーパーの発行者のみなさんも自分の問題として大いに学ぶべきではないでしょうか。

「いま全国の自治体で大量につくっている観光パンフレットや地図は、そのほとんどが日本人用をただ翻訳しただけで、まったく外国人のニーズに合っていないんです。この無駄にはもうみんな気がつかないといけないと思います」。

なぜこのような無駄がいつまでもまかり通るのか。発行元の多くが費用対効果に責任を負わない自治体であることもそうですが、広告を集めれば、それで成立してしまうというフリーペーパーのビジネスモデルにもあると思います。実際に読まれなくても、発行だけはできてしまうからです。それが現場の制作者たちにとっても自らのガラパゴス化に対する無自覚を温存させている面があります。

最近でも、トラベルマートの会場などで多言語化された地元の旅行パンフレットを用意しただけで満足しているような自治体関係者を見ると、残念というほかありません。そりゃないよりはましかもしれませんけど、もうそんなことですまされる時代だとは思えません。自覚なく大量発行される現状を変えなければなりません。

日本の「情報誌」文化を脱却し、相手のニーズに近づくことで成功した例として、中国で発行される日系ファッション雑誌があります。もともと日本で発行していた女性誌を、中国でライセンス契約して発行してきたのですが、やはり最初は日本の翻訳記事が多かったそうです。誌面に出てくるのも日本のモデルばかり。しかし、それではうまくいかなかったといいます。

当然のことですが、中国の女性の好みやライフスタイルに合わせたオリジナルな内容でなければ、読まれ続けるはずはないのです。そのためには、彼女らのニーズを追い求める姿勢が必要でしたし、とりわけ中国人モデルの育成が重要だったそうです。それは、日本の出版界が欧米のスタイル雑誌や女性誌を日本のマーケットに根付かせたプロセスと基本的に同じことだったと思います。

同じことは、インバウンドの海外向け情報発信においてもいえることなのです。

台湾で新たにチャレンジする鈴木夕未さんの今後の活躍に期待したいと思います。

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