インバウンドコラム

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第12回 日本情報の窓口=ウェイボーは 肩の力を抜いて始めよう

先ごろ発表された日本政府観光局(以下JNTO)の2012年上半期の訪日外客統計は、国別の浮き沈みはあるものの、インバウンド市場が震災前の水準にほぼ回復したことを告げています。
一方、近ごろの日中関係を見ていると、尖閣をめぐる応酬で日中国交正常化40周年記念どころではない雲行きです。

いつの時代もそうであるように、次元の異なる現象が同時多発的に起きていて、市場にさまざまな影響を与えるものです。

中国版ツイッター=ウェイボーに見られるような、日中の民間レベルに生まれた新しい交流の諸相も注目すべきひとつの動向です。

中国のソーシャルメディアであるウェイボーについては、中国に進出した日本企業はすでに当たり前のように販促ツールとして活用。
訪日旅行市場を活性化したい全国の自治体や関係者が次々と公式アカウントを取得し、情報発信を始めています。

一方、中国政府によるメディア管理のなりふりかまわぬ乱暴さや、何かにつけて日本を攻撃したくてたまらない輩による炎上の不安、そして何より中国語による運用というハードルの高さから、ウェイボーの取り組みに尻込みするケースも多いようです。

それでも、これまで多くのウェイボーの運営担当者に話を聞いてきた経験からいうと、「そんなに怖れることはない。もっと肩の力を抜いて始めませんか」と思います。

今回は7月上旬に北京でお会いした訪日プロモーションの最前線にいるひとりのウェイボー運営担当者の話をお伝えします。

※ウェイボーについてもっと知りたい方は、拙稿「中国版ツイッター微博の底力(ダイヤモンド・オンライン)をご参照ください。
1)ユーザー数は3億人超! ウェイボー(中国版ツイッター)は、なぜこれほどまでに加熱しているのか? http://diamond.jp/articles/-/18874
2)AKB前田敦子の卒業宣言への反応は? 中国人は日本について何をつぶやいているのか。http://diamond.jp/articles/-/19081
3)ウェイボーはビジネスに使えるのか? 資生堂、JALなど先行企業に学ぶ意外な活用法http://diamond.jp/articles/-/19159

 

ウェイボーで訪日旅客のフォトコンテスト実施

日本政府観光局北京事務所ウェイボー

話を聞いたのは、JNTO北京事務所の佐藤仁さんです。
以前このコラムでも少し触れましたが、同事務所では2011年からウェイボーに取り組んでいます。7月現在、フォロワー数は約4万30000人。4月末で約3万3000人だったことから、この3ヵ月で1万人と着実に増えています。
数だけ比べてもあまり意味がないですが、北京より市場規模が大きいとされる上海事務所のフォロワー数が約2万8000人。

訪日旅行に関心のある中国の人たちにとって公式の情報窓口であるJNTO北京事務所では、これまでどんな独自の取り組みをしてきたのでしょうか。

――今年に入ってウェイボーを使ったいくつかのキャンペーンを行ったそうですね。

「1月から3月末までの期間、実際に訪日旅行に行った人からウェイボー上にさまざまな日本の情報を発信してもらったところ、約6万件が寄せられました。情報を寄せてくださった方の中から5名にiPad2をプレゼントしました(「春游日本」企画)。同時に日本で撮影した写真を投稿してもらいフォトコンテストを実施したところ、4200枚の応募がありました。その写真をウェイボー上で人気投票してもらい、受賞作となったのが以下の刺身盛りの写真です」(「东瀛纵览摄影大赛」企画)。

フォトコンテスト受賞作品

 

 

 

 

 

 

 

――こうした企画をローコストで手軽に実施できるところがウェイボーの魅力ですね。実際にどんな投稿があったのですか。

「我々では普段気がつかないような内容も多かったです。たとえば、京都のレンタル着物はどこでいくらで借りられるか。着物を着て街を歩いたら、みんなから写真を撮られてうれしかったとか。
三鷹の森ジブリ美術館のチケット予約はローソンでできるから、日本にいる知人に頼むといいとか」。

――中国客にとって何が貴重な情報なのか、投稿を見ていると彼らのニーズに対する理解が深まりそうですね。

「ウェイボーにはアンケート機能もあるので、どんな賞品がほしいかについてもフォロワーの声で決めました。
こうしたやりとりは、中国の一般の人たちがいま何を見ているかを知る手がかりになります。我々観光局としても今後、何をプロモーションしていけばいいのかを見極めるうえで参考になります。
たとえば、訪日キャンペーンのキャッチコピーをどうするか、PRのヴィジュアルは何が好まれるか。打ち出すべき方向性を一般消費者の生の声を参考に練り上げていくことができると思います。
今後も継続的に同様のウェイボーを活用した情報拡散キャンペーンを続けていくつもりです」。

 

ウェイボーの取り組みに至るまで

北京事務所がこのようなウェイボーを使ったプロモーションを始めるまでには、いくつかのプロセスがあったようです。佐藤さんはJNTO香港事務所を経て2007年から北京事務所へ赴任したのですが、当時からすでに成熟していた香港の旅行マーケットに比べ、北京の市場は相当遅れていると感じたといいます。

彼によると、中国でJNTO事務所のある香港(華南)、上海(江南)、北京(華北)の3つのマーケットの違いは以下のように表現されることになります。(ここでは香港ではなく、広東省について語ってくれています)。

●成熟した香港市場の影響が強い――広東省
「華僑の多い土地柄で、海外出国に抵抗がなく、最も開けた市場。旅行や遊興費に金をかける気質。旅行市場として先行している香港市場の旅行商品情報が常に入ってくるため、新しいルートや商品が生まれやすい」

●市場は大きいが、競争も激しい――上海
「市場規模は最大だが、訪日旅行に関して金銭感覚は渋い。旅行業界も発達しているが、価格競争が熾烈で、新しい旅行商品が次々に生まれるもののすぐに消えていく傾向あり」

●保守的でまだ団体が主流――北京
「消費者が保守的で、いまだに訪日旅行の7割は団体のゴールデンルートが現状。旅行業界も新規開拓の意欲が他地域と比べ低く、新しい商品を定着させるのが難しい」

(※これらはあくまで、市場特性を地域別にトータルに捉えた分析です。格差の激しい中国社会に出現した富裕層市場については、地域に縛られないまったく別個の市場として存在しますが、ここでは触れていません)

こうしたことから、北京事務所のミッションは、保守的な北京の訪日旅行市場をいかに成熟させるかでした。

旅行先がいまだにゴールデンルートと北海道だけというのでは、数だけ増やしても現地は混み合うだけ。安さが売りの商品だけでは、地元は潤いません。旅行ルートの地方への分散化、高品質化が課題です。とはいえ、2000年代のプロモーションはB to Bが基本でした。
まずは旅行業界の人たちに訪日市場の多様性を理解してもらうことに注力するほかなかったといえます。

転機を迎えたのは、08年の正月映画『非誠勿擾』のヒットからでした。

「おそらく初めて中国の消費者が主導的に、自分からここに行きたいという動きが生まれた」(佐藤さん)といいます。
その後、中国で北海道ブームが生まれ、ツアー訪問地として定番化されたのはご存知のとおりです。

こうして北京事務所でも、一般消費者を意識したプロモーションが始まります。

しかし、ウェイボーの登場以前は、その手法は王道ともいえる、マスコミや旅行業界のキーパーソンを日本に招聘し、メディアやネットを使って一般消費者にアピールしてもらうことが中心でした。

昨年3月の東日本大震災後、JNTOはビジット・ジャパン緊急対応事業として5~6月にかけて約100名の関係者を招聘し、日本の状況を中国人目線で伝えてもらうよう精力的に働きかけています。こうした素早い対応がその後の訪日客回復につながっていったことは大いに賞賛すべきです。
と同時に、ウェイボーの存在が背後で大きな役割を果たしていたことに多くの関係者が気づくことになります。

 

「口コミ大国」という市場特性を活用しよう

同じ頃、北京事務所でのウェイボーの取り組みが始まっています。

――ウェイボーを始めるにあたってどんな経緯があったのですか。

「北京事務所では、新浪微博の公式アカウント自体は、2010年春に取得していたものの、マンパワーの問題もあり、10年当時はほとんど取り組みができていませんでした。
その後、あっという間にウェイボーのユーザーが1億人を超えた(2010年末頃。2012年7月現在3億といわれる)といわれるようになり、すごいメディアに成長しているなと実感しました。そこで、遅ればせながら11年初夏に運営を始めたのです」。

――最初からフォロワー数がすぐに増えたわけではないでしょう。現在につながるきっかけは何かあったのですか。

「昨年6月、北京国際旅游博覧会(BITE2011)の会場で、ウェイボーを使ってフォロワーの皆さんのインタビューにリアルタイムで答えるという1時間限定のイベントがありました。
まだ震災の影響が色濃い時期で、『北海道に行きたいけど、震災の影響はないだろうか?』といった生々しい質問に対し、会場からチャット方式で応対するというものでしたが、このイベントの反響が大きかった。
フォロワー数を獲得していくきっかけになったと思います」。

実は、このイベントはウェイボー運用会社の新浪微博の働きかけで実現したといいます。2009年、中国ではフェイスブックやツイッターといった欧米系ソーシャルメディアがアクセス不能となり、それに代わるように複数のウェイボー運営会社が立ち上がりました。

その最大手が新浪微博ですが、各社はしのぎを削って大手企業や著名人の公式アカウントの取り込みのため営業攻勢をかけていました。
なかでも海外の有名企業や芸能人を取り込み、フォロワー数を獲得させることは、彼らの当時の市場拡大戦略にとって正攻法の営業手法でした。海外の政府観光局も、彼らから見ればブランド価値があったと考えられます。

ウェイボーは確かに政府に管理されたメディアに違いありませんが、いつでも日本を目の敵にしているわけではない。運営会社は日々、市場原理に基づくサービス合戦を繰り広げているのです。
だから、JNTOのフォロワー獲得を熱心にサポートしてくれたのです。

日本政府観光局中国語簡体字ホームページ ※同事務所のウェイボーの目的も、ひとまずこのサイトに誘導すること。

そもそもウェイボーを運営する目的は、なるべく多くの人たちに日々発信する情報の断片を拾ってもらうことで、情報元のサイトやブログに誘導し、ビジネスにつなげていくことにあります。
興味深いのは、その情報がフォロワーたちに有用で面白いと判断されると、次々と転載されていくことです。

誰もが予測不能なまま、どこまでも情報が拡散していくのがウェイボーの醍醐味です。

こうした中国特有のソーシャルメディア事情をふまえ、北京事務所で立案されたのが、「口コミ大国という市場特性を活用しよう」という戦略でした。 実際に日本を訪れた人たちにアプローチすれば、彼らが広告塔になってウェイボー等を通じて日本を宣伝してくれるはずだ、というものです。

 

でも、炎上したらどうしよう?

震災という大ピンチを迎えた訪日旅行市場にとって、ウェイボーという恰好のメディアを活用しない手はない。その一方で、炎上したらどうしよう? そんな懸念もよぎります。今日の中国社会において「日本」は常に標的とされる存在。誰もが気になるところです。

――以前、日本旅行に行ったある中国人女性が放射能汚染のため不妊症になったというデマが中国のネット上で一時盛り上がりましたね。

「友人の友人が……というお決まりのストーリーですね。ウェイボー上では『そいつが浴びたという測定値と不妊症の因果関係を証明してくれる優秀な病院を紹介してほしい』といった返しも見られました。
デマをジョークで切り返してくれる冷静さが中国のネットにあることを発見したとき、ホッとしたものです。

この1年ウェイボーの運営を担当してきて実感したのは、こうしたさまざまな嫌がらせから守ってくれるのがファンの人たちだということでした。

実は、私も炎上したときの管理をどうするべきか、とずっと考えていました。でも、心配してばかりいても始まらない。
私の書き込む中国語の間違いも含めて、みんなが温かく見守ってくれる。彼らは日本に関心があり、我々の情報発信を好意的に見ようとしてくれているから、たとえ反日的なコメントが出ても、スルーしてくれるし、逆に気にするなと励ましてくれる。
だから、そんなに悩む必要はない。いまはそう思っています」。

中国ではフォロワーのことを「ファン(粉丝)」と呼ぶように、JNTOのフォロワーは文字通り「日本ファン」を意味するといっていいでしょう。そんな彼らが自分たちの大切にしているコミュニケーション空間を荒らされたくないと考えるのは当然です。

こうしてみると、ウェイボーというソーシャルメディアは、社会に対する”開かれ方”が日本や欧米と違って独特というか、ある意味中国に見られる「内に優しく外に厳しい」個人と社会の関係に似ているのかもしれません。

一方、マーケティング用語で「ファンを囲い込め」といいますが、運営側の思惑とは別に、ファンたちによって勝手にどんどん情報が「転載」され、外の世界につながっていく面があります。
ときにお調子ノリが過ぎると思うときもありますが、それを支えているのもやはり”ファン意識”でつながったコミュニティ空間であるわけです。

それだけに、彼らの”ファン意識”の取り扱いには神経を遣う必要がありそうです。その点について、佐藤さんは「返しが大事」といいます。

発信した情報に対するファンからのリアクションに対して、誠意をもって回答する姿勢を見せることが大切だというのです。
もっとも「フォロワー数が3万人を超えたあたりから、一つひとつ丁寧に返すことができなくなった」とも。

ある数を超えた段階で、それまで作り上げていたネット上のパーソナルな人格をハンドリングしていくのが難しくなる面が出てくるというのは、多くのウェイボー関係者が共通して語っていることです。

同事務所のウェイボーの運営はこれまで佐藤さんがほぼおひとりで担当していたそうです。

日々発信する情報は、JNTOの賛助会員(ホテルや観光関連のサプライヤー)が提供するPRニュースを中心に、日本のテレビを見ながら気づいたこと、ヤフーのヘッドラインのニュースなどを参考にしながら、出社後、昼休み、退社前と1日3本を目標に情報発信することに努めてきたといいます。

「観光PRはある意味、どんな切り口でもいい。発信した情報がどう転載されるかを想定しながらネタを選んでいるところはありますが、PRばかりでは飽きられるし、何がフォロワーの心をつかむか、こればかりは何とも言えません。
要は日本に関心を持ってもらうための情報の窓口であればいい。幸いなことに、観光情報は中国でも規制がないのですから」。

ウェイボーはそれ自体ビジネスに直結する万能のツールではありません。

日本情報を愛好するファンたちが訪日旅行に行ける経済力を有する階層とそのまま重なるとは限らないという中国社会のシビアな現実があるのも確かです。
ひとたび政治的なコンフリクトが起これば、当局によって情報を即座に遮断されてしまうのも、この国の日常です。

それでも、ウェイボーはいまや「口コミ大国」である中国に定着した社会インフラのひとつであるといわれています。

佐藤さんの話を聞いていると、ウェイボーの取り組みを継続することによって中国社会に対して一定の影響力をもちうる可能性も感じられます。

「13億の市場とつながろう」などと大風呂敷を広げる必要はありません。ビジネスツールのひとつと割り切りつつ、肩の力を抜いてウェイボーを始めてみることをおすすめします。

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