インタビュー

2016.06.29

台東モノマチ 実行委員 台東デザイナーズビレッジ 村長 鈴木淳氏

モノづくりの町、台東区に外国人が立ち寄りだした!

数年前に始まったマチづくりのイベントが、期間中のべ10万人を超える目玉企画に成長していった。東京下町にある台東区の南部、御徒町から蔵前エリアだ。もともとモノづくりが盛んなこの地域がオープンファクトリーという手法で、地域ブランディングを実現。最近では訪日外国人の立ち寄りスポットになりつつある。モノマチの経緯についてうかがった。

目次:
台東モノマチが始まった経緯
台東モノマチを継続させていく取り組み
外国人対応等について
今後の展望について

1:台東モノマチが始まった経緯を教えてください

「台東モノマチ」は、古くから製造/卸の集積地としての歴史をもつ東京の下町、台東区南部・徒蔵(カチクラ)エリア(御徒町~蔵前~浅草橋にかけての2km四方の地域)を歩きながら、「街」と「ものづくり」に触れるイベントです。
例年多数のモノづくり系企業やショップ、職人、クリエイター、飲食店等が参加し、多くの来場者のみなさまにお楽しみいただいています。

第1回目は、2011年5月に、こちら創業支援施設「台東デザイナーズビレッジ」(以下デザビレ)からの呼びかけで集まった地元企業や卒業生ショップなど、16社からスタートしました。

このデザビレとは、旧小島小学校を活かした台東区の廃校の跡地活用事業として2004年にスタートしたプロジェクトです。

この界隈のモノづくり自体、アジアにシェアを奪われて、廃業する町工場も多く、地元の産業界からは、デザイン性の高い商品を担う人材を求められていました。そこで若手デザイナーの育成場所として始まったのです。

2011年は、東京スカイツリーの開業前年というタイミングです。開業を好機と捉え、御徒町、蔵前エリアとしての仕掛けが必要だと近隣に訴えたのです。 メディアからの取材が入る際に、何もしていないと、取材先候補に名前が載らずこの一角は素通りされてしまうといった危機感がありました。そこでまずは、小島町内の小さな一角から始めることにしたのです。

もともと、この台東区南部は、古くから装飾品やファッション雑貨に関わるモノづくり産業が盛んです。それらのモノづくりをサポートする材料や資材、道具などを扱う問屋や小売店も集積しています。

卒業生たちも近隣にアトリエやギャラリーを設け、すっかり町の一員になっていましたので、彼らの参加も後押ししてくれました。
優れたモノを優れた職人さんが作り、販売するというもの。まさにオープンファクトリーの走りといっても過言ではないでしょう。

当初から、モノづくりのマチづくりがテーマで、単なるイベントではないのが特徴です。マチづくりが重要な柱だと考えています。

2:台東モノマチを継続させていく取り組みについて

第1回は、私が事務局長で、地元に住む小倉佑介さんが実行委員長、2回目の実行委員長は、地域のリーダー的存在である木本誠一さん(木本硝子代表取締役社長)が担当しました。参加が64社に増え、来場者も増えていきました。
そして第3回は120社に増え、それは、参加者が次の回に仲間を誘うという方法を取ったのも一気に倍に増えた理由でしょう。

モノマチは第4回までは参加企業も倍々で増え、規模の拡大、コンテンツの充実を目指してきました。16社から始まったモノマチは第4回で参加250社を超え、来場者数はのべ約10万人を記録したのです。

しかし規模が大きくなるにつれ、地元の有志によるボランティアで行っていた運営面の負担は増大。第5回を前に「台東モノづくりのマチづくり協会」を設立し、組織化することで運営事務をある程度フォーマット化して省力化することが出来ました。

回を重ねるごとに参加店舗や参加者数も増えていますが、いろいろな企画も始まっています。例えば、スタンプラリー、ビンゴゲームなどで、回遊したくなる仕組みを構築しました。

店舗や職人達が連携するコラボ企画も始まっています。
普段は横の接点がないバッグ工房や硝子屋さん、ジュエリー工房などが、このモノマチをきっかけに意気投合して、新しい企画が生まれたのです。例えば各工房を回遊しながらモノづくり体験することで、ガラスのジュエリー付きの鞄ができる等、意外な組み合わせで自分だけの商品が完成させられます。
今回は30以上の企画が進んでいました。

3:外国人対応等について教えてください

第1回目から関わっておりましが、外国人のお客さんは、肌感覚からで回を重ねるごとに増えているだろう思います。しかし実数など具体的な数値はとっていませんが。

蔵前エリアにはゲストハウスがあり、そこの滞在者も参加されて、好評だったと聞きます。

今回のモノマチのチラシには、英語、中国語の案内も併記。
また、外国人が参加する事を意識して、英語と簡体字の地図を作成し、エリア内の三か所に特設設置したインフォメーションセンターの多言語対応可能なスタッフは胸に専用の名札をつけるなど、外国人対応に一歩踏み出しました。

蔵前にはカキモリというオリジナルの文房具を扱う店があり、台湾でも人気です。また卒業生の「syuro」も台湾への進出をしています。
今後、他も続けとアジアからの注目も高まっていくのではないでしょうか。

現状ですと、アジアからの訪日リピーター客が、ようやく徒蔵(カチクラ)のモノづくりに注目するようになった段階でしょう。

これまでは、浅草、上野、秋葉原という観光コースでこのエリアは飛ばされていましたが、リピート客を中心に立ち寄りつつあります。
しかし、まだ小売店が少ないのが、このエリアの弱点です。やっと最近、ショールームを併設した工房が登場するといった新しい動きはでてきましたが。

あと、外国人に向けた取り組みとして、モニターツアーを実施したことがあります。モノづくりが、外国人の目にはどう映るのかと考え、2013年に経産省のクールジャパンの補助金で、海外からのメディア招聘事業をやったのです。

外国人の記者が7カ国、9名いらして、工房を案内して回りました。みなさん、日常の働く現場の見学や体験に喜んでいただき、好意的でした。

4:今後の展望について教えてください

5月に開催しました第8回のモノマチでは、実行委員長が30代の若手になりました。自主的に若手が実行委員会を運営するようになり、まちづくりにも積極的です。
これまでは年長者が引っ張っていましたが、世代交代が進むのは喜ばしいことだと思います。
この活動自体が、楽しいと感じてもらえたのが良かったのでしょう。参加者数も年々増えていて、やりがいもあると思います。

モノマチの今後のあり方については、継続的に議論されているところです。例えば春のオープンファクトリー以外にも活動を広げるのかなど。

ところで、このオープンファクトリー運動は、他のエリアへの発火点になったのではないでしょうか。
その後、大田区、墨田区、さらに新潟県の燕三条へと広がっていきました。

いくら良い商品であっても、一般的にはとかく安いものへと目が移りやすいです。しかし、作り手の顔が見えてその想いやどのような過程で作られたのかを知ると、また違ったものに感じ、価値が高まるのです。
国籍を超えて、そういった共感が広がることが望ましいです。

 

取材後記:
実際に台東モノマチに足を運んだ経験があるが、いろいろなものづくりを垣間見ることができて楽しい。また旧小島小学校のレトロな建物が、そのままアトリエに利用され、見事な再利用だと感激した。すでにここから多くのクリエイターが巣立っているそうだ。

最新のインタビュー

バックナンバー

2017年

2016年

2015年

2014年

2012年

2011年

2010年

2009年

2008年

2007年