インタビュー

2016.03.31

ゲストハウス品川宿 代表 渡邊崇志氏

ゲストハウスで商店街に新しい風が吹く

北品川の普通のどこにでもある商店街。観光地でもないのに、そこを外国人が散歩する姿が珍しくない。それはゲストハウス「品川宿」の存在が大きい。この宿には、若い活気がみなぎっていて、地方でゲストハウスを開業したい若者がここで修行に励む。ゲストハウスをフックにした商店街の活性化のヒントになりそうだ。

目次:
ゲストハウスのオープンまでの経緯
品川宿の概要
地域との関わりなど、現在の取り組
今後の展望について

1:ゲストハウスのオープンまでの経緯を教えてください

手前どもは、2009年10月のオープンです。

なぜ、私がここでゲストハウスをやることになったのか。
もともと高校生のときにホテルマンに憧れ、大学は観光関連の勉強をしていました。また、実家は東京都の江戸川区ですが、品川界隈には縁があり、学生時代に下宿して土地勘が非常にありました。

学生のときに、バックパッカーとして海外を旅行したり、中国に短期留学して寮で暮らしたりと、そのときの経験が、ゲストハウスへと向かわせたのでしょう。そこには、グローバルな人材が集り、メンバーの誕生日があるとイベントを企画するなど、仲間とワイワイやるスタイルが気に入ったのです。
この原体験が、ゲストハウスを手がけるきっかけになりました。

大学卒業後は、いったんメーカーに勤めましたが、長年の夢を実現すべく、2007年12月に退社。そして開業するまでの2年間が、振り返るといろいろと凝縮されていました。
まず、アメリカに渡り語学を学んだのです。やはり接客には必要ですから。そこで移民を受け入れるフリースクールで学ぶことができました。
そして日本に戻り、社会起業家向けのプログラムを受講。そのプログラムのおかげで、自分のやりたいことが明確になってきました。京都にあるため、友人宅に居候しつつ、京都の5つ星のホテルのVIPラウンジでアルバイトをして過ごしました。

ゲストハウスの物件を探す段となり、やはり縁のある品川界隈に絞ることにしました。2009年1月、北品川の地元の町づくりの協議会に挨拶に伺い、会長さんからバイト先まで紹介してもらいました。また住まいも安く借りられました。

開業前にまずは地域に根ざすことを心がけたのです。
例えばお祭りの手伝いをするなど、地域の方々に顔を覚えてもらえるようになりました。
そんな折り、保健所からの紹介で商店街にあるビジネス旅館が廃業するという情報が入ったのです。私がここでゲストハウスをやりたいことを覚えていたのでしょう。
この物件を絶対にものにしたいと3週間で700万円集めました。自己資金だけでは全然足りず、親戚や品川区の創業支援からの出資など、多くの方に応援してもらえました。まちづくり協議会のメンバーも、保証人になっていただき、感謝しています。

2:品川宿の概要を教えてください

社会起業家向けのプログラムを受講して、考え方が明確になりました。
それは、「地域」と「宿」、「外国人旅行者」の3点を結ぶことです。
土地に根ざして、宿として外国人にサービスしていく。またその宿のある街を紹介していくことです。

開業当初は、まだ法人化していなかったのですが、現在は、「しくろジャパン」という会社になりました。スタッフは、固定で3人、アルバイトが7人です。

他に「Bamba Hotel」という築70年の古民家を改装した1棟貸しもやっています。品川宿からひと駅の距離です。

現在、ゲストハウスのプロモーションは宿のwebサイトがメインです。
開業時から、外国人観光客がターゲットだったので、最初から英語だけでした。
SEO対策をしっかり手がけましたので、当時はゲストハウスが都内に少なく、「tokyo」「 guest house」と検索エンジンに入力すると、すぐに上位に表示されました。あとは観光案内所にもチラシを配って置いていただきました。

開業当初は、私が一人で切り盛りしていました。順調に利用が増え、半年後にスタッフを加えました。
2年目もさらに売り上げが伸びていきましたが、3年目に東日本大震災の影響で、受け入れ人数がゼロとなったのです。
そして私一人に立ち返り、今後の目指すものを考え直しました。ここでの利益を次の何に投資していくかということです。
出した答えは、人を育成することに重きを置くことにしたのです。

宿業以外にコンサルティング事業もあります。それが、当時の目指すものとして発展したことです。
具体的には、ゲストハウスを開業したい人のサポートで、品川宿で修行して地元に戻り、開業する。
例えば、長野県の須坂市では昨年オープンしました。また、神戸でも間もなく立ち上げ予定の案件もあります。
いずれも、ここと同じコンセプトで、街に根ざしたものを目指しています。
修行は、アルバイトではないので、時給も下がりますが、その代わりノウハウを徹底的に伝授します。

3:地域との関わりなど、現在の取り組みを教えてください

北品川は、羽田空港から近いので、アクセスの利便性があります。また宿は駅からも近く、昔ながらの商店街に立地しています。

正直、普通の商店街です。

わざわざ遠くから足を運ぶ必然性はないでしょう。
しかし、泊まってもらった方々には、この普通の街並を体験してもらいたいのです。

そのため、近隣地図を作って、街歩きしてもらう工夫をしています。オススメのお店のドットで落とし、まわってもらうようにしました。

古着屋さんが人気のようです。またカフェや銭湯に入るゲストもいると聞きます。いかに地域外から商店街に人を呼び込めるかが、街にとっては今後のカギとなるでしょう。この界隈の魅力は生活の色が強いこと、良い意味で観光地らしくないところが魅力です。

そのためには、外国人のニーズを拾い、街の仲間と情報共有することも大切です。
毎月の最終の火曜日がまちづくり協議会の定例日で、情報を共有して、いろいろな議題について許可、承認をします。
品川宿の稼働状況やどんな国から来ているのかなども報告します。

宿泊客の内訳は、アメリカ人が30%で、台湾が10%、その他、オーストラリア、ドイツ、香港などが月によって入れ替わる傾向があります。
ここ最近のトレンドとしては、日本人も増えていることです。我々は多文化共生というテーマもあり、外国人オンリーという訳ではありません。

昨年までダイレクトブッキングのみだったのですが、最近、やっとOTA(オンライン・トラベル・エージェント)を使うようになりました。
別に集客が減ったのが理由ではなく、最近は日本人の予約が増え過ぎて、偏りを解消するのが狙いです。やはり多文化共生という目標があり、そのバランスの維持が目的です。

ところで近隣へのアウトソーシングも積極的に進めています。朝食などをお願いしています。こういった外国人が泊まってもらったおかげで、商店街に新しいニーズを提供できました。

4:今後の展望について教えてください

今後は観光案内所をやっていきたいと考えています。
江戸時代には「問い屋場」というのがありました。今でいう観光案内所的な窓口です。ここ北品川は、当時の品川宿だったところで、それを復活させたいですね。

あと、今度は泉岳寺にもう一つの一軒家を借りる予定です。「Bamba Hotel」と同じようにゲストしかいない丸貸しの物件です。カギの受け渡しは、新しい観光案内所でやっていきます。

観光案内所が、センターオフィスとなり、カギの受け渡しする業務を担えればと考えています。早い段階からAirBnB(エアービーアンドビー:アメリカ発の民泊のマッチングサイト)の動きを注視してきており、民泊のニーズへの可能性を高く感じます。今後、これまでのホテルという概念も広くなるでしょう。そこで空き家など困っている大家さんをサポートする仕組みづくりも目指します。

その際に、今後必要になるのが、英語でのメールのやりとり、カギの受け渡しサービス、朝食サービスです。
朝食は、地元の惣菜屋さんのおにぎりやサンドイッチを宅配できます。

これまでと違った形になりますが、地域と宿、外国人旅行者の3点を結ぶという基本コンセプトはぶれずに継続していきます。

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