インバウンド特集レポート

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第19回 2015.11.26

「爆買い」はいつまで続くのか? 500万人市場になった中国インバウンド大盛況の舞台裏

特集レポート

2015年、年間500万人規模に急拡大した訪日中国人旅行市場。「爆買い」が流行語となり、市場がこれほど伸びた背景には何があるのか。一方、中国経済の減速がささやかれるなか、この勢いに死角はないのか。今年大盛況だったマーケットの舞台裏を探り、来年の展望を考える。

目次:
内陸都市が訪日客を送り出す
「ニッポンヤスイネ(日本便宜)」の時代
クルーズ激増で東シナ海がレジャーの海に
ビザ緩和が日本旅行ブームに火をつけた
訪日中国客には2つの異なる顔がある
静岡でツアーバス衝突事故発生
数が増えても赤字という現地旅行会社の嘆き
来年以降もこの勢いは続くのか

 

10月下旬、成田発鄭州行き中国南方航空の機内は、日本旅行を終えて帰国の途に就く中国人団体客であふれていた。

同航空が中国内陸部に位置する河南省の省都・鄭州と成田を結ぶ定期便を就航させたのは今年8月下旬のことだ。同機に搭乗していた山西省出身の公務員、李輝さん(31)は5泊6日の日本ツアーをこう振り返る。

「初めての日本の印象は、街が清潔で社会の秩序が安定していること。なかでも東京で訪ねた書店の静かで落ち着いた雰囲気が気に入った」。

同行した夫人や親戚の子連れの夫婦らは買い物三昧の日々だったと李さんは苦笑する。次回の訪日ではひとりで自由に街を歩いてみたいと話す。鄭州空港に着くと、自家用車で3時間かけて自宅のある太原に向かうという。


河南省中国国際旅行社の東京・大阪ゴールデンルート5泊6日ツアーのチラシ

鄭州市出身の元運転手、丁守現さん(70)夫婦も初めての日本旅行だった。「去年タイに行ったが、日本にも行ってみたかった。日本語がわからず、スケジュール表を見ても自分がどこにいるのかわからない。グループについていくだけだったが、楽しかった」と笑う。

今回のツアーは旅行会社に勤める娘が手配し、代金も出してくれた。東京・大阪ゴールデンルート5泊6日で3500元(7万円)という。

 

 

内陸都市が訪日客を送り出す

日本政府観光局(JNTO)の最新リリースによると、2015 年1~10 月の訪日外国人数(推計値)は1631 万人。なかでも中国本土客は前年比2倍増の428万3700人。年間で500万人規模の市場になることが見込まれている。

中国客激増の背景に成田・鄭州便のような内陸都市と日本を結ぶ定期便の大幅な拡充がある。中国からの定期路線が国内最多となる関西国際空港では、11月現在、約40都市からの定期便がある。日本ではそれほど知名度のない江蘇省の塩城や貴州省の貴陽などの地方都市からの定期便が増えていることも今年の大きな変化だ。

河南省中国国際旅行社の張東昇日本部部長は「河南省からの訪日旅行は今年始まったばかり。いまは団体旅行が大半だが、日本との直行便ができて今後拡大するだろう」という。

関西国際空港に就航する東アジア路線マップ(関西国際空港のHPより)

JETROによると、河南省の人口は9406万人で、2014年の省内GDPは3兆4939億元(約70兆円)。台湾やタイなどアセアン諸国をすでに上回っている。1人当たりのGDPも1万ドル前後と中進国の水準だ。

鄭州の新都心「CBD区」では人工湖の周辺に高層建築が立ち並ぶ

省都の鄭州では新都心の建設もほぼ完成している。今日、中国の主な地方都市に見られる光景は、ちょうど10年前の上海のようだといっていいかもしれない。内陸都市も訪日客を送り出せるだけの経済発展を達成しているのだ。これは今年の中国インバウンドを語るうえでのひとつの大きなトピックである。

「ニッポンヤスイネ(日本便宜)」の時代

さらによく知られたトピックは中国客による「爆買い」だろう。11月上旬、今年の流行語大賞に「爆買い」がノミネートされたが、観光庁の試算によると、2015年7~9月の訪日中国客の旅行消費額は4660億円と全体の半分近く(46.6%)を占め、1人当たりの平均消費額も28万788円とトップ。データからも「爆買い」ぶりが裏付けられている。

中国客激増の背景には、言うまでもなく円安がある。だが、その結果、日中の物価が逆転したことが大きい。

今日の中国都市部に住む一般市民の物価感覚を知るには、たとえば、彼らが朝の通勤タイムに手にしているスターバックスのカフェラテが27元(540円)だといえばわかりやすいかもしれない。これは日本の2倍近い感覚だ。


環球金融中心(通称「上海ヒルズ」)から眺める上海の夜景

以下は、上海の観光施設の入場料を東京の類似した施設と比べた例だ。すべて東京より上海が高いことがわかる。

上海動物園 800円(40元)―上野動物園 600円
上海水族館 3200円(160元)―すみだ水族館 2050円
東宝明珠塔 3200円(160元)―東京タワー 1600円
環球金融中心(通称「上海ヒルズ」)展望台 3600円(180元)―東京スカイツリー 3090円(2060円(展望デッキ当日入場券)+1030円(展望回廊))
※すべて大人一般料金(2015年11月現在)。

個別に比べると交通運賃など日本のほうが高い例もあるが、大きな階層格差が存在する中国社会で、日本に旅行できるだけの経済力を有する特定の層は、日本よりコスト高の消費生活を送っているのである。だから、彼らにしてみれば、日本は何でも安い国だと感じられる。この機に日本に行かない手はない。そう考えるのは無理もないのだ。中国語が少しわかれば、全国のショッピングモールを訪れた中国客が口々に「ニッポンヤスイネ(日本便宜)」と声を上げる姿を見かけるだろう。

クルーズ激増で東シナ海がレジャーの海に

6月下旬、博多港に上海発の米国クルーズ会社ロイヤルカリビアンが運航する世界で2番目の大きさを誇る豪華客船「クァンタム・オブ・ザ・シーズ」が初入港した。同客船は昨年11月にカリブ海でデビューしたばかりだが、世界最速で急拡大するクルーズ市場となった中国に今年から投入されたものだ。

福岡市によると、同船の乗客数は約4450名(中国 約4150名、台湾 約50名 アメリカ 約50名、その他 200名)。過去日本に寄港したクルーズ客船の中で最大規模(総トン数、乗客数)だ。この日、乗務員を含めて約5000人が博多に上陸した。

中国発クルーズ客船の博多港初寄航は2007年。主な出航地は上海と天津で、今年は264回(11月1日現在 中国発以外も含む)の予定だ。上半期に韓国でMERSが発生した影響で増えたせいもあるが、昨年の115回に対して一気に倍増した。年間で約50万人の中国クルーズ客が上陸することになる。


カジノやプールもあるクァンタム・オブ・ザ・シーズの船内

博多港におけるクルーズ客船寄航回数の昨年までの推移(福岡市クルーズ課より)

2009 外航28 内航14 計42
2010 外航63 内航21 計84
2011 外航32 内航23 計55
2012 外航91 内航21 計112
2013 外航22 内航16 計38
2014 外航99 内航16 計115

いまや福岡市は中国発東シナ海クルーズラッシュの主要な舞台である。ではなぜ中国ではクルーズ旅行がこんなに人気なのか。その理由を中国旅行社総社(上海)日本部担当の武暁丹氏はこう説明する。

①4泊5日の標準的なクルーズ料金が空路のツアーより安い。
②船内の食事や遊興施設の利用は無料で、家族でのんびり過ごせる。
③買い物による持ち込みが無制限なこと。

これらの指摘は、血縁を大切にし、経済合理性に富み、買い物好き、ギャンブル好きという中国人の特性に驚くほどマッチしている。上海で訪日旅行のコンサルティングを行う上海翼欣旅游咨询有限公司の袁承杰総経理も「クルーズ客のメインは80后(1980年代生まれ)。彼らの多くは30代になり、結婚し、子供ができた。クルーズ旅行は航空旅行のような移動も少なく、船内で家族が一緒に過ごせるので、3世代旅行にぴったり。ハネムーナーにも人気」と世代動向から理由を分析する。

現地クルーズ関係者によると、来年も新規投入する大型客船が予定されていて、この勢いは続くという。いまや東シナ海は中国人にとってのレジャーの海になったといえるだろう。

ビザ緩和が日本旅行ブームに火をつけた

中国インバウンド大盛況の舞台裏を考えるうえで、日本のビザ緩和策も重要だ。今年中国客が激増した理由について、日本政府観光局(JNTO)上海事務所の山田泰史副所長は以下の3つの点を指摘する。

①円安の定着
②中国からの航空路線の拡充とクルーズ客船寄港の増加
③中国人に対する観光ビザ発給要件の緩和

このうち①と②についてはすでに触れたが、実は大きく市場を動かしたのが③「中国人に対する観光ビザ発給要件の緩和」なのだ。

今回の措置が運用されたのは今年の春節前の1月19日から。ポイントは「一定の経済力を有する過去3年以内に日本への短期滞在での渡航歴がある者とその家族」に対する個人観光数次ビザの発給要件の緩和である。要は、ここでいう「一定の経済力」の指す年収基準が下げられたのだが、これに本人を伴わない家族のみでの渡航も認めたことで、上海や北京などの沿海都市部に住む富裕層のみならず中間層まで含む日本への渡航が容易になった。

国土の広大な中国では、各地域の経済発展状況に準じ、8ヵ所ある日本総領事館の担当エリアごとにそれぞれ適用基準が異なっている。これまで日本政府は中国人に対する観光ビザの発給要件の緩和を小出しに進めてきたが、一定期間内にビザなしで何度でも入国できる今回の数次ビザの緩和が中国側に与えた心理的な影響は大きかったようだ。

今回の措置の発表は昨年11月8日に行われたが、その反響はすでに成熟市場となっていた沿海都市部だけでなく、訪日旅行市場が十分に形成されていなかった地方都市にも広がった。ビザ緩和で日本旅行へのハードルが下がるとの情報は中国国内に広まり、ブームに火がついた。昨年末の時点で中国の旅行関係者は「これで訪日旅行の次のステップが始まる」と期待を込めたという。2015年が日本旅行の飛躍の年になることは、中国側では早い時期から予測されていたのだ。それゆえ、精力的に航空路線を拡充し、クルーズ客船の大量投入を進めたのである。

訪日中国客には2つの異なる顔がある

訪日中国旅行市場が拡大し、多様化するなか、中国客には2つの異なる顔があることをあらためて確認する必要がある。特に近年登場してきた個人客の動向は注目だ。

9月下旬、上海発茨城行き春秋航空に搭乗していた米国系IT企業に勤める李淑雲さん(28)は、同僚の女性とふたりで国慶節休暇を使った初めての日本旅行を計画していた。ふたりはオンライン旅行社で航空便やホテルを手配し、今夏開業したばかりの二子多摩川エクセル東急ホテルに宿泊した。日本でのスケジュールを事前にほとんど決めておらず、『孤独星球 东京到京都』(世界的なガイドブックシリーズ『Lonely Planet』の中国語版 ゴールデンルート編)を機内で目を通しながら日本滞在中の予定を考えるという。

同機には、AKB48劇場に行きたいと話す20代半ばのいわゆる「オタク(宅男)」6人組の上海人男性グループもいた。上野のビジネスホテルに予約し、1週間東京に滞在するそうだ。

彼らは、スケジュールはすべてガイドにおまかせの団体客とはまったく異なり、目的を持って日本を自由に旅する個人客である。その行動半径やスタイル、旅の動機は、これまでの団体客には見られなかったものだ。中国では「自助游(個人旅行)」という。

中国の書店では、個人客のニーズに合わせた旅行書が流通している。今年2月に出版されたガイドブック『日本自助游』は、全国の交通機関の乗り方を中心に実用情報が載っており、若い個人客が初めて日本をひとり歩きするのに重宝する内容だ。

もっとも、彼らの主な情報源はむしろネット上の口コミで、いわゆる旅行「攻略」サイトや微信(We Chat)などのSNSの利用が定着している。彼らがいま日本のどんなことに関心を持っているかについては、以下の「攻略」サイトをチェックしてみると面白いだろう。

中国の個人旅行者向けガイドブック『日本自助游』(人民郵電出版社 )
中国の個人旅行者向けガイドブック『日本自助游』(人民郵電出版社 )

穷游(貧乏旅行)
http://place.qyer.com/japan/
去哪儿(どこへ行く?)
http://travel.qunar.com/p-gj300540-riben

訪日客の動向に詳しい一般社団法人アジアインバウンド観光振興会(AISO)の王一仁会長は、中国に個人客が出現した背景についてこう語る。

「いま中国の旅行市場で注目すべきは、C-Tripに代表されるオンライン旅行社の勢いだ。同社の関係者によると、訪日市場の伸びは前年比で7倍増。上海市場では旅客のすでに半分、北京で30%をオンライン旅行社が占めるという。彼らの多くは個人客なので、個人向けの移動や宿泊、通信サービスなど新しい商機が生まれている」。

中国人の日本旅行が解禁されて15年目に当たる今年、2つの初めてがある。まず中国が国・地域別のランキングでトップになったこと(以下、韓国、台湾、香港、米国が続く)。訪日中国人の数が訪中日本人を逆転するのも、実は初めてだ。

この15年間で中国の海外旅行客は進化した。それをリードするのが上海などの沿海都市部から来る個人客である。一方、いま始まったばかりの内陸都市発の団体客もいる。彼らはいわば10年前の上海人である。中国インバウンドの実態は、こうした異なる2つの層が10年遅れのタイムラグをはらみながら同時に進化していく過程にある。当然受入側も、まったく異なる対応が求められるだろう。

 

静岡でツアーバス衝突事故発生

大盛況の中国インバウンドだが、この勢いに死角はないのだろうか。

新しく登場した中国の個人客は、日本人の旅行感覚にも近く、その動向に目が向かいがちだが、実際には旧来然とした内陸客の増加もあり、現場ではさまざまな問題が起きている。

今年のGW中、静岡県浜松市で中国客を乗せたツアーバス同士の衝突事故があった。千葉県のバス会社が運行する大型バスが信号待ちしていた別のバスに追突したのだ。28人の中国客が市内の病院に救急搬送されたという。事故の原因はバスの整備不良だった。

観光バス同士、追突 中国人客28人搬送 浜松(静岡新聞2015年4月28日)
http://www.at-s.com/news/article/social/shizuoka/45509.html

背景には、ここ数年の静岡空港への中国からの新規就航の激増がある。

富士山静岡空港のHPによると、11月現在の中国発静岡線は以下のとおり。地方空港としては国際線が多く、中国だけで12都市13路線。大半が内陸都市からの便である。

中国発静岡線(2015年11月現在)

上海浦東(中国東方航空) 毎日
杭州(北京首都航空) 月、木、土、日
合肥(中国東方航空) 水、日
南京(中国東方航空) 火、土
南寧(中国南方航空) 月、金(11月は運休)
寧波(中国東方航空) 火、水、金、日
石家荘(北京首都航空) 水、土
天津(天津航空) 火、金、土
西安(天津航空)土
温州(中国東方航空) 水
武漢(中国東方航空) 毎日(11月は運休)
武漢(中国南方航空) 月、金
塩城(北京首都航空) 木、日

中国の内陸都市から来る団体客の大半が東京・大阪ゴールデンルートのツアーに参加しているが、これまでゲートイン・アウトは成田と関空だった。そこに静岡空港が新たに加わったことがわかる。中国の地方都市から日本の地方都市へ直接定期便が飛び始めているのだ。

しかし、昨年本特集レポートで指摘したように、アジアからの団体客の急増で慢性的にツアーバス不足が問題になっている。その状況は改善されるどころか、今年のさらなる市場拡大で悪化していることが推測される。

(やまとごころ特集レポート1回)
バスの不足が国際問題に!~今春、訪日旅行の現場では何が起こっていたのか
http://www.yamatogokoro.jp/report/2014/report_01.html


中国からの団体客を乗せたツアーバス。都内にて

実は、死傷者も出た2012年の関越高速バス事故もGW中だった。この時期、日本人の移動も多く、貸切バスの需給が逼迫し、運転手も休みが取れないという労働条件の中で、今回のような事故が起きたと考えられる。

追突事故を起こしたバス会社が、後日道路運送法違反で摘発されたことがそれを物語っている。千葉県に営業所を持つバス会社が「営業区域」外の静岡空港でツアー客を乗せたことが問題だったのだ。

中日新聞の取材によると、同社は中国の旅行会社からの依頼を受けて「営業区域」外での運送を常習的に行っていたようだ。逮捕された社長は「違法だとはわかっていても、断るに断れなかった。断ると仕事がなくなる」と話しているという。

「営業区域」問題は、成田や関空などの国際空港周辺に集中している中小貸切バス事業者にとってはいかんともしがたいところがある。そのためAISOなどのインバウンド団体はこれまで国土交通省運輸局に撤廃を求めてきた経緯がある。実際、桜シーズンなどに時限的に撤廃することもあった。しかし、それだけでは問題の根本的な解決に至らないだろう。

いま海外からの人の流れが多様化し、地方へと拡大している。今回のバス事故は、日本のシンボルである富士山のふもとに位置する静岡空港が激増する中国客を一気に呼び込んだことでやむなく起きてしまったといえるだろう。

バス不足と並んでホテルの客室不足も深刻だ。11月上旬、京都市右京区のマンションで中国人観光客向けの「民泊」を無許可で営業した旅行業者が書類送検されている。中国からの観光客約300人を宿泊させた疑いがあるという。

無許可で「民泊」容疑=中国人観光客300人-旅行業者ら2書類送検へ・京都府警(時事通信2015年11月5日)
http://www.jiji.com/jc/zc?k=201511/2015110500008

今年議論を呼んだ外国客の「民泊」とそのマッチングサイトであるAirbnbの運用ルールづくりをめぐる問題も、背景には訪日旅行市場の急激な拡大がある。ホテルの客室不足は、とりわけ団体客の比率の高い中国市場にとって影響は大きい。今後も市場が拡大する見込みの中で、外国客の足と宿という最も基本的なインフラをいかに構築していくか。いまや外国客の誘致ではなく、むしろ受入態勢の整備が喫緊の課題となっているのだ。

数が増えても赤字という現地旅行会社の嘆き

課題は中国側にもある。現地の旅行関係者が口を揃えて挙げるのが、訪日ツアーのショッピングに過度に依存したビジネスモデルである。

これは中国インバウンドの舞台裏の核心的部分といっていい。なぜ鄭州市の老夫婦が参加した5泊6日の日本ツアー(航空運賃、交通費、宿泊費、食事すべて込み)の料金がわずか3500元(7万円)にすぎないのか。それは日本国内でのバスやホテル、ガイドなどにかかる費用が特定の免税店などのショッピング施設からの売上に応じたキックバックで補填されているからだ。

これはクルーズ旅行についても同じである。上海のある旅行会社社員は「今年日本行きのクルーズ市場は急拡大したが、集客を担当した我々旅行会社はほぼすべて赤字だった。運航数の増加でかえってツアー単価が安くなりすぎたせいだ」と嘆く。

上海発日本行きの標準的なクルーズ料金は、昨年4泊5日で約5000元(10万円)だったが、今年は半分以下の2000元代に下がっているという。それだけに、数の勢いとショッピングに依存したツアー構造は持続可能なのかと現地でも危惧されているのだ。

実際、博多港のHPをみると、今年7月1日現在の博多に寄港する年間のクルーズ客船数の予定が286回だったのに、11月1日現在では264回と減少している。当初の見込みどおりクルーズ客の集客ができなかったためだろう。

同じことは航空路線についてもいえると、前述の王一仁AISO会長はいう。「今年すごい勢いで中国からの日本路線が増えて、特に10月以降、羽田路線は1日約20便になると聞いている。はたしてそれだけ増やして席が埋まるのか。ちょっと疑問だ」。

さらに、今夏の中国の株価暴落以降、国内外のメディアから中国経済の減速で海外旅行市場の活況もそんなに長くは続かないのではないかと指摘する声も出てきた。もしそうだとしたら、ショッピングに依存するビジネスモデルにも影響が出るはずだ。訪日中国人ツアーは「爆買い」によるキックバックでコストを補填している以上、購入金額が減少すればこれまでのような安いツアーで募集することはできなくなるからだ。以下のような悪循環が考えられるのである。

「爆買い」減少 →ツアー代金の上昇 →ツアー客の減少(市場の縮小)

来年以降もこの勢いは続くのか

ただし、これまで見てきたように、中国の旅行市場は広大かつまだらで一様ではない。沿海都市部と内陸都市では経済市況も異なり、一概にこうだと決めつけられないのだ。

筆者の個人的な見解では、来年は今年の2倍増のような飛躍的な伸びを続けるのは厳しいものの、中国インバウンドの勢いは続くと考えている。「爆買い」もすぐになくなるとは思えない。いまや中国人の「爆買い」は、単に訪日客のお土産購入シーンに見られるだけのものではなく、中国国内での日本商品のネット販売の領域にまで広がっているからだ。

確かに、多くの論者がいうように、マクロ的にみれば中国経済は減速しているようだが、だからといって年間500万人程度の訪日客数は、総人口からみると0.4%にも満たない規模で、桁違いの人口を有する中国ではたいした数字ではない。何より富の偏りの大きい社会だけに、海外旅行ができる特定の層の比率は周辺国に比べて低くても、それを全土からかき集めるだけでも相当なボリュームになるのだ。

中国には公的統計に捕捉されない膨大なアンダーグラウンド経済(「未観測経済」という)の存在がある。そもそも多くの中国客にとって「爆買い」の原資は、GDPに換算される表向きの収入ではなく、「未観測経済」によるものと考えた方が自然だろう。このように中国の動向を占うには、我々の社会とはあらゆる尺度が違うことを知らねばならない。

さらにいえば、中国経済のバブルが崩壊しても、すぐに海外旅行者数が減るとは思えないのは、日本でもそうだったからだ。バブル崩壊直後の1990年代初頭、日本人の海外旅行者数は約1000万人。その後10年間伸び続け、頭打ちとなったのは2001年の米国同時多発テロの年だった。それ以降は1600万人前後で伸びは止まり、そうこうしているうちに、今年は1970年以降45年ぶりに訪日外国人の数が出国日本人を逆転する。

では、ポストバブル崩壊時代の日本の海外旅行のトレンドは何だったのか。それは「安近短」と呼ばれたアジア方面への市場の拡大だった。これと同様、中国の航空市場をみると、この秋以降、欧州や北米路線が減少する一方、アジア太平洋路線は増加を見せている。

一度バブルの味を知った国民はすぐにはその味を忘れられないものだ。ただし、そう遠くには行けないので近場を目指す。その恰好の旅行先のひとつが日本であることは間違いないなさそうだ。

とはいえ、11月13日に起きたパリ同時多発テロ事件が与えた世界的な衝撃と暗雲のように広がる不安が、新疆ウイグル自治区を抱える中国に今後どう波及するか。さらには、南シナ海における中国の覇権的な動きが周辺国との関係にどんな緊張を強いるかなど、来年の訪日旅行市場にとって気がかりな国際情勢の変調もある。これまで以上に海外の動向を気にかけねばならない年になるだろう。

Text:中村正人

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