日本文化体験交流塾
私は、日本一の観光カリスマは、誰かと聞かれれば、小佐野常夫だと思う。
河口湖は、変わった。1980年代中頃、河口湖は避暑地としても、上高地や蓼科や清里などと比べると、今一つ高級感がなかった。また、温泉もなく、伊豆、 箱根、日光・鬼怒川などに比べれば、二流の感じがあった。「河口湖にでも行こうか」「河口湖しか行けないね」との声さえあった。
それから、20数年を経て今日、このところ毎年10回以上も河口湖周辺を訪ずれている自分に気がついた。河口湖の周辺には、富士山はもとより、三つ峠山、 毛無山、十二ケ岳など、いずれも展望も良く、東京からアクセスの良い山が多い。また、下山後は幾つもの温泉があるので、登山が趣味の私としては、今度はど こへ行こうかと考えると実に楽しい。
最近の富士河口湖町では、山に登らなくても、一年を通じて、花と緑の美しい風景が続く。4、5月には、富士桜とミツバツツジ、6月にハーブと富士山。この 美しい写真は、東京からわずか100キロのところなのだ。ハーブフェスティバルこそ、小佐野町長の観光まちづくりのスタートだった。7月は、アジサイが花 を咲かせる。また、秋にはブルーベリー摘みやいちご狩も楽しめ、紅葉が目を楽しませてくれる。紅葉のライトアップを考えたのも、小佐野町長である。また、 湖畔の広場は、芝生で覆われ、街角には花が植えられ、アルプスの高原を散歩しているような気持ち良さがある。富士山と湖、そして花々と芝生、調和の取れた 自然の美しさは、河口湖の魅力となっている。
もし、家族旅行で夏休みにどこに行ったら良いか相談されたら、私は、まず、河口湖を勧めている。河口湖畔は、釣り、テニス、ハイキングなど多様なス ポーツが楽しめ、また、ガラス、陶芸、ジャムづくりなど趣味の体験メニューも多く、夫と妻、娘と息子がそれぞれに楽しめる仕組みが良くできているからであ る。また、たとえ、長雨が降ったとしても、退屈せずに楽しめる施設も少なくない。河口湖美術館、久保田一竹美術館、与勇輝ミューズ館など、世界のどこに出 しても恥ずかしくない美術館がある。また、夏には、ステラシアターでは、フォーク、ジャズ、クラッシックなど、様々なコンサートが開かれている。猿回し劇 場など、子ども達が楽しめる施設も少なくない。まさに、通年で楽しめる施設が充実している。この本は、こうした富士河口湖町の魅力を、まだご存知ない方 に、私が実際に訪問した体験を踏まえ、また旅好きの仲間達の意見も踏まえて、紹介する。そのなかには、地元の方や何度も来ている人でも、意外と知らない場 所が多くあると思う。
わずか20年の歳月で、何故、このような変化が富士河口湖町に生まれたのだろうか。その大きな理由は、1988年から2007年に引退するまでの約20年間、富士河口湖町の町長として、活動した小佐野常夫氏のリーダーシップに負うところが多い。
小佐野町長は、1988年に河口湖町の町長に就任した。町の活性化のために、観光を重視して「五感(視る、聴く、嗅ぐ、味わう、触れる)に訴える町おこ し」を提唱し、「湖面に富士を映す美しい河口湖」だけに依存しない観光による町づくりを成功させた。また、夏だけでなく、通年楽しめる観光地の育成に努め た。2003年には、「河口湖町」は、「 勝山村」「足和田村」と合併して、富士河口湖町となった。現在、旧河口湖町エリアは、河口湖の東岸を占めており、富士急ハイランドや、河口湖大橋周辺の美 術館や娯楽施設が集中する地域である。また、旧勝山村エリアは、河口湖の東側、富士御室浅間神社のある地域である。また、旧足和田村エリアは、西湖を中心 とするエリアである。さらに、2006年3月には、本栖湖、精進湖のある「上九一色村」と合併した。つまり、富士河口湖町は、富士山の裾野、富士五湖のう ち、河口湖、西湖、精進湖、本栖湖の4つの湖を有する地域となった。小佐野氏は、合併で大きくなるたびに、新しい地域を売り出す観光戦略を展開してきた。
小佐野氏が町長であった20間の同じ時期、特に1992年~2006年の15年間、大半の観光地は、縮小と衰退の道を歩んだ。1980年代から90年代の 観光振興は、大型のプロジェクト型の開発が中心であった。ゴルフ場の建設、スキー・スノーリゾート、テーマパークなどである。地域特性にかかわらず、大規 模な建設投資が行われた。
しかし、1990年代後半から2000年代前半の国内観光が不振のなかで、これらの大規模開発のほとんどが顧客の減少、累積赤字の増大に苦しんだ。閉鎖さ れた主なレジャーランド・テーマパークを見ると、「鎌倉シネマワールド」(神奈川県)、「レオマワールド」(香川県)、「シーガイア」(宮崎県)、「長崎 オランダ村」(長崎)、「宝塚ファミリーランド」(兵庫県)などがある。大型観光プロジェクトが如何に優れていても、それが単体であるかぎり、リピーター など、長期の集客は難しい。地域が本来持っている観光資源と結びついて初めて、観光地づくりは成功する。
こうしたなかで、富士河口湖町のエリアの観光客数は、平成元年の約850万人から、平成17年の約1,260万人にまで、増加した。小佐野町長の観光振興 の取組みは、地域の潜在的に持つ資源を発掘し、地域の魅力を高める取組みであり、こうした手法が他の地域とは異なっていたからである。
小佐野氏の活動と富士河口湖を、これからシリーズとして、報告しょう。
