日本文化体験交流塾
山梨県河口湖の北岸にある久保田一竹美術館は、富士山周辺でも最も魅力的な美術館であり、訪れた誰もがその美しさ、完成度の高さに驚く。
欧米人にとっては、見たこともない美の世界であり、大きな感動を覚えるようである。実際、私を案内してくれた当館の羽田一弥氏の話によると、米国からも多 くの客が訪問するが、事前の計画では1時間の鑑賞時間であっても、本当に1時間で帰った団体はないという。予定の1時間が来て、バスを出発させようとする と、客の誰かが戻っていない。着物を鑑賞したり、また庭を散策しているのである。そこで、その誰かを探して、やっとバスに連れてかえったら、また別の誰か がいなくなっている。結局、どの団体も、例外なく1時間半はかかると、言うのである。油絵の絵画と彫刻がヨーロッパの伝統的な芸術表現の技法とすると、着 物が山水草木の景色に染まり、太陽や月の光、鳥や蝶の動き、雲や雪がまるで立体的に浮かび上がっている様は、正に日本の美に違いない。
展示作品のなかで、私がまず素晴らしいと思ったのは、富士山をテーマとした作品である。「紫雲たなびく赤富士」であるが、富士山の裾野付近に山があり、 その上に雲が広がり、さらに上に図抜けて高い赤い富士が描かれている。また、「夕立の後の富士」であるが、雲上に真っ赤な紅葉の地帯があり、さらにその上 に青色く輝く富士の姿を描いている。これらの着物が、実物以上に色彩豊かな富士となっている。
この作品展示室の約半分をしめるのが、「光響」の連作である。鮮やかな紅葉に染まる山の景色から始まる。紅葉は、モミジ、ナナカマド、カラマツな ど、さまざまな植物から構成されており、また、同じ樹木であっても、一枚一枚異なった葉で構成されている。赤、黄色、橙、緑などの色が絡み合い、それぞれ が秋の光のなかで、また、風を受けて微妙な変化を示している。この作品には、そうした色合いや変化が表現され、また、静寂・動、力強さと優しさなど、相反 するものが調和している。250色の色を使った作品もあるという。一枚の着物ではあるが、膨大な手作業と、繊細な技術が投入されているのである。
この着物の不思議は、離れて見ると、また別の姿を見せる。一枚一枚が完成された作品であると同時に、隣あった着物は、一体的なデザインがほどこされて いるので、まとまりのある風景を見せてくれる。秋をテーマとした連作だけで、15枚の作品がつながっている。まさに、山と谷、花鳥風月の広大な景色が描か れている。しかも、この連作は、時の流れでもある。左から右へ、季節は少しずつ、移り変わっていく。秋は、やがて晩秋となり、初雪がふり、初冬をむかえ、 次第に冬が深まっていく。さらに、春、夏へと繋げていく。現在、この連作は、秋、冬、早春と60点中、39点が完成しており、今、春の作品制作が行われて いる。四季が完成するには、あと21点の作品制作が必要という。久保田一竹氏は、この作品一枚を完成させるのに、約2年を要した。それだけの時間が必要と された理由として、新しい着物の制作には、かならず一点以上、新しい絞りの工夫をしており、そうした改善なしには、作らなかったのである。今、これらの作 品には、数百種類を絞りの技法が使われているのである。
また、この「光響」の連作は、これに加え、20点の宇宙も予定されており、現在、6点が完成している。全ての完成まで、今後、数十年を要するといい、ご 家族やお弟子さんが、その遺志を継いで制作している。このように長期にわたった計画と背景には、久保田氏の妥協を許さない向上心があったのである。
美術館には、ゆっくりと楽しめる茶房もある。日本の美を探求する人には、是非、お薦めしたいスポットである。
