日本文化
1300年前から、明治のはじめ頃までに日本で書かれたか、印刷された書物を「和本」という。とりわけ、江戸時代には、木版で印刷された本が全国に普及した。和本は、仏書、医書、和歌・連歌・俳諧、往来物など、江戸文化を支えた基本的な技術であった。神保町で誠心堂書店を経営していて、和本入門を出版されている橋口侯之介さんを訪ねた。
橋口さんとのインタビューで、「和本を知ることは現代の本を知ることにも通じ、ひいては「本とは何か」という原点にまでさかのぼって考える格好の材料になる。」こと。
「往来物といって、寺子屋などの教材になった本が江戸時代にはたくさん作られたが、そのせいもあって当時の識字率は、世界でもきわめて高かった」こと。
「大衆本は、蕎麦より安かった」こと。
「学問は、武士階級だけでなく町民や農民にまで広がり、全国に家塾ができた。」ことなど、
和本が江戸の文化や教育に大きな役割を果たしたことが分かった。
和本文化は、書籍のみではない。和本に使用する和紙、版木、彫り、摺りなどの技術は、浮世絵の技術の基礎にもなってている。当時、ヨーロッパでは活版印刷が主流であった。日本でもその技術は、入ったけれど、本づくりの主力とはならなかった。むしろ、木版が主流だった。だからこそ、多色刷りの木版画である浮世絵が生まれ、発展したのである。
そして、大事なのは、江戸という巨大市場の存在である。当時、ヨーロッパにも100万都市はなかったという。参勤交代という特殊な制度のおかげで、江戸には50万人もの武士が住んだ。武士及び商人たちは、現代でいう、中間所得層を形成した。この中間層こそが、和本、歌舞伎、浮世絵などの江戸文化を作り上げた。
19世紀には、ヨーロッパで産業革命がおき、中間所得層が飛躍的に増加する。それとともに文化の大衆化が進み、ロートレックなどのポスターやイラストの需要が拡大する。こうした大衆社会に、江戸文化は先行していたのであり、だからこそ、浮世絵は多大な影響をヨーロッパ社会に与えることになる。
今回、日本文化体験交流塾では、「浮世絵を生んだ技術の探訪」として、5回シリーズの講座を開催することになった。橋口さんも、その講師の一人である。まもなく、受講者を募集する。詳細は、ホームページhttp://www.ijcee.com/をご覧ください。
