地域探訪シリーズ
2009年9月11日第6回鎌倉探訪(概要は、ijcee.com)、最初の浄智寺の閑栖、朝比奈宗泉前住職は、戦争体験やTBSプロデューサー、そして禅など、1時間弱のお話しのあと「雨の日は仕事を休みなさい」という著書を、の有志にくださった。この日は、明月院、東慶寺ともに、各ご住職本人にお話ししていただき、個々の寺院はもとより、仏教用語についても、解説していただき、大変有意義な一日となった。
浄智寺は、鎌倉五山、第4位の臨済宗の寺である。普段は、入室が許されない、花に囲まれた美しい書院でお話を伺うことができた。
当初、ご住職で、円覚寺の教学部長である朝比奈恵恩氏は所要があり、その父上の宗泉氏がお話してくださることとなった。お話しは、ご自身の戦争体験から始まった。
「座禅」と「軍隊生活」が同じくらい嫌だったこと。ビルマに行きたくなくて、レーダーの担当となったこと。終戦後、京浜急行の車掌をしていたこと、ドアが閉まり、デッキにぶら下がってひと駅、命からがら乗ったことなど、自身の失敗も含めて、楽しく話を展開した。
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戦後、宗泉氏は、TBSプロデューサーとして、「兼高かおる世界の旅」をプロデュースし、世界を訪問した。また、松下幸之助氏から依頼されて、父で円覚寺管長、著名な書家でもあった朝比奈宗源氏から「水戸黄門」の題字を書いていただいた。当時の約束では、単発もののドラマとして、筆料をいただいたと笑いました。今日まで、題字は、何千回も使用され、日本一の長寿番組になったのはご存じのとおりである。
そうした人生を踏まえた教訓は、「求心止む処、即ち無事」という書で表現された。
「日本が真珠湾攻撃をしなかったら、多くの人は死ななかったか。」何を求めて戦争をしたのか、その求めたものが、他の方法で解決できなかったのか。反省をこめて、語る。
宗泉氏は、禅が世界に発するメッセージは、平和だと言い切りる。著書のなかで、「生と死」「善と悪」「愛と憎」など、対立した概念を乗り越えること勧めている。
9月11日は、奇しくも、ニュヨークテロの日。テロをなくす戦いのなかで、テロの犠牲者の数十倍もの人が死んでいる。老僧、朝比奈宗泉氏から、人生への明確なメッセージをいただいたと喜んでいる。
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次に、訪問したの明月院である。ご住職の佐藤氏が京都から平成3年に来られたときは、お話を聞かせていただい本堂の窓は、円窓となっているが、かつては、開けられないほど、境内に電柱が林立して、庭も荒れ放題だったという。
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佐藤氏は、姫あじさいを植え、育てるなど、美しい寺づくりに努め、現在では、アジサイ寺として知られ、国際的にもミシュランガイドの二つ星でもあるように、鎌倉でも人気のある寺院となっている。
佐藤住職は、禅修業の難しさを教えてくれた。朝、4時に起床して、24持に寝る毎日。ただ、座禅を組むだけでなく、畑を耕したり、料理を作ったり、洗濯・掃除すべてが修行という。こうした間に、難しい問答に答えていかなくてはならない。これは頭で考えるというより、悟りを開くのである。禅問答のなかには、次のようなものもある。
「ある若くて魅力的な修行僧が人里離れた民家に長期滞在する。好意で修行僧を泊めた女性は、娘の婿にしたいと、娘を通わすが、修行僧は何の反応もない。最後には、全裸で抱きつくが、それでも反応してくれない。娘のことを、『まるで枯れ木のようで暖かみを感じない』とまでいう。悲嘆にくれた娘を思いやって、母は、ついに、火を放ち、修行僧を焼き殺してしまう。」修行僧が正しいか、母が正しいかを、これが問題だという。
このような難しい問題でも必ず解答は、あるという。その回答は、一つだという。ただ、回答に至る悟りの道筋は、人によって異なる。山の頂上が一つでも、そこに至る登山道は、たくさんあり、その登り方も人それぞれ違うのと同じである。人の真似やコピーでは、駄目なのである。
本堂の入り口に、「照顧脚下」の字がある。自分の足元を良く見ろということである。「○○部長」「○○の妻」などいうだけでなく、本当の自分自身を見つける大切さである。自分にできない背伸びすることをやめたら、「人間の持つ、本来の良心に基づいて、素直に暮らすこと」。これが仏心という。
掃除や料理、すべて自分自身で行うことから、照顧脚下が可能となるのではないだろうか。定年になって、「生き甲斐を失ったり」、「濡れ落ち葉」という言葉さえ、ある。組織や家族に頼りすぎず、自分自身の足で立ちなさいという言葉と理解した。
また、一期一会という言葉が特に大切という。佐藤住職によれば、「今だ」ということが、本質である。「今を大切にしなくては、次を逃すぞ」ということ。このように、現在を大切に生きることを強調された。
明月院の境内に、美しい花を抱えた地蔵様があった。住職となって、先例にとらわれることなく、現実に基づいて、寺院の改革を進めてきた、佐藤住職の化身のように思えた。
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午後2時、訪問したのは、東慶寺である。ミシュランガイドでは、3つ星。外国人には、とても評価の高い寺院である。こちらを解説していただいたのは、井上正道住職。ご住職の講義は、本堂、松ケ岡宝蔵と移動しながら、2時間近くであったが、事物紹介にとどまらず、用語解説あり、本質論あり、冗談ありと、人を飽きさせない内容であった。
東慶寺は、元来、尼寺であった。豊臣秀頼の息女を迎えることなどにより、江戸幕府から特権的な地位を与えられて、「駆け込み寺」「縁切り寺」として、栄えた。しかし、明治になり、この特権的な制度は廃止され、寺は荒れ果てた。
この寺を再建したのが、釈宗演禅師であった。34歳で円覚寺の管長となった偉人であり、夏目漱石の小説、門に登場する高師である。その弟子で、この寺の裏で、10年ほど暮らしたのが、鈴木大拙氏である。
釈宗演禅師は、寺院再建のため、仏殿を横浜の三渓園に売却せざるを得なかった。現在、重要文化財となっている。これを「売り飛ばした」と、表現する井上住職は、タダものではない。1981年から、30年近く、ご住職として、この東慶寺を管理・経営されており、実績に裏付けられた発言である。
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聖観世音菩薩立像は、美しい観音様である。このほかにも、宝蔵には蒔絵などの重要文化財がある。井上住職は、仏教用語の説明もしてくれた。阿弥陀が無定量を意味すること。旦那と、ドナーが同じ語源であることを教わった。
地蔵菩薩の地は、地獄の一字をとったもの。地獄まで降りてきて、その立場から、救いの手を差し伸べてくれる菩薩の意味という。その他、大変、訳に立ったが、とても書ききれないほどの知識であった。
そして、何より大切なのは、知識にとどまらない、禅の心である。三人の住職は、異なった表現であったが、同じことを言っているように思えた。
