インバウンドコラム

第7回 中国にとって観光は政治の道具であるということ

印刷用ページを表示する



第7回北東アジア国際観光フォーラム新潟会議

今回はいつもと趣向を変えて、2月6日に開催された第7回北東アジア国際観光フォーラム新潟会議【The 7th International Forum on Northeast Asia Tourism in Niigata(IFNAT)http://www.erina.or.jp/jp/Events/20120206info.htm】の報告をしたいと思います。

IFNATは、新潟県が1993年に立ち上げた公益財団法人環日本海経済研究所【The Economic Research Institute for Northeast Asia(ERINA) http://www.erina.or.jp/】の主催する北東アジアの国際観光振興に関する会議です。新潟県は日本海に面した自治体を代表して環日本海経済圏との交流推進を掲げてきました。会場は新潟港近くの朱鷺メッセ。参加者は、北東アジアの4カ国(日本、中国、韓国、ロシア)から集まった行政や大学、民間団体ら約100名で、この地域の国際観光交流をテーマとした講演や報告、交流会がありました。

インバウンド重点市場の上位2国を含む日本に最も近い周辺国の観光研究者が一堂に集まるユニークな会議です。東京に住んでいると、どうしても発想が首都圏特有の事情に偏り、地方経済の低迷を打開するというインバウンド振興の本来の目的や方向性を見失いがちです。ひと口に北東アジアの国際観光といっても、それぞれインとアウトの双方向の市場がありますが、インバウンドにとって大事なのはお客さんとなる相手の国の顔を知ること。各国の報告者のコメントを聞き比べるだけでも、この地域の多様性や国情の違いが見えてきます。北東アジアの人たちが自らの観光市場をどう位置付け、どんな話題を提供してくれるのか。それに触れるだけでも興味深い。今回は、この会議で得た知見や感じたことを書いてみようと思います。

 

ネガティブな現状を率直に認めるロシア関係者

カムチャッカ州への観光客数1位は日本

まず印象的だったのが、ロシア関係者の報告でした。極東アムール州ハバロフスク市政府のV.E.セリュコフ観光発展局長は「北東アジア観光振興における協力の見通し」と題された報告の中で、近年石油や天然ガスのパイプライン建設における北東アジア各国の協力体制が進む一方、観光分野での国際協力の遅れを指摘しました。背景には、北東アジア各国の経済発展レベルが一様ではないこと、とりわけインフラ整備の水準が異なるためであり、今後は各国関係者のさらなる交流と観光情報ネットワークの構築が必要だと提言します。

こうしたネガティブな現状を率直に認める潔さは、最近の中国や韓国の関係者にはあまり見られないものだと感じました。彼らは一般に自国の発展や成果を吹聴することに熱心で、課題分析はおざなりのまま具体性の乏しい展望を語りがちです(今回もそんな報告がいくつか見られました)。一方ロシアの関係者には、少なくともこの会議での友好的かつ建設的な発言を聞く限り、とても新鮮な印象を受けました。

今年9月、極東ロシアのウラジオストクでアジア太平洋経済協力会議(APEC)が開かれます。ロシアがアジア太平洋諸国の一員として初の議長国を務めるということ自体、時代の大きな変化を感じます。日本海を挟んだ国々の経済交流が遅れた背景には冷戦構造があったわけですが、ソ連崩壊から20年(鄧小平の南巡講和に始まる中国の本格的な市場経済化からも同じです)。いまやロシアにとっての最大の貿易相手国はドイツから中国になったそうですから、彼らのアジアに向き合うスタンスも当然こうした情勢をふまえたものと理解できます。

今年1月28日の日露外相会談で両国のビザ簡素化協定が結ばれ、今後の日露の相互交流の促進も期待されるところです。カムチャッカ州政府のV.I.クラフチェンコ・スポーツ観光大臣によると、自然の宝庫として知られるカムチャッカ半島を訪れる年間の外国人観光客約1万2000人のうちトップは日本で、約3000人(23%)がこの地を訪れているそうです。すでに2009年より稚内(北海道)とサハリン(ロシア)を結ぶ国際フェリー航路利用限定の72時間内ノービザ渡航(日本人のみに適用)も始まっており、2012年は「日本にいちばん近いヨーロッパ」としての極東ロシアという存在を再認識する年になりそうです。

 

新潟の観光PRは内向きすぎる

こうした話題が身近に感じられるのも、日本海に面して対岸のロシアと長く向き合ってきた新潟に足を運んだからこそといえるでしょう。その一方で、気になることもありました。

今回、日本側からは鈴木勝桜美林大学教授による日本の観光政策に関する講演や、東北観光推進機構による「東日本大震災後の国際観光への影響と復興」といった報告とともに、主催地の新潟県と市の観光PRがありました。
ところが、この主催地の報告がとても残念なものだったのです。いったい誰に向かって何をPRしようとしているのかわからない。内容が内向きすぎるのです。

観光局の担当者は、桜やビーチ、花火、紅葉、スキー場、温泉など四季折々の美しい写真を収めたパワーポイントを見せながら、新潟が誇るさまざまな魅力を一生懸命語ってくれます。でも、その説明は日本人仕様でしかありません。外国人からみれば「桜、紅葉、温泉……。日本はどこでも同じ。新潟ならではの特徴って何?」と言われても仕方がない内容でした。新潟の観光素材を並べて見せるだけで、日本における新潟の特徴的な位置付けや他の地域との差別化、優位性についての比較検討をしてくれないからです。

意地悪を言いたいのではありません。外国人がその地を訪ねる動機とは何か。その見極めは、インバウンドにとっていちばん重要なポイントです。ここでいう動機とは、相手国からみて訪問するだけのどんな価値があるか、です。香港や台湾、東南アジアの人たちが雪を見に北海道に行くのは、彼らが雪を見たことがないからです。だとすれば、新潟だって彼らを呼び込めるはず。ただし、北海道との差別化や新潟の優位性をどこまでわかりやすく提示できるかにかかっています。それを日本人の価値基準で押し測っても仕方ありません。同じ観光資源でもA国にとって価値があっても、B国には価値がないということもある。インバウンドの価値(=誘客の可能性)は、あくまで相手との相対的な関係から生まれるからです。自らの優位性を理解するためには、相手国の市場を個別に調べる必要があるでしょう。

ところが、新潟県に限らず、全国の自治体関係者はたいていどこでも、この肝心なポイントを理解できていないように思います。海の向こうから日本の、我が地元を選んで旅行に来てくれる可能性があるのは、どの国のどのような人たちなのか? 誘致の鍵は、それを厳密に分析し、どこまで想定できるかにかかっているのです。現地調査は不可欠の作業です。理由も考えずに、いまの時代は中国市場だと決め付けるのは大間違いです。

自治体の観光PRのまずさに共通しているのは、日本人向けPRをちょこっと手直ししただけで、外客向けにも使い回ししていることにあります。これは明らかに手抜きです。相手は日本人ではないのですから、同じ内容で伝わるはずがありません。外国人が初めて日本語を学ぶ教本と同じように、一から観光PRの内容を組み立て直す必要がある。自治体の観光担当者は物事を甘く見すぎていると思えてなりません(この点についてはいずれ詳しく触れるつもりです)。

 

中国における観光と政治の密接な関係

「Red Tourism(紅色観光)」を推奨する中国政府

最後に、当連載のテーマである中国インバウンド(訪日中国人旅行市場)の本質を理解するうえで参考となる報告を紹介したいと思います。それは中国を代表するシンクタンク、中国社会科学院観光研究センターの張廣瑞主任の基調講演でした。

中国の観光政策の方向付けに影響力を持つ張主任が、今回選んだテーマは「観光発展に関する政治的分析」というものでした。以下、簡単に概要を紹介します。

「新中国成立以降の観光の発展は、1949年から78年までの前半30年と改革開放以降今日に至る後半30年の2つに分けられます。前半期において観光は政治に尽くすためのものでした。当時の中国の政治経済状況(1950年の中国人1人当たりのGDPは33ドル)では、中国人の海外渡航は考えられませんでしたから、新中国を理解してもらうために海外華僑と外国人を招き、外貨を獲得することが目的でした。観光は政治の道具として選ばれたのです。

1978年に始まった改革開放は中国にとって政治と経済の分離という意味で革命であり、観光に新たに経済的機能を付加しました。しかし、中国政府が観光を政治目標の重要な戦略として位置付ける姿勢は変わりません。たとえば、共産党の革命史跡を訪ねる『紅色観光』ツアーの商品開発や集客においても政治的要素が内包されています。

国内観光だけでなく、国際観光においても観光の政治性は顕著に現れています。1992年の韓国との国交回復、97年の香港返還、2000年代以降の台湾との両岸関係の改善において、観光は国策との関係で重要な役割を担ってきました。毎年数千万人の大陸観光客を香港・マカオに送り込み、数百億元の観光消費が投入されることは、中央政府の両特別行政区の社会経済発展に対する絶大な支持の旗印となっています。

今後、中国は国際観光の発展によるソフトパワーの増強を推進したいと考えています。『未来の中国における観光発展の政治思考』として、以下の4つの政治的機能を重視します。

①中国人のアウトバウンド市場の拡大を通じて”国際的発言権”を勝ち取る
②大衆の観光需要を満たし、国民生活の質を改善する
③文化観光を通じて中国の国際的イメージの改善をはかる
④観光の政治的影響力をいかし、北東アジアの平和と安定的発展を促進する

中国の観光が発展するなか、これからも政治的機能の側面を注視する必要があるでしょう」

 

政府の関心は海外での中国人の尊厳

世界中の国々が中国人観光客の来訪を歓迎する時代

皆さんはどうお感じになったでしょう。なぜ張主任はわざわざこんなテーマを選んで発表したのでしょうか。ぼくはこの講演を聞きながら、2008年に解禁された台湾への中国人観光客数がわずか2年で100万人の大台を突破(日本の場合は2000年解禁から10年かかっている)。あっという間に訪日旅行者数を追い抜いたことこそ、まさに中国における観光の政治的表現だったとあらためて思いました。

国家資本主義を標榜する中国は、ビジネスへの政治の介入や影響力が著しく大きい市場であることは、皆さんもご存知かと思います。しかし、観光政策の第一人者からこれほどあっさり「中国にとって観光は政治の道具」であると言われてしまうと、暗然とした気分にもなります。つまり、中国政府の政治的判断のさじ加減ひとつで、今後も訪日旅行市場は増えも減りもするという現実を意味するからです。中国インバウンドは本質的に、日本側の努力がまっすぐに報われるとは限らない政治色の強いマーケットといえるわけです。

日本では観光といえば、せいぜい国際親善と異文化理解や交流に貢献するもの、くらいにしか考えられておらず、観光産業以外の人たちがインバウンドに経済効果があるなどと言い出したのは、ほんの最近のことでしょう。1980年代の海外旅行市場の拡大も、日本の黒字減らしという位置付けで考えられてきました。最近になって「観光立国」を唱えたところで、どこまで本気で日本政府が国家戦略として観光を位置付けているのかあやしいものです。

しかし、中国政府にとって観光は”国際的発言権”獲得や国際的イメージの改善といった勇ましい言葉と絡めて理解されるのです。しかも張主任は「(観光を政治利用するのは中国だけでない)むしろ先進国こそ、観光を通じて本国文化と価値観を輸出してきた」と言っています。

張主任はこんなことも言います。「(日本と同様)近年ビザ手続きの簡易化を進める先進国が中国に見せる笑顔もまた政治である」。「かつて先進国は中国に対する明らかな差別的政策を採っていたが、中国経済の興隆とともに政策の変更が見られるようになった」「政府の中国人渡航者への関心は、現状において海外消費が中国経済にマイナス影響を及ぼすほどではないため、海外で中国人が差別的に扱われていないか、尊厳が守られているかにある」のだそうです。

う~ん、そこまで言われると……。もしそんなに中国人の尊厳が大事なら、中国政府も自国の旅行業界に海外で中国客がじゃけんに扱われるような激安ツアーをやめさせて、適正なコスト構造の商品造成を目指すよう行政指導すべきではないかとぼくは思いますが、どうでしょうか……。

まあしかし、張主任に代表される中国の知識人の意見表明を冷静に受けとめることも必要でしょう。ことさら観光と政治の関係を強調する彼の真意はどこにあるのか。もしそこに中国社会の本質を見ようとしたのでなければ、テーマ化される必要もなかったでしょう。
今回彼がこのテーマを選んだ理由は、日本側にも中国の国情を理解してほしいというメッセージが含まれているようにぼくは思います。外交交渉に限らず、中国側の政治的意図に日本側が鈍感すぎると彼らは常々感じているのではないでしょうか。

近年、中国から発せられるストレートな対外認識が世界に過度の緊張や警戒感を引き起こしてしまうという構図は、至る所で見られますが、そこには彼らの確信犯的ともいうべき世界に対する違和感の表明があるかと思います。一方で彼らは常に(自分たちは不当に侮られているという)外国への不信と被害妄想がない交ぜとなった不安定な精神状態の処理に苦慮しているようです。正直なところ、かなり面倒くさい人たちです。そんな中国が世界から取り扱い要注意国とみなされるのもやむを得ないでしょう。

こうしてみると、訪日中国人旅行市場は、知れば知るほど厄介な世界といえます。それでも、皆さんは中国市場への取り組みを続けますか。あやふやな覚悟では立ち行かない領域にふみ込んでいるのだという自覚も必要だと思います。嫌なら、別のマーケットを選べばいいのですから。その見極めは大事です。

とはいえ、政府が何を考えていようとも、一人ひとりの中国人観光客は、話してみればごく普通の人たちです。海外に出国できる経済力があることは、この国の国情からすればいまだにひと握りの恵まれた階層であることは変わりません。中国市場に向き合うとき、こうしたギャップに我々はいつも振り回されてしまいがちですが、それをどう乗り越え、適切な対応ができるかが試されていると思います。今回は少し変則的な内容でしたが、これからも中国インバウンドビジネスの内実に関わるさまざまな領域を探っていくつもりです。

最新記事

バックナンバー

2017年

2016年

2015年

2014年

2013年

2012年

2011年