インバウンドコラム

九州が直面する、韓国からの旅行者減少と今後

2019.09.27

帆足 千恵

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9月12日から始まった韓国の秋夕(チュソク・韓国では旧正月と並ぶ大切な行事である旧暦8月15日の中秋節)の時期には、例年はもっと多くの旅行者が闊歩していたように思う。9月後半に入り、福岡の街角には、あんなに多くいた韓国人の姿は数えるほどしかいない。徴用工問題に端を発し、輸出入規制などの経済問題、安全保障問題にまで発展し、戦後最悪といわれる日韓関係。情勢悪化が毎日のように報道されているが、九州は特に深刻な状況が続いている。関連事業者はどのようにみているのか、レポートする。

 
九州への外国入国者の半数が韓国人

九州への外国人入国者数は2018年に過去最高の511万人を記録、そのうち韓国からの入国者数は240万人とほぼ半数を占める。宿泊者数も九州の訪日外国人宿泊者数の45.8%とほぼ半数が韓国人となっており、日本の他のエリアと違って九州がいかに韓国からのインバウンド客が多いエリアだということが分かる。特に地理的に近い北部九州はその傾向が強く、福岡空港へはLCC6社を含む韓国の8社が乗り入れ、航路も博多港から釜山港を3時間で結ぶ高速船やフェリーが運航し、豊富な座席供給がなされていた。福岡〜ソウル・仁川空港間は1時間30分、釜山空港とは1時間程度と飛行時間も短く往復1万円台や時にそれ以下の格安航空チケットが販売されることもあって、韓国人にとって九州は「手軽な海外旅行先」「2泊3日で行ける週末旅行地」として人気を博していた。

九州が「韓国1国に依存」し、他エリアへのプロモーションを怠っていたわけではない。日本への旅行人気に基づく、航空、船舶各社の圧倒的な供給量が基盤にあったのだ。

そもそも日本全体において、韓国人旅行者は2019年に入り減少が続いていた。2019年1月〜6月の日本への韓国人旅行者数は386万人で前年比−3.8%、九州へは124万6000人で−0.2%と微減で推移していた。福岡市でもその傾向が続いており、「6月は特に前年に比べても少なかった」と福岡市内の一部宿泊施設や商業施設から声をきくこともあった。しかし、これは今回の問題に関連したものではなく、ウォン安や韓国国内の景気動向、ベトナムのダナンなど韓国人に人気がありかつ旅行費用も安くてすむ旅行先の登場などいくつかの要因が考えられていた。

 
8月以降は本格的な激減状態へ

7月は個人旅行者には、そこまで深刻な影響は出ていなかった。

「韓国からのツアーは8割がキャンセルになりましたが、個人旅行者においては全体としては少し減ったものの、前年より増えた宿泊施設も一部あったほど」と韓国の大手旅行代理店・ハナツアー福岡の担当者が教えてくれた。

確かに、私が外国人向け販売を担当した8月初旬の福岡の花火大会では、釜山やソウルの旅行代理店が造成してくれた団体旅行商品は、7月上旬でキャンセルになった。予約を申し込んだお客様からのキャンセルで、「今は日本に行きにくいから」というのが口々に語られた主な原因だ。それに対して個人チケットの販売は堅調で、当日券を求める韓国人も多かった。

つまり、個人旅行者は7月までは予約していた航空券などをキャンセルしない人が多かったと思われる。しかし、7月以降のさらなる日韓関係の悪化により、8月になるとその影響が顕著になった。

▲今年6月20日に福岡市の中心部・大名の路地裏の何気ない場所で写真を撮影する韓国人旅行者 ▲今年6月20日に福岡市の中心部・大名の路地裏の何気ない場所で写真を撮影する韓国人旅行者

9月18日に日本政府観光局が発表した2019年8月の訪日外客数(推計値)において、韓国人は前年同月比48.0%減の30万8700人と半減。福岡空港から入国した韓国人は前年比49.4%減の5万1300人、博多港からは前年比60.6.%減の4300人と数字に顕著に表れている。

韓国人向け旅館宿泊予約サイト「九州路」を運営するVISIT九州の社長、枌大輔さんによると、九州路経由の予約件数も7月は3~4割減少だったが、8月以降は激減したという。枌さんが8月に大分県由布院の旅館にヒアリングを行った際にも、多くの旅館で例年より韓国からの予約が3〜4割減っており、入っていた予約のキャンセルもではじめていた。

2010年に6万人ほどだったが2018年には40万9882人にまで韓国人旅行者が急増した韓国との国境の島・対馬では、韓国人が激減し、売上が8割〜9割減ったという声もあがる。釜山から約50キロと近く、訪日客のほとんどを韓国人が占める長崎県対馬市では、8月の韓国人入国者が前年同月比8割減の7613人と急減した。

 
今までの対策が使えない

東北大震災や熊本地震以降には、実際の現地はどうなのか正しい状況を伝えることに努めてきた。実際に九州に来てくれている海外からの旅行者にインタビューした動画を発信するなど、「安心してきてください」というメッセージを世界に伝え続けてきた。これは日本だけでなく、災害や政変などマイナスイメージが強いときに、世界各国の政府観光局なども使う手段だ。

しかし、今回のように「日本に行くな」という雰囲気が蔓延しているなかで、お忍びのように来てくれている韓国人旅行者は自分のSNSに日本旅行の模様をアップしてはいない。顔が出るインタビューも断られることも多い。

私が一緒に仕事をしている韓国人ブロガーも「今日本のことをブログにアップするとかえって逆効果。悪いコメントが書き込まれることがあるので控えている」と話す。

それでは旅行代金を安くするのはどうか。

熊本地震後は宿泊施設において「ふっこう割」を行い、一定の効果をみた。しかし、ただでさえ競争の激化で安くなっていた航空料金は、便の減少が影を落とす。予約状況で変動する料金体系をとる航空会社のオンラインサイトには「日韓路線1000円〜」の文字も躍るが実際に予約は入らないという。相次いで発表される航空会社の日韓路線の運休や減便。九州運輸局が集計した九州8空港の韓国路線は7月末時点で週281便だったが、8月末までの1カ月で53便減少した。9月までには日本全体で20%も供給数が減少したことになる。

だが、大韓航空は9月12日、大分空港と韓国・ソウルの仁川空港を結ぶ冬季(2020年1月1日から同3月27日まで)の定期便を例年通り就航するとの明るいニュースも飛び込んできた。韓国人が増える冬の需要を見込んでのことだという。

大分県が中国の大手旅行代理店C-tripと提携をするなど韓国以外のエリアからの誘客施策を強化する自治体も多い。もちろん正しい方向性だと思うが、福岡のように韓国からの座席供給数が圧倒的に多い地域では、他国からの航空便の満席が続いたとしても減少をすべてカバーすることはできない。これ以上の減便がないよう願うばかりだ。

 
交流が支える日韓関係

それではなにも打ち手はないのか。

報道にもあるように、旅行関係者や市民は冷静に状況をみている。共通する答えは「韓国内の雰囲気が変わる潮目を待ち、交流や準備できることを続けて、仕掛けができるタイミングになったら一気にいく」だった。

「今は何をしても効果がないので、他の国からのお客様を迎えてリスクヘッジをしつつ、次の潮目がかわるタイミングに向けて、活況になるよう準備をするのみです」(韓国 旅行代理店)

明るい材料がほとんどない中で、回復の時期は不透明だ。当初2019年内の収束が見込まれていたが、さらに長期化し、来年の旧正月以降も続くのではないかという意見もある。いずれにしろ今はできることをやり続ける時期といえよう。

行政や経済界の交流行事が次々と中止になるなかでも、8月には長崎県・対馬や山口県・下関市での朝鮮通信使行列が行われた。韓国からの参加者数が例年より少ないということもあったが、市民レベルでの民間交流が続いた形だ。9月1日にはソウルでも「日韓交流おまつり」が開催され、東京では9月28日、29日に実施される予定だ。

福岡で9月13日〜19日に開催された「アジアフォーカス・福岡国際映画祭」では、チャン・リュル監督の映画『福岡』が公開され、会場は深刻な日韓関係がなにもないような和やかな雰囲気に包まれた。

▲映画『福岡』

▲映画『福岡』

映画『福岡』は2018年春に福岡ロケを行い、2018年秋の本映画祭ではメイキングを上映し、今回89分の本編が上映された。観光地は出てこない、福岡市民でさえ見逃してしまいがちな古書店、路地裏や公園などの空間が登場する。2007年から招待されている監督が、福岡の空間を撮りたいと思ったことがきっかけだという。ロケには福岡フィルム・コミッション、地元市民が多数協力をした。映画のロケに限らず、演劇やアート、スポーツなどこのような交流は韓国と九州の間で無数に繰り広げられ、確かな縁につながっている。

今来てくれている旅行者に感謝し、もてなしたい気持ちは、市民の中でさらに強くなっているように思われる。「今自分の立場でできることを着実に」すすめていくことを続けたい。

 

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