インバウンドコラム

アフターコロナの観光・インバウンドを考えるVol.2 観光カリスマ山田桂一郎氏に聞く スイス事例からの学びとコロナ後の日本の未来

2020.05.08

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新型コロナウイルスの感染拡大により、世界各地で非常事態宣言が出され、観光地は大打撃を受けている。いまだ先が見通せない状況のなか、今できることは何か。
今回はスイスの山岳リゾート・ツェルマットで30年以上、観光局でマーケテイングに携わってきたJTIC SWISS代表 山田 桂一郎氏(以下、山田)に話を伺った。なお、モデレーターはやまとごころ代表取締役の村山慶輔(以下、村山)が務めた。
山田氏からは、スイスにおける新型コロナウイルスの現状やスイス観光局による対応方法、また海外から見た日本の魅力をどう回復につなげるか、アフターコロナを見据えて観光業がどう変化していくべきか、など多岐にわたる話をお届けする。

 

1)スイスにおけるコロナウイルスの対策状況

民間主導でスピーディーな財政支援 

村山:まずは観光立国スイスの新型コロナウイルス拡大を受けた今の状況を教えてください。

山田:入国制限など対外的な対応は日本と大きな差はありませんが、スイスでは国よりも各自治州が先に動いたという部分に違いがあります。非常事態宣言はスイス政府よりも、イタリアと国境を接しているティチーノ州がいち早く出しました。

もう一点、日本と大きな違いとしては財政支援策が民間中心ですぐに進められたことです。クレディ・スイスを筆頭に約120の金融機関が集まって、中小企業向けの財政支援策を決め、課税番号のIDさえあれば、無審査で融資を受けられます。早ければ数時間で振り込まれるというスピードの速さです。融資の額も最高で日本円に換算すると約5600万円と高額です。財政支援策においては決断、実行ともにスイスは断然早いです。

 

2)スイスの観光局および観光事業者の対応

観光面での取り組みは、DMO主体で官民連携で

村山:行政や観光事業者は何かコロナ対策をしていますか。

山田:行政は医療や福祉の対処で手一杯という感じで、各地域においては日本でいうところのDMOが官民一体となって取り組んでいます。

なお、地域のコロナによる現状を隅々まで把握するという意味では、行政単位の一番小さい市町村の公務員が動くのがベストだと思います。公務員はこういう緊急時でも給与が保証されて一番動ける組織であるにもかかわらず、日本では充分に機能していないような印象も受けます。もちろん、迅速に決断し行動する強いリーダーシップを発揮している地域もありますが、市町村―都道府県―国という構造で、それぞれが上位の行政機関の方針や決定を待つなど、なかなか意思決定ができていない地域が多いように感じます。

村山:情報発信の観点からスイスでやっていることは何かありますか?

山田:スイス政府観光局がDream now Travel Laterというプロモーション動画を流したり、ツェルマット観光局ではマッターホルンの山肌に映像投影をしてメッセージ発信をしています。

▲JTIC SWISS Facebookより。4月17日には、マッターホルンに日本の国旗が投影された。(© images by Zermatt Bergbahnen)

 

3)過去の自然災害危機からの復活事例から学べること

既存客との関係維持が危機的状況から脱する第一歩

村山:今回とは置かれた状況こそ違いますが、過去に土砂崩れの影響で1年の3分の1、登山鉄道が不通になったことがありますよね。その際もDMOや観光事業者がきめ細やかに動いたことで、迅速に回復したという話を聞いたことがあります。その時はどういった対策を行ったのでしょうか。

山田:そうですね。当時はホテル、レストラン、土産物屋など、お客様が来なくなって時間ができた際、各観光事業者が手書きで過去に利用したことがあるお客様に丁寧にハガキを送りました。例えば、毎年夏のハイキングにしかツェルマットに来ていないお客様には「紅葉の秋も雪の冬もいいですよ」とハガキを送り、オフシーズンやいつもと違う季節に来て頂くことを提案しました。結果的に、年間の延べ宿泊者数は前年比1割減で済みました。危機的状況を助けてくれたのは、これまで付き合っていたお客様でしたね。

村山:なるほど、既存の客をしっかりつないでおくことで大幅減を回避できたわけですね。

山田:顧客との関係性を維持する「リテンション」を効かせるというのが今まさに重要です。

村山:実は今、こういう取り組みで頑張っている様子を伝えたり、違うルートでアクセスできる旨を情報発信しながら、顧客と密にコミュニケーションをとっておくことが、復旧した後、足を運んでもらうために効果的ということですね。

山田:ホテルや飲食店などでもコロナ収束後に利用できる前売りチケットを販売して資金を集めている例がありますが、これも買ってくれるのはやはり常連客です。顧客との関係性をしっかり構築できているところは、お客様の戻りが早いのではないでしょうか。

その点では、国内客も重要です。ツェルマットでは宿泊客の約4割はスイス国内のお客様です。地元の人(自国民)がまず泊まりに来て、私たちも安心して楽しんでいますよと外に向けて発信してくれれば、海外からの観光客も戻ってくるでしょう。

 

まずは、地元民に愛される観光地を目指す

村山:観光客が戻ってくるのは、地元、国内、アジア圏、欧米圏と順々に広がっていくわけですね。

山田:まずは地元からというのは考えてみれば、基本中の基本ですよね。地元の人に支持されていないものはリアリティがないから、地域の外の人たちは価値を見出せない。B級グルメもアクティビティも地元の人から日常的に愛されているものが、最終的には残っていると思います。

村山:地元客の重要性はよくわかったのですが、インバウンド客が大多数を占める事業者が今できることは何かありますか?

山田:難しい質問ですね。例えばこれまでインバウンド団体客を新規で積極的に受け入れていた観光事業者は、どう顧客とリテンションをとるか、今後考えていく必要がありそうです。待ちの姿勢ではなく、能動的に顧客にアプローチする方法を今のうちに考える必要があります。

村山:やはりインバウンド一辺倒だけでなく、多少は日本人比率を高めるなど顧客比率のバランスを見直すべきでしょうか?

山田:そうですね。例えばですが、日本人客を増やすには、最初は行政が地元客限定で宿泊代の補助をして、まずは地元客に泊まってもらうのも一つだと思います。アンケートをしっかり取って、地元から見た自社の強みを明確にしておくこと、また地元の人に1つでもいいからここは良いところだと思ってもらえる努力をすることが重要です。

 

4)ヨーロッパから見た日本のイメージや収束後の可能性、チャンスについて

衛生や健康へのニーズから見える日本や日本食の可能性

村山:コロナ収束後、スイスから見た訪日観光の魅力は?

山田:日本に対する印象はこれまでも良かったですし、今後は特に健康的、衛生的な日本への魅力はますます高まると思います。

村山:コロナが中国を中心に広まった経緯をみると、日本はアジアの一環として敬遠して見られるでしょうか?

山田:いざ旅行しようと思ったときに旅先に日本が選ばれるように、日本が日本たるべき点をアピールするべきです。衛生管理でも食でもアジアの中で埋没しないように明確なポジショニングをとれるとよいでしょう。

 

5)アフターコロナの時代における観光業の変化

より一層、顧客のニーズに応じた価値提案がカギに

村山:アフターコロナの観光において消費者の行動はどう変わるでしょうか?

山田:消費者の視点で見ると、大幅な収入源で生活が大変ななか、それでも旅行する人としない人の二極化が進むと思います。旅行の多様化、個人化が一層進むでしょう。そうした状況でもそれぞれの顧客のニーズに応じた価値提案ができるかが勝負です。感染症対策がきちんとできている国かどうかは、旅先を選ぶ際にも重要視されそうです。

村山:衛生管理など消費者にとって安心できる指標として、シンガポールでは「SG CLEAN」という政府による認証制度も始まったそうです。

山田:良い取組ですね。ただ、日本の場合、こういった認証を政府に任せると形になるまで時間がかかるので、ホテル、レストラン、地域などの小さな単位で、衛生管理についてしっかり対応していると外に向けてアピールしたほうがいいでしょう。お客様側の健康証明みたいなものも実現できたら、受け入れ側も安心できますね。

 

多様化するニーズにあわせた「今だけ、ここだけ、あなただけ」の提案

村山:事業者目線からみて、変わらなければいけない部分はどこでしょうか?

山田:消費者の二極化、多様化が加速すれば、それに対応した価値の提示方法が高度化していくでしょう。観光戦略見直しは必須です。白紙とまでは言いませんが、コロナショックを機にゼロベースで考え、トライアンドエラーを繰り返し続けるしかありません。今の状況は、これまで先送りしていた課題が、目の前に一気に現れたという感じがします。今は苦しい状況で民間事業者が動けないのであれば、まずは行政が動くべきと思います。

村山:ソーシャルディスタンスも求められ、かつ観光する人が減ると、これまで以上に非効率になると思いますが、それでもビジネスを継続していくために必要なものとは。

山田:商売の基本ですが、お客様との付き合い方です。これだけ人が動かず、情報ばかりが溢れている状況ですから、そこから自分たちを選んでもらうにはどうしたらいいのか。お客様ときちんと向き合って、オフラインを含めて、しっかりと地に足をつけた商売をする必要があります。

村山:山岳ガイドとしても活躍されている山田さんから、ガイド業を営む人向けに何かアドバイスはありますか。

山田:今後、ガイドを選ぶ基準は、人柄も重視されそうです。ガイドの人柄をみて、自分と合うかどうか判断します。

村山:確かにそうですね。オランダ発で世界展開する体験予約のアプリ「withlocals」では、動画で現地ガイドの自己紹介が見れるようになっていて、人となりを見てガイドを選べるようになっています。

山田:動画で事前に確認できるのはいいですね。ただ、バーチャルで体験してから実際に現地に来てもらうには何か工夫が必要ですね。「今だけ、ここだけ、あなただけ」にぴったりなガイドをしますよ、といったアピールが必要です。その「あなただけ」から自分がガイドとして選ばれるためには何をすべきか、より深く考えるということですね。

 

より深い癒しや実感が得られるコンテンツへの期待

村山:体験アクティビティも変わってきますか。

山田:例えば、健康的な体験であったとしても、より深い(多様で個別対応出来る)ところで心身ともに癒されて健康であると感じられる体験ができるのか、が重要視されると思います。オンラインで視覚や聴覚に訴えることはできても、嗅覚や触覚はバーチャルでは伝わらないので、五感で癒されるようなリフレッシュを、お客様の要望する価値として現地で提案できるかが勝負の分かれめと感じます。

村山:最後に、今まさに厳しい状況と戦っている観光事業者の方々と、これから観光業を目指す学生にメッセージをお願いします。

山田:事業者の方には、事前の備えとしてのリスク・マネージメントのほかに、災害時の対処としてクライシス・マネージメントの強化を訴えたいですね。日本では地震や自然災害が多いですし、今回のような未知のウィルスも含めて、危機的状況が発生するものだという前提で、物事を考えておく必要があります。この部分は自前で復旧できる、ここは他社、自治体のサポートが必要だと仕分けて地域の観光プレイヤーやビジネスパートナーを見回して一緒になって生き残り策を考えていきましょう。

学生の皆さんに伝えたいのは、観光業の良さは双方向であること。お客様に「ありがとう」と言ってもらえるのが何よりも喜びです。人に必要とされる仕事、感謝される仕事はやっていて意義があります。今後、観光業の成長は鈍化するかもしれませんが、伸びないわけではありません。ぜひ観光業に参入して、若い力で今までにない観光のあり方を提案してほしいと思います。

村山:本日はありがとうございました。

【登壇者プロフィール】

JTIC SWISS代表 山田 桂一郎氏

ツェルマット観光局やクラン・モンタナ観光局、ヴェルビエ観光局、ヴァレー州観光局で日本対応のマーケティング・セールスを担当。1992年JTIC SWISS(日本語インフォメーション・センター・スイス)を設立、代表に就任。自身もハイキング&スキー、エコツアーガイドとして現地を案内する傍ら、日本では観光カリスマとして各地の地域振興やDMO支援などに携わる。

 

【開催概要】
アフターコロナの観光・インバウンドを考えるVol.2
「観光カリスマ山田桂一郎氏に聞く、コロナ後の未来、そして今やるべきこと」
日時:2020年4月24日(金)16:00~17:00
開催場所:ZOOMオンラインセミナー
主催:株式会社やまとごころ

 

 

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