インバウンドコラム

withコロナの観光業を救う10のキーワード vol.1:長期滞在客「ロングステイヤー」の可能性

2020.07.01

村山 慶輔

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世界中で、3密回避や衛生管理を徹底しつつ、観光業再開の動きが活発化している。withコロナ時代、世界中で観光産業回復への代替案を探し求める新しいプロモーション戦略が模索されているが、その一つに、長期滞在型旅行者「ロングステイヤー」が挙げられる。

パンデミックによる多大な被害から依然回復の途にあるスペイン。スペインの観光業はGDPの11.7%、観光業従事者は雇用全体の12.2%を占めており、経済の主要な柱の一つとして位置づけられている。スペイン本土から約1000km、大西洋に浮かぶ7つの火山島カナリア諸島では、新型コロナウイルスによって引き起こされた「観光ゼロ」状態の後、新たなタイプの旅行者「ロングステイヤー」獲得への取り組みが始まっている。

 

「より長く滞在する観光客」の取り込みに向けて動き出したスペイン・カナリア諸島

6月9日、スペイン、カナリア州政府、産業・通商・観光顧問ヤイザ・カスティーリャ氏は、カナリア諸島州議会で、今回の危機に対し「これは超越的な地球規模の問題」であり、回復には時間がかかることが見込まれるため「内部状況の近視眼的な戦略を始めることはできない」と意見を述べている。観光産業の回復への選択肢について問われると「より長く滞在し、島により多くの収入をもたらす新たな観光客を取り込む」ためのプロモーション戦略を主導していることを発表した。戦略設計を手がけるのは、カナリア諸島観光局などを運営する公営企業である。

この新たなタイプの長期滞在客「ロングステイヤー」とは、具体的には「デジタルノマド」としても知られるロングステイが可能な「リモートワーカー」、または60歳以上の定年退職者、またはそれに近い経済的安定と時間的余裕をもつシルバー層である。

ヤイザ・カスティーリャ氏は「観光が安全を提供することこそ、旅行者の信頼を取り戻す唯一の方法である」と主張し、「旅行者はもちろんのこと、我々島民と観光業従事者に対しても感染リスクを最小限に押さえるために最も確実な方法をとり、国内のみならず国際的なパンデミックの制御、目的地と出発地の保健衛生面での相互関係の適用が観光地の回復につながる」と述べている。

 Photo by iStock 

カナリア諸島は7月初旬の国際観光再開に向け、観光部門全体の協力を得たうえで、「経済的にも実現可能で、休暇を十分に楽しめるような複数の衛生安全ガイドラインを適用する準備が整っている」と明らかにした。

2016年3月にさかのぼるが、ノマドワーカーのためのポータルサイト「Nomad List」は、カナリア諸島の州都であるラス・パルマス・デ・グラン・カナリアを〝デジタルノマド向き〟の観光地として、「滞在コスト」「気候」「空気の良さ」「レジャー」「安全性」「ホスピタリティ」において世界第1位とした。目的地の改善点として「無料Wi-Fi」と「英語のレベル」を指摘しつつも、「人種的寛容」「適切な仕事場」「LGBTフレンドリー」「女性にとって安全」の面でも支持している。

かつて2カ所の共用オフィスしか存在しなかったこの州都には、2016年までの3年間に計23のコワーキングスペースが開設された。カナリア諸島において、従来の観光客の平均滞在日数は9.9日であるのに対し、「デジタルノマド」たちは平均2~3か月の滞在が可能なのである。

 

コロナで加速!? エストニア政府も推し進める「デジタルノマドビザ」とは?

この「デジタルノマド」という新しい働き方には、多くの場合、他国へのアクセスに観光ビザ(査証)が必要となるため、滞在期間が制限される。特定の相手に対してビザの免除措置を取る国・地域もあるが、その場合も通常は「90日以内」などの制限が設けられている。さらに、専門的な仕事・活動を行う場合、法的な問題が発生する可能性もある。その回避策として、最短1年間の「デジタルノマドビザ」を発行し始めている国もある。その一つが北欧に位置するバルト三国として知られるエストニアである。

近年、デジタル大国として地位を確立してきたエストニアでは6月3日、「デジタルノマドビザ」に関する以下の発給要件を盛り込んだ「外国人法」の改正法案が議会で可決された。施行日は7月1日の予定である。

○エストニア国外を拠点とする雇用主との雇用関係
○エストニア国外を拠点とする企業に対してなされる事業活動
○エストニア国外にいる顧客に対してなされるサービスの提供と当該顧客との契約関係

上記3つのうちいずれかの要件が前提となるが、場所に関係なく遂行できる何かしらの仕事がある外国人であれば、エストニアで短期または長期滞在許可に基づいて生活できるようになる。

マート・ヘルメ内務相は、「『デジタルノマドビザ』は電子国家としてのエストニアのイメージを強化し、国際社会に対し一層の影響力を与えられると同時に、現在の経済危機からの回復に特に重要なエストニアの電子ソリューションの輸出にも貢献する」と述べる。

「デジタルノマドビザ」の発給は段階的に開始され、年間1,800人への発給を想定しているという。また将来的には、このビザを「e-レジデンシー」といったエストニア政府の電子手続きと統合することも計画されている。ほかにもオーストラリア、コスタリカ、タイ、ノルウェー、メキシコ、ポルトガル、チェコ共和国などが「デジタルノマド」や専門家向けにビザを発給している。

 

マヨルカ島では「5泊以上の滞在」を前提とした観光客の受け入れを開始

マヨルカ島を中心とするスペインのバレアレス諸島では、6月15日から国際観光再開のパイロット計画として、試験的にドイツからの観光客の受け入れを開始した。事前のPCR検査や到着後の隔離などは不要で、機内で健康アンケートに回答し、到着時の検温、電話番号と滞在先住所の提出が義務づけられている。

仮に、滞在客に症状が出た場合、対応する医療チームや緊急搬送先の病院、隔離のために契約されたアパートなども完備されている。同月中に最大1万900人を段階的に受け入れるという当計画だが、滞在者は諸島に少なくとも5泊することが前提とされている。

一定以上のロングステイを義務付けることで、感染拡大のリスクを緩和することはもちろん、移動に伴うリスクの軽減、観光スポットのオーバーツーリズムを避け、エリア特有のルールやマナーへの理解も深まることが期待できるため、公衆衛生ガイドラインの遵守が徹底しやすくなるだろう。

アルゼンチンに生まれスペインを拠点とし、Jazztel、Ya.com、FONといったベンチャー企業を牽引してきたことで知られる経営者マルティン・バルサフスキー氏は、コロナ禍による「リモートワーク」のブームは、「外国人を歓迎することで、観光部門のビジネスを発展させ、スペイン経済を成長させるチャンスとなる」と述べたうえで、「どこで仕事をしてもいいと会社に言われたら、例えばロンドンよりもメノルカ島を好む英国のビジネスマンがきっといる」と語る。

バレアレス諸島の元首相で、現在は政党シウダダノスの欧州議会議員であり、穏健派グループRenew Europeの観光スポークスマンでもあるホセ・ラモン・バウザ氏は「withコロナ時代の在宅勤務を奨励する海外企業と外国人に向け、スペインを安全な目的地として位置づける観光計画を展開するようスペイン政府に正式に要請した」と発表している。

 

日本では数年前から〝ワーケーション〟としての動きが見られる

世界に遅ればせながら、日本でもコロナ禍を受けてようやく定着しつつある「リモートワーク」。この新たな働き方と旅行形態に着目した「ロングステイヤー」の取り込みは、今後の観光需要回復の一つの鍵となっていくかもしれない。

実は、こうした日本におけるロングステイ論は一朝一夕に生まれたものではない。数年前よりWorkとVacationを合わせた造語である「ワーケーション(Workcation)」を推進する動きがある。2000年代にアメリカで生まれたとされるこの概念は、日本では和歌山白浜町や長野県軽井沢町、白馬村、茅野市などが積極的な動きを取っているが、一部のエリアに限った話ではない。たとえば、少なくない数の全国の自治体と一般社団法人日本テレワーク協会によるワーケーション自治体協議会(WAJ)が設立され、情報発信に取り組み始めている。

▲Photo by iStock

国としても、田端浩観光庁長官が2020年5月の記者会見のなかで、「テレワークなどを含めた働き方についても上手く工夫をしながら、皆が一緒にということでないスタイルを今後模索していくことになる」「平日などにも有給休暇を取ったり、あるいはテレワークしながら旅行するという方向に進んでいけば、3密解消かつ、皆がゆったりした旅行が実現し、産業界の生産性の向上にも寄与にも繋がる」という旨を語っている。加えて、環境庁も令和2年の補正予算案の中で、少なくない予算をかけた「国定・国立公園、温泉地でのワーケーションの推進」に取り組んでいる。

一歩踏み込んだ論を展開するならば、いま賛否両論が飛び交っている「外国人の入国」について、長期滞在か否かということを、一つの判断軸にすることも一考の余地があるだろう。

 

「安心・安全・清潔」という日本の強みを活かして

観光客の関心事として、旅先での3密の回避や清潔な環境、安心・安全への配慮などが重要な要素になっていくはずだが、コロナ以前から「安心・安全・清潔」のイメージにおいて、既に世界に抜きん出ていた日本にとって、ある意味で今回の危機はマーケティングの好機にもなり得る。

さらに”密”を避けた開放的な空間を提供できるという点では、より地方エリアに大きな可能性があるともいえる。インバウンドのみならず、今後は国内の長期滞在者の獲得も視野に入れていけるはずだ。

奇しくも、そうした長期滞在者を受け入れやすいインフラは、ハードとソフトの両面で広まりつつある。コワーキングスペースを持つ個性的で魅力あふれるゲストハウスや、長期滞在に向いた快適な民泊施設が、全国各地に整いつつあり、定額で複数の家に住むことができる多拠点生活プラットフォームの「ADDress」、中長期滞在に最適な宿泊施設やコワーキングスペースの予約ができる「achicochi.life」、地方の賃貸住宅を最短1週間から最長2年にかけて借りられる「HiQ」といったサービスも生まれてきている。

となれば、地方に滞在しながら、まさに「リモート」で働く「デジタルノマド」たちが、寛いだ休暇を楽しめるような「ロングステイヤー」向けの新たな旅行・観光サービスの開発も必要となってくるはずだ。日ごと変化する旅のスタイルをいち早く察知した新たなニーズへの対応が求められている。

 

筆者プロフィール:

株式会社やまとごころ 代表取締役 村山慶輔

神戸市出身。米国ウィスコンシン大学マディソン校卒。経営コンサルティングファーム「アクセンチュア」を経て、2007年に日本初インバウンド観光に特化したBtoBサイト「やまとごころ.jp」を立ち上げる。インバウンドの専門家として、2019年内閣府 観光戦略実行推進有識者会議メンバーを始め、各省庁の委員・プロデューサーを歴任。2020年3月には自身7冊目となる「インバウンド対応実践講座(翔泳社)」を上梓。

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