インバウンドコラム

withコロナの観光業を救う10のキーワード vol.5 シビックプライドを醸成する「地域教育」とは?(前編)

2020.08.12

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近年、シビックプライド(civic pride)という言葉が注目されている。“地域住民が、自分たちの住むまちに対して抱く誇りや愛着”という意味を持ち、住民に「地域をより良くするため」の積極的関与を促すものだ。シビックプライドについては、自然発生的に芽生えることを期待しつつも、意図的に育むための取り組みも必要になる。その一つの手法が「地域教育」である。本稿では、withコロナ時代の観光にも欠かせないシビックプライドを醸成する地域教育について、国内外の事例とともに、そのポイントをおさえていきたい。

 

シビックプライドの効果とは?

シビックプライドは、直訳すると“市民の誇り”であるが、企業でいうところのインナーブランディングに近い。従業員に対し、自身が勤める会社への愛着やサービスへの理解を高めることで、仕事への意欲やサービスの質の向上を目指す考え方だ。

わかりやすいのはスターバックスであろう。飲食業界のなかでいち早く行ったコロナ禍の店舗対応でも評価を浴びた同社は、パートナーと呼ばれるスタッフがいきいきと働いている。時給や勤務内容といった労働条件がそこまで変わらない同業他社と比べても、その差は歴然だが、最大の違いはスタッフのお店に対する“愛情”である。

それを促進するのが、同社で積極的に行われている充実した社員研修やスタッフ同士を認め合うGAB(グリーンエプロンブック)カードといった、インナーブランディングである。

 

観光客には地域住民の暮らしぶりが価値になる

こうした考え方は、観光分野にも置き換えられるが、重要な点はインナー(Inner)の範疇が観光事業者だけに留まらない点である。なぜなら近年の観光客(とりわけインバウンドのような遠方からの訪問者)は、いわゆる“コト消費”の発展に伴って、市井の人々の暮らしぶりにも価値を見出しているからだ。

『DMOのプレイス・ブランディング 観光デスティネーションのつくり方』(学芸出版社)には、次のような記述がある。

”住民が自分たちの地域に誇りを持つようになると、地域での暮らしを楽しむ気持ちや、地域を応援しようという機運にもつながる。それに伴い、来訪者に対しても、ブランド価値を踏まえた振る舞いや応対ができるようになる”

地域住民がいきいきと暮らし、観光客に対して笑顔で“どうぞうちの自慢の○○を体験していってください”という態度を表せば、当然ながらそのエリアでの満足度は高まっていくということだ。

たとえば自身が観光客としてハワイを訪れたときのことを考えてみよう。地域住民が暗い顔で過ごしていたら、リゾート気分が半減することは想像に難くないはずだ。

 

地域教育では「意見を押し付けるのではなく、意見を引き出す」

シビックプライドを育むために最も有効な手段の1つが、「地域教育」である。地域教育とは、老若男女を問わず広く地域住民に対して、「地域が持つ魅力とはなにか」「地域が現在抱える課題と、その解決策はなにか」といったことを考える場をつくること、と私は考えている。

そうした地域教育の場では、活発なコミュニケーションがなされることに加え、いくつかは実際のアクション(施策)へとつなげていくことも求められる。

地域教育のポイントは、答えを押し付けないことである。参加者が主体的に考え、自ら気づくこと、発想すること、そして具体的な行動へと移していくことが重要だからだ。

先に書いたスターバックスの例をあげてみよう。よく知られているように、同社にはほとんど接客マニュアル(答え)がない。同社の理念体系を伝えたうえで、スタッフに考えさせること、すなわち主体性を重んじるからこそ、真の意味での自店舗への愛情や誇りが生まれるのだ。

地域やエリアによって、どこに拠り所を求めるかは千差万別だ。したがって、可能な限りフラットな目線で、今を生きる地域住民や子どもたちから主体的な考えを引き出すことが、地域教育に求められる。

 

コーディネーターの存在が地域教育の質を左右する

そうはいってもまっさらな状態で、「地域が持つ魅力とはなにかを考えてみましょう」といわれても、具体的に考えられない人がほとんどであろう。特に地域教育における最大の対象者ともいえる学生にとっては、何らかの考えるヒントやきっかけが必要といえる。

そこで重要なのが、コーディネーターの存在である。高校における地域教育を推し進めている島根県では、以下の5つの役割を持つ「高校魅力化コーディネーター」を確保し、教育現場で活用している。

1.高校と地域社会(行政、企業、NPO等)の協働体制づくり
2.地域社会に開かれたカリキュラムづくり
3.地域社会での学習環境・学習機会づくり
4.新たな人の流れと多様性ある教育環境づくり
5.魅力ある高校づくりに向けた社会資源を活用した基盤づくり

さらに、ソーシャル・デザインが専門の筧裕介氏は著書『持続可能な地域のつくり方』(英治出版)のなかで、「“かっこいい大人”との出会いの重要性」について次のように説いている。

“身近な友人の数以上に、「大人」の存在が学習意欲を高めるカギを握っている。(中略)地域で魅力的な仕事をしている人はたくさんいるが、コミュニティの弱体化で出会う機会が減っている”

コーディネーターに求められる役割は主に調整であるが、司会役だけでなくシビックプライドをもって地域の魅力を高めているような人を地域教育の場に呼ぶことも重要である。

特に、急速に少子高齢化が進む過疎地域では、進学や就職を機に都市部へ出ていき、そのまま住み続ける人が多い。一方、地元に残って働く人も、その多くが「将来性がない」「儲からないからやめておけ」と悲観的な発言をする。

 

地域教育が観光客増や人口増、文化の再興にもつながる

地域教育では、こうした負の面ではなく、良い面を見せることが欠かせない。具体的には、今の地域のあり方に危機感を持ち、その魅力を引き出そうと事業を行う人もいることを知ることや、その仕事の魅力を直接学生たちに伝えることで考えるヒントをもたらすなどが挙げられる。

先進的な取り組みとして、全国的に知られている島根県隠岐島前高等学校では、2008年より地域教育を柱の1つとした「隠岐島前教育魅力化プロジェクト」が行われている。

同プロジェクトのサイトによれば、「山積する地域課題にチームで協働的に取り組む課題解決型の探究学習の構築、学校・地域連携型公立塾『隠岐國学習センター』の設立など様々な取組を進めてきた」とある。その結果、観光客数は2008年から2015年にかけて30%増え、人口も増加に転じ、地域の祭りで神輿が復活するといった文化的な効果も出ているという。

さらに「『いつかこの島に戻ってきたい』と言う生徒も現われはじめている。学校や地域が魅力的になると、地域に子どもが留まり、若者が流入する。そして未来の担い手が増えることで、地域の文化・産業が継続・発展する。最終的には、それが更なる魅力につながり、好循環を生み出すことになった」とある。

▲島根県隠岐島

このように、地域教育は中長期的な視点で地域の魅力を高める効果を持つといえる。とりわけ、学生に地域特有の学習を取り込むことは、地域活性のためのよい循環につながるのである。

次に、義務教育下で行われている観光を強く意識した地域教育の事例を紹介しよう。

 

中学生による「八幡平ボランティアガイド」とは?

十和田八幡平国立公園の南部に位置し、人口約3万人の秋田県鹿角市にある、鹿角市立八幡平中学校では、2012年より観光教育を行っている。それは「八幡平ボランティアガイド」と呼ばれ、当初は中学3年生が対象だったが、現在は全校生徒が参加し、総合的な学習の時間を利用して行われている。

人口減少が著しい秋田県は、子どもたちにふるさとの良い面を理解してもらい、ふるさとに残る子どもや戻ってくる子どもを増やすため、「ふるさとキャリア教育」を行っており、同授業はその一環であるという。

その目的として、以下の3つを挙げている。

・観光教育を通じて地域への理解を深め、地域に対する愛着を醸成する
・観光教育を通じて、地域の社会課題について考え、解決する能力を育成する
・その他(愛着をもって、将来、地元で働く人材を育成する)

授業では、座学によって地域のことを学んだのち、校内や現地でガイドの練習を行い、専門家による助言を受けつつ、実際に国立公園内にあるコースで観光客に対するガイドを行うというものである。

ポイントは、教員や秋田県、鹿角市といった行政だけでなく、国立公園を管理する環境省や地域の山岳部、保護者など、多彩な関係者が連携していることである。こうした地域の魅力を守る大人たちを身近に感じることは、地域教育の最たるメリットといえる。

ときにタブレットを用いながら、外国語対応も行うというこの授業は、2015年には文部科学省も後援する「こころを育む総合フォーラム」による「こころを育む活動」の全国大賞を受賞している。

 

「サンティアゴ・デ・コンポステーラの巡礼路」のガリシア州で行われている地域教育

似たような取り組みは、海外でも見られる。世界遺産にもなっている「サンティアゴ・デ・コンポステーラの巡礼路」の最終目的地サンティアゴ・デ・コンポステーラを州都にもつスペイン・ガリシア州では、「Proxecto Terra」と呼ばれる教育プロジェクトが2000年ごろから続けられている。

同プロジェクトは、ガリシア建築家協会による公式プログラムで、ガリシア州政府と他の団体の資金援助を受けて、教育界との協働から生まれたものである。幼児教育から高校に至るまでの間に、ガリシア地方がもつユニークな建築や景観を軸に、自分たちの住む土地の人々、空間、場所について教える取り組みだという。

「景観と建築について学ぶことは、コミュニティとして私たちが、どのように住む空間を構築してきたかを知ることである。未来設計のために過去から学び、この継承された建築遺産の管理に責任を持ち、知恵をもって管理し、寛大さをもって引き継いでいくこと」という考えに基づく。

しかし、なにが正しく、なにが間違っているのかを指摘するのではなく、自分を取り巻く環境でなにが起きているのか、自分の住む場所がどのような役割を果たしているのかを観察、比較し、自分自身で読み取るように生徒を導くことを重視している点は、注目に値する。

開始以来、さまざまな機関・組織が参加し、目的を共有してきた当プロジェクトは2010年に「全国都市計画賞」を受賞している。同賞の審査員が「地域と建築物の持続可能な開発モデル変革のために不可欠なリソースである」と言及したように、まさに地域の魅力を維持するためには、地域教育が欠かせないことを端的に表している事例だといえる。

(後編へ続く

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