第37回 通訳案内士インタビュー 橋爪佑加子(はしづめ ゆかこ)氏

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Guide Interview 第37回 通訳案内士インタビュー 橋爪佑加子(はしづめ ゆかこ)氏 英語通訳案内士

円高にもようやく歯止めがかかり、今後の訪日外国人客の動向に期待ができそうです。
こうしたなか、今回は、海外添乗員から通訳案内士へと転身した英語通訳案内士、橋爪佑加子氏にインタビューしました。現在、橋爪氏は英語通訳案内士に主軸を置きつつロシア語のエスコートの仕事もしています。
大学を卒業して以来、一貫して旅行関係の分野でキャリアを重ねてきた橋爪氏は、アウトバウンドからインバウンドへと活動の場を巧みに切り替え、ライフスタイルの変化や震災後の状況に対応しています。

 

旅行会社に勤務しロシアなど各国へ

Q1.海外添乗員時代には、どのようなお仕事をなさっていらしたのですか?

大学で学んだロシア語を活かそうと、卒業後はロシア旅行を扱う旅行会社に入りました。
入社すると間もなく毎月1度、1~2週間のツアーに出て、ロシアをはじめさまざまな国々へ日本人のお客様を案内しました。
ツアーから戻ると事務の仕事もあり、毎日残業続きだったため体調を崩してしまい、1年半ほどで退社しました。けれども、その後も派遣会社に登録して、海外添乗員の仕事を続けました。

 

Q2いつから通訳案内士の仕事をしているのですか? また、通訳案内士として、これまでどのようなお仕事をなさっていらしたのですか?

派遣会社に登録後、1990年に英語通訳案内士の資格を取りました。海外添乗ではロシア語より英語を使う機会が多かったので英語で資格を取ったのですが、このころからロシアへの海外添乗の仕事が忙しくなりました。シベリアに抑留された方々の遺族がロシアに墓参に行ったり、厚生労働省の遺骨収集の仕事が入ったりするようになったのです。そのため、当時は通訳案内士の資格は取ったものの、仕事の中心は添乗員でした。

海外添乗員から通訳案内士へシフトし始めたのは、1998年の長野オリンピックのころからです。これを機にインバウンドの仕事が少しずつ増え、2002年にサッカーのワールドカップが日韓で共同開催されたのを機に通訳案内士にシフトしました。

通訳案内士に仕事の軸足を移してから10年ほど経ち、その間にさまざまな仕事を経験しました。箱根、金沢、高山、京都、広島といった観光地を回るツアーのほか、クルージングでは北海道、東北、九州、沖縄など船が停泊する場所に行き、1日だけの案内をすることもあります。視察旅行では地方の工場などを巡ります。このほかにも、アメリカの旅行会社のシリーズもののツアーも受けますし、個人のお客様のご案内もします。

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