第45回 通訳案内士インタビュー 大谷みち子氏

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Guide Interview 第45回 通訳案内士インタビュー 大谷みち子氏 英語・ドイツ語通訳案内士

今回は、英語・ドイツ語の2か国語の通訳案内士大谷みち子氏にインタビューしました。
中学、高校生の頃ウィーン少年合唱団の大ファンだった大谷氏は、ドイツ語を習っていつかはウィーンに行ってみたいと思いましたが、家の近くにはドイツ語の学校がなく、通うことができませんでした。そのことを、ウィーンから近所のカトリック教会に来ていた日本語の上手なシスターに話すと、「気持ちを持ち続けていると、いつか道が開ける」と言われたそうです。
そして、ある日30年の時を経てシスターの言葉が実現し、ドイツのテレビ番組に出演し、大ファンだったウィーン少年合唱団のメンバーとドイツで対面。オーストリアにも足を延ばすことができたのです。

幼い頃から大好きなクラシック音楽からドイツ語の道に進み、夢を実現してきた大谷氏のお話を伺いました。

 

ウィーン少年合唱団の追っかけからドイツ語に

Q1.英語とドイツ語の通訳案内士の資格を取られたのはそれぞれ何年ですか?

英語の通訳案内士資格は1980年に、ドイツ語は1983年に取りました。

結婚後まもなく、夫の大学院入学のため、2年間ニュージーランドで暮らしました。むこうでは、現地の旅行社のガイドとして日本人の団体様をニュージーランド全土にご案内していました。
そうしているうちに、これは自分に向いた楽しい仕事だと思うようになりました。それに、目的なしに勉強をしていても張り合いがなかったので、帰国後にまず英語で資格を取ることにしました。

資格は取ったものの、最初はあまり仕事もありませんでした。そんな時、ドイツ語の資格も持っていたら仕事があるという噂を耳にしたのです。私は大学で独文科を出ていたので、もう少し頑張ってドイツ語でも受験しようと決めて資格を取りました。

Q2.なぜドイツ語を学んだのですか?

音楽に対して特別な関心のある家庭で育ったわけではありませんが、保育園に通っていた頃からお昼寝のときや登下校時に流されるクラシック音楽が大好きでした。そこで、親戚が来る時には、手土産にはお菓子ではなくクラシックのレコードが欲しいとねだって、シューベルトやブラームスなどのレコードを買ってきてもらい、擦り切れるほど聞きました。

中学、高校時代には、ウィーン少年合唱団に夢中になりました。東京オリンピックの年に来日し、当時の少女雑誌に毎週のように取り上げられていたのです。追っかけをしたり、メンバーのひとりに手紙やプレゼントを送ったりするほど熱心なファンでした。そうしているうちに、いつの日かウィーンに行きたいと思いドイツ語に関心を持つようになったのです。

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