第45回 通訳案内士インタビュー 大谷みち子氏

ログイン・登録

Guide Interview 第45回 通訳案内士インタビュー 大谷みち子氏 英語・ドイツ語通訳案内士

Q3.どのようにしてドイツ語を習得なさったのですか? 2ヵ国語で語学力を維持するのは大変ではありませんか?

学校で英語を習い始めたばかりの中学1年の時に、自分でドイツ語の参考書を買い、独学でドイツ語の勉強を始めました。残念ながらこの時には英語とドイツ語が混乱してしまい、中学最初の英語のテストの結果はさんざんでした。

その後、名古屋の大学でドイツ文学を専攻し、ニュージーランド在住中にはオークランド大学で聴講生として再びドイツ語を学びました。

現在は、仕事を通して語学力を維持しています。たとえ言葉に詰まっても、話をきいているお客様がすぐに私が探している言葉を補ってくださるのでとても勉強になります。お客様の興味を引くことを話していれば、言葉を探してくださいます。

 

シングルマザーの通訳案内士

Q4. 通訳案内士として、これまでどのようなお仕事をなさっていらしたのですか?

団体旅行や、企業の報奨旅行(インセンティブ)、クルーズ、それにご夫婦や家族で訪日された個人のお客様などいろいろな旅行のご案内をしています。

出産するまでの8年間ガイドの仕事をしました。この頃はドイツ語の仕事が中心で、海外添乗もずいぶん経験しました。
その後離婚して、シングルマザーとして子育てをすることになりました。子どもが小さい間はガイドの仕事をするのは難しかったので、会社勤めをしていました。 通訳案内士の仕事に復帰したのは、息子が中学生だった10年前です。復帰後は英語とドイツ語の両方を使って仕事をしています。

 

Q5.お子さんを育てながら通訳案内士の仕事を続けるのは大変ではありませんでしたか?

母が同居してひとり息子の面倒を見てくれていましたが、私がツアーに出ている間に急に亡くなり、翌朝息子から旅館に連絡が入りました。その時は途中から他の方に交替していただきました。

ツアーで奈良に行っていた時には、当時高校生だった息子が「寝坊してしまった。今さら学校に行けない。どうしよう。」と私の携帯に電話してきたこともありました。
「どんなに遅れても、学校に行かなくてはダメ!」と、叱咤したものです。

息子には、幼い頃からバイオリンを習わせました。昔、私自身が習いたかった夢を託したのです。息子はその後国立大学に進み、経済学を学びながらアマチュアオーケストラのコンサートマスターを務めています。

 

Q6.ドイツのテレビに出演なさったそうですが、どんな内容の番組だったのですか?

ドイツで1年に1度放送される、音楽を通した対面番組でした。思い出に残っているメロディーとそれにまつわるエピソードを持つ人を番組に招待し、エピソードに登場する思い出深い人と対面させる内容です。

テレビ出演のきっかけは、通訳案内士の仕事でした。30人ほどの団体旅行の方々をご案内した際に、私がウィーン少年合唱団の大ファンで手紙やプレゼントを送ったことや、それをきっかけにドイツ語を勉強してガイドになったことをお話しました。それを聞いたドイツ人のご夫婦が、帰国後テレビ局に伝えてくださり、テレビ局が私を探し出しメインゲストとして番組に招待してくださったのです。もう20年も前のことになります。

当時3歳だった息子とふたりでドイツに行く思いがけない機会に恵まれました。テレビ番組は体育館が会場で、大勢の観客の方々がいらしていました。会場へは現代のウィーン少年合唱団が駆けつけ出演していましたが、私がかつて手紙を出していた人もすでに40代になっていましたが、その場に来てくれました。学生時代に憧れ、いくらファンレターを書いても返事をもらえなかった人に30年の年月を経て対面することができたのです。
当時、ウィーン少年合唱団のメンバーはひとり2千通ものファンレターをもらっていたそうですが、歌の練習のほかに学校の勉強もあり、とても返事を書けなかったそうです。私はスタジオで花束を贈られ、割れるような拍手の中でとても良い経験をさせていただきました。
テレビ出演後、オーストリアにも足を延ばし、モールツァルトにゆかりの深いザルツブルグを訪れました。

インタビュー一覧一覧へ戻る