第51回 通訳案内士インタビュー 渡邉靖予(わたなべ やすよ)氏

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第51回 通訳案内士インタビュー 渡邉靖予(わたなべ やすよ)氏 英語通訳案内士

Q3.これまでで、通訳案内士として一番働きやすい時期はいつごろでしたか?
また、時代の流れとともに働く環境はどのように変わったのですか?

1971年のニクソン・ショックの頃までは、ドルが強くすべてがおおらかで働きやすかったように記憶しています。バスもホテルも高級なものを使い、食事の際はホテル内のレストランを自由に選べるツアーもあったほどです。
けれども、その後ドル安になるにしたがって予算の制約が厳しくなりました。

新人ガイドが任される仕事も変わりました。私がガイドになった当時は、新人の最初の仕事は個人客の都内1日ツアーでした。経験の浅いうちは、関東地方のガイドなら遠くても箱根までの仕事を1年ほど続けるのが一般的でした。

その後仕事に慣れてくると団体旅行や関西方面への案内も任されるようになり、徐々にステップアップしてゆきました。
けれども、今は新人がいきなり長期ツアーを任されることも珍しくありません。この仕事に就いたばかりでそうした仕事をするのはかなり大変だと思います。

そのうえ、通訳案内士の数が増えたため、新人が仕事を得るのが難しくなっています。
待遇の面でも、以前は旅行会社に専属ガイド制度があり厚生年金にも加入できましたので、ある程度の収入が保証されていましたが、今ではこうした制度はありません。通訳案内士の仕事だけで生活を維持するのは難しいと思います。

 

仕事で気をつけていること

Q4.日本を案内して外国人に好評なのは、どんなことですか?

個人差もありますし、国や年代によっても違うので一概にはいえませんが、多くの方が日本人の普段の生活に関心を示しています。ですから、社会保障、少子化、女性の地位など日常生活に密接に関連した話題をツアーの中で幅広く取り上げるよう心がけています。

 

Q5.仕事をするときに気をつけていることは何ですか?

旅行中に、お客様がどうしてよいかわからない状態にさせないようにすることです。
最近では、食事が含まれていないツアーが多くなっています。近くに食事できる場所があれば別ですが、そうでなければ私の方から申し出て、希望者を食事できるお店にご案内します。このような場合、ご案内することは義務ではありませんが、ガイドに期待されているのです。

一番恐れているのは、お客様が怪我をすることです。足元に気をつけるよう、大きな声で一日に何度も声をかけます。
日本ではバリアフリーが進んではきたものの、まだ小さな段差がたくさんあります。大きな段差には気づきやすいのですが、小さな段差はつまずきやすくとても危険です。路上を走る自転車にもヒヤリとさせられることがしばしばです。

屋外を歩くときばかりではありません。温泉では高血圧の方は長時間入らないように、せっけんで滑らないようにと声をかけます。いつ、どんな注意をしたらよいかを判断するには、これまでの経験が役立っています。

また、ツアーにひとりで参加しているお客様に対しては、必要に応じて、必ずご本人の了解を取ったうえでモーニングコールを手配します。以前、男性のお客様が、東京から名古屋まで新幹線で移動する日に寝過ごしてしまったことがあったのです。

お客様を起こしに行き、荷造りを手伝い、東京駅まで急ぎましたが、新幹線に乗車する直前まで人数の確認をしていた私とその他数名が乗り遅れ、それ以外のお客様を乗せた新幹線が発車してしまいました。
幸い東京駅の駅員さんを通して新幹線に連絡し、お客様方を名古屋で降ろしていただきましたが、この仕事をしているとこのような苦い経験から学ぶことはいろいろあります。

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