インバウンド事例

【ゲストハウス:喫茶、食堂、民宿。なごのや】古き良き商店街にあるゲストハウス兼喫茶店に、たくさんの“人”が集まる理由

2018.10.19

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事例のポイント

  • 遊休施設を活用して、“人”が集まる「ベース基地」をつくった
  • 宿泊客を自店だけで囲うのではなく、地域を回遊してもらう
  • ターゲット市場をエリア単位ではなく、“人”単位(旅の習熟度)で捉える
  • 働く“人”も「集客装置」になる

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「インバウンドをきっかけにした“地域や商店街の活性化”というビジネスがやりたかったんです」。そう語るのは、株式会社ツーリズムデザイナーズ代表・田尾大介さん。田尾さんは、「古き良き商店街」という言葉がよく似合う円頓寺商店街で「喫茶、食堂、民宿。なごのや(以下、なごのや)」を営んでいる。

名古屋駅桜通口から徒歩約20分でありながら、昭和の雰囲気が残る円頓寺商店街は、時代の移り変わりと共に衰退する他の多くの商店街を尻目に、“賑わい”を取り戻してきている。その中心的存在となっているのが、2015年4月から営まれているなごのやである。では、なぜ円頓寺商店街は、「なごのやの出現」によって活性化したのか。田尾さんにお話を伺いつつ、その理由や背景に迫りたい。

 

遊休施設を活用して、“人”が集まる「ベース基地」をつくった

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▲2013年に株式会社ツーリズムデザイナーズを設立した田尾大介さん

 

誤解のないようお伝えしておくと、円頓寺商店街でいわゆる“町おこし”を最初に始めたのは田尾さんではない。もともとは商店街の空き家対策などを行っている組織「ナゴノダナバンク」のリーダーでもある建築家の市原正人さんが、円頓寺商店街振興組合の理事長らとともに始めた。2013年に名古屋市内で旅行会社ツーリズムデザイナーズを立ち上げ、着地型ツアーの運営や旅行に関するコンサル業などを行っていた田尾さんが、この円頓寺商店街でなごのやを始めたきっかけは、いったい何だったのだろうか。田尾さんはこう話す。

「建築家・市原さんが代表を務めるナゴノダナバンクとの出会いがきっかけでした。円頓寺商店街では、昭和7年創業の喫茶店が2013年に廃業していて、その空き店舗を使ってみないかという提案をもらったんです。僕はインバウンドをきっかけにした地域・商店街の活性化というビジネスプランを持っていました。外国人が集うゲストハウスでありつつ、地元の人も集うコミュニティスペースとしての機能も持っている、みたいなことができる場所を探していて、まさにそれがここにあったんです」

田尾さんは、起業する以前のグロービス経営大学院に通っていたときから、そうしたビジネスプランを持っていたと語る。だからこそ、「空き店舗(遊休施設)の活用」という提案に対して、二つ返事で引き受けたのだという。

そして、田尾さんのビジネスプラン通り、なごのや(2018年3月までは「西アサヒ」の名前で営業)は、1階が地域の人が集う喫茶店として、2階が外国人旅行者やゲストハウス好きの若い日本人旅行者などが寝泊まりする民宿(簡易宿所)として、2014年に営業を開始し、今では円頓寺商店街でもっとも“人”が集まる地域の「ベース基地」の一つとなった。

なお、2018年現在、同店の2階を利用したゲストハウスの稼働率は7〜8割で、利用客は日本人と外国人が半々。1階はレセプションも兼ねた喫茶店で、宿泊客のみならず、国内外の観光客や地元の常連客などで賑わっている。

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▲2階にあるゲストハウスのドミトリールーム

 

宿泊客を自店だけで囲うのではなく、地域を回遊してもらう

なごのやの出現によって、円頓寺商店街が活性化された理由の一つが、次の田尾さんの言葉によく現れている。

「いろんな観光地がありますけど、結局旅行者はそこで生活をしている人間が一番おもしろいと感じるし、地元の人との交流が一番の思い出になると僕は思っているんですね。だから、地元の人が集まっている場所に外国人が紛れ込んでくる、というシチュエーションをいかにつくるかがポイント。そこは常に意識しています」

外国人であろうと日本の若者であろうと、地域(商店街)に人を呼ぶことができても、それを地元の方々が歓迎しないのであれば、意味がない。短期的な流行りに過ぎず、盛り上がりは長続きしないからだ。それでは地域や商店街が本来的に「賑わいを取り戻した」とはいえない。だからこそ、田尾さんは、なごのやの宿泊者に対して、「なごのやだけで完結してしまわないよう気を配っている」のだという。

「たとえば、朝食は宿泊と完全に別(素泊まり)にしています。夜もなごのやで食事をとったり、お酒を飲んだりすることもできますが、積極的に外で飲食することを勧めています。個人でやっている飲食店が多いので、最初は迷惑をかけないかなと心配で様子を覗いたり、店の主人に『昨日、うちの海外のお客さんが伺ったみたいですけど、大丈夫でした?』と挨拶に行ったりしていましたが、みなさん面白がって交流してくれていて、ほとんど問題がなく、取り越し苦労でした」

考えてみれば商店街の人たちは根っからの商売人である。だからお客さんが誰であろうと、売上が上がるのならば歓迎するということなのだろう。なごのやが立ち上がる前は、外国人をメインターゲットにしたゲストハウスができるということで、商店街の内外から「大丈夫か」と心配する声も少なからずあったそうだが、立ち上がった後は、トラブルらしいトラブルはなく、苦情やクレームの声がほとんど出ていないということも、その証左だといえる。

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▲喫茶スペースの一部には、さまざまな情報が得られるコーナーも設けている

 

ターゲット市場をエリア単位ではなく、“人”単位(旅の習熟度)で捉える

さらにもう一つ、なごのやに宿泊する外国人旅行者らが、地域にうまく馴染んでいる理由がある。「客層」だ。

「なごのやを始めるにあたっては、どういう客層をターゲットにするかを考えました。僕は国とか地域で区切るのではなく、旅の習熟度で考えて、上級者に狙いを定めたんです。そういう上級者だからこそ、さきほど話したような個人の飲食店でもヒョコッと入っていけます。お店の主人の英語が拙くても、彼らはボディランゲージなどを用いて、コミュニケーションを楽しむことができるんです」

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つまり、意外に思われる人もいるかもしれないが、地域に根ざした個人店が多い商店街と、なごのやが狙う旅の上級者との相性は、すこぶる良いのである。そのことは、地域に住む住民との交流が一つのコンテンツとなり、人気を博している岐阜県飛騨古川のSATOYAMA EXPERIENCEに通じる。

もちろんこれは“偶然の産物”ではなく、田尾さんが狙って行っていることである。「(宿泊施設として)外国人観光客で儲けよう」とだけ考えて事業を行うのではなく、「地域・商店街の活性化」もきちんと考えて運営しているからこそ、絶妙なバランスでうまくいっているのだ。

なお、なごのやに泊まる外国人宿泊者の内訳は、季節によっても変動するが、欧米3割、台湾2〜3割。それ以外は中国や香港、南アフリカなど、さまざまなエリアから旅の上級者が集っているという。

 

働く“人”も「集客装置」になる

なごのやに集まるのは、外国人観光客だけではない。既に書いたように喫茶店でもあるので、地域の住民が日常的に来店する。さらに、近年にわかに増えつつあるレトロな喫茶店のファンや、店内スペースを使って開催されるさまざまなトークイベントやライブなどのお客もいる。そして、田尾さんが「蓋を開けてみたら思いのほか多かった」という若い日本人女性なども集まる。

「旅の習熟度が上級の人をメインターゲットに考えていたと言いましたが、だからといって外国人向けに特化するつもりもまったくなくて、基本的にはいろんな人がくればいいと思っています。ただ、ゲストハウスを始めてみて意外だったことが一つありました。宿泊者の半数は日本人だと言いましたが、その多くが20代の女性で、しかも一人旅だったことです。僕ももう40代なので、本当のところを理解できているかわかりませんが、どうやらおしゃれなカフェ巡り的な感覚で、全国にあるゲストハウスを回っている層がいるみたいなんです」

そうした傾向は、宿泊者だけでなく、働く人にも現れている。募集をかけていないにもかかわらず、若い女性を中心に、「なごのやで働きたい」という応募が絶えないという。そして、そうした「ここで働きたい」という強い思いを持った働き手が多いほど、お店も商店街(街)も活性化するはずだ、と田尾さんは語る。

「働きたいという応募は多いです。最近も募集していないのに5件くらい応募があって、『今、募集してないんだけどな』って困ってしまったんですが、ただ募集していないのに応募してくるって、思いが強い方なので、無視できませんよね。なぜなら、働く人というのは、商店街や街の活性化の一つのポイントになるからです。なごのやで働く若者が『この街は面白い』って思えたら、円頓寺商店街が彼らの場所になるわけです。たとえば大学生でアルバイトに来てくれている子とかは、就職した後も、また定期的に来てくれるようになるんです」

田尾さんはこうも続ける。
「若者が面白く働ける場をつくることが、その商店街や町が活性化する近道だと思っていますし、それは人を呼び込みということに対しても、効果があると考えています」

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▲この日宿泊していた外国人観光客にオススメエリアをスタッフが伝えている

結局のところ、外国人観光客を呼び込むにしても、地域や商店街を活性化させるにしても、どちらか一方だけを取り組むよりも、両方を組み合わせることによって、より大きなうねりを生み出せるのだ。一見あたりまえのようでいて気づきにくいその盲点を、なごのやの事例は教えてくれる。

そしてもう一つ、インバウンド視点で大事なことがある。それは、エリアによって相性のいいターゲット層がいるということだ。当然のことながら、個人商店が軒を連ねる円頓寺商店街に、観光バスで乗り付けるような団体客は合わない。国や地域といったことに縛られることなく、なごのやのように旅のスタイルでターゲット層を絞るのも一つの手かもしれない。

(取材協力:株式会社ツーリズムデザイナーズ)

 

「喫茶、食堂、民宿。なごのや」の取り組みについては、
インバウンドビジネス入門講座 第3版』でも紹介しています。
ぜひそちらもご覧ください。

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