インバウンド事例

2018.12.05

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【旅行代理店:熊野トラベル】世界へのPRを担うツーリストビューローが地域密着型のトラベルデスクを始めた理由

事例のポイント

1
トラベルデスク(実店舗)を設置した背景
2
欧米豪を中心に世界60カ国からインバウンド客が来店
3
「赤字覚悟」で実店舗の運営に臨むのは“稼ぐ力”を高めるため
4
実店舗があることで「地域の事業者や住民」とつながりができる
5
“直に接する”からこそ、より課題が鮮明になる

2017年、世界遺産・熊野古道で知られる和歌山県田辺市には約3万6821人もの外国人が宿泊した。1299人だった2006年に比べ、その数は30倍近くにまで膨れ上がったことになる。まさに外国人の集客に成功している地方都市の一つといえるだろう。

その原動力は2006年に設立された田辺市熊野ツーリストビューローにある。現在、観光庁が提唱する日本版DMOの候補法人にもなっている同団体の事務局長を務める小川雅則氏は、「外国人への認知度を高めるための情報発信と、地域の受け入れ体制を整える活動の二つを中心に行ってきました」と話す。

(※団体の成り立ちや設立当初の具体的な話については、こちらにも詳しく載せているので、ぜひ参考にしていただきたい)

 

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▲「熊野トラベル」の店舗は住民が行き交う商店街の一画にある

 

トラベルデスク(実店舗)を設置した背景

さらに世界的なトレンドである“団体旅行から個人旅行への移行”に合わせる形で、田辺市熊野ツーリストビューローは法人格を取得し、2010年に着地型旅行会社(旅行業)である熊野トラベルを設立。自ら旅行業を行う法人へとなることで、当地を訪れる外国人観光客と地域の宿泊施設をマッチングするネット予約業務や決済サービスの代行などができるようになった。

活動の結果、認知度は高まり、当地を訪れる外国人観光客の数は急速に伸びてきたが、一方、後で詳述する別の問題(簡単にいえばノープランで当地を訪れる外国人の増加)が起きた。これに対応するために、2017年8月よりJR紀伊田辺駅から徒歩2分にある空きテナントに実店舗を構え、フェイス・トゥ・フェイスで接客を行うことになった。

「地域の稼ぐ力を引き出す」を標榜に、観光庁が形成・確立を推し進める日本版DMOといえば、プロモーションやマーケティング、あるいはブランディングといった役割を思い浮かべる人も少なくないだろう。田辺市熊野ツーリストビューローも設立当初はまさにそれらのことを行っていた。その後、観光客の増加をうけて、トラベルデスクという実店舗を構えるに至ったわけである。

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▲田辺市熊野ツーリストビューローの事務局長を務める小川雅則氏

こうした経緯は非常に興味深い。マーケティングやブランディングの結果、集客に成功したとあれば、DMOとしてまさに面目躍如であるからだ。それにもかかわらず、なぜ実店舗が必要だと感じたのか。その目的とは? 開業から一年を経て、その効果は? 疑問は次々とわいてくる。小川氏に詳しく聞いていくことにしよう。

 

欧米豪を中心に世界60カ国からインバウンド客が来店

既に書いたように、トラベルデスクを設置したのは2017年8月のことだ。本記事の執筆時は2018年秋であるから、季節をひと回りしたことになる。その間、さまざまな気付きや課題、トライ・アンド・エラーがあったことは想像に難くない。一年間を振り返るなかでの率直な感想を、小川氏は次のように語る。

「一年間運営してみて、最初に思うのは、“これまで大きな問題に発展していなくて本当によかった”ということです。私たちのトラベルデスクには、この一年間*で5621人が来店しました。そのうち外国人は3727人で、実際に宿泊の予約をされた方は556名です。それだけの人がノープラン、宿泊施設の予約なしで熊野古道に行こうとしていたということですし、逆にいえばこれまでもそうした外国人がいたということです。だから、遭難事故や地元の人との諍いなど、大きな問題に発展してこなかったことに、胸をなでおろしたんです」(※2017年8月〜2018年8月の累計)

熊野古道には、巡礼者のための無数の宿泊施設が点在している。しかし、それらの多くは小規模で、高齢の夫婦が何とか切り盛りしているような家族経営のところが多数を占める。そうした宿に、外国人が飛び込みで行っても対応することは難しい。もし野営(野宿)をすれば、地元の人が不審に思ったり、熊やイノシシといった野生獣に襲われたり、遭難事故に発展したりする可能性もある。そうしたトラブルを未然に防ぐ役割をしているのが、実店舗なのである。

 

店内申込

▲トラベルデスクでは平均1時間をかけてじっくりと接客する

 

主な来訪者は欧米豪からの観光客だ。この点については、予想通りだったとする一方で、意外なこともあったようだ。

「日本人を除くと、トップはオーストラリアで、続いてアメリカ、イギリス、フランスと続き、トップ12まではすべて欧米豪です。一方で、世界中から来ていることもわかりました。具体的には約60カ国から来ていて、裾野の広さも感じました」と小川氏も話すように、珍しいところでは、サモア、ジャマイカ、モロッコ、バーレーンといった国からの訪問もあった。その国数は、日本を入れると実に60カ国にものぼる。

なお、外国人観光客の多様性は、その地域の観光ビジネスを持続的に下支えするといえる。当然のことながら、どこか1カ国にだけ集中していれば、社会情勢の変化で観光客が100から一気に0になることもありえるからだ。そうしたリスクを分散させるためには、集客対象を国で分断するのではなく、旅行スタイルやニーズで切り取るほうが賢明といえる。

田辺市熊野ツーリストビューローの例でいえば、欧米豪を中心に、長期滞在志向を持つ個人旅行者、それも巡礼旅というキーワードにアンテナが引っかかるような層を狙ってマーケティングを行っている。国という縦軸はあまり強く意識せず、趣味やスタイルという横軸が大切だということが、浮かび上がってくるだろう。

 

「赤字覚悟」で実店舗の運営に臨むのは“稼ぐ力”を高めるため

話が少し飛躍してしまったが、そもそもこの店舗ではどういったことが行われているのだろうか。基本的には、宿の予約や熊野古道を歩くコースについて、何の知識もないまま、ノープランでやってきた外国人をサポートするという役割がある。そのサポートとは、宿泊予約の斡旋、荷物の搬送、荷物の一時預かり、オプショナルツアーの提案である。さらに店舗では、巡礼旅に必要なアウトドアグッズや地元の土産物などの物販も行っている。

 

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▲物販スペースには厳選された歩き旅用のグッズや地元の土産物が並ぶ

 

こうした実店舗を運営するにあたっては、語学に堪能なスタッフがトラベルデスクに常駐する必要がある。ある意味、これは非効率的である。なぜなら実店舗を訪れるのは、基本的には飛び込み客のみであるからだ。

季節によって繁閑差があるので一概には言えないが、たとえば外国人によるトラベルデスクの訪問数がもっとも少なかった2017年12月を例にあげてみると、その数は75人である。つまり一日あたり平均2.4人という利用数だ。そうしたところを指摘すると、小川氏は「短期的な利益は、目的ではありません」と力強く語る。

「実店舗を構えるうえでは、ある程度の赤字は覚悟で臨んでいます。たとえばノープランで来店されたお客さまに対しては、熊野古道のコースのご説明から、モデルプランの紹介、お宿の手配などをしていきますから、平均的には接客に1時間ほどかかります。もし利益を求めるのならば、もっと効率的に接客して、まわしていかないと成り立ちません」

それでもあえて実店舗を構えて、飛び込みの外国人客への対応を実直に行い続けるのは、先にも書いたとおり、トラブルを未然に防ぐためだが、それ以外にも大きなポイントがある。それは、地域の“稼ぐ力を高める”ためだ。

「我々ツーリズムビューローの設立目的というところに立ち返ってもまったく同じことがいえるのですが、大切なのは地域の事業者の稼ぐ力を高めることです。我々はこの地域が『世界に開かれた質の高い持続可能な観光地』となるお手伝いをしている立場であって、ツーリズムビューローが単体で儲けることが目的ではないんです」

なお、閑散期における接客スタッフの扱いについても聞くと、小川氏はこのように話してくれた。

「あまり忙しくない時期には、バックオフィスの仕事もしてもらっています。たとえばインターネット上で依頼のあったお宿の手配などですね。これによってジョブローテーションを促すことにつながります。すると、接客に使える予備知識を養ったり、バックオフィスで何をしているかを把握できることで、熊野トラベルとしての運営がスムーズになっていきます。要は、みんながオールラウンダーになって、全体のコミュニケーションが円滑になるということで。これは嬉しい誤算だったといえるかもしれません」

後編では、実店舗があることの意義や、影響について詳しく見ていく。

 

熊野トラベルの取り組みについては、
インバウンドビジネス入門講座 第3版』でも紹介しています。
ぜひそちらもご覧ください。

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