インバウンド事例

2019.01.11

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【体験プログラム:キャニオンズ(群馬・みなかみ町)】NZ出身のハリス氏が実践する「世界を相手にしたマーケティング」とは?

事例のポイント

1
マーケティングに基づきインバウンド集客
2
自分たちのライバルをグローバル視点で意識する
3
海外マーケティング調査は「セールス込み」で行っている
4
プロモーションはインターネットとリアルの両方で
5
“ワールドクラス”を意識しないと勝ち残っていくのは難しい

群馬県の最北端にある、みなかみ町ではたくさんのアウトドア・スポーツが存在する。冬にはスキー、スノーボード、クロスカントリー、雪原トレッキングなどがあり、冬以外の季節、つまり町から雪が消える時季にはラフティング、カヌー・カヤック、バギー、トレッキング、乗馬、バンジージャンプ、ゴルフなどを楽しむことができる。

こうした体験型アクティビティを提供する企業や団体は複数あるが、その中で特にインバウンド客から支持されているのがニュージーランド人のマイク・ハリス氏が代表を務めるキャニオンズだ。今回は、その成功理由についてハリス氏へのインタビューをもとに迫っていきたい。

Mike (2)

 

数多くのインバウンド客に支持される「キャニオンズ」とは?

ハリス氏がキャニオンズを立ち上げたのは2000年のことだ。もともとはラフティングを実施する会社で働いていた。そのときに専門の部署をつくって、自営業のような形でキャニオニングの運営を開始したのだという。1998年の秋のことだ。ハリス氏は言う。

「その当時日本にはキャニオニングをしているツアー会社はありませんでした。ですからヨーロッパから始まったこのキャニオニングというスポーツを輸入したのは僕、と言っても過言ではないと思います」

キャニオンズはその名の通り、身一つで渓谷を登ったり、滝つぼに飛び込んだりするキャニオニングと呼ばれるアドベンチャースポーツを筆頭に、ラフティングやパックラフトなどの体験アクティビティを4〜10月に提供し、ワンシーズン1万2000人を集客し、そのうち3割がインバウンド客という旅行会社だ。冬場はスキースクールの運営に加えて、スノーシューやスノーキャニオニングといった雪山を気軽に楽しむための体験アクティビティも実施し、数多くの外国人観光客を受け入れている。

このように、インバウンドビジネスの成功者としてメディアに取り上げられ、行政が主導する勉強会や委員会に呼ばれることもあるハリス氏だが、キャニオンズは立ち上げ当初からこのような大きな規模であったわけではない。

「最初は5人のスタッフで始めたのですが、そのときはメインターゲットを都心に住む日本人の20代や30代の若者にしていました。しかし、みなさんもご存じのように、日本人は季節的な人です。つまりキャニオニングやラフティングといったリバーアドベンチャーをするのは7〜9月に限られていて、それも土日や祝日に集中します。これではスタッフの通年雇用が難しくなりますし、売上の上限も決まってきます。継続的なビジネスにするためにも、外国人もターゲットに入れることにして、本格的にマーケティングをするようになりました」

Rafting (3)

 

どんなに良い商品でも、来てもらわないと意味がない

キャニオンズがインバウンドの集客に成功しているのは、同社がキャニオニングのパイオニア的存在であることも背景の一つではある。が、それ以上に日本にインバウンドという言葉が定着するよりも早い段階で、外国人観光客を視野に入れ、マーケティングを行ってきたことのほうが大きい。ハリス氏は、次のように話す。

「どんなに良い商品をつくったとしても、来てもらわなければ意味がありません。そして、来てもらうためにはマーケティングが必要です。では、マーケティングとはなにか。簡単にいえば、お客さんのニーズとこちら側の資源をマッチングさせることで、このマッチングのプロセスがとても重要です」

具体的にはどういうことだろうか。ハリス氏によれば、最初は2つのことをしなければいけないという。自己分析とターゲティングだ。

「まず、それぞれの地方が持つ良さをきちんと分析・把握しないといけません。たとえば我々はラフティングというアクティビティを提供していますが、みなかみ町のラフティングと京都・保津川のラフティングと奥多摩のラフティングではグレードも違えば、見ることができる自然や景観も異なります。さらに、国外にもラフティングがたくさんあるので、そういうところとも比べて、自分たちの良さや立ち位置を知る必要があります」

このようにして自己分析ができたとしても、ターゲットのことを知らなければマッチングはできない。言い換えれば、ターゲットを定めることは難しいといえる。したがって、ターゲティングの最初のステップは、ターゲットのニーズを知ることだ。

「これまで日本の旅行関係者は、主に日本人を相手にしてきたので苦労しているところだと思いますが、外国人を狙うならば彼らが何を求めているのかを把握しないとダメ。たとえば、オーストラリアの20代、30代が何を望んでいるのか、台湾のファミリー層は何を求めているのか、韓国の大学生はどこに行きたいのか、といったことを把握する必要があります」

 

ピークシーズンのスイス訪問は「韓国とインドのマーケット」把握のため

では、外国人のニーズを把握するためには、具体的に何をしたらいいのだろうか。

「プロのマーケティング会社を利用するのも手ですけれども、それだとお金がかかる。自分たちでできることもたくさんあるので、まずは勉強して、やってみるのがベストではないでしょうか。やれることは複数あります」

取っ付きやすいのは、観光に関するデータを調べることだ。

「データは国内外のものを見ることができます。僕がキャニオンズを始めた当初は日本のデータがほとんどなくて、海外の観光局のものをよく使っていました。今でもよく使いますが、ニュージーランド、シンガポール、オーストラリアあたりには、参考になるデータがすごく多いです。たとえばオーストラリアならば、『(自分の)国でスキーに行くときはどこが人気なのか』など。すると、オーストラリア人がスキーや施設に求める基準が見えてきます」

日本のデータが揃ってきた今でも、ハリス氏は海外のデータを使うことが少なくないという。それには明確な理由がある。

「日本のアドベンチャーツーリズムは、現在のところ海外に対する発信力はほとんどありません。スキーなどの冬のスポーツに関するブランドはある程度できていて、認知度も高まっているのですが、特に我々のようなキャニオニングやラフティングといった夏のスポーツは、存在すらほとんど知られていない。だから現状では日本の観光データを見ても意味がないと思っているんです」

しかし、データはデータに過ぎず、そこにはデメリットもある。たとえばデータとして出てくるまでにタイムラグがあること。さらに、国としての出入国者数や宿泊者数はある程度正確なデータが取りやすいが、自治体ごとの来訪者数は精度がそこまで高くないことなど。だからこそ、データ以上の情報も大切になってくる。

「僕は2000年にキャニオンズを立ち上げる前、世界中でアドベンチャーツーリズムを体験したり、実際に働いたりしてきました。その後もいろいろなところに出かけて、自分自身でツアーを体験したり、運営者や旅行会社と商談を行ってきたりしました。つまり、僕には生の声で情報を得られるネットワークがあるんです」

たとえばヨーロッパの知り合いから、「実は最近、スイス中央のリゾート地であるインターラーケンに韓国人やインド人がたくさん来ている」といった情報が入ってくるのだという。特筆すべきは、ハリス氏がそうした生の情報を聞くだけではなく、視察へとつなげていることである。

「情報を得た後、自分でもピークシーズンのインターラーケンに行って、韓国人やインド人はどういうことをしているのかを調べました。5日間滞在するなかで、たくさんの大学生くらいの若者がキャニオニングやラフティングに参加していることがわかりました」

一方、彼らは日本のアドベンチャーツーリズムにはあまり参加していない。つまり、「アジアには潜在的なニーズがあるということが確認できた」のだという。

Rafting (2)

 

自分たちのライバルをグローバル視点で意識する

そうした海外視察において、ハリス氏が心がけていることは少なくない。その一つは、先の韓国の例でも言えることであるが、「旅行者のいるところへ出向く」という考えだ。

「もしも、これからインドネシア人を呼び込みたいと考えるのならば、インドネシアに行くことも一つの手ではあるが、それよりも彼らが現在向かっているところに出向いて、そこでインドネシア人旅行者の話を聞くことが大事だと思っています」

さらに、自分たちのライバルがどこかを強く意識し、自分たちの強みや弱みをあぶり出すことも必要だ。

「インバウンドが旅をするときには、日本に行こうかスイスのインターラーケンに行こうかと、グローバルに渡航先を比べています。ですから、自分たちのライバルがどこにいるのかを把握したうえで、どうしたらそこに勝てるのかを考えていかないといけません。我々のようなアドベンチャーツーリズムならば、スイス、ニュージーランド、カナダあたりでしょうか。こういった国の人気の事業者については、トリップアドバイザーのクチコミやウェブサイトを定期的にチェックしています」

こうしたインターネット上の定点観測には限りがある。だからこそハリス氏は、特に気になったところには直接行って、自分たちの目と体で確かめてもいると話す。

「2〜3年前のことですが、ヨーロッパに行きました。そのときには、気になっていたところを全部回って、自分でアクティビティを体験してきました。自分なりに評価表をつくって、点数をつけていって、そこから自分たちキャニオンズは何を学べるか、何を実践できるのかを検討していく、ということをしました」

キャニオンズには、ハリス氏以外にもマーケティングに携わっているスタッフが複数いるが、彼らが海外へ行く際にも、「トレンドやニーズを把握するため」のレポートの作成を依頼しているという。

 

海外マーケティング調査は「セールス込み」で行っている

渡航費用は決して安くない。「それならばプロのマーケティング会社を使ったほうが、効率がいいのではないか」という声も聞こえてきそうだ。しかし、ハリス氏が率いるキャニオンズでは、セールスを含めて行っていること、LCCやバックパッカー宿も使うことで経費を抑えることができている。

「我々の主力商品のなかに、インターナショナルスクール向けのスキープログラムがあります。ですから、海外へ行くときには、必ずインターナショナルスクールにアポを取ってセールスを行います。その商談でクロージング(決済)まで行ってしまえば、渡航費の何倍にもなって返ってきます。要は、マーケティング調査単体で行くことはほとんどないということです」

「さらに我々の場合、LCCも普通に使いますし、スタッフは旅の熟練者ばかりなので、バックパッカー宿を使ったり、通訳を使わないことで、節約できます。バックパッカー宿については、我々のターゲットである若い旅行者がたくさんいて、話を聞くことができるという意味合いも大きいですが」

もちろんそうした節約術は、安心安全が第一優先である自治体の視察旅行では難しいだろう。しかし、民間企業で、あまり規模が大きくないところであれば、一考の余地があるといっていい。

「僕自身、町や県と一緒に動くこともあるのでわかるのですが、公的機関はどうしても旅行代理店経由で視察を手配することになるので、渡航費を節約するのは簡単ではありません。もちろん担当者の旅の熟練度によりますけど、民間企業だったらできます」

「もっというと、アジアをターゲットにする場合には、人間関係を構築することでビジネスが広がる面も大きいので、何度も足を運ぶほうがいいんですね。そう考えると、なるべく1回の費用を抑えて、“複数回行く”ということを意識したほうがいいと思います」

Ski-Lesson (1)

 

プロモーションはインターネットとリアルの両方で行っている

既に書いたことであるが、海外の市場のニーズを把握するだけでは、集客にはつながらない。周知すること、つまりプロモーションもマーケティング活動のなかで欠かせない要素の一つだ。

「先にも言ったインターナショナルスクールへのプロモーションは、すごくニッチなマーケットなので、基本的には直接セールスに行くことでプロモーションをしています。一方で、キャニオニングやラフティングといった商品は、個人の外国人観光客をターゲットにしています。ですから、ソーシャルエンジンマーケティングを軸に、SEO対策からPPC(クリック報酬型広告)、OTA(オンライントラベルエージェント)への掲載などを徹底的に行っています。OTAについては、単純にセールスだけでなく、プロモーションにもなる、つまり認知度を上げることに役立つという認識をもっています」

また、キャニオンズのプロモーションはインターネットに限らない。リアルな場でのプロモーションも行っているとハリス氏は語る。

「たとえばスイスやニュージーランド、アメリカなどの知り合いのラフティング会社やキャニオニング会社などに、弊社のパンフレットを置いてもらっています。メディアの力もあなどれないので、ナショナルジオグラフィックやディスカバリーチャンネルといったメディアにも情報を提供しています」

さらにこれはプロモーションに限った話ではないが、いま来ている旅行者からのフィードバックも非常に重要だ。実は、キャニオンズでは、ほとんどのお客さんがフィードバックをくれているという。

「レビューをしてくれたら、ツアー中にスタッフが撮った写真やビデオを無料で提供するという仕組みにしています。そうするとかなり毎日、きちんとしたフィードバックがもらえるんです。これらはマーケティングにもプロモーションにも役立つし、スタッフのモチベーションにもつながります。明日から変えられること、来年の商品に向けて改善できることもあります」

こうしたキャニオンズのやり方は、スポーツやアドベンチャーといった体験型商品と相性がいいといえる。なぜならお客さんは写真を撮ることよりも、体験することに集中したいからだ。ウォータープルーフ仕様のカメラが必須となるリバースポーツならば、ことさらにあてはまる。

 

“ワールドクラス”を意識しないと勝ち残っていくのは難しい

最後に、これまでの話のなかで最も重要なことについてハリス氏に聞くと、次のような答えが返ってきた。

「“ワールドクラス”を意識しないと、これからは勝てないでしょう。先にも言いましたが、世界の旅行産業が成熟化していくなかで、インバウンド客は日本をスイスやニュージーランドなどと比べています。ですから、常に世界の市場にアンテナを張って、それを上回るものを提供しないといけません」

とはいえ、自然などの資源を変えることはできない。たとえばラフティングならば、「川」の難易度を人間が変えることは不可能である。そうした場合のワールドクラスに対する考え方について聞くと、ハリス氏は次のように話してくれた。

「インターラーケンのツアー会社には、インド人専用のコースやアラブ人専用のコースなどがあります。なぜかというと、泳げない人が多いからです。泳げない人に合わせた難易度の低いコースを設定しているんです。でも、すごく満足度は高い。つまり必ずしも難易度が高いことが重要であるわけでないということです」

“ワールドクラス”という言葉から連想されるのは、どうしても最難関、ハイレベルといったことだ。しかし、そうしたレベルは重要ではない。あくまで自分たちが持つ資源とターゲットをマッチングさせたうえでの、“ワールドクラス”を目指さなければいけないということだ。そうしたときに武器となるのは、「日本の場合、文化ではないか」とハリス氏は指摘する。その地域にある独自の文化と組み合わせることでユニークな商品になる。そうした考え方でも、十分にワールドクラスを目指せるということだ。

 

(取材協力:株式会社キャニオンズ

 

 

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