インタビュー

日本初の本格的な酒蔵体験に挑戦する長野県佐久市KURABITO STAYの取組、コロナに直面するインバウンドスタートアップ企業のいま

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2020年東京五輪開催を見据えて、インバウンド向け新事業を立ち上げようと取り組んでいた企業のなかには、新型コロナウイルス感染症が世界中を襲い、当初の事業計画が大幅に狂ったことで苦境に立たされているケースもある。一方で、困難な状況でも柔軟な発想を持って、時代のニーズに即した事業を展開し、何とか前へ進もうと取り組む人や企業もいる。

今回取り上げるのは、創業300年以上の酒蔵でかつて利用されていた職人の宿舎を宿泊施設に改装し、2~3日かけ泊まりで本格的な日本酒仕込みが体験できるツアー「KURABITO STAY」を長野県佐久市で立ち上げた株式会社KURABITO STAY代表取締役社長 田澤麻里香氏だ。コロナ禍でメインターゲットとして設定したインバウンド客が見込めない状況のなか、若い企業ならではの柔軟な発想を武器に迅速に戦略を変更し、オンラインツアーやECサイト構築などに取り組む姿を追った。

 

旅行会社での経験を活かし、故郷で観光を軸に事業立ち上げ

株式会社KURABITO STAYの田澤氏は、大学卒業後、旅行会社やワイン輸入会社を経験した後、結婚出産を経て地元の長野県小諸市に戻ったが、その際に幼いころの思い出が詰まった商店街が廃れた姿を目の当たりにしたという。消失していく故郷のために何かできないかと、地域おこし協力隊として小諸市の観光局立ち上げに関わったり、旅行会社での経験を活かして地域の旅館の旅行事業立ち上げのサポートや、着地型旅行商品づくりに向けたセミナー講師を務めるなどを通じて、観光による地域活性化の一端を担った。そうしているうちに「コンサルティングという形で事業者の支援をするだけでなく、自分自身で事業をやりたいと思うようになった」事業立ち上げの経緯について田澤氏はそう語る。

▲築100年の職人の宿舎が世界初の蔵人体験ができる「酒蔵ホテル」に生まれ変わった

 

閑散期である冬のコンテンツで、旅行需要の平準化を図る

なお、小諸市や隣接する佐久市などのこのあたり一帯は、軽井沢から1時間圏内という立地を武器に夏は観光客で賑わうものの、冬はほとんど観光客が訪れない。

「人材の通年雇用が難しく、観光人材が育たないことも課題に感じていた」という。そこで、閑散期となる冬のシーズンに観光客を呼び込めるコンテンツはないかと地域を見つめ直し、佐久地域にある13の酒蔵に着目した。

「酒蔵見学や日本酒の試飲ができる場所は他にもあるが、本格的な日本酒造りが体験でき、かつ酒蔵ホテルに快適に宿泊できるとなれば、他にはない新しいコンテンツとして集客できるのではないか」と考えた。通常日本酒造りは、秋に収穫したお米を用いて冬~春にかけて行われるため、酒造り体験が実現できれば冬の集客に繋がる。加えて、日本酒は近年世界中から注目を集めているので、外国人観光客の集客も見込める。

▲佐久にある13の酒蔵が作るお酒、個性豊かな酒蔵がひしめく

そのころ、佐久地域で付き合いのある酒造メーカー橘倉(きつくら)酒造とともに、かつて酒造りの職人たちの滞在場所として使っていた蔵内の古民家を体験宿泊施設に改修できないかと考えるようになった。一方で、蔵を宿泊施設に改修するとなると莫大なお金がかかる。そのようななか、小諸市でソーシャルビジネスのプレゼン大会が開催されることを知った田澤氏は、事業計画をまとめて応募したところ、見事グランプリを獲得した。その後出場した全国大会でもグランプリに輝いたことで、事業立ち上げの波が一気に加速。関係機関からの補助金や地元の銀行からの融資が実現したことで、日本酒造りを体験しながら宿泊できる冬の観光コンテンツ「KURABITO STAY」が誕生した。

 

旅行会社での経験から感じた観光業界の課題、観光の安売りが招く地域の疲弊

100年後も誇れる故郷の継承をミッションに掲げるKURABITO STAY。「酒蔵ツーリズムを通じて、佐久の伝統産業とも言える13の酒蔵が存続できるよう、そして佐久の地域活性化に繋げようという想いで活動をしている」事業に込める想いについて田澤氏はそう語る。

KURABITO STAYでの日本酒仕込み体験は、2泊3日で5.9万円という価格設定だ。日本酒仕込み体験がセットになっているので一概には比較できないが、地域内にある他の宿と比較しても価格は約3倍以上だという。酒蔵の存続と地域活性化を大切にする田澤氏は、ツアーを高価格で販売する分、スタッフや提携先の事業者に対しても高めの報酬を支払っている。ここには、田澤氏自身の旅行会社勤務時代の経験も大きく影響しているという。

▲一階はコミュニティラウンジ。日本酒好きなゲストが集い、語らう場に

2010年ごろ、日本が深刻なデフレに陥っていた時代には旅行商品の値段も大幅に下がっていた。当時は、フランスパリ5泊で往復の飛行機とホテル、食事付きで5万円などといった格安ツアーが次々と売れていた。しかし実際にツアーに添乗してみると、現地で出てくる料理の品質は非常に低く、バスの運転手の接客態度も粗雑。当然ツアー参加者からの評判も悪かったのだが、日本の旅行会社から低コストでの対応を強いられ、現地の関係者も疲弊しきっている現状を目にした。「数を追って旅行商品を安売りしても、お客様も受け入れ側の事業者も誰も幸せになれないことを実感した」田澤氏は、当時の様子をそう振り返る。

 

旅行会社頼みからの脱却、地域がお客様と直接繋がり価値の高い商品を届ける

ツアーの安売りによる疲弊のほかにも、旅行会社での勤務時にもう一つ感じていた課題があるという。それは、旅行客を受け入れる地域が、旅行会社からの送客に頼り切っているケースが圧倒的に多かったということだ。

「旅行会社が地域の訪問先を決定するには、大型バスが入る駐車場やトイレが揃っているかが重要になる。ただし、その条件を満たす場所に立ち寄るツアーで、果たしてその地域の魅力が伝わるのか、疑問に感じていた」と話す。

日本の観光業は、過去数十年にわたり、旅行会社による送客が大きな流通チャネルだったが、今では、インターネットを使えば地域もお客様と直接繋がれる時代。「旅行会社に頼って安い値段で対応するだけでなく、自ら品質の高い商品を作り磨き上げ、その価値をわかってくれるお客様に直接届けるという地域側の努力も必要」という。

 

▲感染症対策を万全に行い、ゲストと一緒に安心安全な環境を作っている

 

ワイン業界の経験を活かし、日本酒のマーケティングとプロモーションに注力

田澤氏が着目する日本酒業界は、アルコール飲料の多様化や国内の人口減少も相まって、市場は縮小する一方だ。そこでターゲットとして注目を集めているのが、海外市場や女性・若年層だ。だが、一般的に酒造メーカーや酒蔵は職人気質の強い方が多く、マーケティングやプロモーションを苦手とするケースが多い。そんななか、ブランディングやプロモーション上手なワイン業界の経験がある田澤氏は、そこで培ったノウハウや経験を活かせると考えた。

「外から見ると、私たちの会社は宿泊施設や、酒蔵見学や酒造り体験ツアーを催行する旅行会社のように見えるかもしれない。ただ、KURABITO STAYでは、酒を通じた佐久地域のマーケティングとプロモーションを担う会社だと捉えている」という。「そうすれば、佐久にある13の酒蔵にはより一層、良いお酒造りに集中していただける」両者の得意分野を活かし、協力してwin-winの関係を築けるような状態を目指している。

ターゲットも、注目度を効率的に高めるためインバウンド客をメインに据えた。英語同時通訳できる体制を作るなど、受け入れ態勢を万全に整えた。

▲インバウンド客に訴求するため、KURABITO STAYのPR動画には外国人を起用した

 

地域との信頼関係は利他の心で接し続けること

酒蔵ツーリズムに着目して事業を立ち上げたとはいえ、酒蔵は観光客向けに開放していない場所も多い。田澤氏がUターンで地域おこし協力隊として小諸市に戻った2016年時点では、観光客受け入れに前向きな酒蔵は13のうち2社にすぎなかった。そこから、どう酒蔵を説得し協力を得るようになったのか。

「地域側に身を置いて、蔵人体験に関わる事業者みんなに儲かってほしいと利他の心を伝えたこと」信頼関係を築けた理由にについて田澤氏はそう話す。

「地域の方と話をしていると“若い子が来たと思って可愛がっても、じきに佐久を離れてしまう”と言う声も聞かれた」という。IターンやUターンで佐久に来る若い人も、結局1-2年で離れてしまい、定着には至らない現状も垣間見える。実際に、Uターン組の田澤氏が地域の信頼を得るまでにも時間がかかったと話す。

その後、事業立ち上げを覚悟し奔走する田澤氏のひたむきな姿勢をみて、だんだんと応援してくれる酒蔵が増えた。それから4年が経過した今では、10社が協力してくれている。これまで旅行会社経由での酒蔵見学を一切断っていた酒蔵も、ついにはKURABITO STAYならばと見学を承諾してくれたそうだ。


▲長い時間をかけて信頼を築いた佐久の酒蔵メーカーとは、今では良好な関係を築いている

 

休業中は地域の事業者のサポートに徹し、信頼関係を築く

当初、KURABITO STAYの日本酒造り体験ツアーの本格稼働は3月下旬を予定していたが、新型コロナウイルス感染症拡大の影響で休業を余儀なくされた。

そこで手が空いた4~7月は戦略を改めて練り直す期間に充てると同時に、高齢化が進む地元商店街などの事業者に対して、補助金や給付金の書類作成を手伝うなど地域のサポート役に回った。なかにはパソコンが使えない方もいたので、申請書をプリントアウトし、記入の仕方のアドバイスと共に手渡すなどの対応もしたという。このような取り組みが功を奏したのか、7月以降、旅行者受け入れを始めようとなった時、周囲から反対の声が聞こえることもなく、スムーズに再開できたという。


▲蔵人体験の合間に行う麹セミナーなどの座学も大好評

 

小グループでの受入開始、培ってきた人脈を生かした新しい企画も

7月からは、月2回ほど週末のみ小グループの観光客受け入れをスタートした。現在のラインナップは、本格的な日本酒仕込みが体験できる2泊3日のプログラムを筆頭に、1泊2日で週末だけで体験できる甘酒麹造り体験コースや、日本酒仕込みの一部と酒蔵巡りをセットにしたコースなどがある。9月末からは日帰りツアーも開催し、酒蔵見学に加え、プロフェッショナルによる焼酎基礎を学べる講座やチーズと日本酒のペアリング体験をセットにした。バスツアーという性質もあり当初は集客に苦戦したが、地元の佐久市民の参加もあり最終的には満員御礼となった。酒蔵の見学と試飲という月並みな企画ではなく、「テロワール」の掘り下げや「日本酒とフレンチのペアリング」といった知的好奇心を満たす付加価値を高める要素を惜しみなく盛り込んだ。このような差別化された企画ができるのも地域で築いてきた人脈、信頼関係あってだ。


▲日本酒とフレンチのペアリング企画。日本酒の新たな消費シーンを提案し新たな客層へ訴求

なおツアーの集客は、なるべくコストをかけずfacebookやInstagramなどSNSを中心に行っている。Go Toキャンペーンを適用し、通常よりお得に泊まれることも後押しとなり、10月、11月開催分(2泊3日の蔵人体験)は満席と反応は上々だ。想定以上の申し込みを受けて開催頻度を増やして対応している。現時点での参加者層は20~70代までと幅広いが、30~40代や女性も多く、全体的にひとり参加が多いのが特徴だという。田澤氏によるサポートもあり、参加者同士が親睦を深め繋がっていくケースも多いという。

今後は、リアルツアーのみならずオンラインツアーも強化していこうと、特産品の配送をセットにするプラン作りなど、より多くの方に佐久という地域や日本酒を楽しんでもらえるように工夫を凝らしている。また、海外のお客様にもオンラインで酒蔵を楽しんでもらいたいと、英語によるバーチャル酒蔵見学ツアーも計画しているという。

 

ECサイトやCRM導入で、顧客とのより深い関係構築を目指す

仮に新型コロナウイルス感染症が過ぎ去っても、新たな感染症や自然災害のリスクは完全には消えない。「どのような状況でも、安心・安全に佐久のお酒や地域が楽しめるコンテンツを準備しておきたい」との想いから、佐久の13の酒蔵の日本酒を購入できるECサイト立ち上げも構想する。当初は数年先にできればと考えていたことだが、新型コロナウイルスの状況を見て、前倒しで形にすることを決めた。

サイトでは、佐久のお酒が購入できるのはもちろんのこと、酒蔵体験プログラムであるKURABITO STAYの予約や決済管理、実際に訪れる際の健康管理機能なども持ち合わせたCRM(Customer Relationship Management顧客関係管理)システムを導入しようと考えている。

リピーターづくりや顧客囲い込みを見据え、サイトでの商品やサービス購入に応じてポイントが貯まり、ポイント数に応じた特典を提供するなどゲーム感覚で楽しめるようなものにしたいと意気込む。将来的には、佐久や近隣の地域と連携し、地域内でのボランティアやふるさと納税でもポイントがたまるようなものにすることも見据え、今年の冬のオープンに向けてまさに今取り組んでいる。

▲PR動画撮影時には、参加した外国人の方にも酒造りを体験してもらった

 

コロナ禍のピンチで、地域の事業者にも少しずつ変化が

田澤氏は「コロナによる厳しい影響はあと1~2年続く」という覚悟を持っている。当初メインターゲットとしていたインバウンド客が見込めないことを実感して以降「変わるべきところは変わっていかないと生き残れない」という危機感を抱き、違ったアプローチで売上を生み出そうと、経営資源の棚卸にも取り組んでいる。

一方で、新型コロナウイルスをきっかけに事業が苦しくなる中で、地域の事業者にも少しずつ変化がみられるという。当初は酒を造ることにしか興味がなかった酒蔵も、お酒を売るためには「観光」という視点が役立つことに気付いたようだ。「オンラインツアーやECサイトなど新しい売上の軸を作ろうと徐々に取り組みが始まっている」田澤氏は周囲の変化についてそう話す。

▲KURABITO STAYに参加する方は女性が多く、1人参加が多いのが特徴だ

 

ピンチをチャンスと捉えて前を向いて歩く

また、ワクチンが普及し新型コロナウイルス感染症が収束すれば、必ずインバウンド回復期が訪れることも確信している。今は給付金や補助金をうまく活用しながら新規事業に着手しているが「佐久でしっかりと実績を出せたら、将来的には他の地域でも酒蔵のコンサルティングなどを手掛けられれば」と、構想を膨らませている。

最後に「KURABITO STAYは設立間もない若い会社。ピンチをチャンスと捉えて、前を向いて歩くしかない。自分たちの強みである『地域の魅力を再発見し、それをブラッシュアップして付加価値を高める』という点は、今後もブラすことなく取り組んでいきたい」と締めくくった。

 

プロフィール

株式会社KURABITO STAY代表取締役社長 田澤麻里香氏

旅行会社、食品会社(ワインインポーター)勤務を経て、2016年に長野県へ地域おこし協力隊員としてUターン。「観光地づくり」を学び、(一社)こもろ観光局の立ち上げメンバーとして着地型旅行商品造成に携わる。独立後は「観光地域づくりプランナー」として活動。長野県を中心に、各地のDMOの旅行業事業の支援や、宿泊施設の旅行業免許取得から運営までを支援。2018年夢アワードin小諸に出場し、グランプリを受賞したことをきっかけに、2019年ソーシャルビジネスの起業家として夢アワード9(全国大会)に挑戦、グランプリ受賞。同年5月、株式会社KURABITO STAYを設立。

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