インタビュー

【日本に住む外国人にきくVol.1】アレックス・カー氏「今こそ地元への愛情を思い起こすとき。愛と思いやりこそが、観光の未来を切り開くカギになります」

2020.10.30

印刷用ページを表示する


日本の観光の未来はどうなるのか? 新型コロナウィルスで世界の観光業が打撃を受ける中、インバウンドを続けていくことに不安を感じる事業者は多い。ではこの先、我々はどんなことに希望を見出していけるのだろうか、日本在住で観光業に携わる外国人の視点から探っていく新企画。「今だからこそ、日本の観光業がすべきこと」をテーマに、リレー形式でお話を伺っていく。第一回は東洋文化研究家のアレックス・カー氏に聴いた。

 

新型コロナウィルスが観光に変革をもたらしている

—京都とタイに拠点を置くアレックスさんは、今はタイに滞在されていますが、世界の観光業がコロナで苦しむ中、日本はどんな風に見えていますか?

世界の観光王国はどこも苦境に立たされています。タイの経済も観光への依存率が高いので大きな打撃です。日本経済はここ数年でインバウンドが急成長していた分、本当に苦しいですね。

ただ、海外のお客に向いていた目を国内に向ける良い機会でもあります。今は、どの国も国内観光に頼るしかない状況ですが、幸い日本の地方観光には多くの素材があります。

自然があり文化も豊かな日本の山里は、もっと国内の人々に向けてアピールすべきです。「3密回避」という点でも、人が密集していない地方は安全。コロナとの戦いは戦争ですから、旅で安全な田舎を楽しんでもらうという考えがあってもいいと思います。

 

 

—アレックスさんは地方への分散、小規模型の観光を提唱されていましたが、コロナにより、そのスピードが早まったとも思います。

スピードが加速したというより、むしろ、時代にマッチした新しい旅の秩序が生まれつつあると考えています。

日本はインバウンドで観光客を増やすことを追いかけてきましたが、現在、大型ツアーは望めないし人気観光地への集中も危険です。旅は小規模で分散するスタイルへと変換を迫られているのです。

 

変革とアピール、待ちの体勢から一歩進めよう

—見方を変えれば、チャンスもあると?

はい、ターゲットを変えれば道はあります。
インバウンドが戻るには時間がかかる。航空業界では2024年まで回復しないという予測もあります。けれど、日本には200万人以上の外国人がいて、自然を体感できる場所に憧れを抱いています。彼らにアピールするのです。

それには景観を美しく整えなければいけないし、施設には快適な設備も必要です。インバウンドがストップしたいまも、やるべきことはたくさんあるのです。

それには、ただ漠然と準備するのではなく、いま日本に住む外国人を呼ぶにはどうしたらいいか。質の高い日本国内の旅行がしたいという、彼らの潜在ニーズを掘り起こしていくことも大切です。

効果的な方法の一つは、洗練されたPRでしょう。誰もがインターネットで検索をしますから、ビジュアルの美しいWEBサイトが不可欠です。英語表記は基本ですが、多言語対応でなくても構いません。トラベルライターに執筆してもらったり、メディアにアピールするのもいい手段です。

 

▲アレックス・カーさんが徳島県東祖谷に茅葺屋根の古民家を購入したのは1973年のこと

 

—日本に住む外国人とのつながりを強めていくことが、1年後、2年後のインバウンドにもつながっていきます。

国籍だけにとらわれず、現代人を意識すればいいと思います。
私が監修した徳島・祖谷の古民家宿は8割が日本人客で、その半数が関東からの人たちです。日本人が喜んでくれることが外国人へのアピールにつながっていました。生活水準に大差がない現代人は、ほぼ同じ感覚を持っていますから、無理に国籍から考える必要はないと考えています。

都会に暮らす現代人は何を欲していますか? 街中にはない美しい自然や地元の文化、人々との交流もその一つでしょう。リーズナブルな価格で地元独自の観光体験ができれば、国内の外国人も興味を持ってくれます。

いい客とはリッチなお客ではない。大型バスで来て写真だけを撮り、自販機で飲み物を買ってゴミを残していくお客でもありません。町並みや自然、地元の文化や精神を理解して尊重してくれる人です。

ですから、まずは自分たちが地元の自然と文化の魅力を改めて見直すべきです。大事にされている場所には、いいお客が集まってきます。

 

▲建物本来の趣は残しながらも床暖房を設置。水回りなどは現代的に改築してある

 

—場所を大事にするとは、具体的にどんな行動をさすのでしょうか?

私は以前から地方の「なんでもない場所」が売りになると言ってきました。あるがままとは、何もしないことではありません。

自然を残すには日々の手入れが欠かせません。古い街並みを保護するのも、放棄された農地を活かすのもお金がかかります。けれど、苦労してでも地元の景観を守るべきです。自然を壊すような施設は不要だし、過剰な案内看板もいらない。それよりも独自の場所を快適に美しく保つことが、地元のクオリティ向上につながるのです。

 

新しい旅の哲学を考える

—観光は量から質へ、追求する視点が変わってきているように思います。

観光に利便性を追求する時代は終わりました。バイパスは便利ですが、目的地に直行するだけでは地元を満喫できません。また、事業者が経営する店一カ所に買い物を集中させる「ゼロドルツアー」では地元は潤いません。

現地のタクシーの案内で山道を通ったり、旧街道を歩いて、地元の店で人々と触れ合ってこそ、旅のロマンを感じられるのです。

コロナを機に行政もお金の使い方を考えるべきです。飽和状態にある道路をさらに建設しても一時的に業者が潤うだけですが、古民家を再生すれば、ずっと地元でお金を稼いでくれます。街並みの保護再生はサスティナブルな公共投資だと考えを切り替えて欲しいですね。

 

▲1977年からは、京都亀岡に自宅を構える

 

—旅する側も環境や社会への貢献を考えるべきかもしれませんね。

まさに、旅行客も考えを変えるべきときです。周辺環境を悪化させる「オーバーツーリズム」は、コロナで一旦落ち着きましたが、過去の話にしてはいけない。自分自身も交通渋滞や人の混雑など環境に負荷を与える要因になっていないかを考えて、旅の目的地を選ぶべきです。

また、コロナのことを考えると自ずと旅の回数は減ります。私も年に5、6回、海外旅行に出かけていましたが、2回に減るなら旅の目的地は、より慎重に選びます。こうした側面からも、旅行者から選ばれるクオリティを備えた場所にならなくてはいけないのです。

 

地元住民が街と自然を愛しているかどうか

—アレックスさんはアメリカに生まれて、イェール大学では日本学、オックスフォード大学では中国学を学び、いまはタイと京都にお住まいです。世界を旅してきた観光のスペシャリストから見て、改めて日本の強みとはどんな点にあるとお考えですか?

いろんな国を訪れて、改めて日本の魅力だと感じるのは礼儀作法と思いやりです。これは観光王国タイとも共通する点ですが、何かいう前に相手のことを考えるなど、日本には「思いやりの文化」が根付いていますね。何をやるにしても丁寧です。こういう人や物に対する優しさが居心地の良さを生み、長く滞在したい、もう一度訪れたい場所になるのです。

 

▲神社の境内にある社務所だった建物の中を改築。年の半分はここをベースにしている

 

—10年後、2030年の日本の観光業はどうあるべきでしょうか?

難しい質問だけど、もっと地元を愛するべきです。

ある意味、イタリアを考えればいいかもしれません。イタリアが古いものを大事に残しつつ観光大国でいられるのは、イタリア人が自分の街と自然をこよなく愛しているからです。

観光客が来ればゴミは出るし、環境はダメージを受けます。観光資源は脆いのです。だからこそ、行政と地元の人々は自分たちの街や村を保護し続けるべき。それには何よりも地元への愛情が肝心です。

最近、日本の美術館や博物館にも入場予約制度が取り入れられましたが、コロナが終っても静かに鑑賞できる仕組みを続けて欲しいですね。また、文化施設だけでなく、観光地にも景観を守るための予約制度や入場制限があってもいい。白川郷も数年前から冬のライトアップは入場制限を設けていますが、制限しても観光としての価値が減る訳ではないのです。

観光というのは他の産業にはない地元愛が大きく関わっています。日本にはいいお客がいるのだから、美と愛と心を追求して地元を守り、クオリティを高めればいい。それは必ず先々へのインバウンドにつながっていきます。

 

—最後に、日本の観光業にエールとメッセージをお願いします。

いまは試練ですね、日本人が得意な「辛抱」のとき。私も同じです。仕事はことごとくキャンセルになっていますが、ひと呼吸の時期でもある。自分の足元と周りを見直して、どうレベルアップできるかを考えています。

自分の部屋を大掃除するように、地元を見直してはどうでしょうか。過剰な看板など景観を壊すものがないか、どう整理できるか、忙しい時期はできないことをやれば、未来は見えてきます。

 

最新のインタビュー