インタビュー

コロナ禍でも来場者増、経営難の観光施設を売上11倍に。スマホをガイドに地域のオリジナルを旅人視点で伝えるON THE TRIPの物語

2020.12.11

堀内 祐香

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地域の風土や歴史に目を向けて、その場所にしかないオリジナルを見つけ物語にする。そうしてつくられた物語を、オーディオガイドを通じて伝えるサービス「ON THE TRIP」を3年前にスタートしたのがON THE TRIP創業者の成瀬勇輝氏だ。
サービス開始以降、さまざまな形でお寺や美術館といった文化財や施設の地域の魅力を発信する提案を行い、施設の負担を最小限にしたうえで、売上向上や収益改善に貢献している。今回は成瀬氏に、どのようにして観光客の誘致に取り組み、いかにして訪れる人を魅了するコンテンツをつくってきたのか。そして観光に携わる私たちが考えるべき、これからの「旅」の在り方について伺った。

 

日本の文化財の付加価値をもっと高めたい

—成瀬さん自身、いろいろな施設を見る中で、地域の課題はどんなところにあると感じていますか?

さまざまな施設の公式オーディオガイドをスマホで聞けるサービスをつくってきましたが、お寺や美術館の人たちと話すなかで、当初は「どうやって人を呼び込むか?」という集客についての相談からはじまるのですが、よくよく聞いてみると収益の問題なんですよね。お寺や施設の経営が厳しくなってきたから、入館や拝観者を増やしたいという声が多い。ただ、収益って一人あたりの単価×客数なので、人数だけでなく単価も考えなければいけないのですが、その点が抜け落ちがちなことを実感しました。

わかりやすい例を挙げると、世界遺産の「清水寺」とスペインの「サグラダファミリア」。どちらも有名な文化財ですが、サグラダファミリアは入場料とオーディオガイドで25€(約3000円)する一方で、清水寺は400円です。この違いは何だろうと。サグラダファミリアの入場料の一部は、建設費用にあてられ、訪れる人と一緒に文化財をつくっていこうというアプローチをしています。一方、日本ではこのような視点を持っている文化財や施設はなかなか見当たりません。でも、お寺や神社も、やっぱり売上が大切。そもそも入館料が安すぎるし、20年30年と変わらないところも多いです。

これじゃ修理保護もままならず、魅力も伝えられない。僕はそこが問題だと考えています。そこで、無料でオーディオガイドなどの体験をつくりその場所の付加価値をあげて、それと同時に入館料を値上げするという取り組みをしています。

 

多言語で楽しめるオーディオガイド「ON THE TRIP」

—無料でオーディオガイドを作って付加価値をあげるとのことですが、具体的にどのようなサービスなのでしょうか。

日本の文化は、知るのと知らないのでは見え方が大きく違う。その魅力を伝えるお手伝いがしたいということで、お寺や美術館、文化施設のオーディオガイドをつくっているのですが、外国の方にも物語をきちんと伝えられるよう、施設側の要望に応じて、日本語以外に英語、中国語でも対応しています。

なお、オーディオガイドのアプリを作る際は、全体のプロデュースも同時に行っています。というのも、魅力を伝えるためには、ポスターや地図、ウェブサイトなどの導線も必要だからです。

一番の特徴は、施設全体をプロデュースすることで価値を高める分、お寺や美術館などの文化施設の入館料の値上げを提案していることですね。そうすることで、施設の売り上げが増え、設備投資や建物の保全・保護もできるようになりますよね。この場合、プロデュースにかかる金額を入館料に上乗せし、集客が続く限り、施設と売り上げの一部をシェアする形をとっています。施設側としても、初期費用の負担を少なくできる上に、売上増にもつながるので、大変喜んでもらっています。

これ以外にも、たとえば、町全体のオーディオガイドを作るといった場合に、自治体などから制作費をもらって受けるタイプもありますが、今後は、前者の売上をシェアするタイプを主軸にやっていく予定です。

 

非接触型のオーディオガイドでアップグレードされたデジタル体験を提供

—すでに入場料や拝観料を徴収している施設にとっては、一つ目のレベニューシェアタイプはすごく魅力的ですね。

新型コロナウイルスの影響で、非接触型サービスに注目が集まっています。僕たちがつくるオーディオガイドは、人が介在することもなく、自身のスマートフォンを使って簡単に聞けます。今の時代の流れとも合致していると、すごく問い合わせが増えています。ただ、コロナ対策で非接触型のサービスを導入するだけでなく、それによってよりコンテンツが面白くなる必要があると思います。ダウングレードするのではなく、オーディオガイドを取り入れることでアップグレードする。だから、僕たちのガイドは人が今まで案内していたものよりも面白いものを作ろうとしています。ご当地の面白い案内人は毎日いるわけじゃないが、僕たちのガイドでは、彼らの話が24時間365日いつでも聴けます。さらに音楽やビジュアルなどを用いて、人だけでは案内できないデジタル体験をつくっています。

 

入館料値上げも来場者3.6倍増。妖怪が語りかける美術館をプロデュース

—自分のスマホがオーディオガイドになるというのも、安心ですね。実際にどのような事例があるのですか。

はじめて手がけたのは、香川県小豆島にある妖怪美術館です。ここは現代の妖怪が800体以上も集められている4つの美術館からなっています。もともとは妖怪を展示する形の美術館でしたが、全面リニューアルし、オーディオガイドを通じて、妖怪が話しかけてくるようなものにしました。なぜ日本で妖怪は生まれたのかなど、これまで気づけなかった妖怪の姿を発見してもらえる内容になっています。

▲妖怪美術館内部のポスターやリーフレットなどの展示物もON THE TRIPが手掛けた

ON THE TRIPでは、ポスターやリーフレットなどすべてのグラフィックデザイン、WEBサイト、QR読み込み用のバーコードを印刷したパネル設置など含めた現場の導線設計、そしてそれらをすべてつなぐオーディオガイドを制作しました。結果的に今までで一番大掛かりなプロジェクトになりましたね。

ポスターやパネルなどの印刷、施設リニューアルに伴う設備投資関連の費用は施設側に負担していただきましたが、デザインなどのプロデュース費用はいただいていません。その代わり、入館料値上げ分の一部を、レベニューシェアしていただき、それをプロデュース費としています。

妖怪美術館では、もともと2000円だった入館料を1.5倍の2900円に値上げしたのですが、入館者は3.6倍になり、売上は最大で11倍ほどになりました。またそ、コロナ禍の今の状況でも昨対比で増えており、新しいコンテンツとして夜の妖怪美術館、さらに夜に開く妖怪barもつくっています。

▲好評ぶりを受けて、妖怪美術館では夜のコンテンツも手掛けている

 

SNSで拡散。リニューアル後に外国人観光客も増加

—コロナ禍の現在も昨対比増というのはすごいですね。外国人観光客の入館はいかがでしょうか?

リニューアル前にはほとんど見かけなかった外国人が増えて、4割増です。きっかけは口コミがSNSで拡散されたことで、台湾人にめちゃくちゃウケたんです。オーディオガイドは日本語だけでなく、英語・中国語も導入しています。

なお、妖怪美術館のオーディオガイドは、最低でも60分はかかります。滞在時間が延びることでカフェで過ごすなどの賑わいも出てきたり、ガイドで妖怪を探る旅を聞くことによって愛着が増し、そこでグッズが売れるなどの効果も出ています。

▲妖怪美術館入り口。お客様で賑わっている

 

景色をじゃましない「音」にこだわる

—今回の妖怪美術館のケースにも言えることですが、地域にはたくさんの観光資源があるのに、伝えられていないのはどうしてだと思いますか?

訪れる人たちと地域のコミュニケーション不足でしょうか。旅先では知らないことがたくさんあるから、ガイドさんなどに案内してもらえると非常におもしろい。案内がある時と、そうでない時で得られる情報や満足度が大きく変わる。だからこそ、ガイドって大切だと思うのですが、いつでも案内してもらえるわけにもいかない。「ON THE TRIP」のオーディオガイドは、必要なときに必要な場所で、手元にあるスマホで聞けたらという発想から生まれました。

個人的には、日本は海外に比べて伝える努力がまだまだ足りないと感じることも多いです。

—コミュニケーションをとる方法は他にもありますが、なぜ、オーディオガイドに着目したのですか。

オーディオガイドにこだわった理由は、音は、掲示板やポスターと違って、視界をさえぎることなくスマホさえあればどこでも聞ける、邪魔しない存在だからです。さらに音が入ることで、景色そのものに抑揚がつく。さらにエモい物語は直接あなただけに語りかける、ラジオのような音の方が響く。これがオーディオのよさだと思います。

 

映画のワンシーンようなコンテンツをつくりたい

—訪れた人に地域の魅力を伝えるためには、どういった取り組みが必要でしょうか。

まずオリジナルコンテンツとなる「物語」だと思います。オリジナルの語源ってオリジンです。つまり、その場所の起源を探っていくことで物語を見つけていきます。だからその地域で綿密に取材します。伝える手段となる物語は、文脈をつくるっていうことですね。点であったものを、結び付ける。「こういう物語にしたらいいのではないか」と思ったら提案していきます。まるで小説をめくるような、映画を見るような、ドラマを聴くような。そう言ったガイドを追求しています。

 

地域に「愛」のある人たちとの語らいが、おもしろい物語をつくる

—コンテンツをつくっていくうえで大切にしていることがあれば、教えてください。

僕たちは一つの場所に根付くんじゃなくて、風のようにいろんな所を巡ってそこで物語を作っているのが強みです。「風土」って、風と土と書くでしょう。ある意味、旅人の視点で話を聞くことで、「これってすごくおもしろい。この話を軸にやっていったらいいんじゃないか」と言うこともできます。その土地でずっとやってきた人にとっては当たり前で、魅力に気づかないこと、知識があり過ぎるがゆえに、伝わりずらいこともあると思います。でも「ここが大好きだから、どうにかPRしたい」っていう人たちとつくるコンテンツはおもしろい。言わば、その地域に愛のある人たち、つまり土の人ですね。コンテンツをつくる上で、この風土が交わり合うのがとても大切。物語は、そこに携わっている人も含めてだと思います。

 

全国各地に散らばる「ON THE TRIP」ならではの働き方

—日本全国各地から問い合わせがあるようですが、日頃はどのようにお仕事をされているのでしょうか。

日本全国、バンで現地を訪れて取材するかたちで制作しています。というか、していました。コロナのタイミングでバンで移動するのが難しくなったこともあり、今はみんな各地に散らばっています。もともとがリモートワークだった、というかオフィスがないので(笑)強制的にリモートワークを4年くらいしています。ただ、メンバーとの意思疎通はオンラインだけではダメだということで、旅先で月に1-2回くらいメンバーと合流します。月に2回くらい合宿があるような感じですが、この方が結果的にメンバー間のつながりが強くなっていると感じます。並行しているプロジェクトが多く、案件ごとにメンバーをアサインしています。現在のメンバーは20人ぐらいで各分野のプロフェッショナルと一緒にやっています。

 

日常の中に気軽に「禅」を取り入れられるコンテンツ

—オーディオガイド以外のサービスもいろいろと展開していますね。その一つ、「禅」にまつわる体験について教えてください。

「ひと粒の禅」はあめ玉をなめることに集中することで、禅の修行を体験してもらおうというものです。私自身、もともと禅に関心があったのですが、仏教の言葉で行住坐臥(ぎょうじゅうざが)というものがあります。日常動作の一つの事に意識を向けると、立っても座っていてもいたる所で修行ができるというもので、まずは京都の妙心寺退蔵院で始めました。また、京都のホテルと連携してこの飴をアメニティとして説明と共に用意し、滞在中に「ひと粒の禅」が体験できるようにしています。

—禅やマインドフルネスは、コロナ禍で移動規制や自粛の動きや先が見えないなかで、以前に増して一層、注目を集めていますね。

そうですね。僕たちも、新型コロナウイルスの影響で緊急事態宣言が出ていた4月以降、オーディオガイドを作るのに欠かせない現地取材ができず、プロジェクトが進められない時期がありました。その時に、日常生活の中で禅を気軽に取り入れられるサービスを提供したいと「InTrip」というアプリを7月に立ち上げました。禅を通して心をととのえ、脳を鍛えてもらいたいと、禅寺として有名な建仁寺・両足院の東凌和尚氏との提携で制作したもので、日本語と英語の2言語で展開しています。初心者向けの禅の基礎プログラムのほか、時間帯やシーン別におすすめ禅のプログラムや瞑想音楽、そして毎日違った一つのテーマをユーザーに届けてそれについてとことん考える「一日一禅」というプログラムなどができるようになっていて、一部無料でも利用できます。

このアプリの構想は以前からあったのですが、他のプロジェクトで手一杯で着手できていなかったので、ちょうどよいタイミングだと一気に進めました。

 

現代の旅人は不幸? テクノロジーの発展で得られるもの・失うもの

—今の時代、スマホさえあればいつでも情報を検索できるようになりました。そのことについてどうお考えですか。

情報は調べられますが、「物語」に込められた想いは足を運ばないとわかりません。アラン・ド・ボトンの著書『旅する哲学』のあとがきの一節が興味深くて。「21世紀の旅人は不幸である」と。なぜかと言えば、いろんなところにビジュアルが氾濫しているので、これから訪れる場所の景色や風景がどのようなものか、事前に知ってしまっている。秘境のマチュピチュを訪れても、写真で見た景色の答え合わせみたいな感じになってしまう。昔の人が旅を通じて得た感動や高揚感は、想像を超えるものがあって、現代人はその感覚を味わえないんじゃないかと。

でも、希望はあるんですよ。今を生きる私たちにとっての秘境は心の中にある。要は、感受性にあるんじゃないかと。実はそれが「ON THE TRIP」のコンセプトにつながっています。100年前には語られることがなかった「物語」を聞くことによって、その場所を見る目が変わるわけです。昔の旅にはオーディオガイドもスマホも無かったので。オーディオガイドで地域の新しい魅力を発見してもらうことで、かつてできなかった新しい体験が加わると考えています。

—これは心が動くことによって、見える景色が変わる。そこに音がフィットするってことでしょうか。

まさに。心を動かすのにめちゃくちゃフィットします。「スター・ウォーズ」の映画監督であるジョージ・ルーカスは、「音は感動を伝える。映画体験の半分は音だ」と言っています。音が感受性のトリガーだと。例えば、音がないホラー映画って、あまり怖くありませんよね。本当にその通りだと思います。

 

地域独自の光を見つける、時代とともに変化する「旅」の在り方

—成瀬さんが考える、これからの時代の旅とはどのようなものでしょうか。

「観光」とは文字通り、光を観ること。どんな土地にも、思っている以上にたくさんの魅力があると思っています。ある意味、これからは自分達の心のなかに光を観たいっていう。旅の最中に自分の内面を見つめ直すことが求められていると思うんですよ。インナートリップですね。外国人が興味を示す「侘び寂び」のような、そこにあるものをしっかり見つめ直すという感覚が注目されています。観光では体験型の禅が人気ですが、日本にはまだまだ魅力的なところがいっぱいあります。それをもっと伝えていきたいですね。観光は英語でsightseeing。今は体験型のsightdoingになってきた。そして、今後は、観光客がその観光地をめぐり、自分の暮らしや生き方をどうありたいか考える、sightbeingのようなものになっていくと。だから観光地には、今の生活を見直すとか、自分がどうありたいかを考えるきっかけがあるかどうかが、重要になるんじゃないかと感じています。

プロフィール:

ON THE TRIP 創業者 成瀬勇輝

早稲田大学で経済学を学び、ビジネス専攻に特化した米ボストンにあるバブソン大学に留学。その後、1年かけて世界中の起業家にインタビューをする。帰国後は、世界中の情報を発信するモバイルメディアTABI LABOを創業。 2017年より、あらゆる旅先を博物館化するオーディオガイドアプリ「ON THE TRIP」をスタート。 ON THE TRIPのオフィスはマイクロバスを改装したバン。 旅の経験から、書籍『自分の仕事をつくる旅』、『旅の報酬』を上梓。 コロナ時代の変化の中、内面を旅できるよう禅・瞑想アプリ「InTrip」をリリース。

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