インタビュー

新築よりも「再生」 客層の大胆な絞り込みで売上過去最高を記録。宿運営のプロが考えるこれからの時代の宿の在り方

2020.12.18

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赤字経営や後継者不足などの課題を抱える宿の再生にフォーカスし、創業の2011年から「宿を磨き続ける集団」をミッションに事業を展開してきた株式会社温故知新。『古きを温(あたた)めて新しきを知る』という社名の通り、地域の魅力や個性を最大限生かす形で宿の再生に取り組み続けてきた結果、コロナ禍にもかかわらず2020年8月には過去最高の売上を記録、多くのお客様に選ばれる宿となっています。

今回は、長年にわたり宿泊事業に携わってきた同社代表取締役の松山知樹氏に、観光や宿泊業界の現在の状況や、どのようにして「宿の再生」を軸に宿や地域が抱える課題解決を目指しているのか伺うと同時に、今後の宿泊業界の在り方についても考えていきます。

 

常に供給過多で、競争し続けてきた宿泊業界の30年

—長年、宿泊業界に携わってきた松山さんが感じている、業界の現状や課題について教えてください。

宿泊業界自体は古くからある業態でマーケット規模も非常に大きいですが、ここ30年を振り返ると、バブル期の過剰投資に始まり、昨年までのインバウンドブームがさらに後押しする形で、日本では宿泊施設の供給過多という状態が続いています。老舗旅館、バブル期にできたリゾートホテル、インバウンド向けホテルと、時代に合わせた施設が生まれては、競争に耐えきれず廃業する施設が出てくる。そのループを繰り返している気がしますね。

さらに言うと、そういった状況で、変革の余裕がない宿泊業者の方が増えているのが実態です。バブル期に過剰投資をした宿泊事業者は債務を抱え、老朽化した施設の改修やオペレーションの改善ができずに時代から取り残されてしまう。お客さまが離れ、スタッフのモチベーションも落ち、さらに運営が厳しくなっていく…。このような悪循環に陥ってしまう宿も少なくありません。

—宿泊業界のマーケットは大きいものの、厳しい状態が続いているのですね。

時代の変化や消費者のニーズにあわせて宿自体も変わっていかなければなりませんが、宿泊施設が自身のコンセプトや提供価値を上手く伝えられておらず、お客さまの取り合いが続いていることが一番の課題だと思います。

なお、近年のインバウンドの恩恵を受けられたのは東京・京都・大阪・札幌といった都市部を中心としたごく一部。地方の温泉地やリゾート地の多くは厳しい状況が続いているのが実態です。

 

かつて賑わいを見せていた宿だからこその魅力を蘇らせる

—そのような厳しい状態のなか、宿泊業界で生き残るための方法のひとつとして、御社が手掛ける「宿の再生」があるのですね。

そうですね。わたしたちは、魅力的な遊休施設や後継者不在の宿、赤字が続いて運営に悩まれている宿を再生する「宿運営のプロ集団」。インバウンドの恩恵を受けられなかったような難しい立地でも、人を呼び込めるような宿づくりを目指して取り組んでいます。建物を新築して競争を激化させる必要性は感じませんし、むしろ過去、賑わっていた旅館などは再登板のチャンスがあると思うんです。一度でも人を惹きつけたということは、何か大きな魅力がある。それを、現代に合うように再定義するだけでも、にぎわいを取り戻す可能性があります。在るものの良さを見出して活かし方を考え、形にしていくのがわたしたちの仕事です。

もちろん、新築で一からつくる方が思い通りにできますし、簡単です。それでも、再生が決まった旅館に今の時代にはもう造れないだろう「匠の技」を見つけたりすると、長年お客さまを見守ってきた重みを感じるというか、理屈じゃなく「大事にしたい」と思います。

最近だと、当社が運営を受託する「KEIRIN HOTEL10 (仮)」の建設現場が面白いですね。現在、岡山県の玉野競輪場を建て替えて宿を作っている最中なのですが、解体現場に顔を出すたび、他の人がゴミと判断して放置したものを「これも使える」と、よく生け捕りして、新しくできる宿にどう活かせるかを考えています(笑)。

▲現在建て替え中の競輪場で使えそうな廃材を集めて、宿にどう活用できるかを考えている最中だ

 

宿の再生は完全カスタマイズ、独自性を出すべく考え抜く

—宿の再生を手掛ける際の「こだわり」はありますか。

再生方法をひとつひとつカスタマイズすることです。現地を見て、施設オーナーだけではなく、そこで働いてきた方とも接して方法を決めていくので、画一的なフォーマットはありません。価格の設定、インターネットでの販売方法、宿のオペレーションやチームの組み方など問題がありそうな部分を変えるだけなど、設備投資ゼロで業績アップできることもよくあります。

–宿のリブランディングやコンセプトを決める際に、大切にしていることはありますか。

宿全体、あるいは地域の中で、独自性を出そうと考え抜くことですね。例えば、当社がサポートした長野県の上信越高原国立公園内にある伝統旅館「藤井荘」は、そこにいるだけで季節を感じられる宿。この雰囲気は、花鳥風月を愛でる感覚を持つ大人にこそ味わってほしかったので、季節の変化をきめ細かく捉える二十四節気をさらに細分化した「七十二候」をテーマに据えました。

また、宿のキャッチコピーには「幽玄」という言葉を使っています。「幽」という字は「幽霊」を連想させるので、前面に打ち出すことはまずありません。それでも、藤井荘のお客さまは「幽玄」という単語を見て、ピンとくる方だけでいい。客層の絞り込みを意図したキャッチコピーです。

▲藤井荘では大胆な客層の絞り込みで訪れる人を魅了することに成功

 

観光業界の規模が大きいからこそ、思い切った客層の絞り込みが可能に

—思い切った客層を絞り込むという決断の結果は、いかがでしたか?

成功したと言えそうです。「幽玄」という単語に目を留めるお客さまなら、期待通りの体験ができる。口コミの評価も上がり、集客はもちろん、スタッフの働き甲斐にもつながっています。運営側が想定したお客さま像と、実際のお客さまがどれだけマッチしているかが、運営の成否を決める気がします。

なお、思い切った客層の絞り込みに踏み出せるのは、観光業界のマーケットが巨大だからこそ。宿のキャラクターを愛してくださるお客さまがほんの一握りでもいれば、生き残れるはず。旅行に年間数十万円使うという人もめずらしくありません。

他にも、当社が運営する「瀬戸内リトリート青凪」は安藤忠雄さん設計の美術館をリノベーションした、コンクリート打ちっぱなしのシンプルな建築。ミスマッチが起きないように「ミニマルな環境に身を置きたい方だけお越しください」と伝える努力をしています。

▲瀬戸内リトリート青凪は、余計なものを削ぎ落し、本当の自分を取り戻す「Minimal Luxury」がコンセプト

 

限られた旅の機会、より豊かな体験の提供を目指して

—コロナ禍でも、御社の売上は伸び続けていますね。2020年8月には史上最高売り上げを記録したとのことですが、その要因はどこにあるのでしょうか。

一言では言いづらいのですが「限られた旅の機会、より豊かな体験をしたい」というお客さまに支えられたからだと思います。創業以来、宿そのものが目的地になることを目指して運営してきましたが、当社の宿の多くは決して気軽に泊まれる価格帯ではありません。「いつか、時間とお金ができたら訪れたい」という潜在的なお客さまが「いつか」を今にしてくださった。コロナ禍で暮らしが変化する中、お客さまは、自分のお金と時間をどう使ったら幸せになるかを考えているように思います。今後、自分の幸せにとって必要なことには投資し、そうでもない部分は適度でいいといったメリハリが大事になってくるはずです。お金を払ってでも訪れたいと感じてもらえる宿、お客さまが投資しがいのある体験を提供できる宿に育っていくための積み重ねが一層大切になりますね。

もちろんGo Toトラベルの恩恵もあるとは思いますが、仮に施策がなかったとしても、この機に選んでいただけたのではないかと思っています。

 

世界一厳しい目を持つ日本人向けのサービス向上がインバウンドにつながる

—現在は入国規制がありますが、インバウンドについてはどのように捉えていますか。

当社が運営する宿の中でも、箱根リトリートをコンセプトにした「villa 1/f (ワンバイエフ)」「före (フォーレ)」は、以前は3~4割が海外からのお客さまでした。彼らは、宿泊施設にとって繁閑の差を埋めてくれる大切な存在。市場の復活を願っていますが、今は、世界一厳しい目を持つ日本のお客さまに選ばれるようクオリティを高めたいと思っています。日本人に認められる良質なサービスが提供できれば、あとは言語面などのケアをプラスするだけでインバウンドのお客さまにも満足いただけるはずです。

▲箱根リトリートvilla 1/fはインバウンドのお客様にも人気だ

一方で、ただクオリティを高めるだけでは十分ではなく、インバウンドのお客さまに宿を知っていただくきっかけづくりは重要だと考えています。当社は、建築やインテリアなど個性的で最先端のデザインを特徴とする世界各国の独立系ホテルが加盟する組織「デザインホテルズ」への加盟を申請し、4施設すべてが認定されました。

日本には5つ星ホテルが少ないと指摘されることがありますが、すでに世界水準の宿が全国にある。デザインホテルズだけではない世界基準の良質なホテルグループに加盟することで、世界に認知されるきっかけにはなるはずです。

 

1つ1つの宿と丁寧に向き合い、ブランドへのファンづくりを目指す

—宿の再生を軸に、今後挑戦していきたいことはありますか。

ポテンシャルがありながら、後継者不在などで悩んでいる宿のサポートに取り組みたいですね。一例ですが、代々家族経営の宿で、お子さんは継ぐ意志がなくお孫さんは興味を持っている。そんなとき、運営のプロ集団であるわたしたちが中継ぎとして旅館を支えていれば、スムーズに継承できます。ただ1つ1つの宿と丁寧に向き合いたいので、数を追うよりも年間1~2軒の再生というペースで進めていければと思っています。

また、創業10年目の挑戦として、2020年2月に自社のホテルブランド「okcs(オックス)」を立ち上げました。今後は、ブランドのファンづくりに務め、グループ内のリピーターを増やしていきたいです。そのためには「okcs」への信頼を高める必要があります。これまでのリピーターは、スタッフの心温まる応対でファンになってくださった方ばかり。その応対で得られた情報をグループ内で展開し、さらに素晴らしい体験を提供したいです。

実は、コロナ禍で宿の休業を余儀なくされたとき、オンラインでスタッフ研修を行いました。施設の垣根なく、お互いの顔を見ながら受講できたことで、施設間の連携は以前より強くなったと感じています。Go Toトラベルでの繁忙期が落ち着いたら、各施設同士のクロストレーニングを再開し、スタッフの交流も深めていきたいですね。

 ▲宿の休業期間中には、宿のスタッフが講師となってのオンライン研修も開催した

 

宿の再生によって、まちに活気を生み出すことを目指して

—最後に、宿を通じてどう社会に貢献していきたいか、考えていることがあれば教えてください。

世界や日本全体に対して何かできるかどうかは分かりませんが、携わる地域の方に「宿があるおかげで、まちに活気が出てきたよ」と言われたら最高ですね。宿だけが儲かるのではなく、周辺の雇用も生み出せる存在でもある。そうなれるよう地域と連携して丁寧に運営することで、ご縁があった方、地域をハッピーにできることが一番の幸せです。

▲2020年6月にリブランドオープンした壱岐リトリート海里では、地域の事業者との連携にも力を入れている

宿泊業に携わる経営者としては、日本全国に「行ってみたい場所」を少しずつ増やしていけたらいいですね。冒頭でお話ししたとおり、観光・宿泊業界の市場規模は非常に大きい。だからこそ、競争をしない道を探ることもできますし、工夫しがいがある業界です。知恵を出し合えれば、宿を通じて観光業界全体を盛り上げていけると信じています。

(取材 執筆:岡島梓)

 

プロフィール:

株式会社温故知新 代表取締役 松山 知樹

大阪出身。東京大学大学院卒業。都市計画を専攻し都市の目線で地域の在り方を考える。卒業後ボストンコンサルティング入社。ベンチャー支援企業の創業に参画。2005年に星野リゾートに入社し、ゴールドマンサックスとの共同プロジェクト・旅館再生事業の総責任者として4年携わり、2009年に取締役就任。その後独立し201121日株式会社温故知新創業。東北の旅館の復興支援のサポートを20軒ほど手掛け、2015運営施設「瀬戸内リトリート青凪」を開業。

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