インタビュー

【日本に住む外国人にきくVol. 3】ミゲール・ダルーズ氏「強くて美しい沖縄空手。伝統文化を維持するには、人と環境を大切に育てること」

2020.12.23

印刷用ページを表示する


新型コロナウィルスにより世界の観光業が停滞するなか、インバウンド事業に携わるものはどんなことに可能性を見出していけるのか、日本に住む外国人の視点を通して探るインタビュー。第3回の今回は、フランス・ブルターニュ地方出身で、沖縄に住んで27年、“ウチナンチュー”として空手の情報を発信するプロデューサーでパブリシストのミゲール・ダルーズ氏に聴いた。

世界の空手愛好家は1億3千万人と言われ、多くの空手家が発祥の地である沖縄を訪れている。武道ツーリズムが注目を浴びるなか、沖縄の空手には世界へと通じる可能性が広がっているようだ。

 

世界の空手愛好家が発祥の地・沖縄に注目している

—まずはミゲールさんのことを教えてください。日本にいらっしゃったのはいつごろですか?

初めて沖縄に来たのは1993年。フランスでたまたま沖縄剛柔流の道場で学んでいて、いつか本場で修行してみたいと思っていました。最初は観光ビザで入って3カ月間みっちり空手、そのあとは働きながら日本語も勉強して、2001年に永住権を取得しました。

人脈も増えて沖縄の空手情報を日本語と英語で発信する機関誌「沖縄空手通信」を立ち上げたのは2005年、今年12月の発行分で170号なので、もはやライフワークですね。

2009年には世界空手大会の通訳の責任者をし、以降は空手演武をプロデュースしたり、「沖縄空手総合案内ビューロー」を立ち上げて空手家に地元道場を案内したり。現在は2017年に新設された沖縄空手会館にある「沖縄空手案内センター」の広報を担当しています。

 

 

▲2005年からバイリンガルで発行している「沖縄空手通信」は、この12月で170号となった

 

—沖縄空手案内センターは沖縄県の委託事業ですね、具体的にはどんな活動を?

英語、フランス語、スペイン語といった多言語での情報発信と空手への問い合わせ対応、それと県外・海外の空手家に沖縄空手の稽古を案内しています。演武会の案内や企画、空手史跡の案内ツアーなどの相談にも応じています。

目的は空手に興味を持つ県内外の人、海外の人をサポートすることです。メディア対応も含めて沖縄が空手発祥の地であることをPRして、実際に見て体験してもらうためのプログラムも企画しています。

 

—沖縄空手の稽古案内は、実際にどのくらいの利用があるのでしょうか? 

案内センターとして2017年から外国人に向けた稽古案内を始め、この3年間で約1,500名を案内しました。今年はコロナで海外からの方はほぼゼロですが、去年は約700名でした。数十名から100人以上の団体が来たこともあります。

 

▲空手発祥の地・沖縄の拠点として2017年に設立された沖縄空手会館。空手案内センターはこの中にある

 

—海外から、随分、多くの方々が空手目的で沖縄に来ているんですね。

今年を除いて、年間7千から8千人ほどの空手家が沖縄へ来ています。これは海外に支部のある道場から来る人も含めた数字です。

道場の支部を通じて直接やりとりをする人は全体の75%、支部や沖縄とのつながりを持たない人は全体の25%。案内センターを利用するのは、主にこの25%の人たちです。

空手家にとって沖縄は憧れの地です。30年前まではインターネットもなく、空手なら日本、日本といえば東京で、沖縄の存在は知られていませんでした。けれど、情報が広がるにつれ、空手発祥の地・沖縄に行きたいという声が高まっています。修行も兼ねているのでリピーターする人も非常に多くいます。

世界に空手愛好家は1億人以上と言われますが、実際に空手をやっている人は6千万人くらいじゃないかと思っています。世界のマーケットから見ると、沖縄空手の周知はまだまだ始まったばかりです。

 

—空手修行で沖縄に来る方々の滞在期間や予算はどのくらいですか?

案内センターを利用する人の平均滞在期間は11日。予算は15万円程度です。安い宿に泊まって稽古三昧という人が多いですね。とはいえ、予算や滞在の仕方は人それぞれ。国でいえば、アメリカやオーストラリア、あとはドイツ、イタリア、フランスなどヨーロッパの人も多いです。

 

それぞれのニーズに合わせて橋渡しをする

—発祥の地・オリジンをたどるのは、武道ツーリズムの一つの大きなニーズですが、沖縄空手と本土の空手はどんな違いがあるのでしょうか?

沖縄空手は基本的に、形(型)を中心に稽古します。一般的に空手というと、組み合って闘うものとイメージしがちですが、沖縄空手の原型は自分を守るためのものですから、形も大きく違うし、立ち方もとても自然です。

ですから、沖縄には高齢の空手家が多い。年をとると継続できないスポーツは多いけれど、沖縄空手は体調に合わせて、子どもからお墓まで一生できる。そして、自分のペースで鍛錬している先生方は高齢でも驚くほど強いのです。生涯武道という点でもとても魅力的です。

▲沖縄空手会館敷地内にある特別道場「守禮之館」

 

—継続は力なり、ですね。

まさにそう! さまざまな歴史のハードルを乗り越えていまの沖縄があるように、自己鍛錬が沖縄空手の魅力を作り上げています。沖縄の社会では武芸が大切にされているのは、自らのアイデンティティを知る手段であり、沖縄文化そのものだからだと思います。

空手のルーツツーリズムは沖縄でしかできない。そもそも流派は1930年代以降にできたものだし、ルーツの力は流派など飛び越えます。

 

—沖縄には空手家が多くいらっしゃいますが、県内にはどのくらい道場があるのですか?

400はあるかと思います。そのほとんどが自宅を稽古場にして、近所の子供たちが通う町道場です。
フランスではビジネス化した道場が多いけど、沖縄は月謝を取らないところもある。稽古の仕方はもちろん、外部の人の受け入れについても意見はさまざまだから、それぞれの思いを理解して橋渡しをしないといけません。

 

 

—案内を始めるにあたっては、各道場にヒアリングされたのでしょうか? 具体的には来訪者と各道場をどんな風にマッチングをしているのでしょうか?

沖縄空手会館ができたときに、外部の人間の受け入れや稽古内容、英語が話せるかなどをヒヤリングしてリスト化しました。それらの情報を基に、現在は80から110ほどの道場に受け入れをお願いしています。

稽古指導のパターンは主に3つ。一つは道場の基本稽古への参加で、時間は90分から120分程度、指導料として1回一人当たり3,000円が目安です。

次は個人指導、これは級位や段によって基本指導料を変えました。もう一つは団体向けのセミナーです。いずれも別途会場料がかかる場合もあります。

案内センターを利用するのは沖縄の道場とつながりのない人たちです。それぞれ流派もレベルも、どんな稽古を望んでいるかも違う。道場側も同様なので、その辺はしっかりヒヤリングした上で、望んだスタイルの稽古が十分にできるよう、マッチするところを紹介します。毎日稽古したい人は、道場稽古と個人指導を組み合わせたりもします。

ヒヤリング方法としては、来日前の段階でアンケートに記入してもらい、それをベースにニーズを明白にしていくこともあるし、先生方の動画を見てもらって希望を聞くケースもあります。

 

▲流暢な日本語で語る言葉からは、空手に対する深い愛情と知識が伝わってくる

 

—今年になってオンラインや動画案内が一気に普及しましたが、案内センターはコロナ以前から活用されていたんですね。

そうですね、まさかこんな事態が来るとは思いもしませんでしたが。
案内センターの県の仲介事業なので、2022年3月まではコーディネート料は徴収しません。2022年4月以降は未定ですが、インバウンド事業として考えていくならよりマッチングを高めて、企画内容を充実させていく必要があると考えています。

 

—昨年度、観光庁は「『空手発祥の地・沖縄』空手ツーリズムコンテンツ造成事業」を始動させ、今年度はスポーツ庁の主導で『空手ツーリズム魅力創造事業』も始まっています。

武道ツーリズムとして事業化するなら、収益という視点をもっと考えないといけません。商売にしている人にとっては当たり前ですが、地元の先生の中にはお金やビジネスの話が苦手な方もいる。でも、いいものを見せ、より充実した稽古を体験してもらうために収益を考えるのは大事なことです。

伝統と今を共存させるのもコーディネーターの役割だと思っています。ですから、ウチナンチューとして理解を深めるために、地元の空手家とよく酒を飲みます(笑)。

 

若手が空手で食べていける環境をつくりたい

—武道ツーリズムを事業化するには、間口を広げる必要がありますね。

確かに、稽古指導やセミナーの案内に加えて、文化としての沖縄空手をもっとPRしていくべきです。

2018年には「沖縄空手御庭」という空手と伝統芸能をコラボレーションさせた公演をプロデュースしましたが、目的は空手をショー化することではなく、伝統の真髄を観てもらうことでした。

観光客に演武として空手を見せるとしても、食事しながらの観覧や外国人受けを狙った忍者風のショーアップなどはNG。空手という武道に対する敬意を込めるべきです。食事とセットにするならコーヒータイムに観てもらう、演武の中身は変えず入退場の仕方を変えるなど、工夫の仕方はさまざまあります。

ビジネスを重視して空手家を疎かにするのは絶対にダメ。本物の武道をリスペクトしてこそやる側も嬉しいし、観る側も素晴らしいものが観られるわけです。

 

—空手をツーリズムの資源として企画化、世界の武道家にオリジンをアピールする。これらのコーディネートやプロデュースに加えて、今後、ミゲールさんが目指していらっしゃることは?

コーディネートできる人を育てていくことですね。そして若手が空手で食べていける環境をつくりたい。若い空手家はほとんどが昼間に働いて、夜は道場で稽古や指導。無料で指導をしている人もいます。そんな彼らに仕事としての空手の場を多く提供していければと。道場指導だけでなく、演武や修学旅行生など団体への指導とか。学校の体育の授業として空手家が指導するとか。または他のスポーツと同様に実業団という形があってもいい。仕事のバリエーションが増えれば、人材も増やしていけます。

学校を出たら就職して趣味として空手を続けるのが当たり前ではなく、道場を持つというチャレンジができる環境がつくれたらうれしいですね。

 

▲世界各国からのメッセージが集まる空手会館ロビーの「空手の樹」

 

—世界の空手市場は大きく、発祥の地へのまなざしは熱い。沖縄空手が武道ツーリズムを牽引していく可能性も大いにありますね。

あると思います。沖縄には“Ageshio Japan”という空手サービスに特化した国内唯一の旅行社もあって、空手稽古のプログラムだけでなく、空手聖地巡礼ツアーや未経験者向けの体験メニューも行っています。こんな事業が増えて、武道家以外にも興味が広がるといいですね。

単なる武術ではなく、沖縄空手は、強くて美しいもの。琉球舞踊や三線と同様に、人々にエネルギーだけでなく癒しを与えてくれます。そんな伝統文化を維持するには、人と環境を大切に育てること。企業だけが先走って武術でビジネスしようとしてもうまくいきません。

文化として地元の人々とともに進んでいくべき。沖縄は、空手を習う子どもも多いし、ウチナンチューは空手発祥の地であることに誇りを持っています。そんなベースを大切にして、アフターコロナに向かって積極的に情報を発信していきます。

 

最新のインタビュー