インタビュー

「鮨カウンターは日本文化の集約地」鮨職人手塚氏に聞く、世界に誇れる日本の魅力とその伝え方

2021.01.28

印刷用ページを表示する



日本には世界に誇れる素晴らしい伝統や文化がたくさんある。ただし、その魅力を、異なる文化を持つ外国の人に分かりやすく伝えるという点では、日本にはまだ課題や改善すべき点も多い。

東京大森海岸にある老舗の鮨屋「松乃鮨」の4代目手塚良則さんは、鮨職人として鮨屋で鮨を握ることはもちろん、呼ばれさえすれば、世界中どこへでも足を運び、鮨握りの出張サービスも手掛けてきた。さらに、訪日客に対して魚にまつわる文化を知ってもらうための築地ツアーや鮨握り体験に加え、将来の日本を担う子供たちに向けた食育など、その活動範囲は、鮨カウンターの内側にとどまらない。様々な形で「鮨を通じて日本文化を伝える」活動に一貫して取り組む手塚氏にこれまでの取り組みを伺うと同時に、世界に伝えたい日本の魅力や日本文化についても聞いた。

 

五感をフル活用し、鮨を通じて日本文化を体験してもらう

—手塚さんは鮨職人として鮨を握ることで、海外のお客さまに日本文化を伝えてきたということですが、具体的にどういうことなのでしょうか。

一言でいうと「日本にはこういう文化がある」ことをただ口頭で説明するだけでなく、日本文化を体験してもらえるということです。鮨を握り、お客さまの目の前に鮨を置くところから視覚的にその魅力を伝えるのはもちろん、味、香り、触感など、鮨を食べていただくことで人の五感すべてに響かせることができるんです。そんな鮨の特徴は、お客さまにサービスを提供する側としてはすごく強みになると思っています。

▲手塚氏が握るお鮨

 

—鮨職人としてお客さまに「五感をフル活用して日本文化を味わう体験」を提供しているのですね。

ここでお伝えする『お鮨』は、素手で握ったご飯と生魚という組み合わせです。衛生環境が整った先進国に住み、鮨に慣れ親しむ私たち日本人にとっては特別には感じませんが、衛生環境が整わない途上国の人たちにとっては信じられない食べ物。だから、インバウンドのお客様の中には、鮨職人が素手で握ったものを食べるっていうのは、結構ハードルが高いっていう人もいる。例えばですが、行ったことのない国や地域に足を運んで、目の前のおばあちゃんが素手で握ったおにぎりを出してくれたとします。そのおにぎりを食べられるかと聞かれた時に返事に窮する人も結構いるのではないでしょうか。鮨職人としても、お客さまに安心して食べてもらうには信頼関係が必要で、その関係性づくりも重要なことだと感じています。

だからこそ、目の前の方が「魚が苦手そう」と感じたら野菜の鮨を出したり、生魚をあまり食べたことがない人には、生と蒸したエビどちらが良いか選んでいただくなど、お客さまの反応や空気をよく見て、相手の好みに沿ったもので楽しんでいただくことを一番に考えています。また、カウンター越しの会話を通して、目の前のお客さまに何を伝えるか、そのストーリーもすごく重要なファクターではないかと思っているんです。

 

日本の文化が集約された鮨カウンターで、お客さまに楽しんでもらいたい

—確かに日本人の私たちにとって当たり前でも、外国の方にとっても同じとは限らない。だからこそ信頼関係を築くことが大切で、コミュニケーションが重要ってことですよね。

そうですね。加えて、鮨職人が魚に対して行う調理は基本的に「切る」「握る」だけ。「切る」という作業は単純ですがとても奥深い。切り方が厚すぎても薄すぎてもいけないし、組織を壊してもよくない。また切る向きによって味も変わるんです。切る回数によって味を変えることも私たち鮨職人の仕事なんです。「握る」のも、とても単純。しかし、握り手の技術によって、その人との関係性によって味が異なります。

「切る」「握る」というすごくシンプルな方法で作られた鮨が、江戸時代から伝わってきて今も通用しているって、すごく珍しいことだと思うんです。だからこそ、お客様に鮨を味わってもらいながら、そういった技術の話も伝えたいと思っています。 さらに言うと包丁裁きが大切な鮨職人にとっては、裁く刃物も重要だし、器や盛りつけを工夫してお客様に楽しんでいただくことも大切。芸術家の北大路魯山人さんの言葉に「器は料理の着物」とありますが、季節や行く場所によって服装を変えるのと同じように、相手にあわせて器を選んだりもします。それ以外にも特徴的な調理器具だったり、鮨にまつわる歴史や地域性もありますし、また、市場で魚を買う際に見られる独特な「空気を読む」コミュニケーションもあります。

他にもまだ語りつくせないほど、鮨には様々な文化やストーリーが詰まっています。私は常々「鮨カウンターは、日本文化の集約地」と話していますが、鮨を通じて日本文化の素晴らしさを伝えることの面白さは、今もなお感じています。

 

—鮨一貫をとっても、本当に語りきれないほどの魅力があるのですね。

「鮨」にまつわる日本文化について話してきましたが、日本では、何をするにも皆さん細部までこだわって気遣っている。世界に誇れる魅力がたくさんあることを感じるので、いろんなシーンで応用できると思うんです。ただ、これまでの日本では「気づいてくれる人だけがわかってくれればいい」「言わないのが美学」と考える人が多かったように感じます。それに対して、私はこうしたストーリーを言葉にして伝えることを大切に取り組んできました。


▲鮨握り体験は、外国人のお客様には特に人気のコンテンツだ(提供:松乃鮨 手塚良則氏)

 

相手の気持ちや興味関心を汲みながら、伝えるストーリーを選ぶ

—手塚さん自身、特に海外のお客さまに伝える際に心がけていることはありますか。

まずは、自分が持っているストーリーをすべて伝えようとしないこと。鮨のカウンターにお客さまが座っているのは1~2時間程度、日本滞在自体も長くても2週間程なので、その間にすべて理解するのは難しい。大切なのは、お客さまが好奇心をもって下さったことに合わせてどの引き出しを引くか考えることだと思います。
器に興味を持ったら器の話を、魚に興味を持った方には魚にまつわる話を、ワインとのペアリングの話が出たら、ワインの話をするといった形です。そのためにも「何を求めているのか」「どんなことに興味を持っているのか」を常に考え、観察しています。
また、お伝えする際には、相手の文化に寄り添うことも心がけています。「鯛の風味は、産地や時季によって変わるんですよ」と説明するよりも「ワインの味をテロワールが左右するのと同じように、魚も地理や気候が違うと味が変わるんですよ」など、相手にとってなじみのあることに例えながらお話しすると「なるほど!」と、より理解してもらいやすくなるんです。

 

—相手の興味あることに絞って、相手の文化に寄り添って伝える、そういうコミュニケーションの大切さに気づいたきっかけやターニングポイントはありましたか。

一つは、大学時代のある先生との出会いです。それまで海外や英語に対して漠然とした興味はあったものの「間違ってはいけない」「変な使い方して笑われたくない」という考えを強く持っていました。しかしその先生から、英語は母国語でないのだから流ちょうに話せなくて当たり前であること、コミュニケーションの中で言葉が占める割合は一部にすぎず、表情や声のトーン、身振り手振りなどノンバーバルのコミュニケーションの方が重要ということなどを教わり、それまでの考えが吹っ切れました。

その先生との出会いをきっかけに「異文化コミュニケーション」も学びました。これは、文化の違う人たちがどのようにして問題解決し意見をあわせていくかを学ぶ学問ですが、そこで、海外との文化の違いはもちろん、日本人同士であっても違いがあることを知りました。性別や育ってきた環境によっても違いがありますし、所属する会社によって持っているカルチャーも異なる。だからこそ自分の価値観を絶対と思わず、目の前にいる相手を知ろうとすることが大切と気づけたことも今の自分に大きく影響を与えています。

また、大学卒業後に4年間、ガイドとして世界中をめぐる経験を通じて「相手の文化に寄り添って伝える」ことの素地ができたのかなと思います。スキーやクルーズ船のガイド、またワイナリーのガイドをしたり、またバックパッカーとして世界中を旅するなかで、相手の文化を理解し、かつ自国の文化を理解し、かみ砕いて伝えることが国際的なコミュニケーションでありおもてなしということを実感し、それを実践してきました。


▲大学卒業後は、ガイドとして世界中をめぐった(提供:松乃鮨 手塚良則氏)

 

日本の田舎のおばあちゃんのおもてなしは5ツ星ホテルを超える

—そうした経験が、今の手塚さんを創りあげているのですね。では、鮨を通じて日本の魅力を伝えてきた手塚さんにとって「日本文化の魅力」はどういうこところにあると感じていますか。

何よりもおもてなしのレベルの高さにあると思っています。私はスキーが好きで頻繁に足を運ぶのですが、その際に泊まる宿のおばあちゃんが「大丈夫?」と駅まで迎えにきてくれたり、「寒いから部屋暖めておいたよ」といってくれたり「家でとれた新米のおにぎりだよ」と漬物と共に出してくれたり。そして、体調がすぐれないと分かればおかゆを作ってくれたり。私は常々「田舎のおばあちゃんのおもてなしは、5ツ星ホテルを超える」といっていますが、そういうことを、サービス料を取ることもなく「当たり前」にできる人の良さが、日本文化の魅力そのものではないでしょうか。

 

日本人のプロの仕事ぶりも世界に誇れるレベル

—サービスをしようと意識しているわけでもなく、「自然とできる」というのが文化といえる所以かもしれませんね。

そうですね。また、日本文化を支える丁寧な仕事ぶりも、世界一といっていい。魚で言うと、漁師さん、運送業者さん、仲買さん、すし職人と多くの人が関わっていて、それらが連綿とつらなって一貫の鮨をお客様に提供できる。例えば、魚が獲れる場所によっても味が変わりますし、漁師さんがどれだけ良い魚をとっても、正しいやり方で血抜きをしなければ、魚の味にも影響が出ます。また運搬の際も、魚をつぶさないようスポンジの上から氷を載せたり、一つずつ丁寧に発泡スチロールに詰めるなど、細心の注意を払っています。日本でおいしい鮨が食べられる理由の一つは、こうして魚に関わる全ての人のプロ意識と技術の高さの積み重ねがあるからこそ。日本を一歩外に出ると、ここまで質の良い魚を手に入れるのは難しいことを実感しています。

 

—仕事ぶりという側面から日本の魅力を探していけばたくさん見つかりそうですね。

そうですね。鮨職人は、鮨を届けるアンカーとして、お客様とじかに接することができる。お客様の笑顔を直接見られる、ある意味ちょっとずるいポジションですね(笑)だからこそ、一貫の鮨の裏に隠されたプロたちの仕事ぶり、レベルの高い気配りについてお客さまにお伝えする責任があると感じています。

2020年9月には、水産資源と環境に配慮し適切に管理された、持続可能な漁業で獲られた天然の水産物の証「MSC認証」を取得したクロマグロを購入したのですが、日本の漁業について正しく伝えたいと思ったことも購入の理由です。世界では魚の乱獲なども問題になっていますが、私が出会った漁師さんは釣った魚が小さい場合は海に返すなど、適切なものを適切な量だけ獲るということを自然にできていて、子供や孫など将来の世代のことをきちんと考えているんです。そういう漁師さんたちの存在があるからこそ高級鮨が成り立っているし、日本では古くから魚文化として根付いている。そういうことをもっと世界に広く知ってもらいたいですね。私自身、自分の目で見て確かめた上で判断して、きちんと話せるようにしたいので、正しい知識を身に着けようと日々学んでいるところです。

 

言葉が話せなくても、笑顔や身振り手振りでコミュニケーションが取れる

—手塚さん自身、うまく伝わっていない、もったいないと感じることはありますか。

最近インバウンド関係の方とか、日本の地域の方とお話しする機会も増えているのですが、「気づいてくれる人だけ、わかってくれればいい」「これはココでは当たり前」「特にお伝えするほどでもない」という考え方で、たくさんの魅力を伝えようとしていないケースもあれば、目の前にいる方に全て理解してもらおうと、1から100まで伝えようとするケースもある。いずれも、工夫次第で相手に分かりやすく伝わるのに勿体ないって思う部分は正直あります。
また、田舎のおばちゃんの5つ星を超えるおもてなしも、相手に喜んでもらいたいという気持ちで自然とやっていることが魅力なのに、外国人相手となった時には、一歩引いてしまう人も多いのも残念だなと思います。言葉がしゃべれなくても、笑顔で話しかけたり、身振り手振りを使うなど、ノンバーバルなやり方でもコミュニケーションが取れることに気づいてもらいたいですね。


▲たとえ言葉が通じなくても、同じ時間を過ごして笑顔になることが最大のコミュニケーション(提供:松乃鮨 手塚良則氏)

 

日本の食文化を再発見、その土地ならではのブランディングをサポート

—言葉が話せなくても、通じること、ありのままのおもてなしが最高だということに、気づいてもらいたいですね。そうした課題解決に向けて、今取り組まれていることはありますか。

実は、現在、地域の方からのご相談などをきっかけに「食」にまつわる地域の商品造成アドバイザーを務めています。日本の地域に足を運ぶことで、知らない料理や食材に出会うことも多く、日本の食文化の素晴らしさを改めて感じています。その一つ、熊本県芦北町は2020年に起こった水害を始め、過去に何度も災害に見舞われてきた地域。その復興支援にもつながる事業で、やりがいを感じています。これまで取り組んできた「食」を中心にプラスアルファで体験のコンテンツづくりをサポートし、その土地ならではのストーリーをつくるお手伝いをしたいです。

▲手塚氏は現場に足を運んで自分の目で確かめることを大切に、様々な場所へ足を運んでいる
(提供:松乃鮨 手塚良則氏)

 

—そうした活動は新型コロナウイルス感染症拡大の影響で海外に渡航する機会がなくなってしまった今だからこそ出来たことのひとつかもしませんね。

そうですね。アドバイザーとして地域とかかわりながら、これまでの海外経験や、富裕層との交流で得た知見を活かし、インバウンドや海外市場も視野に入れた地域のブランディングをサポートしていきたいです。「これから、たくさんのお客さまと出会いたい」と願う地域の方々の熱意に触れ、人に喜んでもらえる仕事をしたいという自分の原点を再認識しています。

 

自分の目で見て肌で感じて確かめ、世の中の情報をアップデートし続ける

—では最後に、海外のお客さまと接する上で、心がけていること、これからも意識し続けたいことについて教えてください。

2020年はかないませんでしたが、いつもは月1程度のペースで海外を訪れ、変化する世界の動向をアップデートしています。お迎えするお客さまのなかにはVIPの方もいるので、例えばラグジュアリーホテルに足を運んで、今どのような体験ツアーが人気かを視察するなど、自分の目で見て肌で感じて確かめるようにしています。

「自分が海外に行ったら、どんな経験をしたいか」といった想像を働かせて、同じような体験を提供することも意識しています。例えば、私は外国に行ったら、地元の方がいる町の食堂で彼らと接してみたいタイプ。なので、外国人のお客様が当店にいらした際は、日本人と会話を楽しみながら鮨を味わってもらいたいと、お客様の席並びを工夫したり、日本のローカルな雰囲気を味わっていただきたいと思いから、カウンターに受け入れる海外のお客さまは基本1日1組に絞っています。昔からある、日本人が集まる老舗のお鮨屋さんに来ていただきながら、ご要望をお伺いし、お好きなお寿司を、またベジタリアン向けのお鮨を、コミュニケーションをとりながら楽しんでいただいてます。

▲手塚氏がお客様に対して行うマグロのデモンストレーションは大盛況だ

 

お客様にとって「人生の1ページに残る、鮨体験」を目指して

—1人1人のお客さまと丁寧に向き合い、目の前の方を大切にしているのがすごく印象的です。

特に欧米からのお客さまは、日本への旅行は一生に一度という方も多い。「いろいろな魚を味わってもらいたい。すばらしい日本文化を伝えたい」というのは、あくまでも私の願い。それを押し付けるのではなく、トロを食べて表情がとろけた方には、その後もトロを握り続けることもあります。

これからも変わらず、どうしたら鮨を楽しむ1~2時間を幸せな思い出として持ち帰ってもらえるかを考え、お客さまが「いい時間だった」と笑顔になってくれることを一番に考えていきたいです。

日本での一度のお食事が忘れられない、『人生の1ページに残る、鮨体験』を目指して、今後も世界からお客様をお迎えしていこうと考えています。

(取材/執筆:岡島梓)

 

プロフィール:

1910年創業 松乃鮨 四代目/SUSHI Ambassador 手塚 良則

幼少の頃から父の魚の仕入れに同行し、目利きを学び、学生時代から包丁を握る。 大学卒業後、プロスキーガイドとしてヨーロッパ・北米に4年間駐在。世界100カ所以上のスキー場、豪華客船のワールドクルーズ、ヨーロッパのワイナリー巡りなど富裕層向けのガイド経験を通じ、海外文化とホスピタリティーを学ぶ。現在は日本の鮨文化、及び食文化と魚の価値を高めることを目標とし、市場に通うとともに、魚の産地や生産者を訪ね、その情報を元に、ガイド経験を生かしたインバウンド業務、『鮨』パーティーのコーディネート、鮨ビジネスコンサルティング、大学や教育機関での食育や、国内外の大学や企業での鮨の講演など、活動は多岐にわたる。

最新のインタビュー