インタビュー

映画のロケ地巡りでウォーキングツアーの日本市場開拓を目指す、インバウンドスタートアップ企業の挑戦

2021.02.19

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渋谷を拠点に観光案内所の運営やインバウンド向けのガイドツアーを手掛ける株式会社ジェイノベーションズでは訪日客の激減で事業継続の危機に直面していたが、2020年12月から日本人向けに始めた映画『えんとつ町のプペル』のロケ地をガイドの解説付きでめぐるウォーキングツアーが大きな反響を呼んでいる。これまで日本の旅行市場にはほとんどなかったフリーツアーを導入することで参加のハードルを下げ、コロナ禍でも新たな顧客獲得に成功しているという。インバウンド事業の継続が難しいというピンチをチャンスとして捉え、日本人向けにアレンジしたのか、株式会社ジェイノベーションズ創業者の大森峻太氏に話を伺った。

 

映画のロケ地巡りを解説付きで楽しむウォーキングツアー

—いま話題の映画『えんとつ町のプペル』のロケ地を巡るウォーキングツアーを開催しているとのことですが、どのようなツアーなのか、教えてください。

映画『えんとつ町のプペル』に登場する渋谷の見どころを、ガイドによる詳しい解説つきで歩いて回るツアーです。実際に煙突が見える場所、作品の中でも重要なシーンとして描かれている川や階段、交差点など1時間ほどかけて案内します。ガイドが持参する絵コンテと見比べて、「あのシーンと同じ場所だ!」と興奮しながら写真を撮る人も多いですね。ガイドはみな作品に対する知識も豊富なメンバーばかりなので、参加者と絵本や映画の話で一緒に盛り上がれる点も好評です。

▲映画で出てくるシーンを、絵コンテと照らし合わせながら解説(株式会社ジェイノベーションズ提供)

このウォーキングツアーは、事前に参加費をいただかず、代わりに満足度に応じて最後にチップをいただくというフリーツアーの形式をとっています。
なお、いただいたチップのうち8割は運営費に回し、2割は絵本『えんとつ町のプペル』を子どもたちへプレゼントする寄付活動に回しています。

 

フリーツアーを取り入れるために視察でロンドンへ

—フリーツアーはまだ日本では馴染みがないように感じます。どのように取り入れていったのでしょうか。

日本では聞きなれない言葉ですが、チップ文化が根付く欧米圏などでは見かけるツアーです。私自身、フリーツアーとの出会いは、起業前の2014年頃ヨーロッパ周遊中、たまたま友人に誘われて参加したのがきっかけでした。その際は、満足度に応じてチップを払うこういうスタイルのツアーもあるんだなというぐらいでした。

その後起業を経て2018年に渋谷で有料のガイドツアー事業を始めたとき、参加した外国人からツアー代金とは別にチップをもらうことが度々あったので、日本国内でも外国人向けならやれそうだと肌感覚では感じていました。ただ、当時の日本の観光業界ではほとんど前例がなく、参考になるデータがありませんでした。そこで2019年11月、評判のあったハリーポッターのロケ地を巡るウォーキングツアーに参加しようと、ロンドンに足を運びました。その際は、欧米の方を中心に30人ほどが集まり、ガイドの巧みな話術、作品への深い造形と共に1時間半ほどロケ地巡りを楽しんだあと、最後にガイドの方が「皆さんのチップで僕の今夜の夕食が決まります」と言葉をかけたんです。すると、参加者がガイドの方に笑顔でチップを払っている姿を目の当たりにしました。

なお、フリーツアーでは、チップの一部を地域振興に寄付するという仕組みになっていて、それも持続可能な観光という観点から非常に参考になりましたね。

 

映画のロケ地巡りで、日本人にもガイドツアーを楽しんでもらう

—フリーツアーを視察するためにロンドンまで足を運んだとは!! ところで、なぜ映画『えんとつ町のプペル』でウォーキングツアーを始めようと思ったのでしょうか。

私自身、原作者である西野亮廣さんが主催するオンラインサロンメンバーで、以前からえんとつ町のプペルのことは知っていたので、プペルを題材にしたガイドツアーをやればうまくいくんじゃないかと思っていました。その理由はいくつかありますが、まずオンラインサロンに入っている7万人以上のメンバーであれば、えんとつ町のプペルの映画を題材にしたツアーに興味をもって参加してくれるんじゃないかと、ターゲットが具体的にイメージできていたこと。さらに、自身が渋谷を拠点に訪日客向けにウォーキングツアーを展開していたので、渋谷は私たちにとって庭のようなもの、だから強みも発揮できる。そう感じることができたのも大きいです。

▲渋谷のウォーキングツアーはインバウンド客に人気のコンテンツだった(株式会社ジェイノベーションズ提供)

コース作成にはかなりこだわりましたね。西野さんご本人から、映画に出てくるシーンやモチーフにした場所にまつわる思いや背景、その裏側にある制作秘話など念入りに聞いた上で説明する内容を考えコースを設計したり、プログラムを作り上げていきました。作品への理解度はもちろんツアーへの愛着もかなり強いので、一歩踏み込んだ内容に仕上がったのではないかなと思っています。

 

コロナ禍で高まる寄付や応援ニーズをガイドツアーにも取り入れる

—チップ文化のない日本人にはフリーツアーは成立しづらいスタイルのように感じますが、取り入れたきっかけを教えてください。

我々も日本人向けには難しいと思っていましたし、当初は、チップ文化が根付いている欧米からのインバウンド客をターゲットに考えていました。ただ、2020年2月にフリーツアーを始めた直後に新型コロナウイルス感染症が拡大し、お客様はゼロという状況に陥りました。その後、在日外国人向けにも試したのですが、まったく集客できずにあえなく断念。ただし、フリーツアー自体は魅力的なモデルだと確信がありましたし、絶対にやりたいと思っていたので、日本人客向けになんとか実現できないかと、まさに生き残りをかけた挑戦でした。

なお、オンラインサロンでの情報収集などを通じて『えんとつ町のプペル』のファンはクラウドファンディングや寄付に積極的な人が多いことも知っていたので、彼らをターゲットとしたツアーであれば、チップへの理解も示してくれるのではないかと思い、フリーツアーで実施することを決めました。

 

通常参加率3割のフリーツアーに、9割以上が参加

—実際にフリーツアーに参加したのはどのような方たちなのか、また参加者の反応はいかがでしたか。

プペルツアーに対する販促予算を確保できず、プロモーションはWebサイト上での告知と、同時期に東急プラザ渋谷開催されていた「映画えんとつ町のプペル展」会場へのチラシ配布のみ。ということもあり、12月の1カ月で100人という目標を掲げていたのですが、109人の予約がありました。また、実際に参加したのは106人で、キャンセルは3名だけで参加率97%という驚異的な結果でした。フリーツアーの場合、事前に参加費を払っていないので、一般的には当日来ない人がたくさんいるんです。外国人旅行者の場合、予約に対する参加率は30%程度しかないんです。10人予約しても当日来るのは2~3人、時間になっても待ち合わせ場所に誰も来ないということも少なくありません。それに比べると、今回のプペルツアーの参加率は驚異的な数字だなと思います。

また、当初の目標100人も達成できたことで、大きな自信になりました。参加者のうち9割は首都圏在住者で、渋谷に何度も足を運んだことがある人でも、実際にツアーで回ってみると、こんな場所があるなんて知らなかったという声をたくさんいただきました。


▲映画を題材に大人から子供まで世代を超えて楽しめるのが醍醐味だ(株式会社ジェイノベーションズ提供)

 

チップ文化のない日本人にも馴染むスタイルに試行錯誤

—9割以上が参加というのは驚異的な数字ですね! ところで、まだ馴染みのないフリーツアーを日本人向けに展開する上で苦労した点はどこですか?

どうやって、チップを払ってもらうかというのはかなり試行錯誤しましたね。日本にはチップの文化がないので払う側も受け取る側も不慣れで、当初は気まずい空気が流れるときもよくありました。また、1番最初に払った人が300円を出したら、その後も同じぐらいの金額が続くといったケースもありましたね。ただそれは満足度が低かったわけではなく、いくら払えばよいのか相場観が分からなかっただけ、というのも後になって分かりました。

そんななか、チップの相場感を伝えておくと参加者側も払いやすいのでは、と感じ、ツアー申込のWebサイト上のFAQに、自由に決めて構わないと前置きしたうえで、いくら払う人が多いのかの目安を書くようにしました。また、ツアーがスタートする前と終わった後に必ず、事前に参加費はいただかないけれども、満足度に応じてチップを払ってくださいと伝えること、またそのチップの使用用途も丁寧に説明します。すると、参加者の皆さんも納得してスムーズに払ってくれるようになりました。

なお、説明時の表現方法にもかなり気をつけています。例えば「無料」というのと「事前に参加費はもらわない」というのでも伝わる印象が違いますし、チップの使用用途も説明するのとしないのとでは、チップの金額に差も出ます。そういったことも毎日繰り返しながら、どうすればベストなのか、調整を重ねてきました。

 

フリーツアーならではのメリット「満足度の高さ」

—有料ツアーと比べたときにフリーツアーにするメリットはどこにあるのですか?

メリットは参加者からの満足度が高いこと、クレームが今のところ1件も出ていませんね。満足度に応じて、自分で決めた金額を払っているからというのも大きいです。あとからネガティブな口コミがサイトに書き込まれることも今のところありません。マイナスの口コミ評価はガイドの精神的ストレスになりますし、その後の集客にも影響が出るため、どうやって減らすか観光事業者なら誰もが頭を悩ませる点ですが、フリーツアー形式ではそういったストレスがありません。

デメリットは予約に対する参加率の低さです。外国人の場合、参加率が約3割程度。事前にツアー代金を支払う必要がないので、当日無断で来ない人が一定数います。ただ日本人向けにしているプペルツアーでは、参加率は9割以上と非常に高いのでデメリットにはなりません。この理由は正確には検証できていませんが、滞在時間が限られており、さらに魅力的な体験を見つければ予定を変える傾向が強い旅行者と違って、日本に住んでいる方はプペルツアーを目的に足を運んでくれることや、日本人という国民性も影響しているのかもしれません。

また、こうしたフリーツアー形式のガイドツアーは、漫画、アニメ、映画などのロケ地巡りと相性がいいのではないかと思います。事前に参加費を払わないでいいので、参加のハードルが低い点や、映画やアニメにコアなファンがいる分、口コミで参加者がどんどん増やせる可能性があるのも利点だと思います。歩いて回れる範囲に見所が集まっている都市型観光、マイクロツーリズムとも親和性が高いと思います。

(株式会社ジェイノベーションズ提供)

 

プライベート感がツアー参加者の満足度アップに

—答えにくい質問かもしれませんが、フリーツアーということで売上を上げるのが難しいような印象も受けます。売上の側面については、いかがでしょうか。

12月は106人の方が参加してくださりましたが、1人当たりで平均約1300円のチップをいただきました。

当初は、定員を20人にしていたのですが、新型コロナウイルス感染症拡大の影響で密を避けたいという声もあり、緊急事態宣言中は定員を5人に絞っています。少人数だと売り上げが少ないと思うかもしれませんが、実は参加者が少ないほど一人当たりのチップの額が高くなる傾向もみられます。マンツーマンでウォーキングツアーを案内してもらえるため、より詳しく話が聞けて満足度が高くなり、たくさん払ってくれるという具合です。プペルツアーでは最高1人5000円のチップをいただいたこともありました。

実はこれは、日本人に特徴的な傾向のようです。海外では、他の参加者との出会いや交流を求めて参加する人が多いこと、チップの相場がある程度決まっていることもあり、参加者が1人でも20人でも支払う金額はあまり変わりません。むしろ、人数が少ないと別日に振り替えるといったこともあります。

経費の面で考えると、町を歩いて回るだけなので、ツアー中の移動の交通費や食事代などがかからず、ガイドの人件費やサイト運営費、資料など最低限の経費で済む点もメリットです。

—これまで全国各地でボランティアガイドによる無料のウォーキングツアーは数々ありました。それらはガイド人材育成を手掛けている大森さんから見てどのように感じていましたか?

日本のボランティアガイドは地域の歴史を教科書のように正確に教えてくれますが、エンターテイメント性に欠けると感じていました。その点、外国でお会いしたガイドの方はエンターテインメントに長けており、ただ情報を伝えるのではなく、お客さんを楽しませる、心地よい空気づくりに注力していましたね。フリーツアーの場合、面白くなければ、チップを払わずに途中で去ってしまう人もいます。いかにして楽しい場にするか、あの手この手を尽くしていました。「今日の皆さんのチップの金額で私の晩御飯が決まります」と笑いながら伝えるのも一つのエンターテイメントの形だと思います。

また、単なる知識の伝達なら、今後はスマートフォンの音声ガイドに取って代わられるかもしれません。マニュアル通りの説明ではなく、いかに参加者に楽しんでもらうかといったガイド自身のエンターテインメント力を鍛えるためには、満足度が重視されるフリーツアー形式は効果的だと思います。

(株式会社ジェイノベーションズ提供)

 

インバウンド客と日本人が両方楽しめるウォーキングツアーを目指して

—インバウンド市場の回復にはまだ時間がかかりますが、インバウンド復活も見据えて、いま御社で取り組んでいることがあれば教えてください。

外国人向けの英語版渋谷ウォーキングツアーをオンライン配信しています。2020年7月のスタート以来、のべ約500人の予約がありました。オンライン上では参加した外国人から各国の状況をリアルタイムで知ることができるので、世界情勢を把握する上でとても参考になっています。移動ができない今、外国人旅行者と接点を持ち、生の声を得られるという点では、仮に利益がなかったとしても継続的にやる価値はあると捉えています。

また、今回のコロナショックを通じて、インバウンドだけでは生き残れないということを痛感したので、今後はインバウンドと日本市場の両輪で事業を継続させていく方針です。インバウンド向けツアー商品も突き詰めると、実はもともと日本人に人気があったコンテンツであることが多いんです。日本人から昔から支持されているということは、一定の品質、ブランド力があることの証です。外国人、日本人の両方が楽しめるウォーキングツアーを作ることができれば、最強の武器になると思います。

新しい挑戦としてプペルツアーを実際にやってみて、チップ文化のない日本市場でも工夫すればフリーツアーをやれるという手応えをつかみました。コロナ禍では感染状況や自分の体調も常に変わっていきます。このような変化が激しい時代において、事前のキャンセル料が発生しない、気軽に参加できるフリーツアー形式のウォーキングツアーは今後ますますニーズが高まると期待しています。

「えんとつ町のプペル」渋谷フリーツアーはこちら

 

プロフィール:

株式会社ジェイノベーションズ 代表取締役社長 大森峻太

神奈川県出身。大学卒業後、1年半かけて海外を巡り観光の最前線を学ぶ。帰国後にインバウンド向けツアーを手掛ける株式会社ジェイノベーションズを設立。会社を経営する傍ら、インバウンドの専門家として行政などのアドバイザーを務め、メディアなどでもインバウンドの最前線を発信している。東京都観光まちづくりアドバイザー。渋谷区観光協会観光フェロー。関東学院大学国際文化学部客員講師。

 

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