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withコロナの観光業を救う10のキーワード vol.2「スマートシティ」が広げるコロナ後の観光業の可能性

2020.07.08

観光客の利便性と地域住民の快適性は一致しないことがある。さらに観光客といっても、外国人と日本人の間にも違いは生まれる。たとえば「案内表示の多言語化」は、外国人観光客の利便性を高める一方で、テキスト量の増加による視認性の低下や、風情・情緒が薄れる恐れがある。事実、地域によっては「最低限(英語だけ)対応する」という声もある。こうした対立軸は、バスや電車といった交通インフラから、スーパーマーケットやカフェといった小売の現場など、あらゆる分野に存在する。では、どうすればいいか。その一つの解となるのが「スマートシティ」化だ。さらにいえば、今般のコロナ禍でも「スマートシティ」化が、観光業の復活を後押しする可能性も持つ。今回は、そんな「スマートシティ」や「スマートツーリズム」について触れていく。

[caption id="attachment_39084" align="alignnone" width="640"] ▲Photo by iStock[/caption]

 

ビッグデータをフル活用し、効率化と最適化を実現する「スマートシティ」

「スマートシティ」とは、IoT(インターネット・オブ・シングス)の先端技術を用いて、基礎インフラと生活インフラサービスを効率的に管理運営し、環境に配慮しながら、人々の生活の質を高め、継続的な経済発展を目的とした新しい都市のこと。

2050年には世界人口が95億人に達し、エネルギー消費が爆発的に増えることが懸念されているため、世界各国で「スマートシティ」化に向けたプロジェクトが進められている。

日本も例外ではない。近年、IoTやAI(Artificial Intelligence)、ビッグデータをフル活用し、交通・防災・健康・医療・エネルギー・環境など複数分野にわたり、官民双方で包括的に連動・最適化するプロジェクトが各地で行われている。そうした中には、もちろん観光という要素も含まる。

冒頭で触れた「案内表示の多言語化」で考えてみよう。スマートシティ化された街であれば、外国人の利用率が高まる時間帯やエリアをビッグデータから解析し、その時間帯のみ多言語表記を増やすことが可能になる。そのときに必要な言語の数もビッグデータから導き出され、最適な数を自動的に表示させることもできるだろう。

 

スマートシティは観光地の混雑緩和にも一役買う

当然ながら、こうした手法を取り入れるにあたってデジタルサイネージは不可欠だ。従来のデジタルサイネージとの違いは、生体認証やAIといったよりインタラクティブな機能を持ち合わせることで、その場その時間の最適解を生み出すまでのスピードを圧倒的に早められることだろう。

もちろん「案内表示」だけではない。昨今、大きな話題となっているオーバーツーリズムについても、位置情報やリアルタイムの混雑情報を用いることで、混雑緩和の施策が打ちやすくなる。たとえば、ダイナミックプライシング(価格変動性)の導入はひとつの具体策だ。たとえばバスの乗車率が一定の混雑率に達したら価格を上げ、そのかわりにタクシーの初乗り料金やシェア自転車の価格を下げるといった施策も打てる。

さらに言うと、場合によっては、混雑緩和するまでのちょっとした時間に一息つける近隣の観光地や飲食店のクーポン券を、スマートフォンを通してタイムリーに届ける施策も可能になる。こうした連動性は街全体がネットワークとつながる「スマートシティ」だからこそ実現できることだ。

 

スマートシティ化先進地域EUが始めた「欧州スマートツーリズム首都」

日本におけるスマートツーリズム化は、2020年1月にトヨタが発表した静岡県裾野市の自社工場跡地を利用した「Woven City(ウーブン・シティ)」を筆頭に、各地でさまざまな実証実験や実装が行われている。

東日本大震災からの復興を旗印に始まった福島・会津若松のプロジェクトは一つの代表例だ。クリーンエネルギーの活用やエネルギーの効率化はもとより、デジタルDMO「Visi+Aizu(ビジットアイヅ)」を中心とした観光施策の実施や、生産年齢人口の地元定着など、一定の成果をあげている。だが、実際のところ「スマートシティ」化においては、欧州や米国が一歩リードしており、日本は国際的に少々後れを取っているのが現状だ。

ここでは、先進的な取り組み進める欧州を例に見ていく。EU(欧州連合)では2019年から、イノベーションによる観光整備促進を目的として「欧州スマートツーリズム首都*(European Capital of Smart Tourism)」を選定している。

「欧州スマートツーリズム首都」に選ばれると、EUからプロモーション活動に関する幅広い支援を受けることができる。初年度には、19の国から38の都市が公募に応じ、ヘルシンキ(フィンランド)とリヨン(フランス)が選定された。2020年は、ヨーテボリ(スウェーデン)とマラガ(スペイン)である。選定は、主に「アクセシビリティ」「サステナビリティ」「デジタル化」「文化遺産およびクリエイティビティ」の4つの分野で評価が行われている。

なお、EUはポストコロナの安全な観光の再開に不可欠な情報を盛り込んだプラットフォーム「Re-open EU」も立ち上げている。インタラクティブな機能をもった地図上で、国境、交通手段、渡航制限、ソーシャルディスタンスやマスクの使用などの公衆衛生や安全対策に関する各国の措置と訪問者のためのアドバイスをリアルタイムで提供していくようだ。

* 日本語の「首都」には〝中央政府のある都市〟という意味もあるが、ここでは〝中心地〟のほうがイメージに近い

 

「太陽とビーチ」から「芸術と文化」へ変貌を遂げるスペイン・マラガ

スペイン南部にある地中海沿岸のリゾート地コスタ・デル・ソルの中心地マラガ。スペイン南部の経済と金融の中心地としても知られており、長年にわたってサステナビリティ、イノベーション、文化の概念を観光戦略に組み込んできたことで「太陽とビーチ」から「芸術と文化」の都市へと変貌を遂げている。

マラガでは、新しいテクノロジーを活用して訪れる観光客の体験の質を向上し、最先端の技術を扱う地元企業による革新的な街のキャパシティ向上にも重点を置いている。地域社会を巻き込み、教育レベルでもスマートツーリズムの種を蒔いている。

教育分野に関しては、2020年に実施するプログラムでは、毎月選ばれた学校が、マラガに拠点を置くCIFAL(国連研修研究機関(UNITAR)のなかで教育に特化した機関)と連携し、17の持続可能な開発目標(いわゆるSDGs)に関する授業を提供する。このほか、学校や大学、団体、一般市民などを対象に、アクセシビリティ、サステナビリティ、デジタル化、文化遺産と創造性に関する教育セミナーも開催する予定だ。

観光分野においては、観光カード「MÁLAGA PASS」利用で、美術館、モニュメント、アトラクションの入場券を割引料金で提供し、観光、レジャー、ショッピング、レストランなどで割引が受けられる。アプリ版では観光ガイドやマップも提供する。

さらにマラガは、サステナビリティにも力を注いでいる。公共のLED照明、20以上のレンタルサイクルステーションの設置、計40kmを超える自転車レーンの整備、節水を目的に公園や庭園へのスマート給水システムの設置、大気汚染削減、花粉レベルの監視、騒音改善のための「部門別大気質計画」も導入している。

なお、同市は現在、マラガに関する質問に答えるチャットボットツール「ビクトリア・ラ・マラゲーニャ(Victoria la Malagueña)」を準備中だという。スマートフォンにも対応しており、ソーシャルネットワークとも連動させる予定だ。

 

コロナ禍がスマート化の追い風となるわけ

2020年6月30日の日経新聞の「NQNスペシャル」でも取り上げられていたが、コロナ禍は「スマートシティ」加速の起爆剤のひとつになる向きがある。とりわけ、観光においては今回のコロナ禍が「スマート化」の追い風になることは想像に難くない。

というのも、withコロナでの旅行では、より一層「安心、安全、清潔」が重要になるからだ。スマートシティでは、あらゆる都市インフラやサービス、情報などがネットワーク上で接続することで、交通機関や観光施設での混雑を緩和し、シームレスでタッチレスな予約手配・決済が可能となる。これらの要素は、コロナ感染のリスクを避けたい観光客の安心を担保するのに一役も、二役も買うだろう。

世界の観光地では、すでに動きも出始めている。2020年6月21日に、シェンゲン圏内のほとんどの国から観光客の受け入れを再開したスペインでは、「安全な観光地」としてのお墨付きを得るため、イノベーションとテクノロジーを駆使してwithコロナに対応したさまざまな取り組みが各地で行なわれている。

 

世界的観光都市マドリードが実践するwithコロナ時代に即した取り組み

首都・マドリードはマスターカードの協力を得て、新型コロナウイルスがマドリードの観光に与える影響を数量化することで実態を把握し、復旧を加速する「ポストショック戦略」を進行中である。マスターカードのデータによると、マドリードに対する「安全な目的地」という認識は、ロックダウン開始時に低下したが、現在は2019年と同じレベルにまで回復しているそうだ。

また同国にとって、観光ハイシーズンに最も気がかりなのはビーチの混雑である。沿岸部の観光地では、ソーシャルディスタンスを保つためビーチを区画で仕切り、収容人数を制御するビデオセンサーやスマートカメラの設置を急いでいる。

日本では、ビーチの開放に消極的な地域が少なくなく、〝海開き〟をするビーチでは「自治体職員による監視強化」「更衣室を設置しない」といったアナログな施策を実施するという。そういう意味でも、こうしたスペインのビーチでの取り組みは、注目に値する。

[caption id="attachment_39083" align="alignnone" width="640"] ▲Photo by iStock[/caption]

 

テクノロジー活用でビーチの混雑状況がリアルタイムで確認可能に

世界的な観光都市バルセロナでは、各ビーチの占拠度合に関するリアルタイムの情報が提供され、市役所のウェブサイトを通じてアクセスできる。既述の「欧州スマートツーリズム首都」に選定されたマラガを擁するコスタ・デル・ソルやパルマ・デ・マヨルカなどでも、観光客と居住者がリアルタイムでビーチの混雑状況を確認できるアプリを提供する予定だ。

さらに、世界観光機関(UNWTO)のサポートを受けスペインの企業が開発したデジタルヘルスパスポートアプリ「Hi+Card」も話題となっている。医療情報や健康状態などのデジタルプロファイルをアップロードしたこのパスポートを携帯していれば、必要な際はいつでも医療データにアクセスでき、あらゆる緊急事態に備えられる。自らの健康を証明できることで、周囲の人々の安全を保証し、安心をもたらすことにも繋がるだろう。

なお、「Hi+Card」のツーリスト向け実装プロジェクトには、バレアレス諸島のイビサ島、フォルメンテラ島のホテル経営陣が参入すると報じられている。

 

スペインの観光事業再開の鍵となる「DTIネットワーク」

ちなみに、先で例に挙げたマラガやマドリード、バルセロナなどがあるスペインは、欧州の中でもフランスと並んで最も外国人観光客の多い国であるが、内閣政府がみずから舵を取って、「スマート観光地(ツーリズム)」構想に力を入れている。同国では、その取り組みのことをDTIネットワークと呼んでいる。

DTI(Destino Turístico Inteligente 英訳:Smart Tourist Destination)とは、最先端技術によるインフラ強化を含む革新的な、いわば「スマート観光地」である。DTIプロジェクトは、イノベーションと観光技術管理のための国営商業団体SEGITTUR(セギトゥル)が運営し、リーダーは観光庁長官が務めている。

DTIでは、「ガバナンス」「イノベーション」「テクノロジー」「サステナビリティ」「アクセシビリティ」という5つの軸の分析に基づき、開発や管理に関わるすべての事業者を巻き込んで、地域全体でのビジョンを掲げ、進めている。

 

DTIネットワークが掲げる4つの目標

観光庁長官とSEGITTUR(セギトゥル)が指揮をとる「DTIネットワーク」は、2019年2月に、「革新と技術を通じ、サステナビリティを軸にして観光部門の発展をリードする」という大きなビジョンをもって設立されたが、より具体的な目標は以下の4つだとしている。

1. スペインの観光地のDTI転換とネットワークへの加入を促す
2.「スマート観光地」の商品、サービス、アクティビティの開発において、官民の協力を促進する
3.ネットワークの活動を通じて、スマート観光分野におけるスペインのリーダーシップに貢献する
4.DTIプロジェクトの質と進化を保証する

さらにネットワークに加入した観光地は、「現状分析→その地域に合った戦略計画→実践」というプロセスを経て「DTI」となることができ、その後も継続的に改良を進める、としている。

 

日本が持つ先端技術を〝宝の持ち腐れ〟にしないために

人口密集が加速する都市部でも、人的・経済的なリソースが限られる地方においても「スマートシティ」化は、よりスムーズで環境に配慮したライフスタイルの実現に貢献することが期待されている。殊に地方の観光地においては、デジタル化とサステナビリティは観光業回復の重要な柱となるだろう。

この先、現在進行中のスマートシティ化プランを〝withコロナ〟向けに再検討する必要もある。

ソーシャルデザイン専門のデザイナー・筧佑介氏は、著書『持続可能な地域のつくり方』のなかで、地方創生を阻むものとして「官民の分断」「縦割り組織の分断」「地域間の分断」「世代の分断」「現在と未来の分断」「ジェンダーの分断」を指摘しているが、これらは寸分違わずスマートシティ化にもあてはまるといえる。

この度のパンデミックに学び、日本が持つ技術力を最大限に活用してスマートシティ化を進めていくためには、これまで以上に官民の協力と情報交換は必要になるし、地域の多様な事業者間の連携、地域を越えた協力体制の構築、科学的アプローチを取り入れた観光地域づくりのナビゲーターとなるDMOの活躍も不可欠であろう。

気配りやおもてなしといった日本特有のアナログな配慮に加えて、デジタル領域の知見・技術をうまく活用できれば、まさに鬼に金棒となる。観光客も住民も、誰もが安心して暮らせる「スマートシティ」の実現により一層の期待を寄せたい。

 

筆者プロフィール:

株式会社やまとごころ 代表取締役 村山慶輔

神戸市出身。米国ウィスコンシン大学マディソン校卒。経営コンサルティングファーム「アクセンチュア」を経て、2007年に日本初インバウンド観光に特化したBtoBサイト「やまとごころ.jp」を立ち上げる。インバウンドの専門家として、2019年内閣府 観光戦略実行推進有識者会議メンバーを始め、各省庁の委員・プロデューサーを歴任。2020年3月には自身7冊目となる「インバウンド対応実践講座(翔泳社)」を上梓。