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震災復興から歩みを進める宮城県気仙沼DMOが、コロナ禍でも需要喚起策を次々と実践できる理由(前編)

2020.07.16

日本で、地域への観光に注目が集まるにつれて、DMOに期待される役割も多様化が進む。マーケティングやブランディング、多種多様な地域のプレイヤーのマネジメントなどその範囲は多岐にわたり、DMOへの期待は高まる一方だ。その一つ、経験や勘を頼りにするのでなく、“科学的データに基づいたマーケティング”の重要性に対する理解も進んでいる。ただし、DMOが自らデータを取得することは難しく、多くのDMOがその手法を模索している。

そんななか宮城県気仙沼市では、いち早くマーケティングの重要性を認識し、気仙沼住民や気仙沼好きの観光客を対象としたポイントカード(気仙沼ではクルーカードと呼ぶ)を発行した。カードを持つ人の属性はもちろんのこと、彼らがいつどこでどの程度お金を使ったのか、詳細を日単位でつぶさに把握し、取得したデータを次なる施策に活かしている。

一見すると普通のポイントカードだが、東日本大震災による壊滅的な被害から復興に取り組む気仙沼の想いがしっかりとこもった、地域と気仙沼ファンをつなぐ「証」となっている。

今回は、気仙沼観光推進機構(気仙沼DMO)設立の背景や経緯、気仙沼DMOがクルーカードをどのようにマーケティングに活用しているのか、またコロナ禍で売り上げが落ち込む中で、どのようにデータを活用したのか、そして今後の展開について、気仙沼DMOの事務局としてマーケティングなどを担う(一社)仙沼地域戦略 事務局長の小松氏と玉川氏に話を伺った内容を前編後編の2回に分けてお届けする。

 

震災復興と共に歩みだした、気仙沼での観光産業基幹化プロジェクト

人口6万人強の町で岩手県との県境に位置する宮城県気仙沼市。漁業が盛んで、ふかひれ、メカジキ、生鮮かつおなどの水揚げ量は全国1位を誇る。豊富な水産資源を武器に食にも力を入れており、2003年には日本国内で初めて、自然と文化を守りながら、食を活かした個性的で魅力あるまちづくりを進めるべくスローフード都市宣言をしたことでも知られている。

ところが、2011年に気仙沼を襲った東日本大震災と津波は、市内の7-8割を占める水産業や関連産業に壊滅的な被害をもたらした。その後震災復興計画を作る過程で、水産業一本足では、同様の事態に陥ったときに地域が立ち直れなくなることを再認識し、第二第三の柱を立てるべく検討を始めた。そして、気仙沼の強みでもある水産業や「食」を活かせる観光業を気仙沼の基幹産業として育成することを決めた。

2012年3月から約1年かけて観光戦略を策定し、翌2013年には戦略を実行する新組織を立ち上げ、そこから2年間は、観光関連の商品開発や人材育成を中心に取り組んだという。

「2015年からの2年間は、前半2年の間に取り組んだ商品開発や人材育成をどう地域内で自走させるかにフォーカスして、検討を進めました。その過程で、DMOに着目したというわけです」(一社)気仙沼地域戦略で事務局長を務める小松氏は、その時の状況を語った。

小松氏は、2013年当時勤めていたIT企業から出向の形で、4年間地元である気仙沼の震災復興プロジェクトに携わった。

 

スイス観光局の仕組みを参考に、DMO立ち上げ

DMO立ち上げに際しては、既存の観光関連の組織の役割見直しと再編成が必要と感じ、様々な分野の有識者を招き議論を重ねた。その中で、有識者の一人として招いたJTIC SWISS山田桂一郎氏からスイスのDMOの仕組みや考え方を学ぶ。その仕組みをより深く理解するため、DMO立ち上げの主要メンバーでスイスのツェルマットを訪れ、ツェルマット観光局が実践するマーケティングやマネジメントの仕組みを肌で感じた。「ここで、意思決定に民間事業者を巻き込むことの重要性やモニタリングの仕組み、財源確保の重要性や手法についての理解を深めていきました」と、小松氏はその時の様子を語る。

▲スイスツェルマットを視察した気仙沼DMOのメンバー

 

DMOのマーケティングツール導入は1年間模索を続ける

帰国後、ツェルマット観光局への視察を通じて得た学びをどう気仙沼DMOに取り入れるか検討を進めるなかで、マーケティングの仕組みの導入が大きな壁の一つとして立ちはだかった。ツェルマットでは宿泊施設や観光事業者が所有する顧客情報をDMOのシステムに集約することでDMOが一元管理しているが、日本では個人情報保護基本法の壁があり、同様の仕組みにできない。最終的には、地域を軸としたポインドカードの導入に落ち着いた。

「大きな声では言えませんが、実はポイントカードはやりたくなかったのです」小松氏は苦笑いしながら答えた。ポイントカードの成功事例はあまり耳にしなかったことも、前向きになれなかった要因の一つだという。

「何か他にやり方はないか、時間をかけて調べ、いろいろな人に相談しました」とその苦労を語る。最終的には、他の方法が見つからずポイントカードの導入を決めたが、どうしたら成功に繋げられるか、皆が持ちたくなるためにはどのようなコンセプトにすればいいのか、1年近くかけて作り込んだ。

 

「クルーシップ」をコンセプトにしたポイントカード「クルーカード」を導入

そして、このポイントカードの取り組みを「気仙沼という共通の船に乗り込んだクルー皆が、気仙沼を元気に動かすクルーシップ」というコンセプトに固めた。会員が持つポイントカードは、クルーシップの証を表す「クルーカード」と定義づけ、ポイントカードを持つ人は、気仙沼市民であろうと観光客であろうと、クルーシップでつながる仲間という考え方だ

気仙沼のポイントカードを持つクルーシップ会員は、飲食店や物販、宿泊施設など市内にある125の加盟店での買物時にカードを提示するとポイントがたまる。たまったポイントは加盟店での買い物にも利用できる。

現在、クルーシップ会員は2万5千人を超えた。会員属性は、半数以上が気仙沼市民、その後、仙台などの宮城県民、仙台を除く東北圏、関東圏と続く。

なお、加盟店になるためには、初期のシステム導入費用以外に、クルーシップ会員による売上金額に応じて、毎月システム利用料を負担しなければならない。加盟店の特徴について小松氏は「現時点では、市内事業者に占める加盟店の割合は1割程度ですが、毎月発生するシステム利用料を負担できる、比較的規模が大きい店舗や施設が多く加盟店として登録しています。そのため域内経済へのインパクトは1割以上とみています」と話す。

[caption id="attachment_39202" align="alignnone" width="630"] ▲気仙沼クルーシップ加盟店には、写真右下のようなクルーシップを示す看板が設置される[/caption]

 

クルーカードを通じて取得した情報をマーケティングに活用

気仙沼DMOが実践するこのポイントカードの仕組みでは、ポイントカードを提示したクルーシップ会員がいつどこでどの程度お金を使ったか、詳細のデータがDMOに蓄積されていく。実際にこれらのデータをどう活用しているのか。

クルーカードの取り組みは2017年4月にスタートし、現在4年目だ。マーケティングへの活用について「最近になってやっと、利用可能な規模のデータが蓄積されてきました」(一社)気仙沼地域戦略の玉川氏はそう話す。

例えば、過去のデータから、仙台など宮城県からの観光客と一ノ関や盛岡の人、首都圏から訪れる人では、人気のシーズンも違えば、気仙沼に来る理由や期待も異なることが分かった。そこで、ターゲットごとに伝えるメッセージや訴求する商品、サービスも変えている。現状を把握したうえで、相手のニーズに応じた施策を打つマーケティング活動は、民間企業では当たり前のようにしていることだが、日本国内で、地域単位で実践できている場所は多くはない。自ら顧客情報とデータを所有する気仙沼DMOならではの強みだ。

なお気仙沼DMOでは、クルーシップ会員の半数以上が気仙沼市民であることも踏まえ、気仙沼市内会員による域内消費と、市外会員による観光消費を分けて考え、それぞれに対して目標値を設定する。また、クルーシップ会員による売り上げだけでなく、気仙沼市内の延べ宿泊者数も目標を定めて指標として見ているという。

 

コロナ禍で落ち込む需要を喚起すべく、素早くキャンペーンを展開

クルーシップ事業も4年目に入り、取得したデータを活用したマーケティング施策を加速させていこうと思っていたところに、新型コロナウイルス感染症が世界中に広がり、気仙沼も大打撃を被った。

日本で緊急事態宣言が発表されたのと時を同じくして、気仙沼市で感染者が出たことが発覚したため、4月上旬以降は気仙沼でも休業や営業短縮する店舗が急激に増加し、クルーシップ加盟店の売上も一気に落ち込んだという。

そのような状況下で、気仙沼DMOは市民や市内事業者を支援する施策を迅速に進めた。その一つが「フレー!フレー!地元キャンペーン」だ。キャンペーンでは、新型コロナウイルスの影響で落ち込む消費を刺激しようと、期間中に一定金額以上利用した人にポイントをプレゼントした。実店舗だけでなくEC加盟店も対象にし、気仙沼を訪れることができない人にも対応した。

 

キャンペーンが、地域のクルーシップ会員の消費落ち込みを微減にとどめる

4月6日から1カ月間行われたキャンペーンによる経済効果はどうだったのか。気仙沼市外会員による消費は昨年同期比53%と半数近くに減ったものの、市内会員による売り上げは同96.8%にとどめた。また、1レジ当たりの単価も94.6%と微減にとどめた。最終的に市内と市外あわせたクルー会員全体の消費は3割減だったという。「キャンペーンを実施しなければさらに売り上げが落ち込んだのではないか。その落ち込みを少しでも緩和させることができたと見ている」小松氏はキャンペーンの結果をそう分析する。

「実施時期や期間は、緊急事態宣言や市内感染者の発覚のタイミングと重なり、店舗の時間短縮営業や休業の時期と被ったため反省すべき点もあった。ただ、加盟店へのヒアリングの結果、満足したという声が65%で、内容については一定の評価をいただけたのではないか」とみている。

 

市外のクルーシップ会員を気遣う取り組みが、人々の心をつかむ

気仙沼市内のクルーシップ会員には消費を促すキャンペーンを展開したが、市外会員の多くは、移動自粛の動きもあり気仙沼を訪れることができなかった。そんななかで市外会員を対象に行ったある取り組みが、想定以上の大きな反響を呼んだという。

「一緒に気仙沼という船に乗る仲間であるクルーシップ会員の方は、気仙沼に思いを寄せてくれている方も多い。彼らに気仙沼から元気を届けたい、困難な時期にお互い頑張りましょう、という想いを伝えたい。そう考え、“あなたの地元も気仙沼は応援しています!”というメッセージを添えたハガキを送りました」ハガキを送った経緯について、(一社)気仙沼地域戦略の玉川氏はそう話す。

「東日本大震災で壊滅的な被害を受けた後、多くの地域の方からお便りをいただき励まされた経験から “大変な時は手紙やはがきの方がよいのでは”という声があり、敢えてメールではなくハガキにしました」という。年賀状や暑中見舞いにも言えることだが、はがきは “元気ですか?”というお便りのイメージが強い。「費用対効果の観点から、消費を促す内容の方がいいという意見もありましたが、皆が大変な時だからこそ、相手を気遣う内容にしたい」と伝えるメッセージを決めた。このはがきへの反響が大きく「こんなこと言ってくれるなんて嬉しい」「大変なときって助けてくださいという取り組みが多いなかで、逆に応援してくれたのがすごく嬉しかった」「もっと好きになった。コロナが落ち着いたら行きます」といった感謝のメールや手紙が多数寄せられた。

[caption id="attachment_39219" align="alignnone" width="640"] ▲送付したポストカードに対して、クルーシップ会員からはお礼のはがきやメールがたくさん届いた[/caption]

 

市民から始まった活動をDMOが後押し、気仙沼テイクアウトメニュー表の作成

「フレー!フレー!地元キャンペーン」を通じて、市内の事業者に対する支援を行ったものの、125ある気仙沼クルーシップ加盟店の4割強を占める飲食店の売上減少の影響は大きかった。特に市内で感染者が発覚した翌日からの売上が大幅に落ち込んだ。

影響が大きい飲食店のサポートをしようと始めたのが、テイクアウトやデリバリー対応する店舗の情報収集と発信だ。ちょうど時を同じくして、市民の方が「#テイクアウト気仙沼」というハッシュタグをつけてSNSで発信し盛り上がりを見せていたので、この取り組みを後押しする形で情報発信を始めた。

ハッシュタグを参考に情報を集めたほか、スタッフ数人で手分けをしてお店に足を運び、料理の写真を撮影した。集めた情報はSNSで発信したほか、気仙沼DMOが運営する観光情報サイトにまとめて掲載した。「市民発の自発的な取り組みを後押しできたのもよかった」テイクアウト情報を取りまとめた玉川氏はそう話す。

テイクアウトメニューの掲載後すぐにアクセスが伸びたという。公開したページを気仙沼のランチメニュー表として参考にする人が続出したようだ。市役所でも課でまとめて注文という動きも見られたという。

「実は加盟店へのアンケートの結果、テイクアウトメニューのとりまとめと発信への満足度が一番高かった」と小松氏は付け加えた。DMOという立場を活かし、市民と地域の飲食店両方のニーズをとらえた取り組みを素早く形にしたことが、高い評価を得たポイントと言える。

後編では、コロナ禍の移動自粛が解除され、徐々に人々の動きが活発になる中で、データをもとに取り組む施策について紹介する。