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インバウンド客ゼロを乗り越えろ 日本の里山を体験できる宿開業、持続可能な観光を目指す ---飛騨古川 SATOYAMA EXPERIENCE

2020.08.07

7月22日から国内需要喚起を狙ったGo toトラベルキャンペーンが始まったが、コロナウイルス感染症拡大の波が収まらず、観光業では苦境が続いている。そんななか、『暮らすように旅する」をキーコンセプトに、主にインバウンド客向けのツアー事業を手掛けて今年10年の節目を迎えた『SATOYAMA EXPERIENCE』が、新たに宿泊事業に着手した。

今回はSATOYAMA EXPERIENCEを運営する株式会社美ら地球代表取締役の山田拓氏に、今年9月に開業予定の新事業『SATOYAMA STAY』について、立ち上げの経緯やこだわり、この取組を通じて伝えたい飛騨古川の世界観などについて伺った。

 

宿泊施設を通じて地域の課題を解決と事業化を目指す

山田氏が手掛けるSATOYAMA EXPERIENCEは、日本らしいのどかな里山をサイクリングするガイドツアーをはじめとして、これまで特に欧米豪圏インバウンド客から人気を集めていた。事業開始10周年となる2020年、新たな事業『SATOAMA STAY』に着手、飛騨古川の歴史的景観地区に2棟の宿泊施設をオープンさせる。木造の町家を新築したメイン棟「SATOYAMA STAY弐之町」に加え、メイン棟の裏にある蔵を改築し一棟貸しの離れとした。また、メイン棟から徒歩5分ほどの場所にある分館「SATOYAMA STAY殿町」は古民家をリノベーションしている。

▲メイン棟「SATOYAMA STAY弐之町」は木造の新築町家だ

なぜ、宿泊施設を手掛けたのか。「1つは、空き家増加や昔ながらの景観消失といった地域課題に対して、事業を通じて向き合いたかったこと。もう1つ『SATOAYAMA EXPERIENCE』に参加してくださるインバウンドのお客様に、地域特有の木造町屋に宿泊するという体験をしてもらうことで、地域の魅力をより深く多面的に感じてもらいたかった」株式会社美ら地球代表の山田氏はそう語る。

今までの飛騨古川にはない新しいスタイルの宿泊施設を通じて、飛騨古川の地域での体験の選択肢を広げ、価値提案に繋げるというものだ。

 

日本の地方が抱える空き家問題と高齢化に分散型宿泊でチャレンジ

今回手掛ける宿泊施設『SATOAMA STAY』は、点在する現存の古民家を改装して客室にする分散型宿のスタイルを取っている。

宿泊施設運営という観点からは、まとまった土地を購入して宿泊施設を建設する方がよっぽど効率的だ。しかしながら、地域らしさとは何かを突き詰めて考えたときに、昔から受け継がれてきた飛騨古川の街並みを維持し、町家での宿泊を通じて地域らしさを感じられるようにしたいと、現存の空き家を活用すること決めた。

街並み消失への危機感は、山田氏が10年ほど前から取り組む古民家や空き家に関する調査結果からもうかがえる。周辺地域も含め3000~5000軒程度を見てきた中で、8年前と3年前を比較すると、“空き家”あるいは空き家予備軍ともいえる“65歳以上だけが住む家”が目に見えて増加している。今後も空き家が増え続ければ、飛騨古川の象徴でもある街並みが消えてしまう懸念がある。

「既存の建物を分散型宿として蘇らせることが、空き家対策と景観維持につながり、地域らしさを残す1つの解決方法」と山田氏は強調する。

▲2018年3月時点での調査結果。オレンジ色は空き家、黄色は65歳以上の高齢者だけが住む家となっており、今後空き家問題が深刻化することは明らかだ。

 

 

アルベルゴ・ディフューゾ視察で見えた分散型宿の現実

3年前から宿泊施設の構想は考えていたと話す山田氏は当初、アルベルゴ・ディフューゾを参考にしたという。

1970年代にイタリアで発祥して広がったアルベルゴ・ディフューゾ(分散型の宿)は、歴史的建造物のお城や空き家をリノベーションして宿として提供する地域もあれば、小さな村ではお祭りの時期だけイベント民泊のような形で分散型宿泊に取り組むケースなど多種多様だ。


▲視察先の1カ所、イタリアのシクリの街並み

数年前から日本でもアルベルゴ・ディフューゾという言葉に注目が集まり、モデルケースとして参考にすべきという風潮もあった。そんななか、山田氏は自分の目で確かめようと約10日間の視察を企画。仲間を募りイタリアのアルベルゴ・ディフューゾでの宿泊を体験した。実際に足を運ぶことで、様々な側面が見えてきたという。

「アルベルゴ・ディフューゾの協会があるのですが、ネットワーク構築には繋がっても、品質基準のようなものもなく、加盟したからといって集客に繋がるとも限らない」協会に加盟する地域、そうでない地域など複数足を運び、話を聞くなかでそう実感した。

「事業化して成果を出す地域もある一方で、取り組みが“活動”や“運動”にとどまり事業として回せていないような地域もあった。その名称に甘んじることなく自分たちなりに解釈し、地域にあった形で取り入れることが重要だと感じた」と話す。

▲視察を共にしたメンバー

 

「持続可能性」にこだわり域内調達、リサイクル資源、自然エネルギーを採用

これまでの経験に加え、視察での気づきなどももとに、『SATOYAMA STAY』で体現したい世界観をさらに磨き上げていった。飛騨古川という地域の魅力を「暮らすように旅する」という言葉で体現される世界観を作ること、そしてそれを持続可能な観光として継続することがこだわりだ。

2015年に国連でSDGs(持続可能な開発目標)が採択されて以降、持続可能な観光が欧米圏を中心に注目を集めていたが、日本では後れを取っていた。新型コロナウイルス感染症の広がりとともに、日本でも最近注目を集めはじめているものの、認知度はまだ低いのが現状だ。一方いち早く持続可能に着目し、取り組みを続けた『SATOYAMA EXPERIENCE』は、2015年には環境省のエコツーリズム大賞に選ばれたこともある。今回の宿泊施設についても、持続可能な観光に関する国際標準GSTC(Global Sustainable Tourism Council)の認証取得を目指している。

廃材の活用や自然エネルギー由来の電力利用にも取り組むほか、域内循環を高めるべく、設計デザインや大工、建設会社など、可能な限り地元飛騨エリア、あるいは岐阜県内の企業に依頼している。もちろん使用する素材や木材も可能な限り飛騨あるいは岐阜産にこだわっている。

“飛騨大工”として昔からその高い技術が認められ、現在でも建築業に従事する人の割合が高いのがこの地域の特徴だ。古民家のリノベーションだけでなく、メイン棟を新築にしたのも、地元の大工職人たちの技術継承に繋げたいとの想いからだった。

こだわりは建物の外観だけではない。施設内の家具も近隣の家具職人にオーダーメイドで発注した。壁や畳、建具など随所に、飛騨古川の歴史や代々受け継がれてきた職人技を垣間見ることができる。

『SATOYAMA STAY』に宿泊することで、飛騨技術の歴史や職人さんのこだわりなどを実感できるし、展示している職人の作品で気に入ったものがあれば、購入も可能だ。飛騨古川地域のショーケースのような役割も期待できる。

 

アクティビティ+宿の枠を超えて、ソフトとハードが融合したサービス展開を

ハードとしての宿泊施設だけでなく、ソフト面でも「持続可能な旅」や「暮らすような旅」などの体験ができるような場所にしようと、随所に工夫を凝らした。

メイン棟の「SATOYAMA STAY弐之町」では、2階を客室として活用し1階に受付とキッチン付きのワークショップスペースをもうけた。ここは、宿泊者の朝食会場として活用するほか、料理教室なども開催できる。また、地域の人が気軽に立ち寄れるよう、開放的な空間に創り上げた。

「地域の人と観光客が一緒に飛騨の郷土料理を作るといった自然な交流が生まれる場所にしたい」という言葉にもあるように、新事業を通じて目指すのは、これまでのアクティビティ事業と宿泊施設の枠を超えた、ソフトとハードが融合したサービス展開だという。

▲ワークショップスペースでは、地域の方と一緒に郷土料理を作るという体験もできる

 

コロナ禍を受けた戦略転換 まずは国内客から誘致

これまでは欧米圏からのインバウンド客が多くを占めていたSATOYAMA EXPERIENCE。今回の新型コロナウイルス感染症による入国規制でインバウンド客99.9%減となった影響で、お客様もゼロとなった今、国内客へのアプローチも始めている。近隣の方に宿泊していただいたり、ワーケーションやテレワークの場として活用してもらおうと企業へのアプローチも検討している。10年間にわたる『SATOYAMA EXPERIENCE』での経験から、SATOAYAMA STAYが刺さる外国人観光客のターゲット層は具体的にイメージできていた。ただし、「国内客のどういった層に何を訴求していけば受け入れられるかは、正直なところまだ分からず模索している段階」という。


▲古民家をリノベーションした「SATOYAMA STAY殿町」は街並みに溶け込んでいる。

今回のこだわりの1つでもある持続可能な宿の運営は環境への負荷が少ない方法をとることから、コストアップは避けられない。欧米では持続可能であることが、デスティネーションを選択する1つの指標となっているが、日本ではまだ浸透していない。山田氏は「設備の豪華さや利便性を売りにした宿ではなく、里山のくらしを持続可能な形で体験する『SATOYAMA EXPERIENCE』ならではの新しい価値提案なので、共感してくれる人は日本でもまだ一部の層かもしれないと覚悟している」と話す。

なお、国内客の取り込みに向けては、クラウドファンディングにも着手。未来の宿泊券をリターンに設定したところ、開始からわずか5日間で目標の300万円を達成した。今は現在改修中の蔵の総工費1200万円という新たな目標達成に向けて挑戦を続けている。

国際標準の観光として、またwithコロナ時代の観光としても、地域への環境負荷に配慮した持続可能な視点は欠かせない。山田氏は「日本の地方で持続可能な旅を提唱するリーディングカンパニーとして、飛騨古川の町並み景観の維持継承という地域課題に取り組みながら、事業として利益を出し投資回収するモデルとなるよう、コロナ禍でも諦めることなくチャレンジしていきたい」と力強く語った。飛騨古川で始まった『SATOYAMA EXPERIENCE』の挑戦は続く。

SATOYAMA EXPERIENCE HP
SATOYAMA STAYクラウドファンディング

(執筆:高沢由香 取材 編集:堀内祐香)

 

【プロフィール】

株式会社美ら地球CEO 山田 拓氏

自社事業イナカを求める外国人向け1ストップ・ソリューションSATOYAMA EXPERIENCEのプロデュースに加え、地方部各地における地域資源を活用したインバウンド・ツーリズム関連を中心とした多くの事業開発に従事。内閣官房地域活性化伝道師。(一社) 山陰インバウンド機構 山陰DMOアドバイザー 著書:「外国人が熱狂するクールな田舎の作り方」(新潮新書)