やまとごころ.jp

日本の地方にこそ勝機あり アドベンチャーツーリズム市場拡大のカギを握るストーリー性ある商品と人材(後編)

2020.11.10

新型コロナウイルス感染症の影響で、日本のみならず、世界の旅行志向が少人数、自然、都市から離れた場所へと変容するなか、日本のインバウンド復活のけん引役として期待されているのが、アドベンチャーツーリズムだ。2020年10月13日に開催された「アドベンチャーツーリズム・オンラインシンポジウム2020」での発表や議論を中心に、日本におけるアドベンチャーツーリズムの可能性を探った前編に続き、今回は日本における先行事例とポストコロナに向けた課題、造成の具体的な手法を紹介する。

前編:平均予算は30万円超?! ポストコロナ時代の観光業の未来を担うアドベンチャーツーリズムとは

 

国内でいち早くアドベンチャーツーリズムに着手した北海道

森と湖と火山に囲まれた北海道・阿寒エリアの冬。旅の始まりは、地元に根づく稲荷神社の赤い鳥居をくぐって森に分け入るところから。森をしばらく歩いて下った先にある湖でスノーシューに履き替え、結氷した真っ白の湖上を闊歩すれば気分はたちまち爽快。最後は表面が凍った湖に穴をあけて天然わかさぎ釣りを楽しみ、極寒の地で、釣りたての新鮮なわかさぎを熱々の天ぷらで味わう---

このツアーは、北海道・阿寒エリアで企画されたものだが、アドベンチャーツーリズムの国際機関であるAdventure Travel Trade Association(ATTA)が、アドベンチャーツーリズムの要件である「自然とのふれあい」「フィジカルなアクティビティ」「文化交流」を複合的に取り入れていると高く評価した事例の一例だ。ポストコロナの旗手として注目が高まっているアドベンチャーツーリズムだが、日本で最も早く市場獲得に乗り出しているのが北海道である。

阿寒地域でいち早くアドベンチャーツーリズムに着手した株式会社阿寒アドベンチャーツーリズム代表取締役社長大西雅之氏によると、取り組みを始めて以来、宿は温泉旅館から体験型リゾートホテルへ、地域では温泉観光地から滞在型温泉リゾートへと生まれ変わっていることを実感しているという。「アドベンチャーリズムに携わるスタッフには、私たちのミッションはアクティビティの提供で稼ぐことではないこと。大切なことは、来ていただいたお客様に、阿寒の人々や自然文化のファンになってもらうこと、つまり地域の魅力や本物の価値を知ってもらうことだと常日頃から伝えている」と強調した。

 

アドベンチャーツーリズム業界最大の国際サミットを北海道に誘致

北海道は経済産業省北海道経済産業局が旗振り役となり、1年を通じて楽しめる多種多様なアクティビティ、流氷や湿原に代表される自然の数々、アイヌ文化を含む日本固有の文化といった北海道ならではの3要素を活かして世界に打って出ようと、2017年に地域アドベンチャーツーリズムマーケティング戦略を策定。広大なアジア地域において、北海道は大きな積雪を伴うとともに、夏季にはアクティビティに快適な温度・湿度もあり、通年での取り組みが可能となる。激しい競争が予想されるアジア市場で、アドベンチャーツーリズムに適した気候、地理を兼ね備えているのがチャレンジの理由だ。

北海道は、アドベンチャーツーリズムに関する各種実態調査や海外の先進リゾート地調査に加え、2019年7月には、プロジェクションマッピングなどデジタルアート技術をふんだんに取り入れアイヌの世界観を味わう体験型ナイトウォークアクティビティ「カムイルミナ」の開催など、商品開発にも力を注いだ結果、アドベンチャーツーリズム業界最大の国際イベント「Adventure Travel World Summit(アドベンチャートラベルワールドサミット)2021北海道」の誘致内定にまでこぎつけている。

 

北海道が目指すのは「四方よし」のビジネス

北海道が目指すのは、観光客、観光事業者、地域それぞれにとって意味がある経営の有名な心得「三方よし」に加え、「環境」という視点を加えた「四方よし」だ。「アドベンチャーツーリズム・オンラインシンポジウム2020」にパネリストとして参加した株式会社北海道宝島旅行社観光地域づくりマネージャーの菊地敏孝氏は、「北海道の魅力を世界に発信できる絶好のチャンスであるATWSを一度きりのイベントで終わらせることなく、先行する欧米の事例を取り入れながら日本全体でアドベンチャーツーリズムに取り組み、SDGsを掲げる2025年大阪万博にもつなげられるよう、観光と環境が両立できるツアーを開発していきたい」と意気込む。

北海道に次いで、長野県もアドベンチャーツーリズムによる誘客に力を入れている。オーストラリア人をはじめとしたスキー・スノーボード客でインバウンド需要が急伸した長野は、スキーシーズンとグリーンシーズンとの繁閑の差がコロナ以前から課題となっていた。宿場町の風情あふれる中山道を中心に広域で回遊できる信州の魅力を、アドベンチャーツーリズムを通じて発信し、年間を通じて旅行者を誘致するのがねらいだ。長野県観光機構代表理事専務理事の野池明登氏は、「価格勝負で疲弊した観光産業を変革するためには、アドベンチャーツーリズムのようなストーリー性のあるツアーを造成する必要がある。関連産業を巻き込みながら、地域消費の向上を図りたい」と話す。

 

ツアー造成のコツ、様々な体験を組み合わせて地域のストーリーをつくる

世界的に見て、アドベンチャーツーリズム旅行者は長期滞在ニーズが強く、固有の自然、独自の文化が各地に点在する日本にとって、チャンスはどの地域にもある。世界と比べて、交通、宿泊をはじめとしたインフラが充実しているのは日本の強みだ。また、アクティビティの面でも、アドベンチャーツーリズム旅行者に特に好まれるハイキング、キャンピング、ロードサイクリング、スキー・スノーボード、歴史的スポットへの訪問、地元の祭りへの参加、フィッシングなどの要素は、日本各地で体験することができる。

しかしながら、新たにアドベンチャーツーリズムに取り組もうという地域にとってツアーの造成は容易ではない。どのような考え方でつくればいいのだろうか。

この問いに対し、これまでのATTAとの取り組みやリサーチを経て、各地域が今すぐにでも着手できる明快な解をシンポジウムで提示したのは、日本アドベンチャーツーリズム協議会(JATO)事務局の高田健右氏だ。それによると、アドベンチャーツーリズムツアー設計の最も肝心な点は、「一貫したコンセプトを設ける」「体験のバリエーションを設ける」「全体の流れにツアー性を持たせる」の3点だという。髙田氏は、「アドベンチャーツーリズムを通じて、これまでの自分のセーフティエリアを超え、今まで食べたことのない異文化の食材にチャレンジしたり、言語が異なる地元の人と交流したりすることが自己変革につながる旅の醍醐味と考え、ツアー造成に取り組んでいる」と語る。

▲出典:2019 年度「訪日グローバルキャンペーンに対応したコンテンツ造成事業」アドベンチャートラベルコンテンツ造成事業報告書より

 

世界市場に挑戦するには人材育成が急務

もっとも、こうした新しい領域への挑戦にはリスクも伴う。日本各地に点在する観光コンテンツを、これまでの旅の形を超えた、経済・社会的な観点でのサステナブルな効果、自然や文化の保護・活性化を包含しつつ展開していくには、何よりもアドベンチャーツーリズム旅行をコーディネートする人材の養成が不可欠になる。

北海道、長野の取り組みに加え、ここ数年で評価されるようになったジャパンブランドのポテンシャルがポストコロナでも根強いと評価しつつ、先進する欧米豪に比べ、日本の人材育成の遅れを危惧するのは、国内外のアドベンチャーツーリズムの造成販売に長年携わってきたアルパインツアーサービス株式会社代表取締役社長の芹澤健一氏だ。

芹澤氏は日本がアドベンチャーツーリズムの世界市場開拓に向けて動く際に、これから求められる人材の要件について、「日本の自然・文化を伝えるガイド、英語力を補完しながら日本のバックグラウンドを伝える翻訳者、地域のガイド把握しながら日本の魅力を最大限活用する広域連携したツアーを管理するコーディネーターの3つに関する人材の選定と育成が今後の課題になる」と具体的に指摘する。

 

航空会社もアドベンチャーツーリズムに参入

こうした人材の育成は容易ではないが、奇しくもコロナ禍を機に追い風もある。日本航空(JAL)は、新型コロナウイルスの感染拡大で業務が減った客室乗務員を公募による「ふるさとアンバサダー」として地方の拠点に配置転換する方針を今年10月に発表した。JALはかねてから事業の一環である地域活性化として、交流人口の拡大、地域産業振興への貢献、地域政策への貢献を掲げるなかでアドベンチャーツーリズムを重要視している。

JAL総合政策センター地域活性化推進部部長の高橋秀次氏は、「地元の人は意外にその地域の魅力に気づかないことがある。世界と日本全国各地を乗務で訪れた経験のある客室乗務員の視点を活かすとともに、航空運賃も時価に移行しつつあるなか、旅行者にとって最大の価値となる地域活性化となるアドベンチャーツーリズムのコンセプトに共感しており、じっくり取り組んでいきたい」と語る。JALは「新JAPAN PROJECT」として地域と連携するなど地域活性化にも取り組んでおり、「アドベンチャーツーリズムは、交流人口の拡大を目的とする重要な施策。国内旅行だけでなく、インバウンドの誘客のキラーコンテンツとしても可能性を秘めていると考えている」。

 

ポストコロナの復活のカギとして注目されるアドベンチャーツーリズム。日本市場ではまだまだ開拓の余地が残るフロンティアゆえに、観光業にとどまらない地域産業、住民を巻き込んだ取り組みが急務となっている。