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富良野市が一丸となって取り組む「WeChat」から始まる観光のデジタルエコシステム

2021.05.11

十勝岳連邦に囲まれ、美しいラベンダー畑や牧草地帯など雄大な自然を抱く富良野。全国市町村魅力度ランキング(ブランド総合研究所)では15年連続でトップ10入りし、ここ数年では外国人観光客も急増していた。コロナ禍で状況は一変したが、同市がかねてより構築してきたデジタルエコシステムが功を成し、危機を乗り越える力になっている。その仕組みについて、富良野市経済部商工観光課の担当者に伺った。

 

インバウンド客の3割以上が中国人、「WeChat」で観光サービスを一本化

日本全体のインバウンド需要の高まりとともに、富良野市の外国人観光客は2020年までの5年で倍増した。その3割以上が中国からのお客さんだと、同市の観光プロジェクトを統括する本田氏は言う。

「中国人シェアは最大ですが、中国の市場規模を考えるとこの数はまだ少ないですし、北京オリンピックに向けて同国ではウィンタースポーツ人口も増えています。富良野への来訪はまだまだ伸び代があると思いました。そこで中国向けのPRを強化していくパートナーとして、テンセント社にお声がけしたのです」

▲富良野WeChatミニプログラム

テンセント社といえば、チャットアプリ「WeChat(微信)」を生んだ中国の大手IT企業だ。今や月間アクティブユーザー数は、全世界で12億人超。いわゆるSNSだが、メッセージの送信のみならず、モバイル決済や商品の購入、またタクシーの手配といった様々な機能を備え、中国ではもはや生活必需品と言える。

富良野市の提案は功を奏し、2019年には同市でWeChatの運用が始まった。まず、同市はWeChat内に公式アカウントを開設。そこにはミニプログラムと呼ばれる機能がついており、ユーザーはそれらを通じて、現地の観光情報を得られるだけでなく、バスやスキー場のチケット手配、レストランでのテーブルオーダー、またカメラ認識による草花や動物図鑑の利用まで様々なことができる。富良野市は中国人が慣れ親しんだプラットフォーム内の、それも同市のアカウントをフォローするファン層に向けて、効率の良い情報発信ができる。これと併せて、同市は「WeChat Pay(微信支付)」をはじめとするモバイル決済システムの導入を市内の店舗に呼びかけていった。

「魅力的なのは、中国人観光客の一連のリクエストに対して一つのプラットフォームで対応できることです。これは、インバウンド客の満足度に繋がるのはもちろん、市内の事業者にとっても非常に有益です」(本田氏)

 

他自治体からも注目を集めた富良野市×テンセント社の「デジログエキスポ」

そんな富良野市とテンセント社によるデジタル化の事例を、同市の事業者や他自治体に周知する目的で、2020年12月に両者は「デジログエキスポ」を共同で開催。会場には富良野・美瑛の6市町村の首長が参加し、オンライン参加者は300人を超えた。開催に向けた思いを、中国人の誘客や受け入れを担当する同市の張氏は語る。

「旅や直接的なコミュニケーションが遮断された今、WeChatとWeChatPayを用いた私たちのデジタルエコシステムが、人と人や、人と街をもう一度繋ぐ手立てになれば、という思いで開催しました」

“旅前”の情報収集から、“旅中”には決済と様々なサービス、そして“旅後”には富良野の名産品の購入もできる。こうした旅の前から旅の最中、旅の後まで、人や物が循環するエコシステムについては、他自治体や観光協会からの問い合わせが多かった。参加した北海道の観光担当者からは「新型コロナウイルス感染症や言葉の壁を越えるための有効な仕組みとして、北海道のデジタル推進のモデルにしたい」との声も上がり、道内での横展開にも期待が高まる。

▲WeChatの公式アカウントをハブとしてデジタルツールを連携

今や中国では店舗での注文から決済までを各自のスマホで行うのが当たり前だ。これが日本の旅先でも叶えば、接触を最小限に抑えられる上、言葉の心配も要らなくなる。こうしたデジタル化は有事・平時に限らず、今後ますます有効になるだろう。

 

観光のプロの知見を取り入れた越境ECが好調

こうした循環型エコシステムという目標が見えた一方で、そこまでのステップにおいては戸惑う面も多かった。同市の本田氏はその時の心境をこう話す。

「最適なツール(WeChat)は見つかったものの、活用法については観光のプロの意見を取り入れたいと思っていました。そこで我が市の取り組みに興味を示してくれたのがJTBさんでした。同社はこれまでも多数の自治体と連携されてきたので信頼も厚く、2020年9月に包括連携協定を締結しました」

具体的には、地域創生に関する事業協力、訪日インバウンド誘致、地域特産品の海外流通販売、そしてデジタルマーケティングの推進という4本柱で両者は手を結んだ。

とりわけ両者が力を注ぐのが、越境ECの取り組みだ。2020年11月から、WeChatの富良野市公式アカウントのミニプログラム内に商品の購入ページを作った。

日本の商品は中国で人気がある。しかし同国の事情に詳しい張氏によると「これまで同様の越境ECでは有名なメーカーのものしかなく、例えば富良野の羊羹やハスカップジャムのような“地元の良いもの”はほとんど届いていない」というのが現状だ。「日本には富良野のような小さな自治体が多数あり、それぞれに素晴らしい特色があるので、それらを届けるのにとても良い方法だと思いました」(張氏)

開始から半年が経ち、実際の反響はというと、例えば羊羹が月に80個売れたり、1度のライブコマースで30個のハスカップジャムが売れることもあるという。どちらもこれまで中国でほぼ認知されていなかった商品だ。それを踏まえると、同様のアイテムでも地域の本当に良いものなら、ファンは着実についていくと言える。

▲越境ECではユーザーに地域特産品を販売すると共に地域の観光情報もお届けしている

通常の越境ECと異なるのは、商品の魅力を地域情報や文化的背景とともに伝えていること。ユーザーはまず地域のストーリーに触れ、最終的に購入ページに誘導される。このように旅と商品の魅力を同時に打ち出していくのは、観光のプロである株式会社JTBが得意とするところ。売り上げ自体がゴールではなく、同社が目指すのは、商品が地域の観光PRに繋がっていくような循環型のビジネスだ。

富良野市の事例を追うように、同社の越境ECには新たに10自治体の参画が決まった。この新しい越境ECモデルは、自治体や企業が抱える問題の救済策としてますます注目を浴びそうだ。

 

コロナ後の未来を見据えた循環型の観光モデル

こうした富良野市の取り組みを後押しするように、観光庁による、観光地の「まちあるき」の満足度向上整備支援事業では、2021年から「テーブルオーダー」システムの導入費用が助成対象になることが決定した。本田氏はこう言う。

▲スマホがあればシームレスに注文ができる

「日本人・外国人のお客さんの両方が利用可能なテーブルオーダーは、デジログエキスポでも皆様の関心を集めたポイントです。私たちが目指す方向と国の推奨事業が奇しくも重なったことについては、前向きに捉えています。これによって、様々な理由で躊躇されていた市内の事業者の理解も進むように思いますね」

現在、富良野市内ではWeChat、LINE、QRコードの読み取りでテーブルオーダーができる。加えて、オンライン決済が一般化している中国人観光客への対応として、WeChatでは決済まで対応可能だ。スマートフォン一つでシームレスに利用できるこうしたサービスは、国内外からの観光客の旅をさらに安心・快適にしてくれる。外国人の訪日が叶わない今、海外向け・国内向けを一つのシステムで両立させるデジタルの取り組みは、今後ますます重要になっていきそうだ。

 

▲富良野市デジログEXPO 
オンラインフォーラム(概要版)

 
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