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第5回 「竹島問題よりも実はこわい“マンネリ化” ~韓国人訪日旅行の質向上への取組~」

2011.12.19

中国との尖閣諸島問題と並んで勃発した韓国・竹島問題。訪日韓国人の20%が訪れる九州において、実際の影響はどうなのか?
10月にソウルで開催された九州観光推進機構の商談会や取材などで、韓国人の声を聞いてみると、「竹島問題」、「震災による原発汚染問題」、「ウォン安」に加えて、「韓国人向きの新しい情報、ルート提案の不足」が挙げられた。
アクセスのよさに加えてLCCの就航、歴史に裏打ちされた草の根交流で、韓国と九州は日常交流圏になりつつある。さらに発展・深化していけるのかが韓国インバウンドの勝負のポイントになる。

目次
1.料金の低廉化とつながる「質の低下」、「飽きられる」現象が一番怖い
2.完全なる個人旅行市場、「ヒーリング」を求める韓国人
3.「竹島問題」「原発による放射能問題」「ウォン安」のマイナス要因の影響は?
4.韓国インバウンドの鍵は交通アクセス。
 韓国人の視点にたった最新の情報発信と草の根交流

 

1.料金の低廉化とつながる「質の低下」、「飽きられる」現象が一番怖い

九州産業大学商学部観光学科の千相哲教授は、平成21年~23年、福岡アジアゲートウェイ2011実行委員会からの依頼で「日韓観光客動態調査」を実施。九州における日韓のインバウンド、アウトバウンドの動向を分析した。ここでは詳細を省くが、九州を訪れる韓国人旅行者に関しては下記のような結果が出ている。

【調査の対象】訪日韓国人旅行者(※調査自体は訪韓日本人旅行者も調べている)

●調査期間

平成23年9月~平成24年1月の平日と土日

●調査対象

博多港および福岡空港から帰国しようとしている韓国人旅行者
【標本数と標本数の割当】
標本数:250名
標本数の割当:博多港71.1%、福岡空港28.9%
※2008年に博多港から入国した韓国人旅行者数は約24.6万人で、福岡空港の20.2万人
より多い。ここから2005年の新規入国者のデータ(博多港89%、福岡空港35%)を元
に再入国者数を除くと、博多港と福岡空港の割合は7:3となる。それを参考に割当

①居住地は釜山(22.8%)が多く、その周辺の「慶尚南道」「慶尚北道」「テグ」をあわせると、全体の61%を占める。ソウルは18.2%。

②旅行人数は「2人」が45.0%、旅行日数は「3日」が51.5%と最も多い。
平均旅行日数は3.72日。同行者は「友人」が37.0%で一番多い。

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③旅行形態は「個人手配旅行」が75.4%、「パッケージ旅行」が23.4%

種類平成23年度平成22年度平成21年度
個人手配旅行75.449.950
パッケージ旅行23.448.849.3
そのほか1.21.30.8
   

※平成24年3月「日韓観光客動態調査」より

九州には、釜山やその近郊から高速船などで訪れるパッケージ旅行も多く、そのため全国平均よりも個人手配旅行が少なかった。しかし調査時の平成23年~24年には、LCCの運航便数も多くなり、既存の航空会社も低価格の料金を出しことも多く、個人手配旅行が増えたといえよう。

 

こうやって3年間にわたる実際の動向を見つめてきた千教授は、ある危機感を抱く。
「韓国の代理店が発売する団体旅行のルートは、昔から変わらない定番ばかり。2泊3日で1万9800円程度のツアーも出ているほど料金も安い。現地を手配する韓国系のランドオペレーターは料金交渉をして安くすることばかりに注力し、九州の魅力あるコースを開拓しようとしない。これでは宿泊施設も潤わないし、旅行者も満足しなかったら誰も喜ばない。実際にゲートウェイである福岡市以外の九州旅行は激減している。このままだと九州全体が飽きられる結果にもつながってしまう」

確かに、日本では旅行代理店がランドオペレーターの協力も得ながら、独自性のある、新しいコース開拓に熱心に取り組み、パッケージ旅行の販売につなげる。オンラインでの個人手配旅行が主流の韓国では、パッケージ旅行は価格の勝負になってしまっている。

そこで、九州産業大学観光学科は柳川市と協力して、下記のような自分の好みでセレクトもできる現地のパッケージを作成した。西鉄旅行がランドオペレーターになり販売する。

○宿泊する旅館、ホテルも選べる
○貸切風呂が楽しめる
○たっぷり4時間半観光
情緒あふれる柳川川くだり+名物のうなぎ料理+酒蔵での利き酒体験orかまぼこ作り

九産大観光学科と柳川市は11月上旬に訪韓し、ソウルや釜山の旅行社にパッケージ旅行に組み込んでもらうよう提案した。釜山のハナツアーは積極的に組み込みたいと12月からのツアー販売も決定したという。そのほかにもふたつのエリアで観光協会が販売するプランなどを準備中で、評判は上々だ。

今までの柳川観光は2時間の急ぎ足で、1500円ほどする柳川の川くだりと名物のうなぎ料理は、川くだり料金のダンピングとうなぎの量を減らすことで信じられないような低価格で販売されていた。韓国人旅行者のクレームも多かったという。

今回は上記の組み合わせで3500円程度の通常料金で販売する予定で、利益も十分に出るし、韓国人の誰もが体験したことがない旅を提供できる。つまり、パッケージツアーの現地手配部分を九州側で作ると、過酷な価格ダンピングを要求されることもなく、宿泊施設や観光施設などにも利益が出るようになる。最少催行人数40名の団体旅行にすることで、2泊3日で1人25000円程度の手ごろなパッケージツアーになり、韓国人にも魅力的な内容となる。

「今から目指すのは量よりも質。訪日外国人旅行者数を将来的に3000万人として2016年までに1800万人、2020年までに2500万人といっているが、総売上や利益を考えていってもいいのではないか」と千教授は語る。

最近の円高ウォン安もあって、さらに料金には韓国人はシビアになっている。

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この表を見て「なんてお金を使わないのだろう!」と思われる方もいるだろう。しかし、同調査における釜山側での日本人の宿泊費は「5,001~10,000円以下」が最も多く(旅行日数は設問にないので)、1泊としても韓国人の平均値と同程度の価格帯となる。個人旅行が進化していけば、目的に応じて宿泊施設もセレクトしていく。日本人も「あまり消費しない」旅行者になっているのだ。

けれども「安さ」だけではいずれ飽きられてしまう。旅行の質の向上、新しいスポットやコース、企画の提案がなければ、旅行者の満足度はあげられないし、リピーターにつながらない。また、利益を得られない状況は、提供側のもてなしの低下にも直結する。これは私たちの努力次第で避けられるファクターだということを肝に銘じよう。

 

2.完全なる個人旅行市場、「ヒーリング」を求める韓国人

ところで、インバウンド関連の方なら周知の事実かもしれないが、韓国マーケットを整理しよう。

○個人旅行者が7~8割を占める。
○リピーターが多い
○「温泉」が好き!
※「やまとごころ.jp」のインバウンド入門コーナー「ザ・早わかり」を参照

特に九州は、韓国人旅行者が全体の6~7割を占める。飛行機で1時間程度、JR九州の高速船で3時間弱という近さのうえ、もとよりフェリーもあって供給が充実している。そして近年チェジュ航空やプサン・エアーなどのLCCが運航して、さらに追い風である。

そして何より韓国人が好きな「田舎風情の温泉」が九州には豊富にある。私が韓国とかかわり始めた12年ほど前、韓国人が求めるものは「ウェルビーイング=健康的で文化的な生活」と言われた。今は「ヒーリング」。つまり「癒し」を求めている。だから、温泉や登山のスポットがあり、福岡をゲートウェイとしてアクセスしやすい九州は、「手軽な週末旅行地」として国内旅行感覚で選ばれているといえよう。

 

3.「竹島問題」「原発による放射能問題」「ウォン安」のマイナス要因の影響は?

それでは、実際の動きはどうなのか。10月18日に開催された九州観光推進機構のソウルでの商談会を含めてソウルでヒアリングを行った。

JNTOソウル事務所の鄭所長は、九州観光推進機構の商談会のあいさつ及び記者発表の中で「8月10日以降の大きなキャンセルはいくつかの団体を除いてそう見られなかった。旅行社によっては旅行先を中国にふりかえた団体もある。しかし9月初めのAPEC以降急速に雰囲気が改善し、マイナス影響が残るとしても9月までで10月以降は問題発生前の予約状況に戻った感がある。九州・日本と韓国は今まで紡いできた経済・文化交流を基盤に政治的な動きを乗り越えていこう」と述べた。

面談の際には西日本の状況についてこう教えてくれた。
「日本の中でも福岡・九州は東日本大震災の影響からの回復も早く、旅行料金も安くいけるということで人気のディスティネーション。福岡市内の宿泊費もセミダブル、朝食付で1室4000円前後と料金も安く、高速船やLCCもあり交通費も安い。外国人ツーリストパスを使えば、福岡に宿泊し、日帰りで北部九州のあちこちに足を伸ばしたとしても2泊3日で3万円あればで十分に楽しめる状況だ。
関西もLCC就航により、同様に安く都市型観光が楽しめて、豊富なツーリストパスで京都や神戸などへも足を伸ばせる。韓国人にとっては国内の済州島と同じような感覚の気軽さの旅行先だ。円高傾向は引き続きだが、ウォンも強くなってきたので、さらに旅行意欲は高まるだろう」

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商談会には、九州からホテルなど58企業・団体、韓国から旅行業者70社が参加した。
3月に開設したトレッキング「九州オルレ」や、2005年の機構設立当初からのプロモーションテーマ「ロハス九州」の“Relax,Healthy,Beauty”にちなんだカフェや新スポット、九州のB級グルメなど、まだ韓国で知られていない最新情報を紹介。武濤海外誘致推進部長は記者会見において、8月、9月は台風の影響を受けたことが大きかったこと、8月以降の明確な訪問者数はわからないがJR九州のレールパスの購入数の減少、高速船利用の団体に影響が若干出ていると言及した。

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九州観光推進機構 武濤研二郎・海外誘致推進部長

 

九州観光推進機構のホームページ:http://www.welcomekyushu.or.kr/
九州オルレについて:https://yamatogokoro.jp/column/2012/column_86.html

 

 

 

Modetourの団体旅行担当スタッフは、「“日本各地は安全です”といったテレビCMや報道をしてほしい。やはり団体旅行は影響が大きい」と語る。

 

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九州の旅館を中心に宿泊施設や航空券のオンラインサイト「九州路」によると、竹島問題が起こった8月上旬に予約の半数がキャンセルになったという。日本人が韓国国旗を焼くシーンが何度も扇情的に報道されていたことも関係するのではないかと語った。
しかし、一時的な落ち込みはあったもののすぐに回復基調にあるというのが日本側、韓国側とも総じて共通する意見だった。中国の尖閣諸島の問題とは今までの蓄積により、まったく異なる状況であることを感じた。

その後JNTOの鄭所長から、次のような報告をいただいた。
「九州に関する動きは活発だと思います。
旅行博士単独でティーウェイ航空を2月27日~3月3日まで186席×20便チャーターし、宮崎でゴルフツアーを実施予定。低迷する訪日ゴルフ市場の回復に向けて、できる限り支援したいと考えています。
また、2013年夏からの予定で、佐賀へジンエアー定期便が就航します。これこそ複数年に亘るプロモーションの努力の賜物だと思います。
今年11月のエア釜山の福岡増便の告知のため、ちょっとしたSNSイベントをエア釜山やDHCと共同で始めるなど、予算が少なくても臨機応変にできるPRを実施しています。
震災後低迷が続いた中高生の訪日修学旅行も、今年10月、10件900人に上り、その多くが九州です。昨年10月の訪日修学旅行が2件200人だったのに比べ、これだけ増えたということ自体が、ようやく安全への不安が払拭でき、修学旅行が正常に行える程度にまで回復してきたことを物語っています」と根気よく継続したPRや支援が実を結びつつあることを語ってくれた。

 

4.韓国インバウンドの鍵は交通アクセス。
韓国人の視点にたった最新の情報発信と草の根交流

それでは韓国からのインバウンドをさらに伸ばしていくにはどのようにしたらいいのだろうか?

足が増えればのびしろはそれだけ増える。LCCの新規就航や各社の増便により「国内旅行感覚の週末旅行地」としてさらに加速する準備は十分にあるといえる。

韓国人市場の場合、情報発信の内容と発信方法に大きなポイントがある。
当然のことだが「韓国人の視点にたった最新の情報」と「日本人にも人気がある穴場」をオンラインを中心に多角的に発信していくことだと思う。

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「韓国へのプロモーションといえばブロガー招聘」といわれている。上記の調査でも、この2年で10%ほどポイントがアップしている。
旅行先を比較検討する旅行会社のオンラインサイトにも、現地の最新情報がたくさん掲載されている。「ブロガー」と「旅行社」を招待するのは、比較的安価で効果的なPR方法であることは間違いない。

注目度が高いのは、日本人向けの情報誌や口コミサイトで話題にのぼるような「穴場の人気店」情報や、オープンしたばかりの最新スポットの情報だ。なぜなら、特にブロガーはまだ誰も紹介していない情報が欲しい。そして「自分が体験して○○だった!」と言いたいのである。

それは旅行社も同じである。ソウルでの商談会の際にも、新しい情報や若者向けの人気の飲食店や雑貨店が掲載された情報やフリーペーパーは人気が高く、自社で手配したお客様に送付したいとのことだった。また、旅行社では、自社オリジナルのクーポン(個店や商業施設の割引や特典をつけたもの)を制作して、エアテル(航空券などのチケット+宿泊施設)につけて、差別化をはかるところも多い。

これには確信がある。
先述した「九州路」のスタッフであり、パワーブロガーのHさんがこう話していたからだ。
「韓国にはブロガーが流した情報を見ていく人が多いし、そのブロガーの意見に従っていってみると本当にそうかな ということも。自分にもそういう厳しい指摘もあります。だから、まだ日本人しか知らず、誰もとりあげたことがない情報が知りたい。そのうえ本当にいい、日本人に人気のある店にも行きたい。クーポンは嬉しいけど、通常価格とそう変わらず値ごろ感に欠け、あまりに広告っぽいとひいてしまいますね」

まったく日本人と同じ感覚である。だから、自分たちがいいと思うものを堂々と提案をしよう。あまりに的外れでないか、工夫した方がいいポイントが何かは韓国人の協力者を見つけてきいてみよう。当初の考え通り、喜んでもらえることの方が圧倒的に多いと思う。

しかし、ライバルは世界各国だということを忘れてはいけない。「年配の方は中国旅行へ、最近はハワイや香港なども人気ですよ」とHさん。地域の魅力をブラッシュアップすることはいわずもがな、ここは「旅」の原点に立ち返り、「人」でつながることを最後に提案したい。

実は「九州路」は2004年の開設以前から立ち上げにかかわってきたところであり、社長のリ・キュイジン氏は「温泉は日本の原風景を感じさせる。また、旅館は食にしろもてなしにしろ日本の伝統文化のすべてを凝縮したところ。九州の温泉旅館が予約できるサイトを作り、九州をブームアップしたい」との思いでこのサイトをたちあげた。いまや多くの韓国人が「九州・日本の温泉」を知るところとなっている。
http://www.kyushuro.com/app/kyushuro/

「九州路」以前にも熱心に九州をアピールしてくれる旅行代理店はメディアもあった。ソフトバンクホークスと釜山のロッテジャイアンツは2009年に二軍が釜山で、2010年にヤフードームで一軍の試合も行った。少年サッカーやスポーツなどで日韓で交流しているチームも多い。アートの分野でもお互いの地域で作家同士が交流をしてイベントを開催している。「草の根」で積み重ねてきた関係性が特に九州は濃いのだ。

韓国と日本において、お互いに行き来する日常的な交流圏になることは夢ではない。近い未来だと信じて、インもアウトも推し進めていきたい。