インバウンド特集レポート

第106回 2018.09.20

キャッシュレス先進国・中国の弱点と、遅れをとった日本が見直すべきポイント

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これまで、中国での先進的なモバイル決済についての実態とその普及の理由について述べてきた。最後に、そんな中国の弱みと日本が取り組むべきポイントについて考えてみよう。

 

手放しで賞賛できない現実も

これまで中国のさまざまな先進事例を紹介してきたが、実をいえば、筆者はそれを手放しで賞賛しているわけではない。それらは必ずしも外国人にとって使い勝手のいいものではないからだ。常時Wi-Fiが必要なのもそうだが、中国でしか使えない、国際的にみて閉じたサービスだからである。これは中国の外客誘致にとっては弱点といえる。

本稿では中国の2大決済アプリのうち、「アリペイ」ではなく、「WeChat Pay」の事例のみ紹介してきたが、それには理由がある。中国の知人とのやりとりで日常的に使っているWeChat(微信)に連動したサービスゆえに使いやすいからだ。もちろん、「アリペイ」も使えるのだが、外国人にはなじみが薄い。

日本を訪れた中国客はよく「日本は不便」と口にするが、それは自国と海外では主流となる決済のしくみが違うからで、同じことは外国人が中国に行くと感じるわけである。

たとえば、中国ではクレジットカードを使える場所が少ない。また以前に比べ、中国版デビットカードの銀聯カードも使いにくくなっていると感じる。なぜそうなるのかといえば、カードの場合、店舗側に高い利用手数料がかかるため、手数料の低いQRコード決済にシフトしているのだ。

 

監視社会の強化を実感

中国滞在中、強く感じるのは監視社会の強化である。数年前から高速鉄道や郊外バスに乗車する際の「実名登録制」が徹底され、乗客は個人身分証やパスポートを提示しなければチケットが購入できなくなった。

これが何を意味するかというと、中国に入国したとたん、移動のすべてが当局に補足されてしまうという現実である。その外国人がどの日の何時何分発の列車に乗っているか、入国時のパスポートチェックのとき提供した顔写真と指紋がひも付き、座席ナンバーまで追跡できるということだ。


▲鉄道のチケットは窓口でパスポートと予約番号を伝えて発券してもらう

よく知られているように、中国ではFacebookやInstagram、LINEのような、海外で普及しているSNSが使えない。だからだろうか、ここしばらく中国を訪れる外国人の数はほとんど増えていない。中国の人たちは海外で自由にWeChatを使っているのに、外国人にはSNSを自国で使わせないというのだから。もし多くの外国人を呼び込みたいのなら、まず海外のSNSを解禁すべきだが、これはいまの中国には無理な注文だろうか。

 

残念な日本?

こうしたいくつかの深刻な問題を抱える中国だが、帰国してみると、日本にも違和感をおぼえることは多い。

たとえば、最近新設された成田空港のツーリストインフォメーション。観光情報はスマホで得るのが一般化しているのに、ネット情報社会の現実を意識したしくみがもっとあっていいのではないか。鳴り物入りで立ち上げられた外国人向け観光情報サイトも、はたしてどれだけ使われているだろう。中国で見た現実とは相当遅れを取っている印象がぬぐえない。

もっとも、これらを解決するにはモバイル決済やキャッシュレス化の普及も含め、広く社会がこの種の現実を理解することが前提になるのだろう。いまの日本では中国のようなイノベーションは次々と生まれにくいのは無理もないかもしれない。必要なのは、相手からみて自分たちに何が足りないかを自覚すること。そのうえで、外国人に対する情報発信の方法をもっと根本的に工夫する必要があるだろう。

2000年代以降、ポイントカードの乱立に象徴されるように、顧客の囲い込みに囚われたことが、日本のキャッシュレス化の遅れた理由のひとつとして指摘されるが、これからはもっと開かれた発想が必要だ。それを後押ししてくれるのが、訪日外国人市場である。

だが、推進すべきはキャッシュレス化やQRコード決済の普及だけなのだろうか。

 

グループSNSを活用するタクシー運転手

実をいうと、今回中国でいちばん感激した体験は、遼寧省の葫芦島(ころとう)という地方都市のタクシー運転手との出会いだった。

葫芦島は敗戦後の1946年に105万人もの日本人が中国から引き揚げたことで知られる町である。数年前、この地に日本の有志が引き揚げ、記念碑を建てた。筆者はその碑を訪ねたいと思っていた。だが、駅の案内所や町ゆく人に尋ねたものの、どこにあるかわからなかった。その碑を訪ねるような旅行者はほとんどいないからだ。

仕方なく、駅前で拾った若いタクシー運転手に知人にもらった碑の写真を見せたところ、彼はそれをスマホで撮影して、同業の運転手たちにWeChatで送って場所を調べてくれたのだ。数分後、彼らから次々と情報が届き、結局、1時間後に碑は見つかった。彼らはWeChatのグループSNSでつながっていて、いつもこうして乗客を案内しているという。

中国ではタクシーの支払いもモバイル決済が普及している。料金メーターの脇にGPS代わりにスマホを置いている運転手が多い。彼もそうだった。だが、筆者を驚かせたのは、仲間同士助け合い、見知らぬ外国人客のために惜しみなく尽くし、誰も知らない特別な場所を探し当ててくれたことである。


▲支払いはモバイル決済で、配車サービスも普及している

旅先では、このような民間人による善良な仕事ぶりほどうれしいものはない。だが、それが可能となるのも、彼らがグループSNSを日常のツールとして活用しているからだ。いかにもいまの中国を象徴する出来事だった。

「消費の取り込み」のために決済ツールを整備することは必要だろうが、日本のインバウンドにとってそれ以上に大切なことは何かを彼らに教えてもらった気がする。

 

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