インバウンド特集レポート

第111回 2018.11.12

民泊新法施行後、生まれ変わる日本の民泊とその現状

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今年6月15日に施行された民泊新法(住宅宿泊事業法)は、日本の民泊シーンを大きく変えつつある。当初から合法的に取り組んできたホストたちは、施行前夜に起きた「エアビーショック」騒動さえ追い風にして、本来あるべき姿を追求している。都内、首都圏近郊、地方を舞台に家主居住型(同居)民泊に取り組む3名のホストに、施行から4カ月後のいま、現状について聞いた。(執筆:中村正人)

 

10月初旬、米国アリゾナ州から来たアストロズ・マットさん(28)は、杉並区の閑静な住宅街にある公衆浴場「秀の湯」の湯舟でくつろいでいた。初めての銭湯体験だった。

休暇を取って約2カ月間の予定で、日本旅行に出かけた彼が選んだ滞在先は、民泊マッチングサイト「Airbnb(エアビーアンドビー)」で予約した都内のシェアハウスだった。日本の温泉に興味があるという彼は、ホストに案内され、近所の銭湯に来ていたのである。筆者も便乗して彼らと一緒に「秀の湯」を訪れた。

かつては都内に多くあった銭湯も、いまでは貴重な存在だ。利用者は年配客が目立つ。湯舟の中で日本の高度成長期と公衆浴場の歴史を簡単に説明した後、マットさんに今後の旅行計画について聞くと「日本ではいろんな土地に行ってみたいけれど、そのつどホテルを予約するのは面倒だし、お金もかかる。だったら、東京で2カ月間宿を確保し、そのつど好きなときにあちこち訪ねてみようと考えた。その方が割安だし、荷物を置いておけるので、身軽に地方に行ける。すでに日光に行ってきたので、今度鎌倉や箱根、京都に行こうと考えている」と話す。

ホストの此松武彦さん(53)によると「東京を拠点に全国を旅する外国人は多い。うちでも1カ月単位の利用者はいて、その場合、日割りに比べ割安な宿泊費にしています。マットさんもそうですが、長期滞在の場合、少々交通の便が悪く、都心から離れた住宅地でも民泊を利用してくれます」という。

▲銭湯の隣にある町中華の店で会食する此松夫妻とマットさん

▲杉並区西荻窪にある公衆浴場「秀の湯」

湯上り後、「とても気に入った」と話す、くつろいだ表情のマットさんを見ていると、ひとりの日本人として心が和む。海外からの訪日客の宿泊先として民泊が広く定着していることを、あらためて実感するひとときだった。

 

民泊新法(住宅宿泊事業法)成立の背景

「住宅(戸建住宅、共同住宅等)の全部又は一部を活用して宿泊サービスを提供」することと定義される日本の民泊は、米国の民泊マッチングサイト「Airbnb」が2008年に設立され、しばらくたった2010年頃からすでに動き出していた。14年5月、Airbnb Japanが設立されると、さらに動きは加速した。

東日本大震災後、訪日旅行市場が右肩上がりで上昇していくなか、ITスキルを活用してマンションやアパートの空き室などで民泊を運営するホストや、彼らのために各種サービスを提供する代行会社が続出し、大都市圏を中心に市場は拡大する。ところが、あまりに手軽にマッチングできることから非居住型民泊が増え、近隣住民の不安や懸念が広がった。彼らのやり方は、高齢化が進み、コミュニティの衰退が進む都市の弱みに付け込むようにも見えたことから、この時点で民泊は違法とはいえないものの、メディアはグレーゾーンの領域に増殖する「ヤミ民泊」を糾弾する結果となった。

一方、日本には人口減と空前の空き家問題があり、拡大する訪日旅行市場を経済活性化につなげたい経済界の意向も強い。ホストが自治体に届出を行い、年間の営業日数の制限を守るなど、ルールを明確にすることで、民泊を合法化していく政治的な機運が生まれた。そして昨年6月、民泊新法(住宅宿泊事業法)が成立。施行日は今年6月15日となった。

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エアビーショックの明暗

ところが、民泊新法の施行前夜、マッチングサイト最大手のAirbnbが、自治体からの許認可がない国内の民泊施設の6月15日以降の予約を取り消したことから、関係者に大きな衝撃が広がった。いわゆる「エアビーショック」である。

当然のことながら、予約を入れていた訪日客は突然のキャンセルに戸惑った。「観光庁がエアビーに聞き取ったところ、6月15日以降の予約は30日までで4万件、年末までで15万件。全てが取り消されるわけではないが月内だけでも3万件超の解約の恐れがある」(日本経済新聞 2018年6月8日)とメディアも影響の大きさを報じた。

その後、民泊ホストの多くが撤退し、Airbnbの登録ホスト数は激減した。10月中旬、観光庁が公表した民泊ホストの数は10,270件(うち受理済みは8,759件。届出受付を開始した今年3月15日から10月12日までの件数)。施行前のAirbnbの物件登録件数がピーク時には6万2000件余りだったのに対し、10月上旬で3万2000件と回復が遅れているという(ただし、Airbnbの物件登録には簡易宿泊所や旅館等も含まれる。民泊は各部屋ごとに登録するので、ホストの登録実数より多い)。

これまでさんざん「ヤミ民泊」問題を報じていたメディアも、今度は観光庁の姿勢に批判の矛先を転じてみせた。自治体への届出の手間や営業日数制限などから登録数は伸び悩み、これでは「政府が2020年に4000万人の訪日外国人を受け入れるという目標に水を差した形になっています」(テレビ朝日2018年10月4日)というわけだ。

特にホテル価格が高騰した大都市圏では、多くの訪日客にとって民泊はリーズナブルな旅行を楽しむうえで頼みの綱となっていた面はあるかもしれない。予約取り消しに至る経緯が不透明だったことに加え、新法のルールは厳しすぎるため、インバウンド需要に打撃を与えるのではないかという論調のようである。

一方、新しい枠組みができたことを歓迎する声もある。なぜなら、施行後、市場からの撤退を余儀なくされたのは、民泊施設から遠く離れた場所からITスキルを活用して運営していた非居住型のホストが多かったからだ。当初から合法的に取り組もうとしていた民泊ホストたちにはむしろ追い風となっている。登録件数が減ったぶん、彼らに予約が殺到したからだ。

 

民泊新法で何が変わったか

新法施行後、日本の民泊の何が変わったといえるのだろうか。

これは日本に限った話ではないが、自前でマッチングのためのプラットフォームを立ち上げることなく、海外発のサービスを借用せざるを得なかった日本の民泊の運営は、地域の固有の事情が置き去りにされる面があったことは否めない。

住民にとって自らの居住空間の周辺に不特定多数の外国人が出入りすることの不安に加え、誰とも知らない地域外の運営者たちによる利益の道具として使われていることへの反発があった。さらにいえば、今日の日本は、残念なことに、風鈴やピアノの音さえ近隣トラブルになりかねない、寛容性が失われつつある社会なのだ。コミュニティの喪失とはこういうところに現れている。本来、海外のゲストと日本のホストを結びつける画期的なツールであった民泊サイトとその運営者たちは、あまりに無邪気で、こうした地域の事情に無頓着すぎたというべきかもしれない。

こうした蹉跌をふまえたせいか、Airbnb Japanが民泊ホスト志願者のために全国で行う説明会では、日本の地域に根差した民泊のあり方を追求する方針を打ち出している。さらには、2016年のリオ五輪(ブラジル)期間中、約8万5000人の民泊利用者がいたように、来年のW杯ラグビー大会、そして2020年の東京五輪などのイベントピーク時に訪日客が集中することで逼迫が予測される宿泊需要への対応とその取り込みに向けて、全国のホストとともに市場に参入する企業とも連携し、日本の民泊を立て直していくことを訴えている。

(次回に続く)

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