インバウンド特集レポート

2019.10.04

中国のビジネスエリートが訪日教育旅行で子弟に学ばせたいことは何か(後編)

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日韓関係悪化により8月の訪日韓国客が半減するなど、近隣国ほど政治の影響を受けやすい日本のインバウンドが抱えるジレンマが露見している。もはや訪日客数や消費額だけでインバウンドを語る時代は終わったとみるべきで、重要なのは、数ではなく質である。中国の訪日教育旅行の現場からその意味を考えてみたい。

前編:内容充実の中国からの子供たちの訪日教育旅行、そこから見えてくるもの

先ごろ公表された日本政府観光局(JNTO)による訪日外客数統計によると、日韓関係悪化による韓国客の半減で、2019年8月は252万人と、2018年9月以降11カ月ぶりに前年同月比を下回った。

 

数から質へ、インバウンドをいかにして日本社会の活性化に活かすか

とはいえ、連日メディアが報じた韓国客激減が九州方面を中心に与えた「打撃」は、中国や韓国といった近隣国の市場ほど政治の影響を受けやすいという、日本のインバウンドがかねてより抱えていたジレンマが露見したに過ぎない面がある。なぜなら、訪日韓国市場で同じことは、東日本大震災後にも起きていたからだ。政治と観光を結びつけて考えることの少ない日本人には理解しにくいこの事態も、日本のインバウンドの20年の歴史からみると、たびたび繰り返されてきた話といっていいのである。

むしろ指摘したいのは、今年1~8月の訪日外客数の伸びがわずか3.9%増であることだ。伸び率自体は母数が拡大すれば小さくなるとはいえ、東日本大震災の翌年以降、34.4%増(2012)、24.0%増(2013)、29.4%増(2014)、47.1%増(2015)、21.8%増(2016)、19.3%増(2017)、8.7%増(2018)と、国際的にみても著しく増加してきた訪日外客数は、この1、2年で明らかに伸び悩んでいる。

観光庁が集計する訪日外国人消費動向調査をみても、訪日外客の消費額の伸びは、訪日中国人客の「爆買い」が話題になった2015年こそ前年比71.5%増と驚嘆すべきものがあったが、それ以降は7.8%増(2016)、17.8%増(2017)、2.3%増(2018)と、必ずしも訪日客の増加に比例して伸びていないことがわかる。

つまり、訪日客数の伸びや彼らが落とす消費額だけでインバウンドを語る時代は終わったということだ。これからは数から質、いかにインバウンド効果を日本社会の活性化に貢献させることができるか、その具体的な中身の検討こそ議論すべきである。それを考えるうえで示唆に富む題材のひとつが、訪日教育旅行の現場である。

 

日本は自然の恵みや文化を学べる国

心和青少年商学院は2014年に設立された「創二代(創業者の子弟)」のための私立の教育機関である。若きビジネスエリートの子弟のための後継者育成塾といったらいいだろうか。子供たちは、普段は自分の学校に通っていて、週末や夏休みなどの長期休暇中、同学院に通う。

同学院の学びの4つの理念は、責任、夢、感謝、人助け。ビジネスエリートになるための知識のみならず、EQ(心の知能指数:自己や他者の感情を知覚し、自己をコントロールする能力。中国語では「情商」という)や徳目も身につけるという。

両親は30~40代が多く、子供のうちから経営感覚を学ばせたいというのが入学させた理由だそうだ。いかにも中国人らしい考え方だが、今回のツアーを企画した誠信インターナショナル代表取締役の遠藤祐司さんも、こうした彼らの思いをふまえて訪問地を検討したという。

 

子供たちへ多様な体験をさせたい「80后」の親世代

たとえば、教育旅行の定番である工場見学は、子供も楽しめるようにお菓子工場にした。そこでは製造工程の見学を通じて安全・安心なモノづくりや「食と健康」を学ぶ。

寿司づくり体験は外国人に人気のアトラクションだが、勉強に追われがちな中国の子供たちにとって、異文化に触れつつ、自分で食事をつくって食べるという体験は貴重なものだ。浴衣の着付けもそうだが、特に茶道教室は中国の親にとって子供たちに体験させたいことのひとつだという。なぜなら、お茶の文化は本来中国から日本に伝わったものだが、むしろ日本にしっかり残っていることから、文化を大切にすることの意味を気づかせることができるからだ。

農家民泊での川遊びや自分の手で収穫した野菜をホスト家族と一緒につくって夕食にするという体験も、高層ビルが林立する大都市圏に暮らす子どもたちにとってかけがえのないものである。中国人にとって日本は自然の恵みが感じられる国なのである。

こうした日本に対する見方は、子供たちの親の世代が中国で最初の消費世代といわれる「80后」世代(1980年代生まれの世代)であることも大きいだろう。彼らは一人っ子世代で教育熱心だが、自分たちの10代は受験勉強漬けで過ごすほかなかったことから、自分の子供たちにはそれだけではない多様な体験をさせたいという思いが強いのだ

遠藤さんによると、中国からの訪日教育旅行で必ず訪れるスポットに組み込まれているのが、日本のリサイクルを学べるエコプラザのような施設や防災センターだという。

近年、中国では国を挙げて分別ゴミの収集に取り組んでいるが、現地をみるかぎり、進んでいないようだ。そのため、日本ではなぜそれが可能となっているのか、子供たちにとっても関心の高い分野といえる。また東日本大震災後、整然と秩序を維持した被災者たちの様子が世界的に評判になったことは中国でも知られている。自然災害の多い日本だけに、防災への取り組みは中国に比べて進んでいることを彼らは知っており、強い学びの動機になっている。


▲中国ではゴミの分別のための細かい説明を付けたゴミ箱が増えているが、実態は……

 

100年企業」の秘密を知りたい

心和青少年商学院では、すでに多くの国で教育旅行を実施しているが、遠藤さんは現地の関係者から「中国の子供たちの教育にいちばん役立つのは日本だ」と言われるそうだ。


同学院では、アメリカやイギリス、ドイツ、オーストリア、スイス、シンガポールなどで教育旅行を行ってきた

その理由として、日本には中国ではまだ少ない工場見学のような産業を学べる教育施設が充実していることもあるが、前述したように、日本と中国は文化的につながっており、自分たちの「原点」を見直すことができるからだ。それはヨーロッパ旅行では体験できないことだという。


▲日本では古くから中国の古典を学んできた歴史があり、中国と文化的なつながりがあると彼らは感じている

だが、彼らにとってもっと切実なことがあるようだ。創業者である親たちは、自分の子供に事業を継がせたいのである。そこでヒントになるのが、日本の「100年企業」の秘密なのだという。

遠藤さんによると、中国側から必ず訪問地として入れてほしいと強い要望があるのが、パナソニックの「松下幸之助歴史館・ものづくりイズム館」だそうだ。このミュージアムでは、創業100年を超えるパナソニックのものづくりのDNAに触れ、創業者である松下幸之助の生涯の軌跡を通じてその人生観や経営観を学べる場所だ。

すでに世界の家電市場では日本は中国の後塵を拝してしまっており、彼らが日本から学ぶことなどなさそうなのだが、中国には新興企業は多くても日本のような老舗企業はほとんどない。民間より国家の力が強く、社会の変化が早い中国では、ひとつの企業が長く事業を続けることは難しいというのだ。一方、なぜ近代以降、日本では多くの老舗企業があるのか。しかも、その多くが同族企業であることも彼らの関心を呼ぶ理由となっている。


▲日本企業の事業継続性に着目した日経ビジネスの「100年企業」特集号は中国で注目

 

中国の新しい訪日教育旅行から考える日本の価値

中国の若手ビジネスリーダーたる彼らは日本の「100年企業」を成立させてきた精神や道徳性を学びたいというのである。それが自分の子供たちの学びにとって大切なことだと考えているのである。

中国の新しい訪日教育旅行の姿からみえてくるのは、彼らにとっての日本の価値は何かということである。それは、多くの場合、お金に換算できることではない。だが、いまの中国の人たちはそこに関心があるのだ。

もはやインバウンドを数や売上だけで議論することは時代遅れなのは、そのためだ。そして、中国の将来のエリートたちを日本に迎え入れることで相互理解を深めることは、我々にとっても意味がある。

はたしてこれから先も我々は、彼らが認めるに足る価値を持ち続けることができるのだろうか。

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