インバウンド特集レポート

2020.07.01

フードダイバーシティへの対応がもたらす4つのメリット —名古屋の老舗味噌煮込みうどん店がハラール・ヴィーガン対応を始めた理由(前編)

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新型コロナウイルス感染症拡大防止策として4月から始まった自粛生活は多くの企業に打撃をもたらした。店舗の時間短縮営業や一時休業に追い込まれた飲食業にも大きな影響を与えた。

大正14年に名古屋で創業して以来、代々受け継がれてきた味噌煮込みうどん店大久手山本屋では、日本市場が縮小の一途をたどるなか、インバウンド対応や、ハラール・ベジタリアン/ヴィーガンなどの食の多様性(フードダイバーシティ)を通じて、新規マーケットの開拓を行い、着実に売り上げを伸ばしてきた。そんななかコロナウイルス直撃の影響でインバウンド客はゼロになった。また、休業要請期間中は店を閉めていたため売り上げが落ちたものの、これまでの食の多様性への取り組みが国内マーケットの新しいニーズを捉え、店舗再開後の売上は対前年比をほぼ維持しているという。

今回は、大久手山本屋のこれまでのフードダイバーシティへの取り組みや、コロナ禍に捉えた新しいニーズについて、大久手山本屋5代目の青木裕典氏と、ハラール/ヴィーガン対応の側面で同店をサポートするフードダイバーシティ株式会社の守護彰浩氏に話を伺った。

※食の多様性(フードダイバーシティ)の基本的な話は、こちらの記事を参照いただきたい
加速する食の多様性 〜地域・観光事業者が今すぐやるべきこと〜

※ベジタリアンには、1.植物性食品と魚、卵、乳製品は食べるペスコ・ベジタリアン 2.植物性食品と乳製品、卵は食べるラクト・オボ・ベジタリアン 3.植物性食品と乳製品は食べるラクト・ベジタリアン 4.植物性食品のみを食べるヴィーガン 5.五葷(ネギ類、にんにくなど)を食べないオリエンタルベジタリアン/ヴィーガン(台湾など東洋に多い)などさらに細かく分類される。大久手山本屋では、一番厳格なヴィーガンに対応したうえで、お客様のニーズによって柔軟に対応している。

 

グローバルな経験が「食の多様性」着手のきっかけに

名古屋の老舗味噌煮込みうどん店大久手山本屋5代目の青木氏は、学生時代の留学やバックパッカーの経験を通じ、世界には食の制限がある人がいることを以前から感じていた。店を継ぐ前に勤めていたITベンチャー企業では東南アジアや中東マーケットを担当し、イスラム教徒の方と接する機会も多かったという。

その後、家業を継ぐにあたり、大正14年から100年近く受け継がれてきた大久手山本屋が、次の100年も生き残るためにどうすればいいかを考えた。高齢化や人口減少が進むなか、売り上げを伸ばすためには、大久手山本屋で提供する料理を食べてもらう人を増やす必要がある。そこで、前職で知り合ったムスリムの方にも味噌煮込みうどんを食べてもらいたいと、ハラール対応へ着手した。

▲大久手山本屋の店内の様子 座敷もあり団体客にも対応可能

 

フードダイバーシティに対する考え方や価値観を学び、取り組み開始

当初、ハラール対応するにはハラール認証が必要と考え取得に向けて進めたものの、200万円ほどかかることが分かり一度は断念した。その後、ハラールやベジタリアン/ヴィーガン対応の集客やコンサルティングを手掛けるフードダイバーシティ株式会社の守護彰浩氏と出会い、フードダイバーシティの考え方や価値観を学んだ。

1つは、店舗や企業が自発的にイスラム教徒のニーズを理解し、適切なサービスを可能な範囲でおもてなしする「ムスリムフレンドリー対応」という考え方があること。もう1つは、世界にはハラールだけでなく、ベジタリアン/ヴィーガン、コーシャなど、宗教上をはじめ様々な理由で食の禁忌がある人がいて、食の制限について理解したうえで皆が食事を楽しめるように対応するフードダイバーシティという考え方があることだ。

 

ハラール認証取得からムスリムフレンドリーに切り替え

フードダイバーシティを推進する守護氏と出会ったことで、大久手山本屋の取り組みは一気に加速する。

食の禁忌のある方も含め世界中のすべての方に大久手山本屋での食事を楽しんでもらえるよう、まずは一定の市場規模が見込めるハラールとヴィーガン対応を進めること、またハラール認証の取得は別軸で考え、ムスリムの食の禁忌を学び店舗として可能な範囲で対応するムスリムフレンドリーの考えを取り入れて実践することだ。

ムスリムフレンドリーに関して、大久手山本屋でのポリシーは以下のように設定した。


(1)当店は第三者機関によるハラール認証は受けておりません。
(2)厨房は一般調理も行うため、ムスリム専用ではありません。
(3)ムスリム対応メニューにおいて、食肉はハラール認証を受けたものを使用。
(4)ムスリム対応メニューにおいて、調味料もハラール対応したものを使用。
 ※ハラール認証のないものは内容成分を確認して使用。
(5)まな板や包丁、ボール、フライヤーなどの調理器具は分けて使用。
(6)希望がある場合は使い捨てのフォーク・ナイフ・割り箸の対応可能


 

▲ムスリム用メニューの表紙には店舗の対応ポリシーとハラル用調理器具や調味料の写真などを載せている

 

ヴィーガン対応の壁、何十回も試作を重ねて出汁を完成

青木氏によると、大久手山本屋でのハラール対応に伴うメニューの見直しは、そこまで大変ではなかったという。主力の味噌煮込みうどんには、ハラールであるかつお出汁を使用していたからだ。アルコール成分の入った調味料や具材の調整、味噌煮込みうどんにトッピングするチキンのハラル対応品への切り替えのみで対応できた。専用の調理器具の用意やオペレーション変更に伴う煩雑さはあったものの、対応可能なレベルだった。

一方で、ヴィーガン対応にはかなり苦戦した。青木氏は「出汁をかつおからきのこに変更したのですが、長年私たちが慣れ親しんだかつお出汁とは大きく味が変わるため、違和感をぬぐえませんでした。味噌煮込みうどんは出汁と麺が大部分を占めるため、本当にこれでいいのかと何度も試作を重ねました」とその苦労を語る。最終的には、ヴィーガンメニューはかつお出汁を食べたことがない人たちをメインターゲットとするので、作り手の感覚よりも、ベジタリアンの方の意見を聞いて判断しようと決めた。それでも、出汁に使う具材の配合などの調整は納得いくまで何度も繰り返し、試作の回数は40-50回に及んだ。

▲大久手山本屋で提供する味噌煮込みうどんメニューでは、ムスリム、ヴィーガン対応それぞれのケースで、だしや調味料、トッピングの具材などを変更している(フードダイバーシティ株式会社作成)

 

フードダイバーシティに対応後の第一ステップは、ポリシーとメニュー情報の発信

ハラールやベジタリアン/ヴィーガン対応をスタートさせた後の一番大切なステップについて聞くと、青木氏、守護氏ともに「店舗のフードダイバーシティ対応のポリシーを整備し、きちんと情報発信をすること」と口を揃えた。

ハラール対応に関し、大久手山本屋ではB to C向けとして在日ムスリムや個人客を対象にフードダイバーシティ株式会社が運営するメディアへ掲載して情報発信したほか、B to B向けには、インバウンド取り扱いのある大手旅行会社やハイクラスホテルのコンシェルジュデスクにフードダイバーシティ対応のポリシーとメニューを送った。飲食店の中には“お客さんや旅行会社から問い合わせがあればハラール、ベジタリアン/ヴィーガンへも対応する”と考える方もいるが、彼らの多くは “対応してほしい”と主張することはあまりない。旅行会社も、一軒一軒電話で対応の有無を問い合わせるよりも、対応していることが明らかな店舗から選ぶ方が確実だ。そのため、“問い合わせに応じて対応”だと多くのチャンスを逃してしまう。

 

集客は在日の誘客から、丁寧な対応と食事を楽しむ様子の撮影でインバウンド集客に繋げる

ハラール対応を初めたからと言ってすぐに、ムスリム客でにぎわうとは限らない。大久手山本屋の場合、ハラール対応の翌日には早速効果が見られ、在住ムスリムの方が来店したが、インバウンドの集客には少し時間がかかったという。それまで名古屋のハラール飯と言えばインドカレーやケバブがほとんどだったため、旅行会社やインバウンド客に認知してもらうことから始める必要があった。そのため、在日ムスリムの方が来店した際はとにかく丁寧に対応し、ハラール対応していることを理解してもらい、写真を撮らせてもらうことも欠かさない。ここで撮影した写真をSNSで発信して集客に繋げるだけでなく、旅行会社などへ実績として説明するのにも活用している。

最初は、お店のハラール対応に半信半疑で、撮影を許可してくれないムスリムの方も多いが、 “ハラール対応をきちんとしている”ことを理解すれば、写真撮影やSNSでの発信を承諾してくれる。

▲在日ムスリムの方は、味噌煮込みうどんの蓋食いもお手のもの

なお、旅行会社のなかには「ハラール認証が必須」と考えており、認証を取得しているお店を紹介してほしいと相談が入ることもある。そのような場合青木氏は、店のメニューとハラール対応ポリシーを現地のコンダクターに送付して判断してもらうよう提案している。現状、この方法でNGとなったケースはないそうだ。

 

ベジタリアン集客は、台湾をターゲットにすることで実績作り

ベジタリアン/ヴィーガン集客のコツについては、ベジタリアンという単語から欧米圏の集客からと考える人も多いが、最初のターゲットは台湾から始めることだという。台湾人口に占めるヴィーガンの割合は14%程度。インバウンド客をターゲットにする場合、訪日の母数が多い台湾マーケットにフォーカスして実績を作りながら、欧米圏にも対応していくというステップがスムーズに進めやすいとのことだ。

▲ヴィーガン味噌煮込みうどんを楽しむ台湾のお客様

 

フードダイバーシティへの対応のメリット

1:お客様からの「ありがとう」がモチベーションに

ハラールやベジタリアン/ヴィーガン対応へのハードルを感じている飲食店もあるかもしれないが、大久手山本屋では多くのメリットを感じているという。その一つが、ハラールやヴィーガン対応しているだけで、お客様から驚くほどの割合で感謝してもらえ、それが、トリップアドバイザーやGoogleなどの口コミで高い評価となって現れることだ。

「通常、お店を営む中でお客さんからものすごく感謝をされることってないと思うんですが、ムスリムやヴィーガンの方には笑顔で“こうやってご飯を食べることができてうれしい”“感謝しています”と言っていただけます。これは純粋にすごく嬉しいし、私たちにとってもモチベーションになります」と青木氏は笑顔を見せながら語る。

2:口コミでの高い評価をゲット、集客にもつながる

フードダイバーシティの守護氏によると「ここ数年、トリップアドバイザーの口コミランキングで1位を獲得しているお店は、ベジタリアン/ヴィーガン対応しているお店。食の多様性に対応していることが、評価アップの要素になっている」という。大久手山本屋でも、Google上のお店の口コミには、多くのムスリム、ベジタリアン/ヴィーガンの方から星5つの最高値の評価とコメントが残っている。Googleは世界中の人が利用するので、ここでの高評価は日本人の集客はもちろん、世界から日本を訪れるインバウンド客の集客にも繋げられるという。

フードダイバーシティに対応する店舗はまだ少ないともいえるが、だからこそ今のうちに対応しておけば、メリットは大きい。

3:食の禁忌がない人の獲得にもつながる

「フードダイバーシティへの対応は、食の禁忌があるゆえに来店できなかった新しい層の獲得に繋がるだけではない、さらに大きな可能性を秘めている」と青木氏はその魅力にも言及する。例えば、20人のグループで食事する際、1人でもムスリムがいればまずハラール対応店舗を探す。裏を返せば、ハラール対応していない店舗は選ばれにくいということだ。この場合、ハラールメニューの注文は1人分だけだが、19人分の通常メニューの注文にもつながる。実際、大久手山本屋にはこれまで多くのハラールやベジタリアン/ヴィーガンメニューの注文を受けているが、団体で来店し、数名のみがこれらのメニューで、残りの方は通常メニューを注文というケースもある。なかには、片道1時間近くかけて来店していただけることもある。

▲大久手山本屋の予約表。この日はハラルのお客様2組、ヴィーガンのお客様2組の予約が入っている。団体の場合、通常メニューとの組み合わせのケースもある。

4:売上増にも貢献

実際に、フードダイバーシティ対応を始めてからというものの、大久手山本屋での売り上げは対前年比で10%ほど増えている。これがオープンしたばかりのスタートアップ飲食店であれば驚くほどではないが、100年近く続く老舗企業で、10%増というのは非常に大きなインパクトがある。

フードダイバーシティへの対応は、お客様に喜んでいただくだけでなく、売り上げ増につなげ会社の成長にも貢献できるのだ。

そこで、売上増につなげるためのハラール、ベジタリアン/ヴィーガンメニューの価格設定のコツやポイントについて聞いてみた。

次回へ続く

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