インバウンド特集レポート

欧米市場向けに取り組む静岡のブランディングストーリー、コロナ禍でも変わらずに行うマーケティング活動から見えた本質(後編)

2020.09.11

堀内 祐香

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静岡県内の地域連携マーケティング組織として2017年に立ち上がった静岡ツーリズムビューロー(Tourism Shizuoka Japan:TSJ)。TSJでは設立以来、欧米市場を新規開拓市場と位置付け、海外メディアや旅行会社のニーズに沿った情報や素材を提供することで露出を高めたり、訪日ツアー組み込みに向けた働きかけをしてきた。

後編では、新たに欧米市場をメインターゲットに着手し始めた静岡全体のブランディングストーリープロジェクトやコロナ禍での取組について伺った。

前編:静岡DMOが実践する欧米市場向けマーケティング戦略。相手の心をつかむ海外メディア、旅行会社とのコミュニケーションのコツ

 

「TOKAIDO」を軸にした新しいブランディングストーリー作りに着手

今現在、欧米市場をメインターゲットとして着手していることがある。TSJ戦略アドバイザーを務めるトニー・エバレット氏からの発案をきっかけに始まった『TOKAIDO(東海道)』を軸にした静岡のブランディングストーリーによるマーケティングだ。

海外から「道」としての知名度が高い中山道や熊野古道は、歴史に思いを馳せながら古の道を歩くという疑似体験できることが最大の魅力だが、TSJで取り組むTOKAIDOのブランディングストーリーは、「歴史」「人」「自然」「現代」の4つのテーマをもとに展開していくという点で他と異なる。

「昔の東海道五十三次の関所の中でも小田原から箱根、三島にかけては旧街道の石畳が続いている。ここでは、昔に思いを馳せながら自然の中を歩き、13代続く甘酒茶屋のご主人と世間話をするといった人との交流もできる。静岡市内では、間口が狭くて縦長の形をしたウナギの寝床のような昔ながらの住宅博物館などを楽しみながら、人々の生活や文化にも触れられる。一方で、浜松に足を延ばせば、YAMAHA、SUZUKI、HONDAなど日本の近代化の先駆けとなった企業や人にまつわるストーリーも楽しめる」

「これ以外にも、御殿場や富士宮など富士山の麓の自然の中でのアクティビティや、伊豆でのトレッキングもできる。そして、現代の先進交通の象徴でもある東海道新幹線を使えば、県内6つの新幹線駅とJRパスを活用しておいしいところをつまみ食いするような旅のスタイルも可能だ。健脚でなくても楽しめる、新幹線という形で今も存在する『生きた街道』とも言える。これが他の道とはまた少し違った部分であり最大の魅力」TSJディレクターの府川氏は、『TOKAIDO』にこめられた静岡の魅力についてこう話す。

 

訪れた人にしかないオリジナルの『TOKAIDO』物語が出来上がる

見る場所によって異なる表情を見せる富士山を楽しむのはもちろんのこと、日本の文化や歴史、地域に根付いたライフスタイル、そこで暮らす人々との触れ合いも体験できる上に、自然の中でのアクティビティも楽しめるかと思えば、現代的な要素も味わえる。

TOKAIDOを軸に、一人一人の興味や関心に応じた商品をつなぎ合わせて体験することで、その人にしかないオリジナルな物語が出来上がる。そうして、一人一人の心の中に、それぞれの『TOKAIDO』にまつわるブランドストーリーを創り出していく。「息が長い作業にはなるが、そういったことを目指して今まさに取り組んでいる」府川氏は、TOKAIDOプロジェクトへの意気込みを語った。

 

日本の魅力やストーリーを伝えるウェビナーが海外メディアの心をつかむ

現在は新型コロナウイルスの影響で海外に足を運ぶことができないが、ウェビナーを使って海外メディアや旅行会社とのコミュニケーションも取っている。

コロナ前から海外事務所が定期的にウェビナーを開催していたが、4月からは、TSJ本部が主体となり北米とヨーロッパを対象にウェビナーを開催してきた。「TOKAIDOブランディングストーリー」をテーマに静岡の魅力を複数回に分けてシリーズで紹介したほか、続編として「将軍 SHOGUN」をテーマに開催した。

「将軍 SHOGUN」は、ジェームズ・クラベルの小説を原作として、1980年代にアメリカで映画やテレビ化され欧米で話題になった。この中で主な舞台として静岡県内の地域が取り上げられたことを活用し、ウェビナーでは、映画の舞台とTOKAIDOを絡めながら静岡の旅の楽しみ方をストーリーにして伝えた。毎回60-70人のメディアやジャーナリストの方が参加するほどの好評ぶりを受けて、今後もTOKAIDOやSHOGUNにちなんだメディア露出や、関連した旅行商品化にも取り組んでいくという。

なお、TSJ主体のウェビナー以外にも、JNTO海外事務所が主催する旅行会社やメディア向けウェビナーにプレゼンターとして登壇したり、静岡の素材や資料を提供し事例として取り上げてもらうことで、継続的に静岡の露出を高めている。

 

コロナ禍でメディアが求める情報にも変化

ウェビナー以外でも、海外メディアや旅行会社への情報提供や彼らとの関係づくりは、これまでと変わらずに行っている。「新型コロナウイルスの影響で、今までやってきた情報発信やコミュニケーションの在り方が変わったということはない」TSJ府川氏はそう強調する。「これまでと変わらず、より一層提供する情報の質を高め、先方が期待する以上の感動を届けるべく取り組んでいる」と続けた。

なお、最近はメディア関係者から以前より深く突っ込んだ問い合わせが増えているという。TSJスタッフの方からは「マインドフルネスなどのテーマ性がある内容に加え、食に関する問い合わせも増えています。レシピに関する問い合わせもありました。静岡の特産品に関する話があった時は、静岡ならではの食べ方を提案するなど、より付加価値を出せるように努めています」という声もある。

「静岡の特産品は素材勝負の食べ物が多い。実際に訪れて、鮮度が高い状態で味わって初めてその美味しさが分かることにも気づいた」寄せられる質問の内容が変わったことで、新たな静岡の魅力発掘にも繋がっている。

こうした気づきは、さらなる質の高い情報提供にも繋がる。最近は、海外ジャーナリストやメディアの情報への食いつき度合いも以前に増して良くなっているそうだ。

 

空いた時間を活用して社内スタッフのスキルアッププログラムも

なお、コロナの影響で取材や視察がキャンセルになり、空いた時間を活用して新しく取り組んだこともある。

4月~6月にかけて、TSJスタッフの人材育成を目的としたデスティネーション・マーケティングの特訓講座を組んだ。座学とフィールドワークを組み合わせ、毎回3〜4時間にわたる講座を全部で20講座、計8週間かけて開催し、スタッフの専門性向上に取り組んだ。

講座を受講したTSJスタッフのイ・ソギョンさんからは「普段、現場でいろいろ学んできたが、この時期だからこそプロの方から体系的に学ぶことができた。今後の仕事に活かせる知識と専門性を高めることができ、自信につながった」という感想も寄せられた。また、県庁や観光協会などから構成されるTSJスタッフのチームワーク力の更なる向上も大きな収穫となった。

 

デスティネーション・マーケティングとは何か、その本当の意味

日本を訪れるインバウンド客は今年4月以降99%減、ほぼゼロといっても過言ではない。それでも取組みの手を止めないのはなぜか。「そもそも、静岡県自体は海外市場ではまだまだ若いデスティネーション。コロナの影響でインバウンド客が来なくなったといっても、その前から静岡を訪れる人も旅行商品自体もまだまだ少ない」府川氏は、静岡の現状についてこう話す。

「実際に、過去最高となった2019年でも外国人宿泊者数は250万人泊に過ぎない。県内の宿泊施設客数は約7.6万部屋なので、平均すると一部屋あたり10日に1回泊まりに来る程度。毎日ゼロという宿もたくさんあるだろう」数字で見れば、動きを止めてはいけないことは明らかだ。

続けて、改めて自分たちの役割を認識することの大切さも強調する。「TSJは静岡のデスティネーション・マーケテイングを担う組織。マーケティングってカタカナで表現すると分かりづらいが、要するに、現在と将来の旅行需要を創り出すためのすべての作業と解釈している」という。そう考えると、今と将来の需要を創り出すためにできることは、現状であってもいくらでもあるというわけだ。

 

環境の変化に左右されずに取り組むべきこと

なお、地方自治体などでインバウンド向けのプロモーション予算が止まっている現状についても「大変な問題」と冷静視する。

「そもそも、プロモーションって何を指すのかというと、今ある需要を刈り取る作業全般のことだと思う。今、旅の需要がないからと手を止め、将来の旅行需要を創り出す取組もしなければ、コロナウイルスが収束し、いざプロモーションを再開しようとなっても、刈り取る需要自体がなくなっているのではないか」

「何よりも、自分たちの地域の状況をグローバルのデスティネーションマップで見たときに、どのような位置にいるのかを思い返す必要がある。そのことを考えると、各地域それぞれが、身の丈に応じた絶対的に欠かせない取組があるはず」新型コロナウイルスだからといって手を止めずに続けることの必要性を訴えた。

もちろん、行政は地域のマーケティングを担う組織ではない。だからこそ、静岡県では行政や観光協会にはできない、県全体のマーケティングをする機関としてTSJを立ち上げた。『たとえ環境が変わったとしても、旅行需要を創り出すために必要なことは、変わらずに取り組む』という共通の認識をTSJスタッフ間では持っている。

「いかにして海外メディアやジャーナリストの心をつかみ、露出していくか、そして旅行会社が売りたい、消費者が買いたくなる旅行商品の中に静岡をどれだけ組み込んでいくかが大切。この作業は、コロナ禍関係なく続けなければならない」と再度強調する。

最後に府川氏は「『今、何したらいいのかわからない』と言う人も多いが『旅行者の心をつなぎとめ、今と将来の旅の需要を創るための取組をしよう』ということを伝えたい」と締めくくった。

 

【プロフィール】

静岡ツーリズムビューローTSJ ディレクター 府川 尚弘氏

JNTOや日本アセアンセンターでの勤務を経て、海外政府観光局、客船会社、国際スポーツイベントや観光人材育成などの業務に携わる。2017年1月、TSJの開所にともないディレクターとして公募採用。デスティネーションマーケティングの役割や機能を整理し、県内外の産官学パートナーシッ プの実践、国内外のマーケティング環境を構築し、地域のツーリズムに係る理解拡大や実力向上に努めている。

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