インバウンド特集レポート

【NIPPONIA播磨福崎 蔵書の館】日本初、指定文化財をホテルに。地域の歴史的建造物維持に向けた活用という選択

2021.02.26

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「歴史的な建造物を公的なお金で維持管理し続けられるのかといえば、それは明らかにできない時代に入っています。それならば、時代に合わせて活用することで維持していくしかないと思います」

そう語るのは、民俗学の祖・柳田國男の出生地として知られる兵庫県神埼郡福崎町で、2020年11月に開業した「NIPPONIA播磨福崎 蔵書の館」の立ち上げに尽力した井垣和子氏(一般社団法人ノオト/株式会社ペイジ)だ。

日本で初めて国や都道府県レベルで指定された有形文化財を宿泊施設に転用した同事業は、国と都道府県に指定されたものを合わせ、約9700棟ある(文化庁HP)建造物を維持管理していく、一つのモデルケースになる可能性をもっている。

加えて、観光地としての知名度が高いわけではない人口2万人弱の町にとって、持続可能な観光開発にもつながる。ちなみに兵庫県の「観光客動態調査」によれば、福崎町の平成30年度における観光客数は、日帰り客が年間41万1000人、宿泊客が年間7000人である。


▲福崎の大庄屋三木家は、民俗学者の柳田國男が11歳の時に預けられたお屋敷。柳田はこの屋敷の蔵書を読みふけり、学問の礎を築いた。「NIPPONIA播磨福崎 蔵書の館」では、柳田の体験を感じてもらおうと、各部屋に本を充実させている。

 

いままでのやりかたで保全するのは難しくなった

NIPPONIA播磨福崎 蔵書の館は、1972年に兵庫県に指定された重要有形文化財である江戸時代の大庄屋(名主とも呼ばれる村役人)であった「三木家住宅」の蔵や離れを改装したものである。この築300年という歴史的建造物を宿泊施設として活用しようという動きが始まったのは、2016年頃。

きっかけは福崎町が一般社団法人ノオトへ、まちづくり計画策定の相談をしたことだった。そもそも「三木家住宅」は2004年に、当時の所有者であった三木家から福崎町へと移管されたものだ。井垣氏は、「最後は三木家のおばあさまが一人で管理していたと聞いております。広大な敷地と建物ですので、さぞ大変な苦労だったのではないでしょうか」としたうえで、次のように続ける。

「歴史的な建造物が町の所有になり、公的なお金で維持管理してきたわけですが、日本が人口、経済規模ともに右肩上がりの時代の終焉をむかえたなかで、今までのやりかたで維持していくのは難しくなった。したがって、100年先を見据えて建物を残していくためには、時代に合わせた活用方法を検討・実践し、維持管理費を自ら稼ぐ必要があります」


▲「NIPPONIA播磨福崎 蔵書の館」のエントランス。オレンジ色の壁が特徴的。

先述したように、三木家住宅のなかで宿泊施設に活用しているのは、蔵や離れであるが、一方で主屋については、福崎町が公共工事として改修を行ってきたという。その費用は約2億6000万円にものぼったそうだ。

「極端な話ですが、国内にあるすべての指定有形文化財を改修するとなったら、その費用は莫大になり、お金がいくらあっても足りません。実際、この三木家住宅の改修費用も県からの補助金と福崎町の財源で直していますけれど、主屋の改修だけで予算が尽きています」


▲三木家で一番古い建物「内蔵」(1697年築)。水回りの間仕切り壁と本棚は新設。あとは当時のまま、趣を生かして客室にしている。

 

なぜ宿泊施設に? 「法改正」と「建物の機能」という2つの背景

そうしたなか、改修できなかった主屋以外の部分については、ノオトが中心となって活用方法を模索。そのときに注目をしたのが、文化財保護法の改正と、建物自身がもっていた機能だった。

「当時、文化庁のほうで文化財保護法の改正が進められていていました。2018年に改正され、2019年4月に施行されたこの法改正は、端的にいえば歴史的な古い建物を積極的に活用することで、維持管理を目指していこうとするものです。かねて、文化財は標本的に保存して愛でるものという意識が強くあります。しかし過疎化や少子高齢化が進む日本社会が、いつまでその莫大な改修費及びその維持管理コストを抱えきれるのか、というと限界があると思います。活用には抵抗感をもつ人がいますが、そこを切り開いて、時代に合わせて進んでいかないといけないという意識がありました」

実際、文化財保護法の改正にかかわる文化庁の資料(「文化財保護法改正の概要について」)のなかに、このような記述がある。

〈過疎化・少子高齢化などを背景に、文化財の滅失や散逸等の防止が緊急の課題であり、未指定を含めた文化財をまちづくりの核とし、社会総がかりで、その継承に取組んでいくことが必要。このため、地域における文化財の計画的な保存・活用の促進や、地方文化財保護行政の推進力の強化を図る〉

すなわち、地域の文化財は、地域の実情に合わせて、まちづくりに役立てることで、文化財を継承していくという考え方だといえる。「ただし、まちづくりの核として活かすといっても、経済的利益のために何に使ってもいいというわけではないのではないかと井垣氏は指摘する。


▲一番広い客室「離れ」。黒光りした天井が歴史を感じさせる。

「地域特性はもちろん、その建物がもつ歴史的な文脈や用途をきちんと汲んだ活用ができるとより良いのではないかと思っています。たとえば三木家住宅は、江戸時代のことですが、主屋についてはお役所的な仕事の場、また賓客を迎える場でした。一方で、今回私たちが宿泊施設に活用した離れなどの部分は、暮らしの場として使われてきました。この空間の価値を現代の人に伝えるには、当時と同じように、この空間で寝泊まりし、ご飯を食べて当時の暮らしに思いを馳せてもらうことが一番なのではないかと考えました。もちろん観光振興やインバウンド需要の増加といった時代背景も加味しました。構想が良くても、実際に事業を始めて数年で破綻しては地域に迷惑をかけるだけです。建物の歴史的な文脈を踏まえた活用計画があり、なおかつ収益性も確保できることが大切だと思います」

▲左:酒蔵を生かしたレストラン 右:周辺の農家が作った旬の野菜を使った朝食

 

稼働率9割という経済効果に加え、シビックプライドの醸成にも寄与

とはいえ、宿泊施設として泊まる、食事をするというだけでは、体験としての付加価値は物足りない。そこで同施設は「NIPPONIA播磨福崎 蔵書の館」という名前にも表れているように、“書に触れる”というコンセプトも打ち出している。

実は、三木家住宅は『遠野物語』でも知られる柳田國男が11歳のときに暮らした名士の邸宅。当時、柳田少年は三木家にあった膨大な数の書物を読み耽ったという。柳田は後に、この読書体験について、自身の学問の礎となったと振り返っている。こういった逸話に合わせ、各客室に本棚を設置し、約500冊の蔵書を並べている。もちろん宿泊者はそれらを読むことができる。客室にテレビや時計を置いていないのは、そうした悠久の歴史に思いを馳せてほしいからだ。


▲高い天井を生かし、本棚に囲まれた設えの客室「米蔵」

開業したのは2020年11月。やや小康状態ではあったものの、今般のコロナ禍の真っ只中。加えて、福崎町は兵庫県でもワースト3に入る観光客の少なさで、井垣氏が「ここで宿泊施設をやって本当にお客さんがくるのかという心配がなかったかといえば嘘になる」と語るように、オープンしても観光客が来るのか心配する声がそこかしこから聞こえてきたという。しかし、蓋を開けてみれば、そうした心配は杞憂に過ぎない結果になった。

「基本的にここの施設は火・水の週休2日ですが、11月の宿泊者数は約240名でした。客室数は7室なので、稼働率は9割にもなりました」

さらに井垣氏は、観光客を呼び込めたということに加えて、別の効果も出ていると嬉しそうに語る。

「地元の方々が、『福崎町にもこんなによいところができるんだ』って言ってくださって。もちろん三木家住宅の建物としての潜在力があってこそですが、その言葉を聞いてとても嬉しくなりました。福崎町の住民からは、『うちにもこんな蔵があるから使えないか』という声も出始めていますので、この町がどう変わっていくのか、今後についても非常に楽しみです」


▲客室は全室、兵庫県産材を使ったヒノキ風呂。

 

リスクを背負ってまちづくりにコミットメントしていく

国や都道府県の指定文化財を宿泊施設に活用するのは、これが日本で初めてのことだという。当然ながら、数多くのハードルがあったようだ。では、なぜそれらを乗り越えられたのか。

「最も大きいのは阪神淡路大震災の経験だと思います。1995年に起きたあの震災のあと、文化財を守るための登録文化財制度が整えられました。そのときに兵庫県では文化財課の職員たちが中心となり、登録文化財制度を支える人材として、ヘリテージマネージャーという人材の養成に乗り出しました」

ヘリテージマネージャー(地域歴史文化遺産保全活用推進員)とは、2001年度より人材育成に勤しむ「ひょうごヘリテージ機構」によれば、〈地域に眠る歴史的文化遺産を発見し、保存し、活用し、まちづくりに活かす能力を持った人材〉とされる。そうした人材育成の礎があったからこそ、県指定重要有形文化財を宿泊施設に活用するという前代未聞のプロジェクトを実現させることができたのだという。

「国や県などに指定された文化財を活用するにあたり、最大のハードルの1つは建物を改修するための『現状変更許可』を第三者である文化財保護審議委員に認めてもらうことでした。それには(文化財の指定者である)県のご理解が必須です。兵庫県はヘリテージマネージャーの制度の発祥の地です。そのこともあってか、これは私が個人的に感じたことですが、兵庫県の担当課は古民家を活用しながら保全していくことへの理解が深く、取り組みも進んでいました。そのおかげもあって、県の文化財課や建設指導課が、文化財活用を前向きに考えてくれ、比較的スムーズに手続きが進んだと思います」

また、三木家住宅は先にも書いたように福崎町の所有物である。したがって、「NIPPONIA播磨福崎 蔵書の館」は、同町のまちづくり会社であるペイジ(PAGE)が指定管理を受けており、実際の運営業務はペイジからの委託を受けた神戸発のブライダル会社「レック」が行っている。ペイジは地域創生のプレーヤーとしての活動を模索する神戸新聞社と、古民家の活用に取り組む一般社団法人ノオトの共同出資によって設立された株式会社である。


▲株式会社PAGEのメンバー。中央が今回インタビューに応じてくれた井垣氏。

「指定管理とはいっても、ペイジは指定管理費をいただいていません。ペイジは長年空き家になっていた建物を無償で借り、そのかわりに私たちの責任で改修し、そこで収益事業をしてイニシャルコストを返済していくというかたちをとっています。改修費については、経済産業省の地域文化資源活用創出事業という補助金制度でおよそ半分の約8800万円を補助してもらい、残りは地域金融機関からの借り入れをしています」

 

地域の歴史・文化を10年先、100年先にも継承していくために

積極的な活用によって文化財を守る手法は「動態保全」などと呼ばれ、有名な事例では池袋にある自由学園明日館がある。同建造物は、1997年に国の重要文化財に指定されたものの、老朽化が激しかったことから1999年から2001年にかけて保存・修理工事を行い、その後に動態保全が始まったという。具体的には、見学者に開放されていることに加え、結婚式場の会場としてや、コンサートのステージ、あるいはテレビや雑誌の撮影などでも活用されている。

そうした事例を引き合いに出さずとも、一般に建物(空き家)の劣化は、人の手が入らないほど激しくなるといわれている。地域の歴史・文化を継承していくためには、指定・未指定にかかわらず、地域の歴史的建造物をいかに地域の特性に合わせて活用していくかが、10年先、100年先を見据えたサステナブルな地域づくりならびに観光振興に欠かせない要素だといえるかもしれない。

(取材/執筆:遠藤由次郎)

 

【宿泊施設情報】
NIPPONIA 播磨福崎 蔵書の館
住所:〒679-2204 兵庫県神崎郡福崎町西田原1106
サイト:https://nipponia-fukusaki.jp
宿泊料:大人1泊2万〜4万円(要問合せ)

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