インバウンド特集レポート
世界各国、地域でワクチン接種が進み、隔離措置なしで双方の国・地域間を往来できる「トラベルバブル」がいくつか始まるなど、最近は観光再開に向けた動きが加速している。また、感染症拡大のリスクを避けるために密を避けた旅行が推奨され、団体より個人、量より質という傾向が強まる中、感染症拡大前から注目を集めていた富裕層誘致の施策により一層拍車がかかっている。特にコロナ禍では、多くの国・地域で入国・入境後2週間の隔離が求められるため、短期旅行ではなく、人気(ひとけ)のないリゾートで仕事をしながら長期滞在するという富裕層が増えているようだ。世界中のリゾート各地の富裕層誘致事例をもとに、現在、そしてこれからの世界の富裕層マーケットの動向を追った。
富裕層特集はこちらも
コロナ禍に見られる世界の富裕層の旅行トレンド
新型コロナウイルス感染症の拡大により、主要都市から郊外へと避難し、ホテルや別荘を一棟丸ごと貸し切りにする富裕層が数多く現れた。民間航空機の利用が激減しているにもかかわらず、プライベートジェットの利用は急増し、危機から逃れるために、億万長者が超大型のラグジュアリークルーザー「スーパーヨット」をチャーターしているという例もある。感染症拡大から1年以上が経過した今、富裕層はどのような旅行を好む傾向にあるのだろうか。富裕層を顧客に持つ企業やウェブマガジンが発表するトレンドからは、主に以下のような5つのポイントが浮かび上がってきた。
(1)安全性と清潔さを重視
言うまでもなく、今後は新型コロナウイルス感染症の拡散を最小限に抑えるために、安全性と清潔さに重点を置いた旅行が主流になっていく。そのため富裕層は、コストがかさんでも安全性と衛生面で最大限の対策が講じられたフライトやホテルを選び、そこではデジタルを活用したハイテクでシームレスなサービスを求めている。例えば、多くの高級ホテルでは、非接触型チェックインの導入や個人用保護グッズ(マスクや手袋、抗菌ウェットティッシュなど)のキットを提供するなど、顧客を安心させるための新たな取り組みを実施している。
(2)隔離のための旅行
富裕層はプライベートアイランドなどの人里離れた場所に移動し、隔離を兼ねたバケーションを楽しんでいる。また、量より質を求め、感染の懸念がある中で何度も旅行に行くのではなく、ひとつの場所に長期間じっくりと滞在する人が多い。プライベートヨガレッスン、乗馬、ゴルフといったアクティビティや、スパやプライベートビーチ、専用プールなどが完備されている場所も人気が高い。
(3)持続可能性を意識
富裕層の間では、環境に配慮した持続可能な旅行を選ぶ人が増えている。環境に配慮した「グリーンホテル」(アメニティを使い捨てにしない、バスローブやタオル、マットレスなどの布製品はオーガニック素材を使うなど)や、環境に優しい素材でできた「ジオドーム」のグランピングなど、自然界と密接な関係を築いている宿泊施設が新たなトレンドとなっている。また、カーボンニュートラルな取り組みを行っている航空会社を選ぶ人もいる。
(4)目的意識を持った旅行
コロナ禍で新たな趣味を見つけた人が多い中、旅先でウォーキングやランニング、サイクリング、ヨット、水泳、ゴルフなどといった趣味に情熱を傾けたり、観光を通じて旅先の地域社会を支援する慈善活動に関心を抱いたりする人も増えている。
(5)ウェルネスを求める旅
コロナ禍のストレスを解消して、リラックスしたいと思っている富裕旅行者は多い。心と体を健康にする究極のウェルネス体験ができる宿泊施設や、平穏な静けさを求める瞑想的な旅、自然とのつながりを持つ旅行も人気だ。
フィジーでは島を丸ごと独占できる、富裕層のためのプランを提供
南太平洋に浮かぶ300もの島々で構成されるフィジーは、依然として国境を閉鎖しているが、パンデミックを機に超富裕層に対する異例のアピールを行った。フィジーのバイニマラマ首相は昨年の6月、自身のツイッターで「もしあなたが億万長者で、自家用機を飛ばし、島を丸ごと借りて、その中でフィジーに何百万ドルもの投資をしたいと考えているのであれば、パンデミックから逃れてこの楽園に滞在できるでしょう。ただし、健康上の注意を払い、関連するすべての費用を負担する必要があります」と発信。同政府はこの他にも、富裕層を呼び寄せるために、渡航者がプライベートヨットで入国し、隔離期間を船上で過ごしてから上陸できる制度も創設した。
ダブイ島の「ロイヤル・ダブイ・アイランド・リゾート」は、政府指定の隔離施設として認定を受け、富裕層向けに島を丸ごと貸し切りにするという特別なサービスを提供している。最大10名までのグループで利用でき、島を丸ごと貸し切る7日間のパッケージは15万ドル(約1600万円)から。一方、ラウカラ島の「ラウカラ・プライベート・アイランド・リゾート」はフィジーエアウェイズと提携し、直行便が飛んでいるロサンゼルスから来る旅行者のために個人的な「トラベルバブル」を認め、最大20人がプライベートフライトを使用して同地に滞在できるプランを企画。料金は、航空運賃、7泊分の宿泊費、食事および飲料、島内でのアクティビティ、最大20人の空港送迎込みで49万ドル(約5100万円)となっている。フィジーの玄関口となるナンディで乗り換えてラウカラ島に到着すると、プライベートアイランドを自分たちだけで独り占めできるという。観光業がGDPの40%を占めるフィジーでは、観光業界の損失を埋め合わせるべく、このように政府が先導して富裕層を呼び寄せる施策を実施している。
▲Royal DavuiのHP(出典:https://royaldavuifiji.com/)
モルディブでは、徹底した対策のもとラグジュアリーな滞在が可能
インド洋に浮かぶ島々からなるモルディブも、富裕層を中心とした来訪者を呼び寄せている。元々ほとんどのホテルが孤立していることや、大多数の人がホテルでゆっくり滞在するというこの地のスタイルが、コロナ禍で世界の富裕層を惹きつけるポイントとなっている。
モルディブの「ソネバフシ」と「ソネバジャニ」、タイ・クッド島の「ソネバキリ」という3つのラグジュアリーリゾートを有するソネバ・リゾートは、飛行機から降りた瞬間からプライベートの送迎が付くVIPサービスを用意している。到着後には新型コロナウイルス感染症の検査を受け、陰性が判明するまでは自分のヴィラ施設内でのみ過ごす。陰性結果が出れば島内を自由に動くことができるが、滞在中は毎朝検温をし、滞在4日目には再びPCR検査を受ける必要がある。1つのアイランドに1リゾートしかないというスタイルであるため、新型コロナウイルスフリーのプライベートアイランドを満喫することができるという仕組みだ。このように徹底した対策を行うことで、宿泊客がリラックスして楽しむことができる環境を整えている。
メキシコの高級リゾートに向かうアメリカ人富裕層
メキシコは、アメリカとの陸路の国境は依然として閉鎖しているものの、フライトで訪れる旅行者には、特別な制限なく国境を開放している。主にアメリカからの富裕層を誘致しているメキシコの高級リゾートは、パンデミック以降、ビジネスの浮き沈みはあったものの、この春は予約が回復傾向にあるという。その背景には、無料の抗原検査を提供するサービスがある。アメリカ人が旅先から帰国する際は、搭乗の72時間以内に行った新型コロナウイルス感染症の検査で得た陰性証明書を提出する必要があるが、この検査をホテルが無料で提供しているため、旅行者は特別な場所へ行かなくてもホテル内で検査を受けることができるというものだ。また、ゲストがもし陽性となった場合には、14日間隔離するために無料で宿泊施設を提供するというサービスもある。
ワクチンの予約ができるまでは、メキシコをはじめとする中米のビーチリゾートで待機するというアメリカ人富裕層も多く、片道チケットを買って、ビーチフロントのヴィラや快適な高級ホテルでリモートワークをしながら滞在し続けている。一説によると、平均の滞在費用は月額7万ドル(約760万円)で、ほとんどの人が2カ月から4カ月程度の滞在を予約しているという。現地の高級リゾートは、富裕層のリモートワーカーを呼び寄せるために、長期滞在割引などを提供している。
富裕層の間では、ワクチンツーリズムが流行
自国で新型コロナウイルス感染症ワクチン接種の順番を待っている富裕層をターゲットにした、「ワクチンツーリズム」の動向も盛んだ。ロシアでは、ロシア製ワクチン「スプートニクV」の公式ツイッターアカウントで、7月から訪露外国人がワクチンを受けられるプロジェクトが始まると発信した。
▲Twitterでワクチンツーリズムを告知するSputnik社
(出典:Sputnik V Twitter https://twitter.com/sputnikvaccine/status/1377636906343743490)
人口の9割近くがすでに1回目のワクチン接種を済ませたUAEでは、UAEの居住権を獲得して接種対象となるために、海外の富裕層がオフショア企業を設立しているという例もある。また、同国のドバイでは、富裕層のデジタルノマドを誘致するために、1年間「海のそばで暮らし働く」ことを推奨し、その上全員がワクチン接種を受けられるとアピールしている。インドでは、ロンドンやニューヨークでファイザーとビオンテックが共同開発したワクチンを接種できるというツアーが話題を呼んだ。米フロリダ州は、居住者かどうかにかかわらず65歳以上の人にワクチンを優先接種すると発表した後、他州からフロリダに入ってきた富豪が続出したという。
当初は富裕層を対象にしたワクチンツーリズムに対する批判も多かったが、現在は観光客を誘致するための施策として、ワクチンをセットにした「3V(Visit:訪問、Vaccinate:ワクチン接種、Vacation:休暇)」パッケージが主流になってきているという。
コロナ後の観光地に求められること
このように世界の観光地を見渡すと、コロナ禍で生じた損失を埋め合わせようと、官民が一体となって富裕層を誘致する動きが見られる。最近ではタイ政府が、ビーチリゾートのプーケットの住民に先行してワクチン接種を行い、7月から同地でワクチン接種済みの外国人旅行者を隔離なしで受け入れる施策を打ち出した。タイ国政府観光庁のユタサック・スパソーン総裁は、「高額を支出する上流階層の訪問者を期待している」と述べている。この他にもギリシャ、アイスランド、バルバドス、モルディブ、グアテマラ、イスラエル、セイシェル、マルタ、スペイン、キプロスなどが、ワクチンを2回接種した旅行者に対し、検疫なしで国境を開放するという意向を示している。コロナ禍、そしてコロナ後の観光地に求められるのは、刻一刻と変化する世界の動きと旅行者のニーズをいち早く把握し、彼らの動向に迅速かつ柔軟に対応していく能力なのかもしれない。
(執筆:深谷昌代)
最新のインバウンド特集レポート
歴史的資源を活用した観光まちづくり推進事業、住民主体の地域づくりの足掛かりに (2024.03.22)
「守るべきは屋根の下のくらし」京都 美山かやぶきの里が模索する、持続可能な地域の在り方とは (2024.03.14)
【対談】被災した和倉温泉の旅館「加賀屋」が、400人の宿泊客を避難させるために取った行動とは (2024.03.14)
歴史的資源を活用した観光まちづくりを活用して開発、福井県熊川宿による企業研修プログラム (2024.03.13)
城や社寺、古民家等を生かして地域を面的に活性化 「歴史的資源を活用した観光まちづくり」事業とは? (2024.03.12)
【特集】能登半島地震で訪日客は何を感じた? 金沢に滞在した米国ハネムーナーの24時間ドキュメント (2024.02.29)
危機管理の専門家に聞く 「地震」発生時に観光事業者が取るべき対応、事前の備え (2024.02.16)
【展望】インバウンド復活の裏で深刻な人手不足の宿泊業、2024年の人材採用はどうなる? (2024.01.11)
【鼎談】観光xテックのプロたちが語る、変革の波を乗りこなす究極の秘訣とは? (2024.01.10)
【鼎談】観光業界の未来を握る! テクノロジーが劇的に変えた世界の価値観 (2024.01.09)
【特集】JNTOが開拓を狙う2024年の訪日市場、北欧には「チャンスしかない」の真意 (2024.01.05)
【特集】訪日客数伸び率1位 大躍進のメキシコ市場、2019年比3割増の理由は? (2024.01.04)