インバウンド特集レポート

【対談】コンビニ化する観光、コロナ禍で岐路に立つツーリズム産業が目指すべき方向性と本質|富裕層特集

2021.05.28

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アフターコロナの旅行市場で最も速い動きを見せることが予測されるのが富裕層だ。コロナ禍においても、密を避け感染症対策が徹底された場所への滞在の動きも見えている。今回は、鹿児島のプライベートリゾート「天空の森」代表取締役の田島健夫氏と、株式会社島津興業の海外営業部長を務めるアレックス・ブラッドショー氏に、これからの観光業がどうあるべきか、そして富裕層のインバウンドツーリズムに求められるものをテーマに対談をお届けする。

 

天空の森は、1992年、田島氏が購入した山の開拓を自ら始めたところからスタート。小高い丘や川など自然あふれる敷地内には、多種多様な野菜などを育てる畑や、山を切り開いたお散歩コースを整備するなど、敷地18万坪の山を開拓し続け、25年以上もの歳月がたった今もなお理想を追求しようと変化を続けている。1泊30万円からという価格設定ながらも、田島氏が大切にする価値観や考え方に共感する人たちが、訪れる場所となっている。

アレックス氏は、2005年に鹿児島に移住。現在は、島津興業が持つ世界文化遺産「仙巌園」「尚古集成館」など鹿児島にある歴史ある観光資源の国内外への魅力発信や海外営業を務める傍ら、鹿児島県海外広報官として国内外に鹿児島の魅力を発信し続けている。日本の歴史と伝統文化をより魅力的なストーリーで海外へ発信することを得意とする。観光コンサルティングを行う合同会社GOTOKUの代表も務める。

それぞれの立場や視点で観光に携わる田島氏とアレックス氏の話からは、観光に携わる人たちが、富裕層をターゲットに取り組む以前に大切な「観光の本質」が浮き彫りになった。

▲山頂の椎の木にあるブランコ

 

日本は今、本質的な観光に戻る時期にきている

田島:アレックスさんとはまだ短い付き合いですが、互いが発信する表現方法は違っていても、私と同じ考えを持った‘同士’だと思っている方です。同じ言語で話せる、といったところでしょうか。

アレックス:ありがとうございます。

田島:私は、日本の観光産業、観光ビジネスがいずれ日本を滅ぼしてしまうと本気で思っています。観光の定義がそもそも間違っているんですね。

アレックス:富裕層が本来求めている本質的な観光のことですね。

田島:そう。ですから富裕層の云々の話をする以前に、観光についての土台の話をしなければいけないと思っているんです。

アレックス:そうですね。富裕層、ラグジュアリーというものを含めて、観光という本質的意味と価値を理解しているのか、そもそも疑問です。

田島:サステイナビリティという言葉があります。持続可能性という意味ですが、観光がまさにそれにあたります。持続するには、地域で出来る以上のことをしないということなんですね。だからこそ持続可能であり、それが本来、観光のあるべき姿なんです。

▲日帰りVilla「花散る里」から見える景色

アレックス:その通りだと思います。日本全国、各地域で観光コンテンツがコンビニ化しています。今月、今シーズンの新商品がコンスタントに販売されていて、いわゆるロングセラー商品が存在していない。「本質的ベース」つまり、なぜこの体験を提供したいのか。この体験を通してお客様は何を得られるのか。どういう発見があるのか。どうすれば人間の創造性と感受性「receptivity」をかきたてることが出来るのか。といった一番大事な部分が欠けています。こうした部分を考えずに、空っぽなコンテンツの商品化を急げばそれこそサステイナビリティはまず不可能です。

田島:そうですね。娯楽やレジャーを観光と一緒に考えていることも問題です。日本は今、本質的な観光に戻る時期にきていると思っています。ボタンのかけちがいの観光になってしまっています。観光の意味を考え直さなければならないんです。その土地の環境に順応していることが本来の観光資源であり、その土地の人達には当たり前のことが持続可能な地域の伝統的生活文化なのです。

 

人間が持つ五感を通して、生きていることを実感する。旅の本質はそこにある

アレックス:観光という言葉は、「美しい景色を観る」と解釈されていますが、実はもともと仏教用語からきていて、観光の光とは真理のことなんです。本当に正しいものをはっきりと観るという行為そのものを観光と呼ぶんです。

田島:なるほど、興味深い話です。私は、観光とは視覚、嗅覚、聴覚、味覚、触覚の五感を使うものだと思っています。

アレックス:なるほど、五感ですね。観光には「国の文化、政治、風俗をよく観察すること」という意味があるという説もありますから、人間が持つ五感を使ってそれに触れること。それが本来の旅であり、観光だったわけですね。

田島:寒い国では厚手のコートを、暑い国では風通しのいいものを、といった具合に、その土地に合った衣服を着ますね。訪れた地域の特性、特質を体感することは、生きていることを実感することでもあります。そしてそのリアリティが旅の本質なんだと思います。

アレックス:実は「travel」という語源は、フランス語の「travail」「労働」「苦しむ」からきています。旅することは苦労することという意味合いが背景にありました。17世紀のイギリス貴族社会で言うと、20代の若者はグランドツアーと呼ばれるヨーロッパ一周の旅をしていました。異文化に触れることが、大人になるための通過儀礼だったわけです。その流れで、南フランスやイタリアが観光地として大きく発展したという歴史があります。

田島:物見遊山のように何かを見に行くことだけじゃなく、旅を通じて自分の中の変化を感じること。発見すること。学びを得ること。これが本質的な旅の意味なのです。

 

中身のない体験コンテンツはもう終わり、穏やかな変化で正しい方向へ

アレックス:観光の本質的な意味を理解できない日本になってしまったのは、なぜだとお考えでしょうか。

田島:戦後、日本はすべてを失いました。そこから這い上がって経済大国にまで成長しましたが、その反動で日本人は物質的な幸せを求めるようにもなりました。そもそも自分自身をリセットするために旅をしていたかつての日本人の幸せが物質主義的になってしまったこと。これが旅の本質を見失ってしまった原因のひとつではないかと思っています。

アレックス:旅に求めるものが変わってしまったということですね。

田島:はい。あくまでも原因のひとつですが、それにより観光の安売りにも繋がったと思っています。いわゆる製造業的思考になってしまったということです。

アレックス:安く提供することが、観光の姿になってしまった。

田島:そうです。観光客が多く訪れる場所がはたして裕福なのか。そうではありませんね。地域にお金が落ちること。これが先ほど申し上げたサステナブルな観光に繋がります。

アレックス:だからこそ、中身のない即席コンテンツはもう通用しないということですね。観光客をどのように満足させることができるのかをしっかりと考え、準備することは、それに見合う対価をいただくことにもなる。そしてそれが地方創生にも繋がる。コロナ渦以前の観光に戻してしまっては意味がありません。新しいことに挑戦していく必要がありますね。

田島:古い価値観と新しい価値観が対立することが戦争だと私は思っているのですが、観光業においても、その価値観同士の摩擦によってさまざまな問題が生じています。

アレックス:コロナ以前の京都は、国内外の観光客が溢れかえったオーバーツーリズムが問題視されました。観光産業を劇的に変えることは非常に難しいと思うので、正しい方向性を作っていくことが大切だと思っています。田島社長がおっしゃっていた原理原則に基づきながら、穏やかな変化を起こしていくことが必要です。だからこそ過去の歴史的な旅の本質を知ることが大切なんですね。

 

地域文化を保護しながら、地元住民もその土地の魅力を再発見せねばならない

アレックス:天空の森のコンセプトに「ドレスコードは裸」とあります。これにはどんな想いが込められていますか?

田島:本来のヒトに戻れる場所。肩書や地位といったものを全て脱ぎ捨てて、リセットできる場所。それがこの天空の森の役割だと考えています。

アレックス:田島社長は25年以上もの歳月をかけて、竹や木々を伐採し山を切り開いてきました。その哲学や原動力はどこからきているのでしょうか。

田島:原理原則に忠実に従ってきました。また、成功事例を作るには、成功させることしか道はありません。この天空の森という場所を成功事例にすることで、持続可能な観光産業の模範として示していけると考えています。

▲敷地内では、そばを栽培している

アレックス:田島社長は、天空の森を都市国家だと表現されていますね。

田島:はい。私が鹿児島に雅叙苑を作ったとき、日本全国にそのコピーが広がりました。その時に、誰も真似ができないものを作ろうと決めたのですが、そもそも都市国家というのは文化なんですね。文化が存在するから楽園に成りえる。そんな楽園を作りたいという妄想から始まったんです。

アレックス:文化が存在するということは、地元の人間との関わりは不可欠ですね。

田島:その通りです。もちろん、地元のことを一切考えずともビジネスはできますよ。でも、誰が何を作っていて、どんな過程で手元にやってくるのか。それがはっきりとわかることを実際にやるということ。そして、地元の人間にその対価がしっかりと循環すること。それが、文化を持続させる道なんですね。地元と文化を保護する整備が今一番の急務だと私は思いますね。

アレックス:地元の人間が、地元で生み出す。それは非常にコストがかかることでもありますね。

田島:そう。そもそも観光はコストがかかるものだと私は思っています。地方創生という形を根付かせるには、それに見合った対価が支払われなければなりませんから。

アレックス:むやみに価格を下げずに、その価格に見合うクオリティを提供するということですね。観光客にその土地の魅力を理解していただくためにも、必要なコストになります。

田島:そうです。それが本物を提供するということです。

アレックス:「私は、地元に何があるんだろう」と地元住民自ら進んで再発見していくことも、今後は必要だと思っています。地元の人間がそれを知らずに、自分たちの地域の魅力を発信することは不可能ですから。

田島:その通りです。地元の人間が魅力そのものに気付いていない。

アレックス:自分の日常は、誰かの非日常。これは私がいつも伝えている言葉です。少し外の世界に目を向けることで、これが世界の人を十分に魅了できるコンテンツになるんだと気づくことができるはずです。

 

「地域保護」これが今後の観光産業発展の鍵になる

田島:今世界の富裕層と呼ばれる人たちは、どこに行っていると思いますか? それは、人が誰もまだ行っていないようなところ、未開発な場所なんです。

アレックス:まだ観光地化されていないエリアということですね。

田島:そうです。人の手によって毒されていない場所です。これからは、地域や文化を守る開発を積極的にすることが、生き残る鍵になります。

アレックス:私は外資系ホテルやレジャー施設が悪いとは言いません。ただ、なぜその場所に必要なのかを一度考えることが大切だと思います。今後は地域の特性をいかに生かせるかが非常に重要になるでしょう。観光の本質をきちんと理解した上で、地域保護に力を入れることですね。

田島:観光産業そのものが、本気になって原点に戻ることです。

▲天空の森の敷地内には、川も流れる

 

これからはSmallest Viable Audienceの時代へ

田島:正しいことをしていれば結果は自ずとついてきます。ただその結果がやってくるのは、来年でも再来年でもありません。私はこの天空の森を約30年やってきましたが、コツコツと積み上げてきたことのストックが今の結果なんですね。時間のストックなんです。だから今、この時点で次に何が必要なのかを考えます。

アレックス:田島社長は常に新しいことに挑戦してらっしゃいますね。

田島:世界的に有名なスイスの腕時計ブランドの創始者フランク・ミュラー氏が天空の森を訪れた際の忘れられない言葉があります。「どうして天空の森を選んだのですか」と尋ねたら「未完成だから」とおっしゃいました。彼の腕時計もまた未完成だそうです。互いに永遠に作り続けようと話しをしました。

アレックス:未完成だからこその可能性であり、未来であるということですね。

田島:でも、この未完成の素晴らしさや美しさといった価値観が、誰にでも受け入れられるかといったらそれは違います。

アレックス:つまり「smallest viable audience」ですね。そのアイデアに共感してくれる人々、ビジネスとして成立するための最小実行単位を見出すことを意味していますが、これまでの観光産業はマス市場に向いていました。これを、あなたの信念やアイデアに共感してくれる層にアプローチしましょうという考えです。

田島:そうです。その地域、その土地の特性を生かした「smallest viable audience」を見つけるということです。となると自ずと地域文化保護にも繋がりますね。

 

ポストコロナは3D観光で観光産業に改革を

田島:コロナ後、私は3D観光、いわゆる立体観光に着手する必要があると考えています。立体的に全体を見る観光です。

アレックス:詳しく教えてください。

田島:例えば、セスナ機やヘリコプターで鹿児島の空を飛行しながら桜島を眺めます。この活火山桜島という土地が、どのような農作物を生み出しているのか。この土地だからこの野菜が、この周辺の海だからこの魚が獲れ、そして加工がここでされている。そういったその土地だからこそ存在する観光資源や文化を立体化することによって、全体を俯瞰する観光です。ナスカの地上絵を地面から見ると石ころしか見えないけれど、上から見ることでその壮大さが分かりますね。

アレックス:上から見ることでこれまで見えなかったものが見えてくると。

田島:そうです。リアルな観光資源を目の当たりにすることで、じゃあここで育ったものを食べてみたいとお客様は思うんですね。

アレックス:見方を変えなさいということですね。

田島:その通りです。これまでの視点ではもう駄目ですよということです。今後は、本当の意味で観光産業全体が全く違う目線で発信しなければならないということなんです。

 

視点を変えて日本を見る、外国人目線の日本を知ることも大切

田島:イザベラ・バードの『日本奥地紀行』という本があります。明治初期の日本を旅したイギリス人女性の記録をまとめたものですが、彼女の目で見た当時の日本の姿は、今後の観光産業の発展において大切なヒントになるかと思います。

アレックス:私も同感です。ガイド育成事業に携わったときに気付いたのですが、例えば歴史の説明をするとき、それは日本人目線の説明ですね。ですから是非一度英語で書かれた日本史の本を読んでいただきたいと思っています。外国人目線で興味のあるポイントはどこにあるのかを知ることができるからです。

田島:なるほど。それは興味深いですね。

アレックス:在日外国人もたくさんいますから、是非そういった声も拾い上げてもらいたいですね。


文:ブラッドショー千里
写真撮影:川西智弘
企画・編集:やまとごころ. jp 編集長 堀内 祐香


 

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